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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
序章 前代未聞の入団
29/50

第27球「危険な賭け」

 ――午後3時、クリテイシャス・ボールパーク――


 当初の予定通り、ブレッドはリンツたちの練習につき合うこととなったが、制裁金を課せられたことで、モチベーションはすっかりと意気消沈していた。


 ジャムとキルシュもついてくることとなり、地下のバッティングセンターに立ち寄った時には何人かの選手が既にバッティング練習をしているところであった。


 休憩室に座り込むブレッドたち。


「はぁ~。酷い目に遭ったぁ~」

「まさかティラーレックスの部屋に入るとは思いませんでしたよ。あそこは恐竜たちの狩場なんですから、気をつけてくださいよ」

「リンツを追っかけてたら、あそこにいたんだよ」

「また人のせいにして……そういえば、何でキャッチャーの候補を増やしてるんですか?」

「うちにはキャッチャーになりえる選手が多く揃っているけど、打撃に専念したいのか、守備負担が重いのか、みんな全然やりたがらないんだよなー」

「打力がある場合は、打撃に専念させるためにコンバートさせられることも多いですからね。強打の捕手がいるチームもありますけど、それは強打者の数に余裕があるからです」

「だろうな。でもうちはキャッチャーのレベルが全面的に低い。ワッフルには打力がないし、ジョージはよくピッチャーと喧嘩するし、あの2人だけじゃ心配だ」


 リンツたち3人は球場地下のバッティングセンターで打撃練習を重ねているが、ブレッドの方針で1人ずつ入念にチェックすることとなった。


 他の選手たちはグラウンドに立ち、葵主導で自主練習を行っている。


 ブレッドは練習に使われているボールを1球も見逃さなかった。


 丸雄やプレクはいつもと変わらないバッティングだが、ペンギンズでは貴重な左利きであるリンツはその特徴が顕著であった。だが変化球を混ぜた途端、急に打てなくなるのだ。


「ブレッドさんが葵たち以外の選手の練習を見るなんて珍しいですね。何かあったんですか?」

「大したことじゃねえけどさ、アリアに言われたんだよ。葵たちの練習しか見てないって。それでリンツたちは葵たちだけ贔屓にしていると思って、僕を避けるようになったんだとさ」

「ブレッドは仲の悪い人を無意識に避けるところがあったよねー」

「でも監督になった今、昔のままじゃ駄目だって気づかされた。何で僕がメルリーガーになれなかったのか、ちょっと分かった気がする」


 ようやく過去を顧みたブレッド。


 ただアイリーンのことだけを考えているようでは監督が務まらないことを理解し、1人1人の選手たちの個性を引き出すことに尽力することを思い出した。


 冷静さを取り戻したブレッドに怖いものはなかった――。


「なるほど、お前らのバッティングはよく分かった」

「こんなんで分かるのかよ」

「これでも選手兼監督やってたからな。それに今までの試合も見てきているし。まずはプレク、早打ちな上にボール球に手を出しすぎだ。塁に出ればあっさり盗塁できるんだし、球数を投げさせてフォアボールを狙え。後はパワーがつけば文句なしのユーティリティープレイヤーだ。丸雄はベテランなだけあってフォームに無駄がないし、選球眼もある。ランナーがいる時は速球に強いところが活きるけど、ランナーがいない時は投げ槍になりすぎだ。それとボールをレフト方向に引っ張りすぎるせいでシフトを敷かれていただろ。あれも成績を下げている要因だ。もっと臨機応変なプレイができれば立派なスラッガーだ。リンツは並外れた長打力がある。でもミートが狭いせいでそれを活かしきれてない。原因は分からないけど、ゴロがあまりにも多いのが難点だ。本当にちゃんと練習してんのか?」

「してるに決まってんだろ」

「相手がうますぎるんじゃね?」

「それ言えてる」


 リンツたちがお互いを庇い合うように言った。


 口裏を合わせているかのように問題意識を掻き消し、最低限の練習で済ませようとしているところにブレッドは重大な課題を見た。


 この仲良しトリオを始めとした選手たちが幅を利かせ、チームの中に諦めと惰性が蔓延していたことをブレッドは突き止めた。チーム内の癌ではなく、あくまでもチーム内の免疫細胞であると考えたブレッドは、リンツたちに課題を突きつけることに。


「お前らなー、メルリーガーなんだからみんなうまいのは当たり前だろ。それと、今後はアイリーンとも一緒に練習してもらうからな」

「おいおい、それマジで言ってんのかよ?」

「大マジだ。お前らはアイリーンを追い出したいんだろ。だったら僕も協力しようじゃねえか」

「「「「「!」」」」」


 意外な言葉に凍りつくジャムたち。


 この言葉にはリンツたちでさえ、ぐうの音も出なかった。


 アクティブ・ロースター枠が確定してからはそれぞれが練習メニューを組み、練習試合の時以外はバラバラに練習を行っていたが、アイリーンはほとんどの選手たちとの合同練習に参加させてもらうことができなかった。


 この事態を重く見たブレッドは、選手たちの心理的な抵抗に対処する必要に迫られた。


 しかもリンツたちだけでなく、そのそばで練習をしていたリンツ側の選手たちまでもがリンツの周囲に集まってくる。奇しくも嘆願書を取り下げないままアクティブ・ロースター枠に入った5人の選手がここに揃った。


「まずは実力でレギュラーを死守してみせろ。あいつは外野手だけど、守備力の低いチームならショートでプレイできた。内野はファースト以外全部埋まってる。外野には煌とクラップがいて、ライトが空いている。つまり、余っているのはファースト、ライト、DHの3つ。もしお前らが残り3つのポジションを死守することができれば……アイリーンをアクティブ・ロースター枠から外すと約束しよう。もちろん、一度外したら二度とアクティブ・ロースター枠に入れることもしない」

「ブレッドさん、それ、本気で言ってるんですか?」

「本気でなきゃ言えないだろ。どうする?」

「もし僕らが……ポジションを死守できなかったら?」


 ブレッドの言葉の裏を感じ取ったリンツが腕を組みながら尋ねた。


「その時は……アイリーンを受け入れてもらう。お前らはまだ嘆願書を取り下げてない。リンツ、丸雄、プレク、ワッフル、ファンク、お前らに賭けを申し込みたい。お前らがこの賭けに勝てば、エステルだって喜んでアイリーンをアクティブ・ロースター枠から外すことを認めるはずだ。期限はシーズン前半が終了するまで。どうだ?」


 ここに集まっていたリンツたち全員に対し、ブレッドがいつもより大きい声で言った。


「なあ監督、俺はあいつがアルビノというだけで客寄せパンダみたいになるんだったら、彼女が入団するのは反対だ。実力があるんならともかく、話題性だけで客を呼ぶんだったらミュージカルで十分だ」


 丸雄が一歩前に出て答えた。その後に続くようにファンクも口を開いた。


「それに、ビノーと一緒にいたら、あたいたちまで被害を受けるかもしれないのよ。それが原因でチーム成績が下がる可能性だってあるわ」


 単なる偏見だけでなく、実力面に対する懸念、一緒にプレイすることで自分たちにまで及ぶ危害を恐れて反対する者もいることをブレッドは今一度確認する。


「お前らさー、スプリングトレーニングでのプレイを見てなかったのか?」

「もちろん見たよ。でも守備だけじゃ駄目だ。打撃は全然駄目だったし、打っても内野安打を打つのが精一杯だ。あれだったら僕らの方がずっと貢献できるよ」

「本気でそう思ってんなら、尚更この賭けに乗るべきだと思うけど」

「「「「「……」」」」」


 こうして、ブレッドたちによる、アイリーンと嘆願書の取り下げを賭けた戦いが始まった。


 賭けの期限内は一切文句を言わずにアイリーンとも合同練習を行うこと、ブレッドはアイリーンを贔屓にしないこと、シーズン前半終了時にアイリーンがレギュラー落ちしている場合、アクティブ・ロースター枠から永久に外すこと、賭けの内容は一切他言無用であることなどのルールを定めた。


 しかし、これには1つ大きな問題があった。エステルやドボシュには一切伝えていない。


 リンツたちをグラウンドに帰し、ブレッドはジャムとキルシュをホテルに帰した。


 1人になったことを確認すると、ブレッドが部屋の端にある曲がり角を見た。


「もう出てきていいぞ」


 曲がり角からゆっくりと姿を表したのはアイリーンだった。


 アイリーンはリンツたちが練習を始めてから地下を出るまでの間、バッティングセンターの部屋の奥にある角に隠れながら過ごしていた。


「ブレッド……ありがとう」

「本当にこれでいいのか?」

「ええ。これなら彼らも納得するはずよ」

「アイリーン、僕は監督だ。君だけを贔屓にするわけにはいかないし、実力面を理由に追い出すというなら、僕だって文句は言えない」

「分かってるわ。私だって、ずっと助けに頼ってばかりじゃ駄目なの。これ以上ブレッドの力を借りることになったら、彼らはますます私に反発するようになるわ」

「――こうなってしまった以上、僕が助けてやれるのはここまでだ」

「そうね――ここからは私の戦いよ」


 ブレッドはアイリーンとお互いを見つめ合った。ブレッドがここまでアイリーンの顔をジッと見つめたのは初めてだ。


 ふと、ブレッドに一瞬の記憶がふんわりと蘇った。社会人チームにいた頃の記憶だ。しかし遠い記憶なのか、なかなか思い出せない。


 ――3月下旬、オリュンポリティア属州アンターティック・スタジアム――


 ペンギンズはエルナン島からチームバスを飛ばし、ホームグラウンドへと戻ってくる。


 チームバスも自動タクシーと同様に運転手がおらず、目的地と速度を設定することだけで、自動的に目的地へと向かうことができる。地上を走り、空を飛び、海を泳ぎ、多くの選手を運んできた最新鋭のチームバスは、その全てにプリューゲルクラプフェンの家紋であるラベンダーが刻まれている。


 他のメルリーグ球団は別のメルリーグ球団とスプリングトレーニングで早くも戦っているが、ペンギンズとの練習試合につき合ったチームは数えるほどしかなく、ほとんどのチームはペンギンズ以外の球団を相手に選ぶという、今までにない異例の年となった。


 ペンギンズはこの日もチームを2つに分け、練習試合を行った。


 ボトムリーグに落とした選手を再び呼び戻すわけにもいかず、投手までもが守備固めに駆り出されることとなった。ブレッドはシックスルールを採用した。6イニング制であることに加え、守備を9人で行うのに対し、打者は6人で1巡とする特別ルールだが、これを採用しなければならないほど対戦相手がいなかったのだ。


 傘下となるボトムリーグのチームは既に他のボトムリーグと練習試合のスケジュールを組み、社会人チームもその全てがペンギンズとの練習試合を拒否した。


 オーナー室ではエステルとドボシュが窓を開け、練習試合を見守っている。


 変わった形式の試合に興味を持った観客も集まっている。


「こんなこと、今までにないですよ。ほとんどのチームから対戦を拒否されるなんて」

「心配はいらん。シーズンが開幕すれば対戦せざるを得なくなる。相手が対戦を拒否すれば没収試合で強制的に負けになる。もしそうなれば勝ち星も取れるし、選手たちにも休養の時間ができる分有利だ。先発ローテーションも決まったことだし、チーム内にこびりついていた問題の多くが解決した」

「しかしブレッドが言うには、このままだとアイリーンが全てのポジションを取られてしまうそうです。いくらユーティリティーでも、全ポジションで他の選手にレギュラーを取られたらスタメンにはなれません。彼女だけを贔屓にするわけにもいかないと言っています」

「その時はその時だ。アイリーンの後には多くの選手が控えている。彼女もそれを知っている」

「それにしても、シックスルールを採用することになるとは」

「だがこれはこれで面白いかもしれんぞ。打線に切れ目がなくなる上に、ピッチャーたちの守備練習にもなる。ここまで生き残った主力選手たちにとっては良い練習だ」

「当たり前の話ですけど、これだけ多くの選手が入れ替わる中で、アイリーンも煌も生き残っているのは興味深いですね。ですが、煌の負担があまりにも重すぎる気がします。普段はレフトを守って、登板する日は投手に徹するようですけど、大丈夫ですかね?」

「そこはブレッドに任せるとしよう。ブービ・ルースはDHで出場し、登板する日はDHを解除してピッチングをしながら打っていた。それがきっかけで、DHをどこのポジションでも採用するべきだという議論が巻き起こり、建国歴11001年からのDH制変更に繋がった。煌は守備負担の少ないレフトとはいえ、最初から守備に就くのと、途中から守備に就くのとでは負担の重さに違いがある。その課題をどうやって克服するのかが楽しみだ。ブレッドならきっとやり遂げてくれるだろう。ここまでチームを変えてくれたんだ。今はブレッドを信じるしかない」


 エステルたちが懸念していたのは、アイリーンよりも煌の起用法だった。DH制のルールが変更されてからの二刀流選手はDHとして出場し、登板する日は投球に専念するか、別のポジションにDHを起用し、打撃にも参加する方針となる。


 しかし、打力のある選手が不足しているペンギンズにとって、煌は是が非でも多くの試合に出場させたい選手だ。ブレッドの本音としては打者に専念してもらいたい。だが煌が本気で投打を両立させる気が伝わっている相手は僅かな人物に限られていた。


 エステルたちの懸念が続く中、練習試合は思った以上の白熱を見せるのだった。

 投手登録選手と野手登録選手の違いとして、延長戦もしくは5点以上の点差が一度でもつけば野手も登板できるという点だ。ブービ・ルース登場以降は二刀流が明確に定義され、二刀流登録選手は片方でボトムリーグの試合に出場しながらもう片方でメルリーグの試合に参加することができるが、前年度においてメルリーグかボトムリーグのどちらかで100打席以上及び10登板以上を同一シーズン内で達成する必要がある。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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