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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
序章 前代未聞の入団
24/50

第22球「意識の温度差」

 ルドルフの球にマンキース打線は手も足も出なかった。


 特に彼らを驚かせたのはルドルフのカットボールだった。


 9回表は1番テレックからの好打順だったが、ストレートには掠るのが精一杯であり、カットボールにバットを砕かれ、弱々しい打球がルドルフの前にコロコロと転がってくる。


 テレックがピッチャーゴロに倒れると、続くワットもショートゴロに倒れ、2アウトで3番ルーシーを迎えた。何度もボールには当てるものの、160キロを超えるストレートや150キロを超えるカットボールを前に苦戦を強いられ、ノーツーに追い込まれた。


 ルドルフは渾身のカットボールを投げると、スイングをするルーシーのバットの芯を外し、その球威の重さがバットをへし折った。ボテボテのゴロがショートへと転がった。ルーシーは急いで足を動かしながら内野安打を狙うが、葵のベアハンドキャッチを前に、間一髪アウトとなった。


『アウト。スリーアウトチェンジ』


 ルドルフが何かを思い知らされたかのようにベンチへと戻った。


「どうだ? クローザーになった気分は」

「何故かは知らんが、とても居心地が良い。監督が言った通り、俺はたった1回を全力で抑える方が向いているらしい。それに……これ以上投げたらばてそうだしな」

「だからこっちの方が向いてるって言っただろ。まだ先発を目指す気はあるか?」

「いや、成績を出せなかったらクビなんだろう? だったらこっちで成績を出すまでだ」


 ルドルフは自らの適性をその身をもって思い知った。


 真っ直ぐとカットボールだけで打者を捩じ伏せる立ち上がりの強さを持つが、スタミナのなさが最大の弱点であったルドルフにとっては、まるで天職を見つけたような気分であった。


 ルーシーは納得の笑みを浮かべながらベンチに戻った。


 ネクストバッターズサークルにいたアリスがルーシーの隣に並んだ。


「あーあ、あたしも打ちたかったなー」

「意外な相手だったから、ちょっと動揺してたわ。ルドルフは剛腕投手だから、てっきり先発だと思ってたけど、まさかクローザーで起用するとはね」

「でもクローザーなら理に適ってるわ。1回だけなら全力投球しても問題ないし、スタミナが致命的に低いという弱点が邪魔にならない。あの監督、只者じゃないかもね」

「そうね。選手たちの個性を尊重しながらも適性を見抜いてるし、ある意味理想的な監督かも」

「ふーん、惚れたね」

「ほっ、惚れてなんかいないんだからねっ!」


 ルーシーが顔を真っ赤にしながら両頬を膨らませた。


 9回もドナルドが完璧に抑えるピッチングを見せつけ、4対9でペンギンズの敗北となった。観客はおおよそ予想通りと断じながらも、逆転の余地を期待させる試合と評価した。


 試合が終わってからも、ジャムはロボット塁審をジッと見つめている。


「ジャム、どうかしたか?」

「あのロボット塁審ですけど、アイリーン以外の選手の時は敵味方に関係なく正確な判定でしたね」

「そこなんだよなー。報告ついでに一度捕まえてみるか」

「えっ、いいんですか? そんなことをして」

「確かヘレンは情報の分析に長けているはずだ。あのロボット塁審の識別番号を突き止めれば、何か分かるかもしれん」


 ブレッドはアイリーンに誤審を下したと思われる一塁の塁審を担当したロボット塁審に目を向けると、さりげなく距離を詰めた。


「おい、ちょっといいか?」

『どうかしましたか?』

「外で話がある」

『分かりました』


 ブレッドはロボット塁審を球場の外に連れ出すと、駐車場のところでピタリと足を止めた。


『ここで一体どんな話をするのです――』


 突然、ロボット塁審を黄色い稲妻が襲った。ブレッドがロボット塁審の頭を掴むと、腕から電撃魔法を発動し、ロボット塁審の電源をショートさせた。


 ロボット塁審は痙攣を起こし、ブレッドが手を離すと、手足をピクピクと動かしながら赤く光っていた目が輝きを失った。その場に背中から倒れ込み、全く動かなくなった。


「良しっ、後はこいつのIDチップを取り出して、プログラムコードを調べるだけだ」

「なるほど、球場の外に出したのは、魔法で仕留めるためだったんですね」

「球場の中は不正を防ぐために魔法結界が張られていて、魔法が一切使えなくなるからな」

「でもこんなことをしなくても、メルリーグ機構に調べてもらえば済む話じゃないんですか?」

「メルリーグ機構としては、たとえ練習試合であっても、ロボットが誤審をしたなんて発表したら大問題だ。揉み消すのが目に見えてる。それにこのプログラムコードを作った奴が、証拠隠滅のためにこっそりと正常なプログラムコードとすり替えるかもしれねえからな」


 ブレッドがロボット塁審の頭をパカッと抉じ開けた。


 そこには1枚の手指くらいの細長いチップが姿を表した。


 IDチップを持ち、ロボット塁審を倉庫に隠してからコマンドフォンを取り出した。


『何か用ですの?』


 ブレッドのコマンドフォンにホログラムとして現れたのはヘレンだった。


「さっきの練習試合、見てたか?」

『ええ、アイリーンに対する誤審にただ1人突っかかってる監督が見えましたわ』

「アイリーンに誤審しまくってたポンコツロボットのIDチップを手に入れた。プログラムコードを調べてほしい。こういうの得意だろ?」

『それは願ってもないことですけど、よく手に入れましたわね』

「ちょっと借りただけだ」

『すぐそちらに向かいますわ』


 通話が途切れ、しばらくして1台のウィトゲンシュタイン家専属の全自動タクシーがエルナン島に到着した。


 中から黒いドレスを着たヘレンが現れ、ホテルの中へと入っていく。ブレッドたちの部屋に堂々と押し入ると、早速持っていた折り畳み式の薄い軽量型のパソコンにIDチップを挿した。大量の数字が書かれた画面がいくつも表れ、ヘレンはカタカタとキーボードを鳴らしながら分析を続けている。


「――! これは……」

「何か分かったのか?」


 ブレッド、ジャム、キルシュの3人がヘレンの後ろからパソコン画面を覗いた。


「どうやら一塁を担当していたロボット塁審だけ、アルビノの選手に対して必要以上に判定が厳しくなるようプログラムされていたようですわ。クロスプレイの際、同時から1秒以内の場合はアウトの判定を下し、両監督の了解がなければ、チャレンジすらできないようになっていましたわ」

「アイリーンは内野安打と内野ゴロが多い分、一塁でクロスプレイになる機会も多いので、一塁のロボット塁審に細工をすれば、不振を装った判定ができると考えたわけですね」

「でも、誰が何のためにこんなことをするんですの?」

「アルビノの選手がメルリーグでプレイすることを良く思わない奴が多いからな。スプリングトレーニングで不振になれば、開幕前にボトムリーグに落ちると考えたんだろうな。こんなことが毎日続くんじゃ、半年持たねえかもな」

「安心して。幸いにも証拠があるし、メルリーグ機構に伝えておくわ。記録を辿れば、いつどこでプログラムがインストールされたかが分かりますし、明日までに新しいロボット塁審を送ってもらうよう、お父様に伝えておきますわ」

「頼りにしてるぞ、ヘレン」

「……頼りしているのはこちらの方ですわ」

「何でだよ?」

「今までベースメトリクスを用いてくれたメルリーグ球団はなかったんですもの。こんなにもあっさりと受け入れてくれたのは、ペンギンズが初めてですわ」

「今は状況が状況だ。勝つためだったら猫の手も借りる。まだ誰もやってないってことは、試す価値があるってことだ」


 笑いながらブレッドが言った。天真爛漫な表情にはヘレンも釣られるようにクスッと笑う。


 ここにきてある種の実験につき合ってくれる球団とようやく巡り合えたことに喜びを覚え、ヘレンをペンギンズに釘付けにさせた。実験につき合わされていることはブレッドも承知の上だが、社会人チームの時とは事情も異なり、今までのやり方が通用するとは思っていない。むしろ新たな羅針盤を与えてくれたかのようにブレッドは感じている。


 3人はヘレンを乗せた特急自動タクシーをホテルの窓から見送った――。


 ジャムも部屋に戻り、ブレッドとキルシュの2人となった。


「ふふっ、やっと2人きりだね」

「だからって何も起きねえぞ」

「もう、ブレッドってばつまんない。ロマンがないなぁ~」

「ロマンで生きていけるなら苦労しないっての」

「オリュンポリティアにはいつ戻るの?」

「3月下旬だ。アンタークティック・スタジアムの雰囲気にも慣れておきたい。開幕戦はホームゲームだから、ホームにいる時は監督寮に泊まる。結構近かったし。問題は遠征の時、アイリーンをどこに泊めるかだな。バスの中ばっかりだと、満足に休めない」

「……アイリーンはホテルに泊まれないんだよね?」

「そうだな。いっそバスを改造するか。アイリーン専用の寝床を作る」

「チームメイトの反感を買ったらどうするわけ?」

「その時はトレードでチームを出てもらう。それだけだ」


 キルシュは不満そうに顔を背けながら再び口を開いた。


「何でそこまでアイリーンに拘るの?」


 寂しそうに尋ねる声には嫉妬の念が込められていた。


 だがブレッドはそんなキルシュの気持ちには全く気づかない。


「拘るって?」

「誤審の時もそう。いつもアイリーンの味方ばかり」

「お前あいつのこと何にも分かってねえな。あいつは球場の中じゃ、いつも孤独なんだぞ。どんなに凄いプレイをしても、チームメイトにハイタッチもしてもらえないし、外野にいる時もライトスタンドから定期的に野次を飛ばされて、誰も助けてくれない。分かるんだよ。僕も昔は……自分の信念のために、ずっと孤独の中で戦ってきた」

「だからって……アイリーンの味方ばかりしていたら、チームがバラバラになるよ。監督がそんなんでいいわけ?」

「アイリーンを守ってやれるのは僕しかいない。だから――」

「ブレッドの身に何かあってからじゃ遅いんだよっ!」


 叫ぶようにキルシュが言った。


 思わず後姿のキルシュの背中を見るブレッド。


 キルシュにとって何より心配だったのは、他でもないブレッドの身の安全だった。偏見に塗れたアルビノの味方をし続けた者たちの末路をキルシュは知っている。無論、それは丸雄から話を聞いた時からのブレッドも同じだった。


「……言っただろ。僕にはもう、失うものがない。ハープスベルクの店も閉めた。死ぬ以外は掠り傷だ。多分、シーズン終了までチームにいられないだろうし、クビになるまではペンギンズでやりたい放題やってやる。自分を押し殺すようじゃ、監督になった意味がない。そんな気がするんだよ」

「ブレッド……」


 さっきとは打って変わって勢いがない声で言葉を返すキルシュ。


 ブレッドは今のペンギンズでシーズンを勝ち抜けるとは思っていない。


 ベストを尽くし、次に就任するであろう監督に良い形で繋げることを目指しているブレッド、チームを立て直してほしいエステル、すぐに監督を辞めて故郷に戻ってほしいキルシュ、それぞれの気持ちには確かな温度差があった。


 いつもとは異なり、キルシュに後ろから抱きつくブレッド。


 この意外な行動に、キルシュは顔を赤らめ、心臓の鼓動が速くなる。


「キルシュ、心配すんな。自分に素直に生きろ。そうすれば何があっても悔いはない。今僕らが戦っているのは世間だ。僕は世間を見返したい。それと……結婚を断って悪かった」

「……いいの。ブレッドは自由でいたいんだよね。分かってる。結婚は諦めたから」

「キルシュ……」

「だーかーらー、事実婚しよ」

「ええっ!?」


 まだ懲りないキルシュのあざとい笑顔に恐怖すら覚えた。


 ブレッドはベッドの掛け布団に身を潜めた。


「どうしたのぉ~? 事実婚なら問題ないじゃ~ん」

「勘弁してくれ」


 キルシュがブレッドの掛け布団に絡みつき、その豊満な膨らみを押しつけるのだった――。


 翌日、ペンギンズはマンキースの練習メニューに合同で参加する。


 この日の練習試合はナイトゲームであるため、練習時間には余裕があった。


 チームによって練習メニューが異なるのは常識であったが、マンキースの練習はペンギンズの練習を遥かに超える過酷なものだった。


 打撃、守備、走塁の量はペンギンズの練習メニューの倍以上であり、途中でペンギンズの選手の多くが疲れ果ててリタイアしてしまった。マンキースの選手からも複数人のリタイアが続出し、最終的に残ったのは、葵、煌、アリア、マカロン、アイリーンの5人、アリスやルーシーを始めとしたマンキースのレギュラー陣18人であった。


「「「「「はぁはぁはぁはぁ」」」」」

「ふぅ、もう駄目。走れない~」


 アリアがこの場に倒れ込みながら言った。


 マンキースの選手は控えでさえ過酷な練習メニューについてこれるのに対し、ペンギンズは一部の選手しか練習についていけず、そのレベルの差を思い知らされた。


「ふーん、息を切らしていないのは葵だけか」


 アリスが関心の目で葵を見ながら言った。


 マンキースの選手の内、アリス、ルーシー、ゲイリーの3人はまだ余裕の表情だ。


「僕はチーム練習だけじゃ物足りないからさ、終わってから個人練習をするんだよね」

「そうなの? じゃあうちに来る? 今年が終わったらFAでしょ」

「マンキースには不動のショートがいるだろ」

「外野だったらまだ空きがあるわよ。葵は足も速いんだし、最強のセンターになると思うけど」

「ちょっと待て。そんなことしたら、ペンギンズから戦力がなくなるだろ」


 ブレッドがしゃしゃり出るように言った。


「あのさー、あんた、葵の人生を無駄遣いしてる自覚あんの?」


 アリスが半ば呆れ顔のまま腕を組み、ブレッドを諭した。


「無駄遣いって何だよ?」

「選手が戦力として使える時間は限られてるのよ。選手としては、レギュラーに残った状態でワールドシリーズを制覇したい気持ちがあるんだし、ペンギンズに残るより、ワールドシリーズを目指せるチームに移籍した方が、選手のためだと思うけど」

「多くのメルリーガーは、ワールドシリーズ優勝を果たす前に引退する。それがどれほど虚しいことか分かってるの?」

「別に虚しいってことはないと思うぞ。選手の考え方次第だろ。精一杯時代を駆け抜けたら、悔いなんてねえと思うけど」

「ホントに何も分かってないみたいね」

「キング・サルダール・ハルトマンも、サイ・クロンも、みんなチームをワールドシリーズ優勝に導いてきたからこそ、評価されている側面もあるのよ」


 アリスたちが言いたかったことはブレッドにも伝わっている。何より密かにマンキースへの移籍を考えているアリアも、この言葉に応えるように思わず息を殺した。


 だがブレッドは社会人チームにいた影響なのか、メルリーガーたちとの意識に大きな差があった。


 それは、メルリーガーにしか分からない崇高な想い以外の何ものでもなかった。

 メルリーグでは古くから塁間25メートルと定められている。強肩の選手が多いチームからは距離が短いと言われ、俊足の選手が多いチームからは長いと言われ続けてきたが、平均的な肩の強さがあれば、平均的な走力の選手を刺せる丁度良い距離であることは、多くのメルリーガーたちが証明済みである。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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