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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
序章 前代未聞の入団
4/50

第2球「やり返さない勇気」

 席から立ち、エステルを見下ろすようにしながら歩み寄った。


 その様子に気づいたエステルは、餌を横取りされた鳥類のような困り顔のドボシュを不思議そうな顔で見上げている。


 普段であれば話を切り上げているドボシュだが、分からないままではどうかと思い、その意図を知ろうと踏み込む決意をする。


「父さん、チームワークが足りないのはよーく分かりましたけど、それとアルビノの選手を入れることと何の関係があるんですか?」

「うちはスモールボールをモットーとしているチームだ。アルビノリーグにはスモールボールを得意とし、チームワークを重んじる選手が多く在籍している。それにアルビノの選手と契約すれば、大勢のファンたちが珍しいもの見たさに押し寄せてくる。これは金になるぞ。客が集まれば試合観戦のチケットが多く売れる。来年度の予算を確保するには十分な額を稼げるはずだ。別に法律違反しているわけじゃない。そうだろう?」

「確かにそうかもしれませんが、慣習を破ればただでは済みませんよ」

「構わんさ。なるようになる」


 ドボシュたちにはエステルの余裕の笑顔が金銭欲に塗れた悪魔の顔にしか見えなかった。


 しかし、エステルの言っていることも筋が通っていると考えたドボシュたちは、これ以上エステルを咎めることはなく、この一大プロジェクトに協力することに。


 ――数日後――


 エステルたちはアルビノリーグを調べ尽くし、各選手を吟味し続けていたが、メルリーグで通用しそうな選手がなかなか見つからずにいた。


 駄目元でドボシュや職員たちが次々と選手の名前を挙げていく。


「アルビノ・ホワイターズのマロン・グラッセは?」

「パワーは申し分ないな。だがコンタクト能力が低すぎる。レギュラーは難しいだろう」

「アルビノ・ガントレッツのカトル・カールは?」

「球速は早いが、コントロールが悪い上に球種の引き出しが少ない。打ち込まれてしまうよ」

「父さん、一体どういう選手ならいいんですか?」


 半ば呆れ顔でドボシュが尋ねた。ドボシュは養父の意図が理解できないままだ。


 周囲を置いてけぼりにしていることを気にも留めず、エステルは真顔のままコマンドフォンを使いこなし、そこから放出されるホログラムと睨めっこを続けている。エステルたちの周囲には各選手のデータがホログラムとして漂っている。


「使うなら毎日出場できる選手だ。まずは野手かリリーフだな。うちの課題は投手陣の不安定さと打力のある選手の少なさだ。後は強靭な精神力の持ち主であれば……これだ。アイリーン・ルーズベルト。アルビノ・ホワイターズのリードオフマン。長打力は致命的に低いが、打率は3割8分で盗塁成功率は95%を超えている。しかも対戦相手の多くがベテランの社会人チーム、つまり引退したメルリーガーたちを相手にこの成績だ」

「投手と捕手以外は全てのポジションを問題なくこなせるユーティリティープレイヤーのようです。でも彼女、違う意味でかなりの問題児みたいですよ」

「どんな問題を起こしたんだ?」

「強制収容所にいた時、看守に逆らっては殴り合いの喧嘩を繰り返し、手に負えなくなってからはそのまま保護観察処分付きの追放処分。ホワイターズに入団してからも審判に楯突き、退場処分を受けてもグラウンドから出ようとせず、警察に引きずり出された」

「ほーら、言わんこっちゃない」

「彼女は社会からの扱いが気に食わないようだ。気に入った。なかなかの反骨精神だ」


 自らのニーズに合う選手が見つかったことを喜ぶエステル。だがエステルとは対照的に、ドボシュたちは落胆の表情をより一層強めた。


 外は段々と雲行きが怪しくなり、雨こそ降らないが、薄暗い雲がメルへニカの空を包み込むように覆っている。


 一度やると決めたらとことん自分を貫くのがエステルの性分だ。これを知っているドボシュからすれば、もはやこちらの方が手に負えない。


「アルビノを入れるなんて、嫌な予感しかしませんがね」

「メルへニカのハートの色は白や黒じゃない。桃色だよ。彼女も、私も、神も、みんなベースボールファンだ。うまくいくとも。彼女を探して、ここに連れてきてくれ」


 結局、エステルの方針でアルビノの選手を雇うことに決めたペンギンズ。


 ドボシュたちはファンやメディアから叩かれることを第一に恐れた。


 そんな前途多難なドボシュたちにできることはただ1つ。アルビノの選手が問題を起こし、早々に舞台から退場することを祈るのみ。問題を起こしてしまえば、流石にエステルとて計画を続けることは難しくなる。ドボシュたちはアルビノに対する偏見こそないが、関わるだけでも命懸けだ。


 アルビノと親しい人もまた、迫害の対象であることをドボシュたちは知っていた。


 ――数時間後、ザークセル属州カイゼル――


 隔離政策により、アルビノたちは専用の居住区に住むことを余儀なくされ、人々にとっては当たり前となっている社会的な恩恵も受けられなかった。


 宿泊施設、飲食店、学校に入れないのは当たり前。就職しようにも職種に制限がかかり、雇用まで禁止されていた。ベーシックインカムのお陰で最低限の生活は保障されているものの、基本的人権までは保障されず、さながら動物のような扱いであった。


 カイゼルと呼ばれる小さな町をユニフォームを着た4人のアルビノたちが歩いている。


 仲良し内野手の4人は、いつものように町へと繰り出していた。


 アルビノたちを先導するアイリーン・ルーズベルトはまだ19歳の女性だ。


 先頭を歩くアイリーンはアルビノとしての特徴が顕著だ。潤いのある肌の色も、ゆるふわで長い髪の色も、その全てが透き通るように真っ白で、目の色は澄んだ水のように青みがかっている。背丈は低く体型も棒のようにほっそりとしている。胸は大きめだが、女性用ユニフォームに付与された防護機能により、問題なくヘッドスライディングも行える。


 3階建ての木造建築が立ち並ぶ居住区の郊外には商店街があり、そこではバザールと呼ばれる週に一度の祭りが開催されていた。だが住民たちがアルビノたちに向けている目はかなり冷ややかなもので、さながら前科持ちの凶悪犯が釈放されたかのような反応だった。


「ねえアイリーン、私お腹空いちゃった」

「寮まで我慢できないの?」

「朝から何も食べてないのよ。今日はクラブの食堂休みだし」

「じゃあそこのお店でテイクアウトしましょ。私が奢るわ」

「えっ、いいの? ありがとぉ~」


 メルへニカでは15歳からが成人とされており、名実共に大人として扱われるが、それは権利と引き換えに責任が重くなることの証であった。


 しかし、アルビノには人権が与えられていないにもかかわらず、他の大人と同様に責任だけは重くなることに対してアイリーンは違和感を持っている。


「サンドウィッチのセットを4つください」

「はいよ。4つで10メルヘン40グリムだ」


 値段を提示され、店員が目の前に置かれているコマンドフォンを操作すると、決済用ホログラムと称される蜘蛛の糸のような水色の丸いボールが出現する。


 そのボールは成人した人間の片腕がすっぽり入るくらいの大きさで、そこに腕を挿入し、指紋認証を行えば決済完了となる。


 アイリーンの仲間たち3人が真っ先にテーブル席を見つけた。大きな日傘がテーブル中央から真上に差されている席に腰かけた時だった――。


「おい! そこに座っちゃ駄目だ! アルビノは外食禁止のはずだぞ!」


 突然、店員がテーブル席に腰かけた彼女らを怒鳴りつけた。周囲には息が詰まるほどの張り詰めた空気が漂い、彼女たちは慌てて席から立ち上がった。


 それを見ていたアイリーンは、腕を決済用ホログラムから遠ざけた。


「……サンドウィッチをショーケースに戻して」

「何っ!」

「それは買わない。ランチは別の場所で食べるわ」

「……」


 さっきからアイリーンと店員がお互いを嫌悪の目で睨み合うが、店員が根負けしたかのように首を逸らし、今度は店員に視線を向ける住民たちを見回すと、再びアイリーンと目を合わせた。


 強情なアイリーンによって硬直したこの場に困り果てる店員。


「……分かった……いいよ、使え」


 テーブル席に座る許可を得たことを確認し、アイリーンは無事に決済を済ませたが、タジタジになった店員はそのまま店の奥に引っ込んでしまった。


 アイリーンたちが美味しそうにサンドウィッチを食べていると、商店街の近くに1台の紺色の車が停まった。車の扉が開き、車内から数人のスーツを着た男たちが下りてくると、真っ先に目に入ったアイリーンたちにゆっくりと歩み寄ってくる。


 この異様な光景に戸惑いを覚えるアイリーンたち。


「なあ、君たちのチームのリードオフマンを探しているんだが」

「私ですけど……あなたたちは?」

「オリュンポリティア・ペンギンズの者だ」

「ペンギンズって、あのメルリーグ球団の?」

「そうだ。オーナーが君に会いたいと言っている。我々と一緒に来てくれないか?」


 ――数時間後、オリュンポリティア属州キールストル――


 ペンギンズのオーナー室に案内されたアイリーンが恐る恐る木造の扉を開けた。


 アイリーンは職員たちが与えた正装を着用している。アイリーンは更衣室で着替えた後、白いブラウスと黒いコルセットに身を包み、豊満な胸が所狭しと苦しそうだ。


 外では雨が降り始め、時折雷の音がゴロゴロと鳴り響いている。


「失礼します」

「おお、来てくれたか。そこに座ってくれ」

「オーナーが私に用があると職員の方に聞きましたが」

「ああ、そうだ。私がペンギンズのオーナーを務めているエステルハージートルタ・バロン・ウィトゲンシュタインだ。気軽にエステルと呼んでくれ。アイリーン・ルーズベルトで間違いないか?」

「はい……一体何の用です?」


 恐る恐る尋ねながら、アイリーンは普段見ることのない高級な椅子にゆっくりと腰かけた。


 そばにはドボシュたちが佇みながら2人のやり取りを見守っている。


「単刀直入に言おう。君にオリュンポリティア・ペンギンズ傘下のオリュンポリティア・レインディアーズに入団してもらいたい」

「……えっ?」


 一瞬、アイリーンが大きく目を見開いた。思いがけない話に、アイリーンはエステルが何を言っているのかを理解するのに少しばかりの時間を要した。


 ましてやメルリーグ傘下のトリプルリーグ球団に入ることなど、予想だにしていなかった。


「そこで1年間様子を見させてもらう。2月にはレインディアーズに合流してもらいたい。成績次第で君をペンギンズに昇格させよう。年俸は1万2000メルヘン、契約時には8000メルヘンのボーナスを出そう。それでどうかな?」

「は……はい……別に構いません。でもどうして――」

「だが1つ条件がある。怒りを抑えられるか?」

「……怒りですか?」

「そうだ。アルビノがメルリーグに入るんだ。君も想像がつくだろう。憎悪の的だ。世間にとって君は招かれざる客。君はチーム御用達のホテルにも泊まれず、チーム御用達のレストランにも入れない。世間はあらゆる手段で君を怒らせようと挑発する。もし君が怒り狂って問題を起こせば、私の計画は台無しだ。罵り返せば君の言葉だけが取り沙汰され、殴り返せばこう言われる。アルビノが癇癪を起こした。これだから遺伝子疾患は駄目なんだ。アルビノは存在に値しないとな。計画が失敗すれば、アルビノの地位向上は二度と望めない」

「……」


 この時、アイリーンは気づいた。自らが貧乏くじを引き当てたことに。


 エステルから目を逸らし、目線を下に向けたまま思い詰めるように黙っていると、腰かけていたエステルが立ち上がり、アイリーンに近づいた。


「さあ答えろ。このろくでなしのアルビノがっ!」


 バチッと何かを叩いた音が部屋中に鳴り響くと同時に、どこかに雷が落ちる音がした。エステルが右手でアイリーンの左頬めがけて平手打ちしたのだ。


 思いっきり叩かれた勢いのまま、アイリーンが椅子ごと右方向に倒れた。


 ドボシュたちは口を大きく開けながら動揺しているが、アイリーンは黙ったまま立ち上がり、椅子を起こして元の位置に戻すと、エステルに歯向かうように近づいた。


 鋭い眼光のまま接近するアイリーンに、若干怖気づくエステル。


「やり返す勇気もない弱虫になれと仰るのですか?」

「……違う……そうじゃない……やり返さない勇気を持った選手になってほしいんだ」

「やり返さない勇気?」

「敵は増えていくだろうが、奴らの低いレベルに自分を落とすな。世間に勝つには2つの条件を満たす必要がある。君が立派な淑女であること、偉大なベースボールプレイヤーであることだ。それらの条件を満たす方法は1つしかない。世間が納得するまでは、打撃、守備、走塁で黙々とチームの勝利に貢献することだ。ベースボールの実力で敵を捩じ伏せろ。今まで君を罵ってきた世間を見返してやれ。その覚悟を決める勇気が君にあるかね?」


 この力強いエールとも言える言葉には、いつも強情なアイリーンも納得の笑みを浮かべた。


 アイリーンは熟考するが、エステルの計画の意図を考えながらも結論を出した。


「……エステルさん、頬はもう1つあるのをご存じですか?」

「はははははっ! 条件を呑んでくれるんだな?」

「はい……もし私が……ユニフォームと……背番号を貰えたら……勇気で応えます」


 段々と覇気を取り戻すアイリーン。


 アイリーンはエステルの狙いには全く気づいていない。


 何か意図があるのではないかと感づいてはいたが、今は自分や仲間たちの生きづらさを解消するべく、心の中でもやもやとしている漠然とした小さな違和感を押し殺した。


 アルビノが評価される機会があるとすれば、今をおいて他はない。そう感じたアイリーンはエステルの言葉を胸に秘め、意気揚々と帰宅する。


 空を覆っていた雲は消え、すっかりと晴れていたのであった。

 メルリーグのアクティブ・ロースターは25人、故に野手が1人足りなくなるため、ピッチャーの中で最も守備の上手い選手がユーティリティーピッチャーに選ばれ、守備固めに参加することが創成期からの習わしである。


 ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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