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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
序章 前代未聞の入団
31/50

第29球「ブルペンの課題」

 ブレッドのコマンドフォンに1通のメールが届いた。


 それは他でもないエステルからのものであり、内容はトレードで入れ替わった選手たちを一度見てほしいというものだった。


 ペンギンズにトレードで移籍した者は、いずれもアイリーンを許容できる選手ばかりなのは確かである。だがその実力は未知数と言えるものだった。野手は一通り固まっていたため、トレードされたのは投手ばかりであったが、比較的優秀なリリーフがチームを離れた代償は大きかった。


「悪い、ちょっと球場まで行ってくる」

「もしかして、トレードで入ってきた選手ですか?」

「ああ。アクティブ・ロースター枠に入れるかどうかを見てほしいんだとよ」

「それニュースで見たわ。アイリーンがメルリーグに昇格したから、それでピッチャーたちがトレードでペンギンズを離れたんでしょ?」

「こうなることはエステルも計算ずくのはずだ。いつまでこんな状況が続くのやら。まあでも、良いピッチャーが入ってきてくれたら儲けもんだ」


 もはや前向きに考えることが癖になっているブレッド。


 そうでもしなければ、到底精神が持たないことがこの状況の過酷さを物語っている。ブレッドがジャムと一緒に駆け足でアンターティック・スタジアムに到着すると、そこには新しく入った選手が3人ほど佇んでいた。


 クラブハウスには、繰り上がりでリリーフエースとなったイバン・イバニェス、セットアッパーのエリオ・エリオット、ロングリリーフのモンテ・ビアンコが練習を終えた後であった。


 青い髪と太々しい顔が特徴のイバンは緑色の短髪と小柄で弱々しいエリオと話しており、そこに短い黄土色のもじゃもじゃな短髪が特徴のモンテが割り込んでいた。


「なあ、トレードでやってきた選手を見たか?」

「あー、確かグラウンドにいるぜ」

「2人ともサンシャインズからやってきた選手だ」

「サンシャインズって、確かスペードリーグだよな?」

「ああ。曲者揃いのチームで、リリーフピッチャーが豊富に揃ってる。俺たちにとっちゃ、余計なライバルが増えたようなもんだけどな」

「あぁ~、アクティブ・ロースター枠に残れるか不安になってきた」

「馬鹿言うな。入ってきたばかりの奴なら、即戦力じゃないと――あれっ……いない」


 ブレッドとジャムはグラウンドまで足を運んだ。ベンチ裏の階段を上り、日光が真っ直ぐ差し込むグラウンドに出ると、そこには一度も面識のない選手たちが葵たちと練習をしていた。


「はぁはぁ、葵っていつもこんな練習してるんだね」

「つ、疲れたー。きつすぎるー」

「葵がいつも成績を残せるのも頷けるよ」

「だらしないわね。葵の特訓メニューはまだまだこんなもんじゃないのよ。サンシャインズではどんな練習をしていたか知らないけど、ここは厳しいのよ。覚悟しなさい」


 アリアが諭すように叱咤激励する。


 シーズン開幕を目前に控えたトレードだ。選手たちと息を合わせる準備もできていない中、急ピッチでどれほどの実力であるかを確認する作業に追われている。


 データこそあれど、それはあくまでも昨シーズンまでの実力である。現時点での実力はその目で見なければ分からない。


 日焼けした肌に黒い目、茶色いロングヘアーが特徴のザッハトルテ・ケルントナートーア、おっとりした少女のような外見、ボーイッシュで茶色く丸い短髪が特徴のマドレーヌ・フィナンシェがグラウンドに座ったまま息を切らしている。


 その近くでは葵たちと同様に、朝早くから球場に入ったリンツたちが走り込みを続けている。


 この日は練習試合がないために自習となっている。球場は解放されており、いつでも練習ができるようになっている。以前は葵たち数人のみ朝から来ていたが、今となってはブレッドが競争を激化させたために、ペンギンズの選手が徐々に朝から練習を始めるようになった。


 ブレッドの狙いは選手たちの意識改革だった。当たり前のように何年も連続で地区最下位を喫している内に、本来であればボトム落ちとなっていた選手たちを受け入れる場所となっていたことも、ペンギンズの弱体化を助長している要因であった。


 度々優秀な選手を獲得することはあれど、トレードデッドラインを迎える度に優秀な選手を強豪のプロスペクトと数多のトレードを繰り返してきたが、アイリーンの入団と昇格と共に、プロスペクト育成計画が露と消えてしまった。


「朝から練習をする選手が増えたな」

「今はみんな練習についてこれてないけど、2ヵ月ほど練習を続ければ、今よりもずっとうまくなるはずだよ。みんな僕より若いし、まだ伸びしろを残してる」

「2ヵ月って……じゃあそれまでは……」

「多分、負け続けるだろうね。才能はあるけど、それを活かしきれてない。地区最下位を争っているチームからの移籍も多いから、すっかり怠け癖がついてる」


 ペンギンズが抱えている根本的な問題は、トレードで多くの選手が流出し、アイリーンの一件でその流れが更に加速してしまったことだ。


 新しく入った選手たちはペンギンズの雰囲気に慣れておらず、このままではプレイに支障が出ると考えたブレッドは、選手たちに葵の特訓メニューにつき合わせることを考えた。


「プロスペクトはみんなトレードされて、その引き替えがこいつらか」

「何球か見させてもらったけど、ザッハはストレートと変わらないフォームとスピードでツーシームを投げることができる。マドレーヌは正確なコントロールとチェンジアップが武器みたいだよ」

「なるほど。ジャム、先発の適性はありそうか?」

「以前は2人ともサンシャインズでリリーフを務めていたみたいです。ただ、毎回のように先発が作った試合を壊してしまう常習犯みたいで、サンシャインズの先発からは敬遠されていたそうです。トレードに応じないならボトム降格にすると、以前から首脳陣に言われていたという噂です。アイリーンの一件がトリガーになって、トレードが決まったようですね」

「サンシャインズ首脳陣にとっては良いピッチャーが手に入る上に、お荷物になっている選手を放出できるってわけだ」


 早速ブレッドが練習を再開したザッハとマドレーヌの元を訪ねた。


「うちの練習はどう?」

「めっちゃ厳しいよぉ~。えっと、私はザッハトルテ・ケルントナートーア。ザッハって呼んでね」

「私はマドレーヌ・フィナンシェ。マドレーヌでいいわよ。私たち、サンシャインズから移籍したの。これからよろしくね」

「ああ、よろしく」


 ブレッドたちが挨拶を済ませると、ザッハが不思議そうにブレッドを見つめた。


「ところで、アルビノの選手が昇格したって本当なの?」

「ああ、本当だ。開幕からスタメンで出場させる。あまりこんなことは言いたくないけど、もしこれに不満があるなら、今すぐレインディアーズに合流しろ」

「ブレッドさん、何もそんな言い方はないでしょ」

「今は状況が状況だ。うちでプレイしたいなら、アイリーンを受け入れてもらうのが条件だ」

「私は別に偏見とかはないよ。ただ、周りの目が厳しいから、面と向かって話すことはないと思う」

「私もザッハと同意見よ。石でもぶつけられたらたまったもんじゃないから、試合中は話せないわ」

「まあでも、試合に出るにしたって、私たちはブルペンだから話す機会なんてないと思うけど」


 ザッハが諦め気味の顔で言った。本当は先発で投げたいと思いながらも、あまり強くない握力でボールを握っている。


 それに対してマドレーヌは終始ドライな態度を変えなかった。まだ若いこの2人だが、早くも先発を諦めていることからも、サンシャインズでの立場が悪かったことが見て取れる。アイリーンを受け入れることは問題なくできるが、それ以上に2人が心配だったのは、アクティブ・ロースター枠に入れるかどうかだった。


 入れ替わりで入ってきた2人の投球練習を見たが、その腕は確かだ。コントロールもかなり優れてはいるが、いかんせん球速が遅かった。


「なあ、今のがチェンジアップか?」

「ストレートだけど」


 マドレーヌが少しばかりムッとした顔を浮かべた。


 マドレーヌの弱点が早くも発覚した。変化球も多彩でコントロールも良いが、いかんせんスピードが遅く、ストレートの速さは140キロを超えるかどうかだった。ラーナや煌が投げるチェンジアップと変わらないくらいのスピードであったため、つい口に出してしまった。


 ブレッドは改めて思い知った。球団だけでなく、メルリーガーにも格差があることを。


「プレク、どうだった?」

「全体的に球が遅めかな。典型的なコントロールピッチャーだよ。ザッハはともかく、マドレーヌはその特徴が顕著に表れてる。これは三振取れないかもな」

「悪かったわね」

「ザッハ、マドレーヌ、これは他のピッチャーにも伝えていることなんだけど、今年はグラウンドボールピッチャーを目指してみないか?」

「グラウンドボールピッチャーってことは、打たせて取るってこと?」

「ああ。打たれてもいいからバットの芯を外すことだけを考えて投げてみろ。リンツ、打席に入ってこいつらの相手をしてくれ」


 葵たちから離れて練習していたリンツたちにブレッドが声をかけた。リンツは渋々バットの先を肩に乗せたままバッターボックスへと向かった。


「やれやれ、人使いの荒い監督だぜ」

「そう言うなって。開幕前にトレードで入った選手を試したいんだよ」


 ――ビノーをチームに入れなきゃ、こんなことにはならなかっただろうに。


 ブレッドに同情の念を寄せながらも、リンツが左打席に入りバットを構えた。


 ザッハがど真ん中に投げたと思われた球はツーシームだった。手元で横に逸れたボールをリンツがひっかけてしまい、ショートを守っている葵がボールをキャッチしてファーストの煌に投げた。


「うわぁ~、葵の守備うまっ! しかも送球早いじゃん! やっぱ噂通りだねー」

「手元で変化するのが特徴のツーシームをストレートと変わらないフォームとスピードで投げるピッチャーですね。去年の防御率は悪いですけど、サンシャインズはここ数年ゴールドグラブ賞の受賞者を1人も出していませんから、打たせて取るピッチングならやっていけそうですね」

「そうだな。奪三振率は低いけど、うちの守備陣ならどうにでもなる」


 しばらくしてマドレーヌがマウンドに上がった。


 ザッハはリリーフとしての要件を満たした。まだ発表こそされていないものの、ブレッドたちの表情から、ザッハのアクティブ・ロースター入りが濃厚になったことをリンツたちは察した。


 リンツは1つの懸念を持った。トレードで2人の選手が入れ替わったが、これはアクティブ・ロースター枠から外れる選手が2人も現れることを意味する。アクティブ・ロースター枠は25人だが、トレードよってその候補が余分に増えてしまったのだ。


 ボトム落ちが決まった場合、40人枠のエクスパンデッド・ロースター枠に入り、アクティブ・ロースター枠から外れた15人の選手はメルリーグ契約を結んだ状態でボトムリーグでの試合を重ね、予備選手として出番を待つこととなる。


 今度はマドレーヌがリンツに対してボールを投げた。


 リンツがあっさりと打ち返した球は、誰もいないライトスタンドへと消えていった。


「……駄目か」


 ボールが飛んだ方向を振り返り、ため息を吐くマドレーヌ。


「ストレートもそうだけど、あのチェンジアップも大概だな。120キロくらいか」

「コントロールは正確ですけど、球が遅いんじゃ打たれますよね」


 今度はアリアがバッターボックスに入り、セカンドにファンクが入った。だが不思議なことに、アリアを始めとした右打者を次々と抑え込み、ブレッドたちの度肝を抜いた。


 一塁すら踏ませない活躍に興味を持った煌が左打席に入った。


 しかし、今度はインコースギリギリを突いたチェンジアップがセンターバックスクリーンへと消えていった。このあまりにも極端な投球結果に誰もが複雑な思いを抱いた。


「なあ、もしかしてあいつ、右打者に滅法強くて、左打者に滅法弱いんじゃね?」

「右キラーですね。メルリーグは左キラーのリリーフが有名ですが、右キラーのピッチャーもいますから、マドレーヌは対右のワンポイントリリーフなら使えるかもしれませんね」

「今年も投手陣に泣かされそうだけど、足りない分は野手に補ってもらうか」

「うちはメルリーグトップクラスの守備陣を誇りながら、なかなかそれを活かせませんでした。今年は守備機会を増やすことで対応するのが無難でしょうね」


 ブレッドには1つの策があった。投手陣があまりにも一発を打たれすぎるため、奪三振を奪おうとして余計に一発を打たれるという悪循環に陥っていた。


 投手力のなさが生んだ結果なのは確かだが、無理に三振を奪いにいかず、並みいる強打者に対しては打たせて取る方針を投手陣全員で共有させた。


 うまくいくかどうかは、蓋を開けてみなければ分からないが、躊躇している時間などなかった。特にアイリーンが成功するかどうかで後から続く者たちの未来が左右されるとあっては、尚更猶予の時間などない。ブレッドは既成概念に囚われず、できることは全てやろうと決意する。


 ペンギンズ監督の仕事は、ブレッドに明確な生き甲斐をもたらしていた。

 最強打者をどこに置くべきかという議論はメルリーグ創成期から行われ続けてきた。結論を言えば上位打線だが、どこに置けば活躍するかは選手とチーム状況の噛み合わせ次第としか言いようがない。だが1番から3番であれば、どこに置いても間違いとは言えないだろう。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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