底辺の溜まり場『後編』
マカロン・クラックレ・ダミアンの物語後編です。
クリミナルリーグに所属することになったマカロンが見た現実とは。
――建国歴11938年、エールスリア・クリミナルドーム――
逮捕から数日後、マカロン、メイジー、アンブの3人は手続きを済ませ、クリミナルリーグに入った。
かつてメルリーグのチーム名であったパイレーツの名を引き継いだエールスリア・パイレーツは、絵に描いたような罪人ばかりの面々だが、賭博試合をこなしてきたマカロンたちにとっては見慣れた光景だ。
アマレットの報告書が受理され、マカロンたちは今後1年はパイレーツ所属となる。アマレットはクリミナルリーグから実力次第でメルリーグに昇格した者を数多く見ている。成績や態度次第で減刑になる場合もあり、どちらかと言えば、チームメイトたちと協調しながら心を育む訓練としての意味合いが強い。
「まさかアマレットさんがパイレーツの監督とはねー」
「俺は元メルリーガーだ。色んな球団を渡り歩いてきた実績を買われてな」
「ジャーニープレイヤーなんだー」
「言っておくがな、不良債権の押しつけ合いになったわけじゃねえぞ。特に短所も癖もないユーティリティー枠として穴埋め起用されていたからな」
「要するに、目立った取り柄もないバランスタイプの選手ってことじゃん」
「言うと思った。だがな、かれこれ14年も現役だったんだ。人に自慢できる思い出もたくさんできた。ワールドチャンピオンには一度もなれなかったが、悔いは全くねえよ」
思い出を触る程度に語りながら両手を後ろに組み、廊下の天井を見るアマレット。
クリミナルリーグは罪人同士の試合であるため、観客席は全て鉄格子で分け隔てられ、通常のリーグよりも厳重な警備が敷かれている。退場のハードルが低いことでも知られ、些細な言い争いでも即退場処分となり、数日間から数週間の出場停止を言い渡される。罪人は常に魔力封印シールを背中に張られ、球場に入って密閉したところでロボット警備員が重い裏口の扉を閉めた。
魔力封印手錠は逮捕する時に使われ、文字通り両手にはめるものだが、収監された後は薄っぺらい魔力封印シールが背中に張られる。警察の帽子が描かれた四角いシールには魔力封印の機能に加え、球場の外に出れば自動的に通報される発信機能つき。必要があれば特定の個人または集団に対し、司令室からボタン1つで気絶する程度の電撃が流れるため、罪人たちが逃げることは事実上不可能だ。
無論、魔力封印シールは魔力を使わなければ剥がれることはなく、体と一体化する形でつきまとう。
アマレットはパイレーツに入ったばかりのマカロンたちを様々なポジションに就かせた。
数日間にわたって練習時間が続く――。
「マカロン、メイジー、アンブ、お前たちのポジションが決まったぞ」
「えっ、もう決まったの?」
「随分早いんだな。まだ会ってから1週間経ってないってのに」
「マカロン、お前は160キロのストレートを投げるだけあって強肩だが、変化球は不得手のようだ。守備自体はうまいし、打撃も足の速さも申し分ないが、打球への反応が鈍いために守備範囲は狭い。三遊間が適性ポジションってとこだ。メイジーはパワーもあってミートも広い。打撃に関しては文句なしだが、守備が全面的に苦手のようだ。レフトかファーストが適性だ。アンブ、お前はピッチャーをやれ」
「俺がピッチャーか。いつも通りだな」
「お前ら3人の中では最も投球のセンスがある。速球も変化球も種類が豊富で、鍛え上げればメルリーグでも十分通用する。正直に言えば、お前ら3人は俺が見てきた選手たち中でも群を抜いている。何故リトルリーグにいなかったのかが不思議なくらいだ」
「あたしが初めてエールスリア街に来た時、みんなお金の奪い合いばかりで、心が荒んでいたわ。困ってる人も多かったから何でも屋を始めて、バーソみたいな悪い連中が不当に奪ったお金を奪い返して、みんなに配ってたのよ。まさかあたしたちが警察のお世話になるなんて……思ってもみなかったけど」
「お前らが俺たちの仕事を奪ってたのかよ。どうりで最近は治安が良かったわけだ」
「底辺の世界にやってきて初めて分かったわ。この世界は理不尽に溢れてる。何で警察は犯罪の元凶である貧困問題を全く解決しようとしないのか、理解に苦しむわ」
「俺たちの仕事は治安維持と罪人の面倒を見ることで、貧困問題は別の担当だ。メルへニカは教育も無料で受けられるし、最低限の生活保障としてベーシックインカムってのがあるんだがな。でも貧困層は経費だけで全部消えちまうし、学生時代に問題ばかり起こしているような連中ばかりで就職も難しい。だから生活苦を脱するために犯罪に走るんだ」
マカロンがダミアン家にいた時には気づかなかったほど、世界には大きな格差がある。
生まれだけでその後の人生がおおよそ決まってしまう有様に、マカロンは同情とも受け取れる不公平感を抱いていた。志を同じくする同志を募るが、若気の至りが祟り、強引な手口で富の分配を行い法の裁きを受けた。自分はただ、世直しをしているだけなのにと考えながらも、マカロンはボールをいつも以上に強く握り、ファーストに投げた。
全く動かないファーストミットが、マカロンの送球技術の良さを物語っていた。
1年後――。
――建国歴11939年、エールスリア・クリミナルドーム――
マカロンたちが加入したパイレーツは連戦連勝を重ね、地元以外の新聞でも度々取り上げられていた。
特にマカロンとメイジーの3番4番コンビと絶対的エースのアンブがチームの穴を見事に埋め、メルリーグ球団からも注目を集めていた。
「お前らすげえな。クリミナルリーグ初優勝のお陰で俺の評判まで上がった。本当によくやってくれた」
「それで? あたしたちを呼んだ理由は何?」
「良いニュースがある。ロイヤルズがマカロンとボトム契約を結びたいそうだ」
「何っ!?」
真っ先に驚いたのはアンブだった。メイジーもマカロンに尊敬の眼差しを向けるが、マカロンは訳も分からず、首を傾げながらきょとんとしている。まるで状況を理解していない。
「あのロイヤルズから契約を申し込まれるなんて、やったじゃん!」
「そんなに凄いことなの?」
「だってあのメルリーグから来てほしいって言われてるんだよ! 世界でもトップレベルの実力になれると見込まれてるってことなんだから」
「ふーん、そういうものなのね」
ダミアン家の末っ子として、伸び伸び過ごしてきたマカロンにとって、世間の流行などどうでもいい。
「それともう1つ知らせがある。今日はアルビノリーグのアルビノ・ファイターズが来ることになった」
「「!」」
メイジーとアンブが一斉に目を見開いた。
だがマカロンは普段と変わらない反応だ。ましてやアルビノが話題に上るはずもなく、世間にとっては禁忌の対象であることさえ知らなかった。
「多少はイラッとくるかもしれないが、これも我慢の訓練だと思え」
「何で我慢する必要があるの?」
「はぁ!? 知らねえのかよ。ビノーは世界中から嫌われてんだぞ。マカロンは世間知らずだな」
「他人の考えなんてどうでもいいじゃない。あたしには関係ないし」
アルビノについての一応の説明を受けるマカロン。
しかし、納得はしなかった。マカロンにとって生まれの差で人生にも差がつくことは好ましくない。
「ビノーなんかと対戦する破目になるとは、俺たちも落ちたもんだな」
マカロンたちの後ろからは、銅色の短髪に赤黒い目が特徴の男、チャッキー・チャップマンが嘲笑うように歯を見せながら監督室に入った。
「お前なー、また勝手に監督室に入りやがって」
ため息を吐きながら立ち上がるアマレット。
「別に禁止じゃねえんだからいいだろ。今日は俺に先発をやらせてくれや。色々と調べてきたからよー」
「……まあいい。アンブは怪我で調整が必要だ。ポーションがあるとはいえ、傷口を塞ぐだけだしな」
「へへっ、そうこなくっちゃ」
マカロンは脳裏に恐怖を覚えたばかりか、不気味な笑みには嫌な予感すらした。
ファイターズの選手たちを乗せたチームバスが空から下りてくると、パイレーツの選手や観客席からはブーイングの嵐が飛ぶ。当のアルビノたちは全く気にしないばかりか、仲間たちと団結を高めている。
全身が真っ白な人々を見たマカロンはその美しさに魅了されたが、他の選手たちは真逆の反応だ。
「ビノー、さっさと帰った方が身のためだぜ」
「そうだそうだ。どうなっても知らねえぞ」
「ここはビノーなんかが来るところじゃないわよー。そもそもベースボールできるのー!?」
「怪我しても保険下りねえんだろー!」
「ちょっと、何やってるのよ!」
マカロンは当たり前のように野次を飛ばす面々に噛みついた。
「何って、ビノーは魔法科学に嫌われた忌むべき存在だぞ」
「そうよ。あんな連中さえいなければ、魔法科学は完璧な存在なのに」
――メイジーにアンブまで……一体どうなってるの? あの人たちが何をしたっていうの?
パイレーツ対ファイターズの試合が始まってから約2時間後の6回表、パイレーツの面々はアルビノたちのレベルの高さに慄いた。メルリーガーには及ばないが、どのポジションでも卒なくこなし、誰かが出塁すると、ランナーの走塁に合わせた打撃を決めるスモールボールはマカロンたちの度肝を抜いた。
マカロンはここまでに同点スリーランを放ち、3対3となったが、ファイターズは安打を1本しか打っていないにもかかわらず、同様に3点を入れているファイターズの機動力に不意を突かれる格好だ。
その中でも一際輝いていたのは、4番でありながら投手として先発している少年、ノア・ゴフェル。
ノアは細身の長身に加え、フィジカルの強さを感じさせる男性だが、腰まで波打ちながら伸びている白髪、おっとりした顔立ちは、穏やかな女性に見えるくらいのふんわりとした印象だ。
まだ15歳でありながら、投打に優れた才能を発揮し、最年少でアルビノリーグにデビューを果たし、将来を期待されている有望株だ。
4番ノアの打順を迎えたところで、チャッキーが内野陣を集め、グラブで口元を隠した。
「あのノアとかいうビノー、少しはできるみてえだな」
「ハッ、お前あんなビノーごときを認めんのかよ」
「俺だって認めたくねえけど、この試合、舐めてかかると負けるぞ。あのいけ好かねえビノーさえいなければ、他は雑魚ばっかりだ。ゲッツーの準備しとけ」
「ゲッツーって、ランナーは出てないぞ」
「いいから散れ。俺に考えがある」
――あんなビノー共を勝たせるくらいなら……。
チャッキーの目の色が変わると、マカロンは心の奥底に訴えかけてくる恐怖心を覚えた。
カウントはスリーツー、次の1球で勝負が決まるかどうかというタイミングだが、マカロンはノアの方に振り向くと、打ち気満々な顔のまま、左のバッターボックスから右足を踏み出した。
――ゲッツーの準備って……まさかっ!
マカロンが気づいた時、既にチャッキーの腕からボールは放たれていた。
「避けてっ!」
最悪の事態を予見したばかりのマカロンが叫ぶが、同時にバッターボックスから鈍い音が響いた。
「「「「「!」」」」」
勝負してくると思ってスイングをしていたノアの額に、正面から渾身のストレートが直撃したのだ。
「大丈夫っ?」
慌てて駆け寄るマカロン。
「来ないでっ!」
ベンチからノアの元へと足を運んでいたアルビノの1人が叫びながらマカロンを睨みつけた。
マカロンは足が止まり、ホームベース近くで立ち尽くした。
「ノアっ! しっかりしてっ! ノアっ!」
アルビノの選手の1人が動かないままのノアを抱きかかえながら呼びかけた。
ノアは一向に起き上らないばかりか、無残にも額から流血し、真っ白だった顔は赤く染まっている。
いつまで経ってもチームドクターが来ないことにマカロンが気づく。
「ちょっと、人が怪我してるのに、何でチームドクターが動かないのよ?」
腕を組みながら座っているアマレットにマカロンが声をかけた。
「マカロン、アルビノリーグはボランティアで運営されているリーグで、どこの誰からも資金援助を受けていないために、チームドクターはいない。医療を施せる者を雇えば、経費が重くのしかかる。うちのチームドクターを呼んだとしても、何もしてくれないぞ。何せ相手はアルビノだからな」
「アルビノだって、生きてる人間なのよ……それにあいつ、絶対にわざとデッドボールを投げたわ」
「あいつらの宿命だ。意図せずとも世界中を敵に回した存在ってのは、一生にわたって重い十字架を背負うもんだ。たとえピッチャーがチャッキーじゃなくても避けようがない結末だ。今日フォアボールが多かったのは、この事態を引き起こした時、コントロールが悪かったと言い訳する材料にするためだろうな」
「……」
アマレットは今にもチャッキーに殴りかかりそうなマカロンに落ち着きを取り戻させるように言った。
マカロンはノアがチームバスへと搬送される様子を黙って見守ることしかできなかった。
死球を受けて出塁したノアの代走として別の選手が入ったが、どの選手もノアほどうまくはない。投打の主力を失ったファイターズは士気を削がれ、これ以上反撃する力は残されていなかった。
チャッキーの目論見は見事に的中した。
故意による死球とは見なされなかったが、アマレットの配慮により交代となり、同時にマカロンも交代を申し出た。試合は8対3でリリーフを打ち込んだパイレーツの勝利に終わったが、マカロンは負けた時以上の悔しさを感じていた。
ベンチ裏の階段を降りていたマカロンは廊下の壁に震える腕を殴りつけ、呼吸は酷く乱れている。
「……理不尽な世の中を変えたいか?」
「変えたいに決まってるじゃない」
「だったら、まずはベースボールを究めてみろ。人間ってのは立場の強い人間の言うことしか聞かない。世の中を動かしたいなら、影響力のある立場になってから物申してみろ。自分と意見が一致する者たちが一斉に立ち上がってくれるかもしれねえぞ」
「それしか道はないのね」
「お前が世の中を変えるとしたら、メルリーガーになって経験を積み、スーパースターになってダミアン家を復興し、権威を身につけてから選挙に出るしかない。数は少ないが、アルビノの地位向上を目指している人もいないわけじゃない。ここらは南東部の中でも特にアルビノに対する当たりが厳しい。だがそれでも、あいつらがザークセルという遠方からやってきた理由が分かるか?」
「自分たちのことを理解してほしいから」
「分かってるじゃねえか」
マカロンは自らが目指す方向が、初めてハッキリと示された瞬間を見た。
何でも屋はそれをこなす者自身が何をすればいいのかを理解できず、役割を彷徨っていることをアマレットは見抜いている。マカロンはようやく自らの迷いを悟った。
アマレットは迷いを振り払ったマカロンを見届け、監督室へと戻るのであった。
クリミナルリーグは国内リーグではあるが、犯罪者のリーグということもあり、ドラフト指名の対象外となっているが、強豪となった場合は本拠地と最も距離が近いメルリーグ球団が契約を結ぶ権利を持つ。海外リーグ扱いとなっているアルビノリーグの選手は国際フリーエージェントの扱いとなっており、競合となった場合は、ポスティング制度を利用することとなる。
歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より




