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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
特別単発エピソード
35/50

宿命を逃れて『前編』

 ペンギンズを代表する二塁手、アリア・レチタティーヴォの物語前編です。

 音楽家の娘として生まれてきたアリアが、どのようにしてメルリーガーになっていくのか必見です。

 ――建国歴11933年、オリュンポリティア属州レチタティーヴォ邸――


 澄み渡った空が見下ろすように広がり、その真下には大きく広い屋敷が建っている。5階ほどの高さから窓越しに隣に立つ球場で練習試合を見続けている1人の少女がその目を釘づけにさせている。


 屋敷の窓に手の平を密着させ、羨ましそうに試合を覗いているアリアはレチタティーヴォ家の三女だ。


 既に婚姻が決まっているソプラノ歌手の長女、アリエッタ。ピアニストとしての才能を開花させている次女、アリオーソと比べられながら育った。アリアは常に姉たちとの実力差を浮き彫りにされ、やりたくもない音楽に従事する生活に窮屈さを感じていた。


 メルへニカ王国を代表する由緒正しき名家、レチタティーヴォ家。


 この家には先祖代々音楽家になるという独自の伝統があった。


 オリュンポリティア属州の中でもロマーノ系移民とその子孫が多く集まる都市、ヴィーヴァーク。


 音楽作家、実演家、楽器職人などを数多く輩出し、その腕前はウィトゲンシュタイン本家のパーティに国賓として招待されるほどである。何代にもわたる努力が実ったのか、貴族の称号を与えられてから長い時が経つ。アリアたちの父であるフィガロは、妻であるスザンナと共にある悩みを抱えていた。


「アリア、正午からはピアノとバイオリンの稽古よ。早く準備しなさい」

「えー、またピアノとバイオリンなのー?」

「そうよ。あなたは将来アウグストの音大に入って、ウィトゲンシュタイン家に仕える音楽家になるの。そこでもしウィトゲンシュタイン家の人に気に入ってもらえれば、レチタティーヴォ家の地位は安泰よ」

「やりたくない」

「我が儘言わないの。これはアリアのためなんだから――」

「きゃっ!」


 突然、外から1個のボールが飛んでくると、アリアの部屋にある窓ガラスを割ってしまった。


 咄嗟にアリアを庇うスザンナ。


 レチタティーヴォ家の屋敷のすぐそばには、メルリーグ傘下のリトルリーグ球場が広がっている。そこはリトル・ペンギンズと呼ばれる、オリュンポリティア・ペンギンズ傘下のリトルリーグ球団があり、選手たちは土塗れになりながらも、楽しそうに練習を積み重ねていた。


 ユニフォームは所々茶色に染まりながらも、子供たちは笑顔でプレイを続けている。


「またボールが飛んでくるなんて、ホント迷惑な人たちね。もう一度抗議する必要があるわ」

「ちょっとボール返してくる」


 アリアは隙を見てガラスの散らばった所に転がっていたボールを拾った。


 かと思えば、逃げるように部屋から立ち去っていく。


「あっ、こら、待ちなさい! アリアっ! ……もう!」


 スザンナが両頬を膨らませながら視線をアリアの後姿に向けた。スザンナの心配を他所に、アリアはまだ10歳を迎えたばかりの小さな体で階段を下り、扉に手をかけ、勢い良く外へと飛び出した。


 1人の少年が反省の色を顔に浮かべながら佇んでいる。


 アリアは目を半開きにさせながら少年と距離を詰めた。


「――もしかして、あんたがここまで打ったの?」

「あはは、ごめんね。ちょっと飛ばしすぎちゃった」

「ちょっとどころじゃないわよ。ここまで120メートルはあるのに、よく飛ばしたわね」

「まあね。君さー、いつも窓から覗いてたよね?」

「だって騒がしいんだもん。まっ、お陰で稽古の時間が潰れたけどね」


 アリアがクスッと笑いながら片目を閉じ、ボールを少年に返した。


 以前から何度もリトルリーグの試合を窓から観戦し、退屈を感じさせるほどの辛い稽古を強いられていたアリアにとっては密かな娯楽となっていた。


 その影響から、何度か隙を見つけてはメルリーグの試合をコマンドフォンの生放送で見るようになり、歴戦の名選手たちのピッチングフォームやバッティングフォームを真似するほどだ。


「なに、稽古したくないのか? じゃあ僕についてこいよ。監督に頼んで体験入団させてやるからさ」

「別にいいわよそんなの――ちょっ、えっ、なになにっ!?」


 断りを無視した水色の髪の少年がアリアの手を引っ張った。


 流されるように監督に紹介され、すぐに予備のユニフォームに着替えさせられた。


 ――ど、どうしよう。もう今更断ることもできないし、しかも代打で出場なんて。


 寝かせるように木製バットを持ったままの手が震え、魂が抜けたような瞳のまま、バッターボックスに入った。アリアの構え方はコンタクトを狙ったもので、ホームランを狙う気など微塵もない。恐怖心を押し込めると、すぐに気持ちを切り替え、目の前の投手に目線を集中した。


 投手が第1球を投げた。まだやってきたばかりの初心者を舐めるように真ん中高めだ。


 アリアは上から振り下ろしながらうまくボールに合わせ、ライト前までボールを飛ばした。


 目を大きく見開きながらアリアを見つめる内野陣。だがさっきアリアを誘った少年は至って冷静だ。余裕の目でアリアの動きを分析するだけの観察眼を持ち合わせている。


「だっ、大根切りっ!?」

「あいつすげえ。まだ初心者なのに」

「いや、あの動きはすぐにできるものじゃない」

「じゃあ、どっかで練習でも積んだってのか?」

「さあね。彼女に聞いてみたら?」


 一塁ベースをややオーバーランすると、返球を見たアリアは後ろに下がり、ベースに右足を置いた。


 今までは家の中から見ているしかなかった舞台で自分がプレイしていることに感動を覚え、魂が震えるように全身から熱意が込み上げてくる。


 ――何なの……こんな楽しい気持ち、今まで全然なかった。


 アリアはベースボールの楽しさを知ってしまった。同時に嫌々続けてきた音楽の稽古が、自分にとって大切なものではないことに気がついた。アリアは自分がやるべきことを突然閃いたかのように確信した。


「初めてにしては良いバットコントロールだな」


 ベンチから腕を組み、声を発したのはリトル・ペンギンズの監督、ホップ・ジョーンズであった。


 リトルリーグの球団だけでも4種類あるが、基本的には1人の監督と数人のヘッドコーチが付属し、選手たちは合同で練習を行うが、練習試合や大会日を迎えると、年齢毎にチームを細分化し、それぞれの年齢層に応じた球場へとバラバラに送られることとなる。


 試合の時は最も上の年齢層となったチームを監督が指揮し、その他の年齢層のチームはヘッドコーチが監督訓練を兼ねて監督代理を行うのだ。


 紺色のユニフォームを着たまま、隣にいるヘッドコーチの反応をうかがった。


「足も悪くないですね」

「あの子は一体どこの子なんだ?」

「彼女はレチタティーヴォ家の令嬢ですよ。この前騒がしいって抗議してきた、例の奥さんの娘さん」

「あー、あのいかにも教育ママって感じの奴だろ。レチタティーヴォ家と言えば、確か音楽一家だ。ベースボールには興味なさそうだがな。よしっ、次は守備をやらせてみろ」

「分かりました」


 攻撃が終わると、アリアは命じられるまま慣れないグラブを左手に装着し、ショートの守備に就いた。


 手が一回り大きくなったように感じ、やや動かしにくいグラブに違和感を持ったが、そんなことを気にしている内に勢いが死んでいる打球がショートの前を転がってくる。


 アリアは素早くボールに駆け寄ると、片手で掴みながらファーストに投げた。


『セーフ』


 ロボット審判が両手を横に広げた。


 内野安打となり、アリアは息を吐いた。


「ベアハンドキャッチ!?」

「肩は弱いみたいですが、リッキーの足じゃなきゃアウトにできたでしょうね」

「ハハッ、まさかこんな所にメルリーガーの才能が眠っているとは思わなかったな」


 しばらくは試合が続き、アリアは攻守にわたってダイヤモンドを駆け巡った。


「よしっ、今日の練習試合はここまでだ。全員帰っていいぞ」


 監督の合図で選手たちが帰りの準備をし始めた。


 アリアは初めての試合でヘトヘトに疲れてしまい、たまらずベンチに腰かけた。


 予想以上に打撃や守備の機会が多く、活躍を確信した監督が盗塁まで命じられたことで、アリアは必要以上に消耗してしまい、ユニフォームは所々土の色で汚れていた。


「結構やるもんだね」

「あんたのせいでもう体動かないわよ。いてて……怪我までしちゃうし」

「家に帰ったらポーションを使うか、ヒーラーに治してもらえ」

「何で球場にポーション置いてないのよ」

「球場の周りには魔法結界が張ってあるからな。魔法結界の中では一切の魔法が使えない。試合中に魔法とか薬物とかで、ずるができないようにするための処置だよ。地下にある自販機だったら、飲食物限定で移動魔法が使えるようになってるんだけどね」

「それは分かったけど、どうして私をベースボールに誘ったの?」

「だって音楽家の人って、全然体動かしてなさそうだし、良い運動になっただろ」

「失礼しちゃうわね。私だって運動くらいしてるわよ」

「ということは、イメージトレーニングはしてたんだ。じゃなきゃいきなりヒットを打ったり、守備をこなしたりなんてできないからな。よかったらうちに来いよ。ここは人数余りを起こしてるからさ、いつでも大歓迎だ。才能のある奴はみんなアウグストの強豪球団に行ってしまう。大都市まで行かないと注目されないからね」

「……うちの家はね、音楽以外の活動を禁じられているの」


 力が抜けたように座り込むアリアが、口を滑らせるように本音を明かした。


 レチタティーヴォ家はバロンの称号を持つが、貴族の中では最下位に位置する身分である。音楽の才能を持っていた初代当主がウィトゲンシュタイン本家に気に入られて以来、音楽家を途切れることなく輩出し、脈々とその伝統は続いてきたが、それは音楽に対する才能や興味を持たない者にとっては地獄でしかなかった。アリアは音楽よりも全身を動かす運動に興味があり、今日は嬉しさのあまり暴れ回った。


 顔から足にかけてまで軽い怪我をしているが、その表情に悔いはなかった。


「だったらさ、時々でいいから遊びに来いよ」

「えっ……でも」

「自分から動かないと、何も変わらないぞ。今のままでいいのか?」

「……そんなの嫌。私は……ベースボールがしたい。稽古は嫌だけど」

「僕なら楽器をぶっ壊すかな」

「ええっ!?」

「ふふっ、冗談だよ」


 アリアを誘った少年がカバンを持って立ち去ろうとする。


「もう、笑えないわよ」

「未来を決めるのは自分自身だよ。それじゃ」

「待って。あんた名前は何ていうの?」

「人に名前を聞く時は、まず自分から名乗るのが礼儀ってもんだよ」

「……アリア・レチタティーヴォ」

「僕は椎名葵。もし僕に会いたくなったら、メルリーグの舞台に上がって来い。待ってるから」

「えっ――」


 アリアが葵の後姿に向かって手を伸ばすと、葵は忍者のように走り出した。


 少しばかり遠くに停まっている全自動タクシーに乗ると、何の躊躇もなく去っていった。葵が窓越しに笑顔で手を振ると、アリアは駆け足で空を飛ぶ全自動タクシーを追いかけた。


「はぁはぁはぁはぁ」

「葵はもう戻ってこないぞ」


 ホップが後ろからアリアに歩み寄ってくる。


「えっ、どういうこと?」

「知らないのか? 葵はオリュンポリティア・ペンギンズからドラフト指名予告を受けた」

「指名予告っ!?」

「ああ。本人もペンギンズ以外には行かないと言っているし、奇抜なバッティングをする奴だし、他の球団はまず選ばないだろうな。どうやらオーナーに気に入られたらしい。しばらくはアウグストのリトルフロンティアに混ざることになる」

「リトルフロンティア?」


 首を傾げながらホップを見つめるアリア。


「大都市にはリトルリーグの1軍にあたるリトルフロンティアがある。多くの有望選手が集まって、毎日厳しい練習や試合をすることになるだろうな。ここはリトルリーグの2軍から4軍の選手が集まる練習用の球場だ。葵がリトルフロンティアに昇格したということは、実力を認められたということだ」

「私もリトルフロンティアに行けば、また葵に会えるの?」

「その頃にはボトムリーガーになっているだろうけどな。もし行きたいならここで昇格することだ。だが実力を認められなかった場合はチームを出ることになる。代わりはいくらでもいるからな」

「……どんなに厳しい練習でも耐えてみせるわ。私をリトル・ペンギンズに入団させてください」


 アリアは葵の言葉が頭から離れなかった。その真意を確かめようと、アリアはリトル・ペンギンズの入団テストを受けた。迷いはどこにもなかった。


 しばらくして球場を出ると、アリアはすぐ隣にある実家へと戻った。


「今何と言ったぁ!?」


 リビング内に大きな音が響いた。フィガロが物凄い剣幕でアリアの頬をひっぱたいたのだ。


「いい加減にしろっ! そんな我が儘が通用すると思ってるのかっ!?」


 怯むことなくフィガロを睨み返すアリアをスザンナが庇おうと間に入った。


「フィガロ、やりすぎよ。もうやめて」

「そこをどけっ! アリアは音楽家になることを放棄してベースボールを始めようとしているんだぞ! ただでさえ音楽学校でも成績不振だというのに。こんなことは前代未聞だ。私は絶対反対だぞ」

「もう嫌なのっ!」

「「!」」


 珍しく言い返すアリアに、フィガロもスザンナも全身の動きを止めた。


「私、音楽なんて全然興味ないの。もっと伸び伸び体を動かして、いっぱいスポーツがやりたかったのよ。なのにお父さんもお母さんも私に音楽ばっかりやらせるし、いつもお姉ちゃんたちと比べてくるし、こんな家にいても息が詰まるのよ!」

「お前は逃げているだけだ。音楽を究めて、ウィトゲンシュタイン家に気に入られれば、レチタティーヴォ家の地位は上がる。だからお前も――」

「いい加減にしてよっ!」


 アリアが心からの叫びと共に走り出し、バイオリンを持ち上げた。


「お、おい、待て! 何をする気だっ!」

「こうするのよっ!」


 今度は木材が砕け散るような音が響いた。フィガロもスザンナも石像のように唖然としている。


「それはウィトゲンシュタイン家から頂いたバイオリンだぞっ!」

「お父さんもお母さんも、私より楽器の方が大事なんだ……私、家を出るわ。二度と関わらないで」

「勝手にしろ。お前はもう破門だ」

「……」


 アリアが内に秘めた悔しさをこらえ、荷物をまとめてから玄関へと向かった。


 フィガロもスザンナもアリアの涙に気づいたが、アリアはもう家の中にはいなかった。

 メルリーグ創成期を迎える前、長すぎる打撃戦にメスが入り、建国歴9052年からは二桁得点ルールが導入された。勝っているチームが10点以上の得点を達成した時点で打撃が完了していれば、攻撃が強制終了となってしまう。だがメルリーグ創成期を迎えると、先攻後攻に関係なく、先に20点取ればコールドゲームとなるトゥエンティーコールドルールが採用されたため、二桁得点ルールは消滅した。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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