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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
特別単発エピソード
39/50

底辺の溜まり場『前編』

 オリュンポリティアペンギンズの三塁手、マカロン・クラックレ・ダミアンの物語です。

 メルリーグにデビューする前のマカロンはどのように過ごしていたのか。

 ――建国歴11938年、ロンブルク属州、エールスリア街――


 メルへニカ王国南東部、ブルクベルク属州の東に位置するロンブルク属州は、南東部の中でも魔法科学が進んだ工業地帯。特に進んでいる分野は遺伝学。遺伝子改良が行われた生物が各動物園に運ばれ、新種の動物として人気を博しており、古代生物を復活させた偉業も大きく取り上げられている。


 エールスリア街の広い空き地に建つ廃墟では、腕に覚えのある面々が集まっている。


 かつてメルリーグの球場として名を馳せた球場、『ジョリー・ロジャースタジアム』はロンブルク・パイレーツの本拠地として、約250年ほど前まで使われていたが、ウィトゲンシュタイン家がパイレーツを買収してからは全てが変わってしまった。周囲の反対を押し切り、拠点をブルクベルクへと移し、ブルクベルク・ロイヤルズとなってからは人がめっきりと来なくなり、長い年月をかけて廃墟と化した。


 いつしかこの場所は、『旧球場オールド・ロジャースタジアム』と呼ばれるようになり、急速に進む時代の流れに置いていかれ、ベースボールを用いたギャンブルを行う貧困者や不良の溜まり場となり、エールスリア街全体の象徴として凋落の一途を辿っていた。


「マカロンと言ったな。最近俺の縄張りを荒らし回っていると噂で聞いたぞ。俺がホームランを打ったら有り金全部置いていってもらうぜー!」


 バッターボックスから白いドクロマークが描かれた黒いバンダナを頭に巻いている大男の低い声が響き渡り、バットの先をレフトスタンドへと向けた。レフトスタンドには、同じバンダナを頭や腕に巻いている大男のファンたちが横並びに座りながら声援を送っている。


「上等よ。でもあんた、三振しても知らないわよ。バーソ」


 マウンドの上から余裕の笑みを浮かべながら言ったのは、赤紫と青紫が交互に生えている縞模様の姫カットを腰まで伸ばし、美少女と称される顔立ちと、小柄で細身な体が特徴の少女だ。


 マカロン・クラックレ・ダミアン。ブルクベルク属州に生まれ、エールスリア街で育ったガリアン系メルへニカ人。時折この場所に表れては、啖呵を切った命知らずから金を巻き上げている賭博選手(ベースギャンブラー)であり、地元では名の知れた16歳の問題児である。


 見た目の可愛らしさとは裏腹に、数多くの選手をこの場所で倒してきた投手として、多くの賭博選手(ベースギャンブラー)から恐れられている。


 対するは賭博選手(ベースギャンブラー)の1人、バーソ・ロミュー。


 マカロンは自信満々の笑顔で歯を見せながらボールの握りを公開する。


 眉を顰めながらも、バーソはストレートの握りであることをすぐに察知する。


 バーソはアレッサンドリア・ブレーブスでプレイしていた元メルリーガーだったが、6年前に賭博に関わっていたとしてメルリーグを永久追放され、エールスリア街に移り住んでからは賭博選手(ベースギャンブラー)たちを牛耳る親分に甘んじている。今では商人として商品の転売を行い、メルリーグの年俸と法外な取引で荒稼ぎしたこともあり、賭博試合に明け暮れている。


 ルールは投手と打者が1対1の勝負を行い、投手は打者を凡退させれば勝ち。打者は安打を打つか出塁すれば勝ちという単純なものだが、守備には廃棄ロボットを野手用に改良した野手ロボットが、球審には廃棄ロボットに更なる改造を施されたロボット球審を使うこととなる。どのロボットにも、魔法科学によるプログラムコードが埋め込まれているパッチが後頭部に貼られ、バーソの言いなりとなっていることには誰も気づいていない。


 ただ1人を除いては――。


 無論、全ては魔法科学の技法を知ったバーソにとって都合の良い細工が仕組まれている。


 バーソが打者の時はロボット球審のストライクゾーンが狭まり、ロボット野手の守備力が極限まで下がり、バーソが投手に賭ける時はその真逆となる仕組みだ。


「バーソに2000メルヘン」

「じゃあ俺はバーソに3000メルヘンだ」


 ホームベース側に集まっている汚い服を着た不良たちが、一斉にバーソに賭ける金額を宣言し始めた。


 コマンドフォンからバーソが作ったダークウェブに接続し、賭けた金額を送信する。


 賭けに勝てば倍額となって返ってくるが、負けた場合は全て没収となる。マカロンに賭ける者は1人もいないが、それでもマカロンの表情は一向に揺るがないばかりか、周囲を鼻で笑う始末だ。


「全然少ないわねー。()()()()()()()()()()なのに、もっと賭けないの?」


 マカロンの興が醒めた呟きに周囲がざわついた。


「……どういう意味だ?」

「このロボットたち、あんたが改良したのよね?」

「それがどうした。今更賭けを降りることは許さんぞ」

「安心して。賭けを降りるなんて言うつもりはないわ。そっちがその気なら受けて立つけど、あんたにも相応の価値を賭けてもらうわ。そしたらこの勝負に対して文句は言わないし、これ以上疑うこともしないって約束するわ」

「一体何を賭けろってんだ?」

「あんたの全財産を賭けてもらうわ。賭博試合での勝率、かなり高いようね」

「けっ! 舐めたマネを……いいぜ。賭けてやるよ。後悔すんなよ」


 バーソは不機嫌そうにバットを縦に構えた。


 マカロンはグラブにボールを隠しながら集中する。


 ――ロボット球審はど真ん中以外は全てボール球の判定を下すでしょうし、ロボット野手はわざとエラーをするでしょうね。ロボット塁審は際どいタイミングを全てセーフと判定するでしょうし、かなり巧妙なイカサマね。さっきバーソの目を盗んでロボットのパッチをこっそり調べてみれば、あの男に都合の良いプログラムコードばかりが仕込まれていた。感謝してるわ、アンブ。


 ホームベース側に佇んでいる仲間の1人、アンブローズ・ワイズマンと視線が一致する。


 アンブが青黒い長髪をなびかせながらマカロンに微笑むと、マカロンは再びバーソを睨みつけた。


 マカロンが投球モーションに入り、体を大きく振りかぶった。


 ――たとえイカサマがばれていたとしても心配ねえ。お前はど真ん中に投げるしかねえんだ。それを分かっていたからこそ、ストレートで勝負することをボールの握りで宣言したんだろうが、生憎俺はストレートが大の得意なんだよー!


 風を切るような思い切りの良いスイングがボールに襲いかかる。


 鈍い音がバットを掠り、ボールはマカロンのグラブに収まった。


「何っ!」


 バーソが慌てて両腕を勢い良く振りながら一塁に向かって走り出す。


 しかし、マカロンが余裕でバーソに追いつくと、ファウルラインの上に立ちはだかる。


「うっ!」


 バーソが諦めて足を止めると、マカロンのグラブがバーソの右肩にポフッと触れた。


『アウト』


 一塁ロボット塁審が渋々アウトをコールしながら右腕を握り拳へと変えた。


「てめえっ! ボールに細工をしやがっただろっ! じゃなきゃ俺があんなど真ん中のストレートを凡打するはずがねえんだよっ!」

「あんたさー、なんか勘違いしてない?」

「ああ!?」

「あたしが投げたのはチェンジアップよ」

「なっ!」


 肩を崩しながら顔面蒼白になるバーソとは対照的に、ファウルゾーンに立ったままドヤ顔を決めるマカロンがバーソを睨みつけながらほくそ笑む。


「あんたはあたしがストレートを投げると思ったみたいだけど、あたしは打者のタイミングを外すためにチェンジアップを真ん中低めに投げた。そしてあんたは見事に引っ掛かったってわけ」

「何言ってんだ。球速は140キロも出ていたじゃねえか」

「ふふっ、もしあたしがストレートを投げていたら――」


 マカロンは再び振りかぶると、ボールは目にも止まらぬ速さで三塁近くに立っているロボット野手のグラブに勢い良く収まるが、ロボット野手の腕が外れてしまい、三塁側ベンチに入り込んでしまった。


「「「「「!」」」」」


 推定160キロは堅い圧倒的なスピードを前に、ガヤガヤとうるさかった不良たちは度肝を抜かれた。減らず口を一斉に閉ざし、無意識に敬服してしまった。


 外れた腕を三塁側ベンチにいた不良の観客たちが拾い上げた。


 小さな電光と火花を散らす腕にビビり、再び腕を地面に落としてしまった。ガシャンと音が鳴った腕からはパッチがポロッとこぼれ落ちた。


 ロボット野手は地面に倒れたまま、意識を失ったように動きを停止する。


「あんたは掠ることもできず、2球目からは全部見送って、フォアボールで出塁する作戦に切り替えるつもりだったことくらい、容易に想像がつくわ。それにあのパッチ、ロボットの内側にまで貼りつけているってことは、プログラムコードの埋め込みが甘いわね。調べればあのロボットがあんたの都合の良いように動いていた証拠になるのよ。こんな不正賭博、そろそろやめにしたら?」

「……てめえ……何者だ?」


 バーソは立ち上がり、マカロンの顔から眼光を離さない。


「あたしはただの何でも屋。あんたがここの住民から不正に奪ったお金を取り返すよう頼まれていたの」

「ふっ、そいつを捕まえろっ!」

「! ……思った以上に腐ってるわね」


 汚物を見るような目でマカロンが吐き捨てた。


「何とでも言え。今のはお前の走塁妨害だ」

「警察だっ! 動くなっ!」

「「「「「!」」」」」


 全員が声がする方向に顔を向けた。


 青と黒を基調とした制服を着た男女が続々と球場に表れ、銃を構えながら手を上げさせた。


 ――警察? どういうこと? まさか誰かが通報でもしたの?


 ホームベース側の観客席を見渡すマカロン。だがマカロンの仲間たちは既にグラウンドに下りていた。


 マカロンの前に2人の男女が歩み寄る。1人はアンブだが、もう1人は橙色の肩まで伸びた髪、大きな目にスレンダーな肉つきの良い長身を誇る少女だ。


「メイジー、どうして警察なんかがいるの?」


 冷静な顔でマカロンが少女に尋ねた。


「さっき不良の1人が通報したのよ。慌てて追いかけたけど、時既に遅しだったわ」


 メイジー・ソーサ。マカロンとは家が隣同士の親友だ。


 生まれながらにして貧困だが、卓越した身体能力を買われていた。しかしリトルリーグに入ることなくマカロンについていく道を選んだ。


 アンブもまた、その1人にして、マカロン以上のセンスを誇る剛腕投手だ。3人は子供の内から学校を脱走し、何でも屋として日々活動を繰り広げている。


「賭けに負けたと思って、腹いせに通報したんでしょうね。でも結果は走塁妨害よ」

「いいえ。警察が来た以上、この賭けは無効よ。それにほら、ダークウェブも使えなくなってる。きっと誰かが警察に情報を送ったのね」

「それは俺が潜入捜査をさせていたからだ」


 1人の警察官がマカロンに話しかけた。


「じゃあ、さっき逃げていった不良は――」

「お察しの通り、潜入捜査官だ。警察を舐めてもらっちゃ困るぜ。お前らも賭博試合の現行犯だ。署まで同行してもらおうか」

「「「……」」」


 ――数時間後、ロンブルク属州、エールスリア警察署――


 マカロンたちはメルへニカ警察に連行され、道中で全ての事情を洗いざらい白状した。


 護送用の全自動パトカーが青い壁と黒い三角屋根が特徴の建物へと入り、マカロンたちは手錠をかけられたまま取調室へと入った。


 手錠には魔力封印の機能があり、手錠をかけられている間は一切の魔法を使えない。


「俺はアマレット・モール。ここで巡査部長をやってる。お前たちのことはとっくに調べがついている。しかし驚いたなー。不良たちと一緒にウィトゲンシュタイン家の親戚まで一網打尽にしちまうとは」


 マカロンはウィトゲンシュタイン家の名を聞くと、気負いするように首を横に向けた。


 アマレットは黄土色の短髪を整え、ボサボサに生えている髭を指で触りながらマカロンたちと対面し、プロフィールホログラムを黙読している。


「知っていたのね」

「マカロン・クラックレ・ダミアン。ダミアン家の末っ子、ウィトゲンシュタイン家の分家の1つ、シュヴァリエ家当主の妻、バーチョ・ディア・ダミアンを伯母に持つが、家からは勘当されているそうだな」

「よく調べたわね。簡単に手に入る情報じゃないと思うけど」

「まあな。調べるのに苦労した。ロマーノ系とガリアン系の血が混ざっているダミアン家では、天然縞模様の髪は不吉の象徴とされていて、半ば禁忌のような扱いを受けているが、お前は家族からの打診を断って染髪に応じなかった。正直に答えれば帰してやる。何故だ?」


 アマレットの問いかけに、マカロンは一瞬怯み、体を少しばかりのけ反らせた。


 貴族が逮捕された場合、重罪でなければすぐに解放されるケースが多く、ましてやウィトゲンシュタイン家やその親戚が逮捕された場合は尚更だ。


 マカロンは貴族と平民の格差をここでも思い知る。


「……迷信なんかのために、持って生まれた髪を別の色に染めるなんて、なんか自分の存在を否定されてるみたいで嫌なのよ。断ったら出ていけって言われたから、お望み通り出ていってやったわよ。ブルクベルクから少し遠くのロンブルクに家を借りて、暇潰しに仲間を集めて何でも屋を始めたってわけ」

「お前、趣味でピッチャーやってるのか?」

「別に趣味でも何でもないわよ。体を鍛えるために色んなスポーツをしてるってだけ。ベースボールも賭博試合を制するためにやっていただけで、あたしもメイジーもアンブもピッチャーよ」

「そうか、それは良いことを聞いた」


 アマレットがその場に立ち上がり、不敵な笑みを浮かべながらマカロンたちに顔を近づけた。


「……何よ」

「お前ら、ベースボールを究めてみないか?」

「――はぁ~」

「何でため息吐くんだよ?」


 半ば呆れ顔でアマレットが言った。


「ベースボールを勧めてくる警察官は初めて見たわ。本当に仕事する気あんの?」

「知らないのか? 罪人の更生プログラムの一環で、クリミナルリーグという各地の刑務所が所属するリーグがある。罪人だけで構成されたチームを組んで、ボトムリーグ、ワーカーズリーグ、アルビノリーグといった、色んなチームと戦うんだ。最もレベルの高いボトムリーグのチームとはシーズンオフにしか戦えないが、ワーカーズリーグやアルビノリーグの連中とならいつでも対戦できる。成績次第で、ボトムリーグの選手としてスカウトしてもらえる可能性もある。お前らの心臓は俺が握っている。マカロンはともかく、他2人は俺の報告書次第で長い懲役刑に処することもできる。だがお前らがクリミナルリーグに入ると言うなら話は別だ」

「減刑してくれるってこと?」

「ああ。ダークウェブの創設及び使用は、ロンブルク州では10年の懲役刑だ。だが反省の余地ありと報告した場合は、クリミナルリーグに1年の所属で済む。どうだ?」

「……分かったわ。その条件、飲むわ」


 ふと、望みを託すように口角を上げるマカロン。


 マカロンには1つの確信があった。アマレットがマカロンたちにベースボールを勧めたのは、紛れもなくマカロンたちの実力を買ってのことだ。


 後日、マカロンたちはダークウェブ使用の罪で、クリミナルリーグへと送られたのであった。

 ドラフト指名の対象となるのは、リトルリーグ、ワーカーズリーグに所属している各チームの選手のみであるため、その他の選手は国際フリーエージェントの扱いで自由に契約を結ぶことができる。ドラフトで有望株を指名できなかったチームは、海外リーグにスカウトを送り、所属する選手を吟味するのだ。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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