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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
第1章 波乱のレギュラーシーズン
43/50

第3球「恐怖の下位打線」

 2回表はラーナが三者凡退に抑え、続く2回裏は5番リンツから始まった。


 リンツにとってクリーンナップでの打席は何も初めてではない。元々リンツはボトムリーガー時代にそのパワーを見込まれ、ペンギンズの外野手として入団した。


 やっとの思いで初めてレギュラーを手にした時のポジションはライトだった。それだけにあっさりとアイリーンにポジションを奪われた時は、アルビノ嫌いも相まって胸が張り裂けるような屈辱を味わった。リンツは守備力が平均以下でスピードもそこまでないが、肩はかなり強く、バックホームでランナーを刺したこともある。


 リンツは功を焦った。一刻も早くライトを取り返したいのか、一発狙いで空振りを繰り返し、あっけなく三振に倒れた。


「くそっ!」


 ――何でだ? 何で打てねえんだよっ? このままじゃビノーにライトを取られっぱなしじゃねえか。


 丸雄の打席になるが、ランナーのいない丸雄はあっさりと低めの球に手を出してピッチャーゴロとなる。


「噂の二刀流か。言っておくが、メルリーグはそんなに甘くねえぞ」


 キャッチャーのアッシュが洗礼を浴びせるように言った。


「ええ、だから練習してきました。どちらでも結果を残せるように」


 しかし、煌は怯むことなく左のバッターボックスに入り、足を大きく開いた。


 初球から油断のないピッチングを披露するロジャーに対し、煌は何度もファウルで粘る。いや、ボールにバットを当てるので精一杯なのだ。


 7番打者に対して球場が盛り上がるのは珍しい。


 このままでは埒が明かないと、ロジャーは渾身のストレートを内角低めに投げた。


 咄嗟に反応した煌がアッパースイングでバットを振り抜き、弾丸のような勢いでセンター方向へと向かう。ボールはやや高めの甘い投球となっており、煌は数少ない失投を見逃さなかった。


「何っ!」


 ロジャーが真後ろを向くと、ボールはやや左のセンター方向へと飛んでいき、ペンギンスタジアムの名物である作り物の氷山にぶつかった。


 球場は一気に盛り上がり、ビギナーズラックを決めた新人にエールを送った。


 ダイヤモンドを1周すると、ベンチに戻ったところでブレッドたちとハイタッチを交わした。


「やるじゃん」

「お兄ちゃんに負けてられないもん」

「それはいいけど、登板前にも守備に就いて大丈夫なのか?」

「大丈夫だって。私はこう見えても頑丈だから」


 豊満な膨らみに手を当てながら強気に語る煌。


 しかし、そんな煌を心配そうに見つめるラーナは不安を隠せないでいた。


 プレクが凡退すると、ネクストバッターズサークルからロジャーの投球を観察していたアイリーンがバッターボックスに入った。すると、さっきまで比較的大人しかった観客たちが一斉に立ち上がり、親指を下に向けながらブーイングを始めたのだ。


「帰れビノー!」

「お前のホームは強制収容所だろ!」

「てめえなんざレギュラーどころか戦力外だ!」


 周囲の罵詈雑言にも構わず、アイリーンは目の前の投手にだけ目線を集中する。


 重いストレートをファウルボールにするのが精一杯だったが、外へ逃げるシュートにバットの先を当たった瞬間に走り出し、サードを守るパイの送球をファーストのブランが足を広げながらキャッチする。


『アウト』


 先にファーストベースに触れていたのはアイリーンの足だった。


「おいっ! 今のはセーフだろ! 誤審だぞ! チャレンジだ!」


 ベンチからは叫びながら外に出ようとするブレッド、怒りを露わにする監督の手を引っ張るジャムの姿がペンギンズのファンたちには風物詩のように見えている。


 チャレンジを行うも、映像を見てもアイリーンが早いが、結局アウトの判定となった。


 妙な違和感を持ちながらも、アイリーンがロボット塁審と目線を合わせ、渋々ベンチへと戻っていく。


「何で文句言わねえんだよ?」

「文句を言ったら最悪退場よ。ロボット塁審は、作った人の意図が少なからず反映されるようになっているわ。次は文句なしの当たりを打てばいいだけよ」

「1点リードしているとはいえ、油断はできませんよ。特に上位打線は」


 エース同士の好投による膠着状態が続き、ラーナは煌に対する不安から解放されないまま4回裏を迎えた。


 余計なことばかりを考えていたのか、ツーアウトから3番デービッドに対してコントロールが定まらず、プレクは様子がおかしいラーナを気遣う余裕はない。ボール球が先行し、打者有利のスリーノーからボール球のサインを出した。ラーナはサイン通りに外角にストレートを投げた。


 あっさり見逃すと、デービッドはバットを捨て、肘用プロテクターを外した。


『フォアボール』


 今度はラミーが打席に入ると、異様に集中した様子でラーナを睨みつける。


 ラーナは牽制することなくラミーの身に集中する。デービッドは巨漢で足が遅く、守備も苦手であることが知られていることもあり、ストライクゾーンギリギリに投げ込むが、ボールの判定を貰い続けてから徐々に焦り始めている。肩に力が入りすぎていることに気づきもしないまま、内角低めにストレートを投げた。


 プレクが大きく目を見開いた。ストレートは内角の真ん中に甘く入ってしまった。


 ラミーはラーナの失投を見逃すことなく、いとも簡単にレフトスタンドへと運んだ。


「ぎゃ……逆転ツーランかよ」

「これで1対2ですか。ロジャーを早く引きずりおろさないと、まずいですよ」

「外野からコンバートしたばっかりだし、やっぱ不慣れなままじゃきついものがあるか」

「まだ始まったばかりですよ。ここはプレクを信じましょう」


 強打の捕手を見出すために多くの選手に捕手をやらせた結果、プレクはピッチャーたちと仲が良く、リードもかなりうまいことにブレッドが気づいた。


 足の速さと肩の強さもあり、『俊足の捕手』としてプレクを起用することを考え、スモールボールを更なるステージへと昇華させようと考えた。


 タイムを取り、ラーナに歩み寄るプレク。


「ラーナ、一体どうしたんだよ? いつものお前らしくもない」

「何でもないデス。ワタシにも不調の時ってものがあるのデス」

「エースは不調の時でもしっかり抑えるもんだぞ」

「また開幕戦負けは真っ平御免デス。せっかくここまでやってきたというのに」

「ラーナ、諦めるのはまだ早いよ。正直、僕だって監督が何を考えてるか分からないし、キャッチャーになるなんて……思ってもみなかった。でも監督なら、今までのペンギンズを変えてくれる。そんな気がするんだ」

「……分かったデス。プレク、ここからはバックを信じて打ち取るデス」


 変わったなと言わんばかりの笑みを浮かべ、元の位置へと戻った。


 ラーナは変化球を積極的にストライクゾーンに入れていくと、ボールは誘われるようにスイングをするバットの芯を外していき、このホームラン以降は一度も失点をしなかった。


『ストライクアウト。チェンジ』


 ラーナは8回表まで109球を投げ、3安打2失点3四球11奪三振の好投を見せた。


 一方でロジャーは6回でマウンドを降り、エジル・エジソンに後続を任せた。


 ブルーソックスベンチはこの早い降板に驚きを隠せなかった。ロジャーはスタミナもあり、完投することも珍しくなかったが、6回を投げ終わった時点で112球を投げており、降板せざるを得なかった。


「どうやらこっちの作戦が刺さったみたいだな」

「そうですね」

「まさかあたしたちが()()()()を使ってるなんて、思ってもいないでしょうね」


 マカロンが不敵な笑みを浮かべながら言った。


 ペンギンズ打線ではエース級のピッチャーを攻略することは不可能に近かった。


 そこでブレッドは、ラーナに対して用いられていた相手に多く球数を投げさせる作戦を逆用したのだ。ラーナにとっては不本意であったが、ゴロに打ち取る作戦によって球数を減らし、ロジャーには多くの球を投げさせ、初球からバットを振らず、フルカウントを目指す戦い方が刺さった。


「エジルはそこまでのピッチャーじゃない。球数も増えてきたし、ここから一気に決めるぞ」


 ブレッドがアイリーンを見ながら言うと、アイリーンはそれに応えるように頷いた。


 8回裏、9番アイリーンからの攻撃はブーイングから始まった。ここまでノーヒットだったアイリーンだが、エジルは初球からバットを振ってこないペンギンズ打線に対し、初球からストライクを取るために真ん中高めのストレートを投げた。


 アイリーンの打球はエジルの頭上を越え、絵に描いたようなセンター返しを決めた。


「よしっ。これなら流石のポンコツ審判もアウトとは言えねえな」

「初球を振らない作戦が効いてきましたね」

「ああ、ここからが正念場だ」

「なるほど、途中までは初球を徹底して振らないことで、初球は打ってこないと思い込ませる作戦か。ブレッドのベースボールは本当に頭を使うね」


 納得した様子のまま、葵がバットを持ちながらネクストバッターズサークルへと歩いていく。


 ブレッドの作戦の神髄はエースを疲弊させ、アイリーンを始めとした俊足のランナーをノーアウトから出塁させることであった。


「これで逆転する可能性が出てきましたね」

「ああ。下位打線から上位に繋げれば、1番から始まる時よりも得点期待値が一気に上がるからな。こういう時のために、足の速いアイリーンとプレクを並べておいたわけだ。煌も出塁率が高いし、7番以降に始まる打線から1人でもランナーが出れば――」

「アリアか葵がランナーを返してくれるわけですね」

「でもそれだったら、アイリーンを1番にした方がいいんじゃねえか?」


 横入りするように尋ねるクラップ。


「アイリーンはリードオフマンにとって最も必要な適性を持ち合わせてない。確かにあいつは打率も高いし、盗塁技術もある。でも1番打者にとって最も重要なのは出塁率だ。早打ちで仕留めるのは、どちらかと言えば下位打線の仕事だから、今のアイリーンには9番の方が合ってると思う」

「上位打線が終わっても、下位打線から繋がってしまったらまた上位打線と戦うことになるって意味では、恐怖の下位打線と言っていいですね。ロジャーにとっては常に油断できない状況ですから、トミー監督が早めに降板させたのも頷けます。こっちにとっては好都合ですが」


 アイリーンの盗塁を警戒するエジル。


 何度も牽制球を投げるが、足先の動きを見てから悠々と一塁に戻る。


 揺さ振るように大きなリードを取り、誰から見ても盗塁することがハッキリと分かりきっている中、エジルの緊張の糸が切れ、怒り狂ったように牽制球を投げると、ファーストから大きく外れ、取り損ねたところを見計らって二塁へと一目散に足を進めた。得点圏にランナーが進んでしまい、エジルはただでさえ悪目立ちしているアイリーンが気になって仕方がない。


 ランナーへと意識が向いてしまい、投球に集中できなくなったエジルは外角高めにカーブを投げた。


 もらったと心で叫びながらアリアが大根切りを決める。


 ライト前までボールが転がると、ビスキュイが拾った時にはアイリーンが三塁を回り、ホームへと一直線にスライディングを決めた。


「よしっ! これで負けは消えたな」

「……」


 肩を冷やしながら遠目にアイリーンを見つめるラーナ。


 一言お礼を言いたくてたまらない様子。しかしながら、アイリーンの立場を考えれば、ブレッドやジャムを除けば誰も声をかけられない状況であった。


 葵が左打席に入り、今度はアリアが盗塁の構えを見せた。完全に撹乱されているエジルにとって、葵は脅威以外の何ものでもないが、葵の後ろにはクリーンナップが控えており、未だにノーアウトのエジルの心境を踏まえたトミーは、クラップと勝負するために敬遠策を取った。


 クラップは単なるシングルヒットではなく、二塁打や三塁打を目指す構えだ。手の平に温度を感じながらバットをしっかりと握りながらグリップ構えた。エジルはそんなクラップを打ち取ろうと、縦に曲がるスライダーを投げ、三振に切って取った。


「ちっ、あんなスライダーを隠し持っていたとはな」

「チャンスの場面で目立ちたいのは分かるけど、力みすぎよ。こういう時こそ、冷静にこなさないとね」


 ウインクをしながらマカロンが右打席に入る。


 その表情は余裕そのもので、緊張を感じながらもエジルの球筋を見極め、打者有利の2ボールになったところでエジルが縦に落ちるスライダーを投げた。


 だが盾に落ちるスライダーは定位置よりも若干高い位置にあり、高めから落ちてきたところをすくい上げるようにアッパースイングを決めた。バットを通して伝わるビリビリとした感触に耐え、逆らわずに打った打球はライトスタンドへと吸い込まれていった。


「か、勝ち越しスリーランだ! すげえ、すげえよマカロン!」


 クラップが両腕の拳を握り、心からの喜びを顔に表した。


 疲れがピークに達し、降板直前というタイミングで5対2の援護を貰い、勝利投手の権利を得たことにラーナは安堵を見せるように息を吐いた。


 9回表、マウンドにはルドルフが上がり、ブルーソックスは守備を捨て、代打を次々と送った。


『ストライクアウト、ゲームセット』


 しかし、1イニングのみであれば無類の強さを発揮するルドルフを前に、ブルーソックス打線は三者三振に切って取られ、最後の打者がゆっくりとベンチへと戻っていく。


 ロボット球審が左の拳を伸ばし、シーズン開幕戦は5対2でペンギンズが勝利した。


 ペンギンズのチームメイトたちはグラウンドでハイタッチを交わしていき、ブルーソックスはベンチ裏の階段からぞろぞろと去っていく。アイリーンはハイタッチに参加せず、ベンチ裏の階段を降り、最初からいなかったかのように地下のクラブハウスへと向かった。


 誰よりも早くシャワーを浴び、早々に監督寮へと戻っていくアイリーン。


「1人1人の選手をここまで使いこなすなんて、流石はブレッドね」

「ロジャーが相手と聞いた時はどうしようかと思ったよー」

「でもこういう勝ち方もあるんだねー。強豪戦法に持久戦略で勝ったって感じ」

「スプリングトレーニングでのマンキースの試合を見て、これは使えると思った。エースを降板させれば、投手力に劣るリリーフを起用せざるを得ない。でもそれは相手にも言える話だ」

「開幕戦でペンギンズが勝ったのは8年ぶりだそうですよ」

「そんなに負けてたのかよ……あれっ、アイリーンは?」

「あっ、そういえば、全然いませんね……」


 試合を見届けた観客がぞろぞろと帰っていく中、ブレッドたちは勝利の足掛かりになったアイリーンと話す暇もないまま、虚しさに耐えられず途方に暮れた。


 リンツはそんなブレッドたちを尻目に、1人ベンチ裏の階段を下りていくのだった。

 ベースボールが生まれた頃、二塁ベースだけはダイヤモンドの角が中心になるように設置されていたが、メルリーグ創成期からは二塁ベースもダイヤモンドの角に合わせて設置されるようになった。これはダイヤモンドを1周する形式の100メートル走も兼ねるようになったためである。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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