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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
特別単発エピソード
36/50

宿命を逃れて『後編』

 ペンギンズを代表する二塁手、アリア・レチタティーヴォの物語後編です。

 メルリーグ傘下の球団に入ったアリアは、果たしてメルリーグに昇格できるのか。

 ――建国歴11941年、オリュンポリティア属州キールストル――


 4月を迎えた頃、キールストル市内にあるオリュンポリティア・ペンギンズ傘下のイースタン・トリプルリーグ球団、オリュンポリティア・レインディアーズの球場で、1人の女性選手が屈みながらショートの位置に就いていた。


 華麗なグラブ捌きでゴロを処理し、次のヒット性のライナーに飛びつき、観客を沸かせた。


「ナイスキャッチ」

「ありがとう」


 サードを守る細身の男とグラブ同士を軽くぶつけた。


「アリアだったらきっとメルリーグに昇格できるよ。今日も2安打だったし」

「あんたもメルリーグを目指してるんだったら、私と一緒に昇格するつもりで活躍しなさいよね。今日でもう3試合連続ノーヒットなのよ」

「分かってるよ。明日は打ってみせる」


 アリアが家出してから8年の時が過ぎた。18歳を迎えたその体はよりしなやかさが増し、厳しい練習にも涼しい顔でついていけるほどの成長を見せていた。


「アリア、相変わらず凄いな」


 コマンドフォンをカメラモードにして両手に持つ新聞記者の男、マーク・ヴェリアが声をかけた。


「マーク、来てくれたのね。ふふっ、今日の私、どうだった?」

「凄く良かったよ。メルリーガーになったら出世払いしてくれよ」

「もう、気が早いわよ」


 アリアとマークはまだ始まったばかりの恋仲だ。チームメイトからはよくからかわれるが、アリアは将来を約束したいと考えるほど想いを寄せていた。メルリーガーやボトムリーガーの恋愛は珍しくなく、これでもかというほどオープンに行われるくらいだ。ファンたちも歓迎することが多く、恋人の存在がステータスの1つと見なされる場合もある。


 マークの方からアタックを仕掛けられ、アリアは爽やかで優しいマークに惹かれていった。


 しかし、そんなアリアの恋も長くは続かなかった――。


 それは5月を迎えたある日のことだった。


 アリアはいつもより不機嫌だ。仲の良かったサードがトレードでいなくなったのだ。メルリーグやボトムリーグでは熾烈な競争の末、チームメイトがトレードで入れ替わることなど日常茶飯事だ。


 クラブハウスに肩に届くくらいの金髪女性が余裕の真顔で入ってくる。


 かなり恵まれた大柄の体格で、周囲が一歩引いてしまうほどの迫力があるが、顔は至って凛々しい美形の顔であった。ロッカールームに辿り着くと、着替えていたアリアに気づき、笑みを浮かべた。


「あたし、今日からトレードでここに来たの。あんた名前は?」

「人に名前を聞く時は、自分から名乗るのが礼儀ってものよ」

「あー、そっか、ごめんね。あたしはアリス・ロドリゲス。よろしくねー」


 アリアの隣のロッカーからアリスがギャルのように軽い口調で話しかけた。


「アリア・レチタティーヴォ。よろしく」

「レチタティーヴォ? もしかして、あの音楽一家の?」

「ええ……今は家族と疎遠になっちゃったけどね」


 愛想笑いをアリスに向けながら答えるアリア。


「ふーん、珍しいわね。音楽家の娘がベースボールプレイヤーか」


 聞き捨てならない言葉を聞き、アリアの着替える手が止まった。


 アリスが不思議がったのも無理はない。


 メルへニカ王国には、『大工の子供は大工』という諺がある。メルへニカでは子供の職業が高確率で親と同じになるため、有名貴族の子供が親と別の職業に就いただけでも大きなニュースになるほどだ。


「音楽家の娘がメルリーガーを目指しちゃ悪い?」

「そんなことないわ。どんな国でも、どんな家でも、どんな人でも、『人格と才能』があれば歓迎する。それがメルリーグでしょ。あたしは歓迎するわ。あんたに人格と才能があるならね」


 先に着替え終えたアリスがアリアから離れた。


 アリアはさっきからアリスの言葉が気になるのか、ずっと手が止まったままだ。


「何よあいつ……」


 ボソッと愚痴を呟くと、その足でグラウンドに向かう。この日もトリプルリーグの球団同士で行われる公式戦前の守備練習に入った。


 アリアにとっては1試合たりとも油断はできない。トリプルリーグはメルリーグ目前の段階だ。成績次第でメルリーグ契約を結べることも夢ではない。既にメルリーグ契約を結んだ者たちの内、アクティブ・ロースター枠に入れなかった選手も、ここで昇格を目指してプレイしている。


 アリスがサードに入ると、アリアは真っ先に違和感を持った。


 ――トレードで来たばかりなのに、いきなりスタメンなんて。


 練習後には試合が行われた。アリスはその類まれな才能を発揮した。打撃では移籍後初となるホームランをいとも容易く放ち、守備では三塁線の当たりをダイビングキャッチしてから銃弾と称されるほどの強肩を活かし、俊足ランナーを余裕を持ってアウトにしてしまった。


 アリアならセーフになっていたはずのランナーだ。アリアは打撃こそ得意だが守備が苦手だ。抜群の運動神経でどうにかカバーしているものの、平均よりも肩が弱く、俊足のバッターランナーを内野安打にしてしまっていることが、アリアがメルリーグに昇格できない最大要因であった。


『アウト。ゲームセット』


 一塁ベースのロボット審判が拳を上げた。アリスの貢献もあり、試合はレインディアーズが勝利した。


「あんた、もしかしてかなりの大物?」

「まあね。これでもドラフト全体1位だから」

「今みたいな実力があるんだったら、もう昇格してもいいと思うけど」

「昇格するなら勝てるチームに限るわ。悪いけど、あたしはペンギンズに昇格する気はないから。もう6年連続で地区最下位でしょ。その証拠に、将来有望なプロスペクトたちが集まってるし、ペンギンズとはトレードデッドラインでマンキース傘下のチームにトレードで移籍できるように頼んでるの」

「ここにいるみんなが実力をつけて昇格すれば、ペンギンズも勝てるようになるわ」

「それまで何年かかるかな。あたしはワールドシリーズで勝ちたい。メルリーグを目指しているなら、あたしの言ってること、分かるでしょ」

「……ええ」


 力なく返事するアリア。


 アリアにはペンギンズに昇格するだけの動機があった。


 ――葵、待ってて。必ずメルリーグ(あんたが待つ舞台)に昇ってみせるわ。


 アリアが夢にまで見たメルリーグは目の前だ。ベースボールを始めるきっかけとなった葵に追いつき、共にワールドシリーズに出ることを望んでいる。


 試合が終わると、休む間もなく、今度は敵地へと向かうチームバスの時刻に合わせ、多くの選手が急いで着替えを済ませている。


 ロッカールームから出た後、球場の外に出たところで、首に手を置いたアリアがハッと目を見開いた。


「あれっ、ないわ……ごめん、忘れ物しちゃったみたい」

「諦めろ。5分後には出発だ。遅れたら全自動タクシーを呼ぶ破目になる。全額自腹だぞ」


 呆れた顔でアリアを諭そうとするリンツ。


「分かってるわ。遅れたら先に行ってて」


 アリアは再び球場の中へと駆け込んだ。


 誰もいないはずのロッカールームに入ると、何故か明かりがついていた。


 アリアのロッカールームの近くで1人の男が座り、コマンドフォンを使って通話している。アリアと交際中のマークだった。何故こんな所にいるのだろうと思い、後ろから様子を見ることに。


 黒いコマンドフォンの画面にはマークの知り合いと思われる中年男性がホログラムで表示されている。


 しばらくはビジネスの話が続いた。


 アリアはとっくに出発したチームバスのことなどすっかり忘れていた。


『それで、あのレチタティーヴォ家の令嬢はどうなんだ?』

「ええ、見事に虜にしてますよ。この前も親の治療費に5万メルヘン必要だって言ったら、あっさり出してくれましたよ。このまま100万メルヘンくらい搾り取ってやりますよ」

『はははははっ! そうか、貴族の箱入り娘なだけに、とんだ世間知らずだ』

「引き続き様子をうかがいますよ。それじゃ」


 面白いように笑みを浮かべ、コマンドフォンの通話ボタンを切るマーク。


 厳しい表情を崩さないアリアが黄色いコマンドフォンを持ちながらマークに近づいた。


「今あんたを通報させてもらったわ」

「アリアっ! 何故ここにっ!?」

「忘れ物があったから戻って来たのよ。あんたに貰ったネックレスをね」

「チッ、ばれちまったか。やれやれ、まさかお前にあげたネックレスが仇になるとはな」

「マーク、これは立派な結婚詐欺よ。一体どういうつもりなの?」

「けっ、俺はお前がレチタティーヴォ家の令嬢だと知った。だからずっと新聞記者を装って、お前の好きなタイプを演じながらつき合って、度々大金を絞り上げようと思ったわけよ。他の女にも声をかけたが、引っかかったのはお前だけだった。大人しくレチタティーヴォ家にいればよかったものを、音楽家の娘なんかがメルリーガーを目指すからこんなことになるんだよ」

「……ずっと……信じてたのにっ!」


 アリアの目から悔しさが溢れ出る。


 震える口を片手で押さえ、心は鞭で打たれるように痛みを感じていた。


 胸が張り裂けそうなほどの辛さがアリアを襲う。マークがにっこりと笑ったままアリアを見下すように眺めていると、アリアの後ろから何かが歩み寄ってくるような足音が聞こえた。


 後ろからアリアの肩に手を置くアリス。


「……アリス」

「下がってて」

「これはこれは、ドラフト全体1位が何の用かな?」

「何かと思って来てみれば、まさか結婚詐欺グループの一員に会えるなんてね。あんた、女子の純粋な心を傷つけるようなマネをして、恥ずかしいと思わないわけ?」

「ハハッ、その歳で相手の言動を疑いもしない方が悪いっしょ。こちとらまともな仕事にありつけない身分でねー。俺たちは世の中のことを何にも知らないような奴から貪り尽くさないと稼げねえんだよ」

「とんだサイテー野郎ね。もはや怒る価値もないわ」

「こいつみてえな貴族が俺たち平民から金を不当に搾取してるんだ。俺は極悪貴族共から金を取り返した正義のヒーローなんだよ。呑気に音楽やってるような貴族には分からんだろうがな――へぶっ!」


 アリスの拳がマークの顔面を直撃する。


 白目をむきながらその場に倒れ、鼻血を出したまま伸びてしまった。


 泣き崩れるアリアを立ち上がらせ、抱き寄せるアリス。アリアは冷静を保っているアリスの中に熱い想いを感じている。アリスの胸の中で、アリアは涙が涸れるまで啜り泣いた。


「……アリス」

「チームメイトが侮辱されて黙っていられるほど、あたしは優しくないよ」

「……ありがとう」


 後日、結婚詐欺グループの構成員が全員逮捕された。


 しかし、アリアの気分が回復することはなかった。その後は気が抜けたようなプレイが頻発し、ベンチスタートを迎える日々を送った。


 6月を迎えると、アリアは試合終了後に監督に呼び出された。


 このままではファーストにコンバートすること、ダブルリーグ降格が迫っていることを告げられるが、アリアにとってはどうでもいいことだった。毎晩のようにマークとの思い出の日々を思い出しては枕を濡らし、プレイにも身が入らなくなっていた。


 ある日のこと、アリアは体調不良から試合を休み、1人ベッドの上で気の抜けた顔のまま眠っていた。


 アリアの選手寮の扉の前に1人の男が止まり、インターホンを押した。


 のっそりとベッドから降りると、薄着姿のまま、アリアが無警戒に扉を開けた。


「はい――えっ……葵?」

「ここにいたか。みんな心配してたぞ」


 靴を履いたまま部屋に上がると、アリアを座らせ、隣に座る葵。


「どうしてあんたがここに?」

「それはこっちの台詞だよ。今日はオフの日で、明日はホームゲームだからちょっと寄ってみたんだよ。インターネットで君が話題になっていたからね。ホント酷い目に遭ったな」

「葵は私と対照的ね。7年連続トリプルスリーで、今じゃメルリーグを代表するスーパースターだもの」

「……アリア、僕は今でも君を待っているんだよ。いつになったら来てくれるの?」

「いつって言われても……私みたいな……音楽家の娘なんかじゃ……」

「もう諦めちまうのか? ベースボールをやめたところで、君に戻る場所はあるのか?」

「……私は世間知らずだった。世の中がこんなに理不尽で不公平だなんて……知らなかった」

「君だけじゃないよ。僕だって最初は理不尽で不公平な世の中に苦しんだ。でもさ、苦難を乗り越えた先には明るい未来が待ってる。僕はそれを信じ続けた」


 葵の横顔から見えた真剣な目つきは、どこか自分と似通っているとアリアは感じた。


 座っていたベッドから葵が立ち上がり、アリアが座っている位置が少しばかり揺れた。


「これやるよ」

「えっ――」


 靴を履き、扉を開けた葵がボールを投げると、アリアは咄嗟に腕を構え、見事に素手でキャッチした。


 アリアがまた玄関を見ると、葵は風と共に姿を消していた。


 再びボールを見るアリア。


「――!」


 さっきまでのとろーんとした目を覚ますように、アリアが正気に戻った。


 ただのサインボールかと思いきや、そこにはメッセージが書かれていたのだ。


『つまらない過去なんて振り返っている暇はないぞ――椎名葵』


 葵の言葉とは思えない強い口調に、アリアはボールを強く握りしめた。


 ――上等じゃない。必ず昇格して、この世界を……見返してやるんだからっ!


 それからのアリアは、再び火が灯ったかのように快進撃を始めた。


 6月の成績は打率4割越えを記録し、優れたコンタクト能力を買われて3番に定着すると、トリプルリーグのオールスターゲームに控え野手として出場し、将来のエースとまで呼ばれたマンキースのプロスペクトからホームランを放ち、ペンギンズ首脳陣の注目を浴びていた。


「あの子は一体誰なんだ?」

「アリア・レチタティーヴォ。作曲家で有名なフィガロの娘ですよ。音楽家にしてはよく打ちますね」

「どんな家かは関係ない。あの才能はきっとうちで役に立つ。後半戦も活躍するようならスプリングトレーニングに彼女を呼ぼう。ポジションはショートか?」

「はい。でも彼女、ショートをやるには肩が弱いので、私はセカンドがいいと思いますね」

「同感だな。問題は彼女がそれを受け入れるかだが」


 首脳陣たちの鋭い目論見を他所に、アリアはサードベースを回り、三塁コーチからはエールを送られ、ホームへと一直線に向かった。


 アリアはホームベースで先に待っていたアリスと、ハイタッチを交わすのであった。

 ドラフト指名権にまたしても修正が入った。建国歴11723年からはチーム増加を機に、タンキングを防ぐべくドラフトロッタリー制度が採用され、勝利数が最も低いチームが全国ドラフト1位選手を必ず指名できるとは限らない状況となり、下位10チームまでが全国ドラフト1位選手を指名できる可能性が出てきたのだ。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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