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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
特別単発エピソード
38/50

型破りな両打ち『後編』

 ペンギンズを代表する遊撃手、椎名葵がメルリーガーになる前の物語後編です。

 果たして葵は、スイッチヒッターを究めることができるのか。

 ――数日後、オリュンポリティア属州ヴィーヴァーク――


 葵は両親を説得すると、すぐさまヴィーヴァークへと足を運んだ。


 全自動タクシーが目的地に着くと、数多くの高い摩天楼に圧倒され、思わず空を見上げた。葵は衣食住に必要な物資は全て保障されるという条件付きで移住している。リトル・ペンギンズのホーム近くに選手用の寮を用意してもらい、既に魔法による整理整頓がされているモデルルームのような自室に入った。


 葵はエステルを通じてリトル・ペンギンズに入団した。


 家に荷物を置いてから球場に向かおうと、葵は自室の扉を開けた。


「やれやれ、一体どうなるんだか」


 期待と不安が入り混じる中、そこの1人の女子が姿を現した。


 その後ろには1台のロボットが挨拶をするように電子音を出しながら佇んでいる。


 紺色と白を基調としたペンギンカラーで覆われた鋼鉄のボディからも、オリュンポリティア・ペンギンズのロボットであることが葵にはすぐに分かった。


「おかえりなさい」

「菫っ! 何でここにっ!?」

「私だけ置いてこうったって、そうはいかないんだからねっ。私もドルフィンズのマネージャーをやめたの。それでエステルさんに葵の世話役を頼まれたの。これは世話役ロボットの『P2(ピーツー)』よ」

「ぴーつー?」

『P・ウィーリー・2号と申します。ワタクシのことはP2とお呼びください。椎名葵様本人であることを確認しました。エステル様より、当面は葵様の世話と練習係を務めさせていただきます』

「お、おう」


 P2の勢いに押される葵だが、それは願ってもないことであった。


 直立二足歩行型世話役ロボットはあらゆる家庭に普及しており、主人の身の回りの世話をする他、犯罪から主人の身を守るガードマンとしての役割もあり、世話役ロボットを持っていれば、10歳以上であることを条件に1人暮らしを許される。葵の家庭は貧しく、高性能のロボットは買えなかった。


 家の中を一通り案内されると、P2がつかぬことを尋ねた。


『エステル様よりお伺いしております。葵様はメルリーガーを目指されているとか』

「ああ。小さい時に10歳未満の子供が入る登竜門、キッズリーグに入った。そこで才能ありと見なされた僕はリトルリーグに入った。リトルリーグで活躍すれば、ドラフト指名を受けて契約を勝ち取ることができる。そこからメルリーグ昇格まで、どれくらいかかるか分からないけど」

『現在の葵様の身体能力では、メルリーガーになれる確率は28%です』

「低いなー。そんなに駄目?」

『はい。今までの葵様のプレーを分析した結果、スタンドプレイが多い上に、ベースボールプレイヤーとして致命的な()()があります。打撃はどちらかに絞った方が確率は上がるでしょう。葵様は左打ちに徹すればアベレージヒッター、右打ちに徹すればスラッガーになれます』

「大きなお世話だ」


 荷物を置いてから外に出ようとする葵。P2にはあまり関心を示していない。


『どちらへ?』

「リトル・ペンギンズに合流する。今日も試合だし」

『ではワタクシもお供します』

「勝手にしろ。僕は自分のやり方でいく」


 菫とP2に構わず、強情な態度で『ヴィーヴァーク・フィールド』へと辿り着く。


 葵は監督や選手たちと挨拶を交わし、練習後に試合が始まると、早速ショートの守備に就いた。


 1回表、鋭いライナー球の当たりを素早くキャッチし、ファーストミット目掛けて腕を振るった。だがファーストが葵の送球を取れず、ランナーを出してしまった。


「あちゃ~、取れてたら余裕でアウトだったのにぃ~」


 観客席に座っている菫が思わず頭を抱えた。菫の左隣に座っているP2は至って冷静だ。


『葵様はオールラウンドプレイヤーで、最も得意なプレイは守備です。しかし、あのファーストの守備力を考えれば、今のような全力送球は避けるべきでした』

「結果論じゃないの?」

『あのファーストは動きが鈍く、守備力はかなり低めです。あの守備力なら、送球スピードを76%まで下げるべきでした』

「そんなことをしたらセーフになるんじゃないの?」

『メルリーガーになれば、守備力の低い選手がファーストに就くことも珍しくありません。去年ファーストを務めたメルリーガーの69%が基準値未満の守備力というデータが出ています』

「ということは、ファーストが上手い人だったら、全力送球していいわけだ」

『その通りです』


 1回裏、葵は3番を任され、いきなり1アウト一塁のチャンスで打席が回ってくる。


 右打席に入り、一発長打の構えを見せる葵。投手のシャーリー・シャーザーは自身が右投げであるにもかかわらず、右打ちとなっている葵に対して妙な違和感を持った。


「一発で仕留める気だね」

『葵は打席で能力が変わる特異性を持ちます。文字通りタイプがスイッチするスイッチヒッターですが、これには大きな弱点があるのです』

「大きな弱点?」


 スリーツーとなり、葵は真ん中高めの球にフルスイングを決める。


「!」


 しかし、ボールは急速に外角へと逃げていき、葵のバットは空を切った。


『ストライクアウト』


 葵とシャーリーの目が合った。シャーリーの冷静な眼は葵に強い印象を与えた。


 青色の右目と黄色の左目、長く明るいブロンドの髪が特徴のシャーリーが周囲の興味をそそり、可憐な小顔は味方さえ魅了する。


「あのピッチャー、凄いわね。しかも可愛い」

『彼女はシャーリー・シャーザー。現時点でのドラフト指名候補筆頭格とされています。右打者から見て外へ逃げるスライダーを打つのは至難の業でしょう』

「だから他のスイッチヒッターはピッチャーの真逆に立つんだね。葵はインコースが得意だから、左だったらスライダーを打てるはずなのに」

「葵はランナーがいるからこそ、長打を打つために右打席に立った」

「エステルさん」


 菫の隣に座ったエステルが葵を分析しながら言った。


「葵はランナーがいる時は右、ランナーなしの時は左に立つ。だがタイプが変わることは読まれているようだ。あのランナーは葵が右打席に入るようにわざと出したんだ」

「どうしてですか?」

「あのキャッチャーはまだ未熟だ。ランナーなしの場合、葵は2アウトからでも積極的に出塁する。ランナーとなれば守備力に劣るあのキャッチャーにとっては不利だ。だから葵に右打席に入らせるために、わざと足の遅いランナーを出した」


 エステルは葵の情報を熟知していた。それは相手チームも同様であり、奇抜なバッティングから繰り出される打撃は、どこの投手陣にとっても脅威であった。


 研究されていた葵は全打席ノーヒットに終わり、左打席の時は歩かされた後、後続の打者にゴロを打たせることで、まんまとダブルプレイの餌食となっていた。


 試合後、グラウンドから多くの人が立ち去っていく。試合後も打撃練習に励んでいた葵のもとに、菫、エステル、P2が歩み寄ってくる。


「今日何故負けたか分かるか?」

「……エースに完封された」

「相手のキャッチャーに弱点があったことには気づかなかったのかな?」

「分かってたよ。リードはうまいけど肩弱いし、ランナーが鈍足じゃなかったらフリーパスだよ」

「何故左打席に入らなかったんだ?」

「ヒットを打っても各駅停車のランナーがいたら盗塁もできないし、ランナーがいるんだったら一発で決めるしかないって思った」

『右打席に入った時点で、葵様が一発狙いであることはばれていたようです。右打者を得意としているシャーリーにとっては格好の獲物です。あの場合は左打席に入り、外へと逃げるスライダーを封じて長打を狙うべきでした。左打席に入っていれば、相手はストレートを投げざるを得ません』


 ――こいつ、ロボットのくせに一言多いな。


 的確で容赦のない指摘を受ける葵だったが、冷静に自分のプレイを見つめ直し、どうするべきだったのかを考えるだけで精一杯だ。


 ランナーがいれば機械的に右打席に入る癖を見抜かれていたことに気づくと、シャーリーにしてやられたと苦笑いを浮かべた。


「……」

「ねえ葵、エステルさんが言うには、P2にはベースボール練習プログラムがあるの。そこでP2を使って練習するのはどうかって勧めてくれたの。左打席の長打力が上がれば、エース級のピッチャーにも勝てるようになるんですよね?」

「……本当に?」

「ああ、もちろんだ。右のスラッガーフォルムであれば、プロでも十分通用するだろう。だが左のコンタクトフォルムは明らかなパワー不足だ。シングルヒットを量産するだけではピッチャーにとって全く脅威にならない。シャーリーは君のスラッガーフォルムを警戒し、研究していた。次はコンタクトフォルムを研究するだろう。今のままでは完全に抑え込まれてしまう。私は君のような反骨精神のある選手にこそ、メルリーガーになってほしいと思っている」


 決意を胸に秘めた葵はバットを持ったまま立ち上がった。


「……分かりました。メルリーグで通用する打撃を教えてください」


 それからは毎日のように打撃練習が続いた。


 P2が投げるボールにひたすら食らいついた。


 葵の課題はスラッガーフォルムにおける辛抱のなさ、コンタクトフォルムにおける長打力不足だ。ただ克服するのではなく、あくまでも長所を伸ばすことにフォーカスした。


 葵の両手は所々豆が潰れ、バットが血で茶色く汚れていた。それでも包帯を巻いて痛みをこらえ、死に物狂いでバッティングを続けた。P2の投げる球は150キロを超えていた。メルリーグでは珍しくない球だが、ファウルフライを打つので精一杯だった葵は練習を重ねるにつれ、段々と思った方向にボールを飛ばせるようになっていた。時折エステルの指導が入り、言葉を具現化するように動作へと移していく。


「左の時はホームランを狙わなくていい。打ってから走るまでが早いのが特徴だ。ファウルラインを狙って二塁打や三塁打を打てるようになれば、左でも走者一掃のタイムリーを打てるようになる。力ではなく技で長打を狙えばいい。右の時はストライクゾーンに入ってきた球だけを狙い撃ちするんだ。相手にとっては一発が最大の脅威だ。積極的にボール球を投げてくるぞ」

「はいっ! ……はぁはぁ」


 強がるように肩で息をしながら返事をする。


 葵の体力は限界を超えていた。精神力だけが葵の体を支え、葵の専属マネージャーとなっていた菫は、フェンスの網を掴みながら悪戦苦闘する葵を心配そうに見守っている。


 泥塗れになりながらも立ち上がり、追い打ちをかけるように雨が降ってくる。


 全身から力が抜け、倒れた葵に菫が駆けつけた。


「葵っ! 大丈夫っ!?」

「だい……じょうぶ……これくらい」

「今日の練習はここまでだ。明日まで睡眠を取っておけ」

「……ありがとう……ございました……菫、心配かけたね」

「もう、いつもこうなんだから」


 両頬を膨らませる菫に、葵は安心したように優しく抱擁する。


「菫、僕は必ずメルリーガーになる。だから……僕を信じて待っていてくれ」

「どうしてそこまで無茶をするの?」

「……見返したいんだよ。今まで僕を馬鹿にしてきた連中を」

「葵……」


 内に秘めた思いを口々に語る葵。菫もそんな葵の過去を思い出す。


 葵は利き腕が分からず、そのために打撃も守備もできず、周囲からは馬鹿にされ、実家の貧困も相まってか、次第に自分勝手なプレイをするようになっていったことに、菫は心を痛めていた。


 葵とエステルの猛特訓の成果が出始めたのは、3ヵ月後のことだった――。


 再びリトル・マンキースとの試合が始まり、最終回を迎えた。


 キッズリーグとリトルリーグは6イニング制となっている。葵は体力がついたこともあり、リトル・ペンギンズの3番打者に定着し、巧打と強打のスイッチヒッターとして名を馳せていた。


「葵~! 頑張れ~!」


 両手をメガホンのように口周りに添え、観客の雑音の中でも一際輝く菫の声援が葵の耳に入った。


 菫と顔を合わせ、応援に応えるように頷くと、右のバッターボックスに入った。


 相手投手はシャーリーだった。先発ではあったが疲れている様子は全く見せず、リトルリーグでは久々の10連勝がかかっていた。スコアは1対1のまま膠着状態が続いており、リトル・ペンギンズの1得点は、葵が左打席で放った、ファーストの頭上を越えるタイムリースリーベースによるものであった。


 焦らず初球から見た。ストライクゾーンに入ってきた球にはバットを当て、ボール球はしぶとく見送り続け、ツーツーとなったところでシャーリーの目つきが変わった。それは他でもない、シャーリーがスライダーを投げる時の癖だった。


 葵が再びバットを縦に構えたところで、シャーリーが渾身の1球を投げた――。


 外角へとボールが逃げていくが、葵は密かに両足をホームプレートに近づけていたこともあり、思い切ってバッターボックスのホーム側に左足を力強く踏み込み、スライダーをバットの芯で完璧に捉えた。


 ボールはライト方向へと高く上がり、ライトが後ろへと下がっていく。葵も菫も入れ入れと、心の声が嗄れるほど、叫ぶように祈りを捧げた。


「よしっ、ライトフライだ――!」


 フェンスギリギリの外野フライと思ったライトがフェンスへと走って近づいていく。


 気づいた時にはライトフェンスにライトの背中が当たり、グラブを精一杯伸ばした。シャーリーの脳裏には最悪の事態がよぎった。


 ボールはグラブの僅かに上を通り、ライトスタンドにいる観客がボールを捕ったグラブを掲げた。


 一塁にいたロボット塁審が人差し指を立てながらクルクルと回した。


「……そんな」


 肩を落とすシャーリーを尻目に、葵は余韻に浸るようにダイヤモンドをゆっくりと回った。


 ホームベースには新たにチームメイトとなった選手たちが満面の笑みで待ち構えており、葵は人だかりのできたホームベースに片足を乗せるのだった――。


 試合後、菫は帰宅したばかりの葵に話しかけた。


「ねえ、ペンギンズ一本に絞るってホント?」

「うん。他の球団はセオリー通りにやれってうるさいし、僕を型にはめようとしてくる。でもそのやり方じゃ、うまくいかない選手もいるってことをみんなに知らしめてやりたい。ペンギンズだけだった。僕のやり方を理解してくれたのは」

「マンキースがドラフト指名するって言ってたわよ」

「強いチームよりも、僕を認めてくれるチームの方がいい。それに強豪になんて入ったら、強豪と戦えないだろ。僕は常に挑戦する側でいたいんだよ」

「葵らしいわね。きっとできるわ」


 菫が葵の肩に頭を寄せ、葵はどんなに自分が不利になっても擦り寄ってくれた菫の髪を優しく撫でた。


 エステルがどのような意図で自分を育てようと考えたのかを葵は知らない。ペンギンズには曲がったことを嫌う強い信念を持った性格の選手を集まっており、それには崇高な理由があった。


 この時、後にオリュンポリティア・ペンギンズの顔となることを、葵はまだ知る由もなかった。

 メルリーグでは指名打者に代打もしくは代走が送られた場合、一度代打もしくは代走と表記されてから指名打者扱いとなる。延長18回終了後に行われるホームランダービーに参加できるのは18回終了時点で守備に就いていた野手のみであり、指名打者は参加することができない。これはインターリーグにおいて延長戦後のホームランダービーが行われた際、専属の指名打者がいるハートリーグが有利になることを防ぐためである。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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