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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
第1章 波乱のレギュラーシーズン
41/50

第1球「開幕の朝」

 ――4月上旬、オリュンポリティア属州キールストル――


 建国歴11947年度のレギュラーシーズン開幕を前に、アンタークティック・スタジアムでは盛大なセレモニーが行われ、早くも多くの観客が球場のゲートを通過する。


 縦3つのストライプの内、左右は桃色に染まり、中央の白い空間の真ん中には桃色のハートマークが描かれているメルへニカ国旗が風に揺れ、晴天を漂うようになびいている。メルへニカ国旗の左側にはハートリーグの紋章である真っ赤なハートが黒い空間に描かれている。メルへニカ国旗の右側にはスペードリーグの紋章である真っ黒なスペードが赤い空間に描かれている。


 コマンドフォンでチケットの決済を行い、入場制限がかかっていない者だけを通し、球場地下のクラブハウスでは選手たちが着替えの最中である。


 アイリーンが晴れて正式にメルリーグに昇格してから数日後のことであった。


「アイリーン、今日は君にプレゼントがある。新しいユニフォームをクラブハウスに用意しておいたんだ。昨日まではずっとレインディアーズのユニフォームだったからな。魔法科学の粋を集めてできたユニフォームだ。必ずピッタリになるようにできている。是非着てくれ」

「ありがとうございます」


 エステルが引き出しから取り出したのはメルリーグの契約書だ。


 契約年数から金額や条件などが細かく記されており、アイリーンは最後の空欄にサインをするよう促されると、言われるがまま羽根ペンを執った。


 そばにはブレッド、エステル、ドボシュの3人の他、ペンギンズの職員たちが集まっている。


「これで正式に契約完了だ」

「ていうか何で今日まで契約しなかったんだ?」

「色々と確認事項があってな。アルビノを企業に正規雇用することはできないが、個人と球団という関係で契約を結ぶことは法律上問題ないと、昨日メルリーグ機構から回答を得た。もう観客が集まってきているようだ。あと3時間ほどで試合が始まる。着替えてきてくれ」

「はい。失礼します」


 アイリーンが大人しくオーナー室から去っていく。


 球場の地下まで進むと、クラブハウスのロッカールームについた。


 ペンギンズのチームカラーである紺色に染まったロッカーが立ち並び、ロッカーの中にはハンガーに吊るされたユニフォームがいくつもロッカーの棒にかけられている。そこでは葵たちやリンツたちをはじめとしたペンギンズの選手たちのほとんどが着替えを終えていた。


 選手たちの目にアイリーンの姿が映る。


「あっ、君ロッカーを探してるんでしょ。ついてきて」


 職員の後をアイリーンが一定の距離を保ちながらついていく。


 他の選手たちのロッカーを次々と通過したところで、葵がアイリーンに手を伸ばした。


「アイリーン、ペンギンズにようこそ。歓迎するよ」

「よろしく」


 葵は選手たちの前でアイリーンと握手をしてみせた。


 そこにもう1人の選手が握手を求めてくる。


「よろしくデス」

「よろしく」


 ペンギンズの開幕戦を投げる予定のラーナまでもがアイリーンと握手を交わした。


 葵の言動は少なからずプライドの高いラーナを刺激した。アイリーンとつき合いを持つことは、ラーナにとってはしばしば度胸を見せつける機会となった。


 案内された場所にはアイリーンのためのロッカーはなく、臨時用の椅子が1つ置かれ、その真上のウォールハンガーに1着のペンギンズのユニフォームが正面を向いたままかけられている。


「今日知ったばかりなの。明日はロッカーを用意しておくわ」

「ええ、ありがとう」


 アイリーンが白いブラウスと黒いスカートを脱ぎ、薄いピンク色の下着姿のまま、ユニフォームをハンガーから外して裏返すと、42と書かれた背番号、そして背番号の上にはアイリーンの名が刻まれている。自らのユニフォームを噛みしめる様に見つめ、誰にも見えないようにそっと笑みを浮かべた。背後では何人かの選手がアイリーンの様子を微笑ましそうに見守っている。


 アイリーンがユニフォームを着用すると、アリアとマカロンが歩み寄ってくる。


「ふーん、結構似合ってるじゃん」

「なんか初めてメルリーグに昇格した時のことを思い出したわ」

「あの時は嬉しかったわねー。テレビで見ていた舞台に自分が立つんだもん」

「ふふっ、懐かしいわね。後はチームが最下位じゃなきゃねー」


 苦笑いをしながらアリアが言った。


 メルリーガーがこれを言い始めたら最後、それは移籍希望を示唆していることになるが、このことはマカロンも熟知している。


 2人がデビューした頃の話で盛り上がっていると、割って入るように煌が優しそうな笑顔でアイリーンの前に立った。


「あなたはきっと、ファーストペンギンになるんでしょうね」

「初めてじゃないわ……戦いを始めた人は、もっと昔からいる」

「ベースボール以外はそうかもしれませんね。奇しくもあなたのお陰で、私はこの舞台で戦う機会を得ることができました」

「私のお陰って、どういうこと?」

「――3年ほど前から、私はずっとボトムリーグに押し込まれていました。いくら二刀流をペンギンズが許容したとは言っても、流石にスイッチピッチャーの二刀流は、去年までペンギンズの監督だったレオンさんも保守的な態度でしたから、言葉にはしなくとも、あの対応を見れば分かります」

「どうして押し込められていたんですか?」

「チームはレオンさんの言いなりで、エステルさんでも逆らえなかったんです。レオンさんは妻がグレーン家の人で、バロングループは近い将来、グレーン家に乗っ取られると専らの噂です」


 アイリーンが首を傾げた。アイリーンは隔離政策の影響からか、外のことをあまり知らず、有名な資産家のことさえ分からない。


「グレーン家?」

「ブルクベルク属州を拠点としている資産家です。そこの当主であるモルト・ブレンデッド・グレーンという人が、ペンギンズの株を半分近くまで握っているんです」

「何かまずいことでもあるの?」

「まずいも何も、グレーン家はペンギンズを買収しようとしてるんだよ。しかもグレーン家は南東部の連中だから、アイリーンにとっては天敵と言っていい。もしグレーン家の人がペンギンズのオーナーにでもなったら、君は間違いなくチームから追い出される」


 アイリーンのそばにゆっくりと近づきながら葵が言った。


 メルリーグの市場が拡大するにつれ、多くのグループ企業や資産家が投資目的で球団を抱えるようになり、比較的歴史の浅い弱小球団を中心に球団の買収が相次いでいた。


 資産家たちにとっては球団同士の対戦がある種の代理戦争となり、いかに強い選手を確保できるかで競争となった末、札束で殴り合うように各球団が強くなっていったが、その代償として、チーム間の戦力格差を容認する結果となった。


 このことを危惧したメルリーグ機構は贅沢税を導入し、選手を格付けした上で上位ランクに位置する選手の保有を制限し、チームの総合戦力が規定以上となっている場合は超過分の贅沢税を課されることとなったが、それでもなお資産家たちによるチームの強化は止まらなかった。


「私は出ていけと言われるその日まで、ここで全力で戦うわ」

「オーナーたちはペンギンズを守ろうと全力で戦ってる。そう簡単には渡さないと思うよ。買収だけで済めばまだ良い方だけど、問題はチームが一度解散になった場合だよ。その場合は新球団創設のための特別ドラフトが行われて、不要とされた選手が各球団に分散することになる。もしそうなったら、ここにいる選手の多くは――引退か降格を余儀なくされるだろうね」

「それはどうして?」

「それは――」

「本来ならボトムリーグにいるような連中が大勢いるからだ」


 さっきまでリンツたちと話していたプレクがアイリーンに話しかけた。


 リンツたちは既にロッカールームを出たが、葵たちの様子が気になったプレクと丸雄はずかずかとアイリーンがいる方向へと向かった。


「あれっ、いたの?」

「いたよ! さっきからいただろっ! まあそんなことはどうでもいい。お前がペンギンズとボトム契約を結んでからモルトはオーナーとの契約を打ち切って、ペンギンズの株を大量に買い始めた。事実上の宣戦布告だ。お陰で葵たちを除いてみんなDFAの危機だ。ここはな、他に居場所のない連中が活躍するための最後の砦として機能していたんだ。なのにお前がそれをぶっ壊した。モルトがペンギンズを買収したら、お前を追い出すためにチーム解散に踏み切るだろうな。葵たちはチームに残れるだろうけど、実績のない僕らは終わりだ。大変なことをしてくれたな」

「ちょっと、アイリーンは悪くないでしょ」

「ビノーが契約を受け入れなきゃ、こうはならなかった」


 文句を言い返される前に後ろを向いて立ち去りながら、悔しそうな顔でプレクが捨て台詞を苦々しく口から吐いた。


 多くの有望選手が一部の強豪に集まるということは、弱小チームには強豪ではプレイできないような選手が集まってくるのは必至だ。プレクもその一員であることを認めざるを得なかった。外野が埋まってしまったことで、俊足のキャッチャーという異色の存在でなければ生き残れないことをプレクは嬉しくも悲しくも思っている。


 葵たちとは対照的に、リンツたちは変化を受け入れられなかった。ぬるま湯で過ごしてきたペンギンズの選手たちが、段々と沸騰するように熱い競争の場へと投げ込まれ、良くも悪くも多くの選手に刺激を与えている。


 この熾烈なポジション争いに耐えなければ、瞬く間に球場から蹴り出されることをリンツたちは思い出した。


「気にすんな。リンツはともかく、プレクは本当にやりたかったポジションを取り戻した。悪いことばかりじゃない。あいつ、最初はキャッチャーがやりたいって言ってたんだ。ピッチャーたちとはとても相性が良い。肩も強いし、フレーミングもリードも、鍛えればかなりの腕になる。プレクはいつも9番を打っていたけど、あの俊足で下位打線から出塁すれば、相手ピッチャーからすればかなり厄介だし、僕が1番から外された今、あいつも1番打者候補だ」

「アイリーンは打順でプレクと競争することになるかもね」

「正々堂々と勝負してもらえるなら、これほど嬉しいことはないわ」


 普段から不当に扱われているアイリーンにとって、メルリーグの公式戦は初めて実力勝負をしてもらえる神聖な土俵だ。


 葵はリードオフマンとしての経験と選手たちの適性から、次のリードオフマン候補にアイリーンとプレクを挙げた。


 気持ちを切り替えてグラウンドへと向かうアイリーン。


 ベンチ裏の小さな階段を上り、表の日光が一筋の輝きと化し、アイリーンを照らした。グラウンドに近づくにつれ、アイリーンの心に潜む不安が反比例するように増大していく。胸の鼓動が高鳴るのは心底ワクワクしているからであると、アイリーンは自らの深層心理に気づいた。


 日光に怯むことなく、アイリーンがペンギンズのユニフォーム姿を初めて公の場に晒した。


 すると、意外にも多くのペンギンズファンから歓声が上がり、自ら茨の道を選んだ新人選手に期待を寄せる声がアイリーンの後ろから聞こえた。


 アイリーンを待っていたのは、ブレッドたちや観客だけではなかった。


 灰色や黒のスーツを身にまとっている多くの新聞記者たちが瞬く間にアイリーンを取り囲み、何の前触れもなく、コマンドフォンの全自動浮遊撮影機能を使って写真をひたすら撮った。記者たちは一刻も早くアイリーンのコメントを収録したくて仕方がない。


「なあ、アイリーン、健常者たちとうまくプレイできると思うか?」

「レインディアーズにいた時も、問題なかったわ」

「ピッチャーが君の頭を狙ったら?」

「かわすわ」

「ザークセルにいた時のポジションは?」

「ショートをやっていたわ」

「葵と争うつもりか?」

「ポジションを決めるのは監督よ。今は外野手」

「長打力がないみたいだけど、それでやっていけるのか?」

「一発を打つだけがベースボールじゃないわ」


 アイリーンは記者たちからの挑発的な質問に対し、臆することなく淡々と冷静に答えた。


 しかし、アイリーンを歓迎していたのはホーム側の観客のみ。


 アイリーンのポジションと目されているライトスタンドには、青い靴下が二足描かれているユニフォームを着た多くのブルーソックスファンが結集し、アイリーンに野次を飛ばした。


 そんなことには目もくれず、葵たちとキャッチボールをし始めるアイリーン。ザークセル属州の寮では多くのアルビノたちがテレビの前に集まり、そのまま釘付けとなった。アルビノたちはアイリーンの一挙手一投足を固唾を飲んで見守っている。アルビノの子供たちにとって、アイリーンは希望の光なのだ。期待を一身に背負うその背中は思ったより小さかった。


「あいつが噂のビノーか」

「ああ、そうみたいだな」

「小さくて細いあの体でベースボールできんのか?」

「そもそもスタメンに選ばれてなかったりしてな」


 三塁側のベンチに集まってきたのは、メルティアナ・ブルーソックスの選手たちだった。


 ベンチ裏の会談をぞろぞろと上り、キャッチボールをし始めた。


 二足の青い靴下がトレードマークの球団であり、マンキースの積年のライバルと呼ばれている名門だ。常にハートリーグ北東地区の上位争いを繰り広げている強豪であり、青と灰色を基調とした帽子やヘルメットが特徴的である。


 アイリーンの姿を見るや否や、クスクスと笑いながら真っ白な髪と顔を見た。


 試合開始時間が迫ると、主審によって選手たちがグラウンドに集められた。


 選手たちはチーム毎に一塁線と三塁線に沿うように並び、帽子を胸に当てながらメルへニカ国歌を歌う有名歌手を見つめた。


 国歌が終わると、観客から声援が飛び、選手たちは歌手に拍手を送った。

 スプリングトレーニングでは必ずしも対戦相手が見つかるとは限らない。そのため同じチーム内で戦力が均衡するように2つのチームを組み、6イニング制で打者6人までというシックスルールが適用される場合がある。最初に思いついたのはアウグスト・ジャイアンツの初代監督、フィロード・リバーアップであり、以後対戦相手がいない日は、シックスルールを適用する習慣が全チームに広まった。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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