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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
序章 前代未聞の入団
19/50

第17球「エースとの和解」

 突然の来訪者に戸惑いながらも、どうにかベースメトリクスを理解したブレッド。


 だがブレッド本人は至って現場主義だ。ましてや選手としてプレイしたことのない人々が作ったデータのみのベースボールをどうにも信用できないブレッドであった。


 すると、さっきまで黙って話を聞いていたブレッドが口を開いた。


「おおよその概要は理解した。つまりベースメトリクスを取り入れることで、ちょっとでも勝率を上げようっていう魂胆だろ?」

「平たく言えばそうですわね。ところで、ブレッドは打順をどうやって決めていますの?」

「あっ、それ私も聞きたかったなー」

「簡単だ。OPSの高い順に選手を並べていって、バントは打力のないピッチャーと終盤のみに限定して、極力序盤で勝負を決める感じかな」

「――奇しくもベースメトリクスの考え方とほとんど被っていますわね。社会人チームでトリプルリーグのチームを相手に善戦したのも頷けますわ」

「よく知ってるな。別にマネしてもいいんだぜ」


 誇らしげに鼻が高くなるブレッド。


 ブレッドは頭を使いながら行うスモールボールの思考を基本としているが、バントにはかなり消極的であった。たとえ自ら生きるセーフティバントであったとしても、長打の可能性を放棄してしまう問題があった。全体的に打力に乏しい社会人チームであれば1点のリードで十分だったが、メルリーグは打者のレベルが高く、投手陣のことを考えれば5点のリードは欲しいと考えている。


 それ故、今のブレッドにとって、バントという選択肢はほぼないに等しい。


 ヘレンはベースメトリクスのホログラムの1つをブレッドの目の前に持ってくる。


「でもその戦法じゃ勝てませんわ」

「何でだよっ!?」

「打順がちょっと違ったくらいではあまり得点に響くことはありませんけど、バントは必要ないという結論が出ていますの」

「あのなー、ランナーが得点圏にいるのといないのとじゃ、相手ピッチャーに与えるプレッシャーが全然違うぞ」

「バントをする価値があるのは打率が1割未満の選手だけですの。1割以上なら打たせた方がいいってデータには出ていますわ。一度ベースメトリクスの法則通りに打順を組んで、それでマンキースと練習試合をしてほしいんですの。それで全て分かるはずですわ。レオンはスモールボールに固執していたせいで、得点のチャンスを自ら潰してしまっていましたわ」

「だったら何で放っておいた?」

「去年までは別に何年連続で地区最下位になろうと問題じゃなかったのですわ。でも今年ばかりは事情が異なりますの。ペンギンズが必ず最下位を免れる必要が出てきましてね」


 左手で右腕の肘を抑え、顔を背けながら悲しそうに話すヘレン。


 それを見たブレッドは、ヘレンの様子から何らかの事情があるものと推測する。


「どんな事情か聞いてもいいか?」

「いずれ時が来たら話しますわ。今はとにかく最下位を免れることだけを考えてくださらない?」

「分かったよ。僕もどの道最下位になっちゃいけない事情があるし」

「今後は仕事の合間に、わたくしがお爺様やお父様の目として、あなた方の活躍を見守ることにしますわ。何か必要なものがあったら、遠慮なく言ってくださいね。ではごきげんよう」


 ヘレンがブレッドの部屋を去っていき、扉がバタンと閉まった。


 ふと、ブレッドが時計の方を向くと、時刻は既に12時を回っていた。


「――やべっ! 遅刻じゃん!」

「ああ~っ! ご飯食べ損ねたぁ~!」

「お前は関係ねえだろ。ジャム、急いで支度だ」

「こういうことになると思って、みんなが話している間に準備しておきました」


 抜け目ないなとブレッドが感心すると、ブレッドたちは昼過ぎになってようやくスプリングトレーニングに合流する。普段よりも遅いが、選手たちが気にすることはなかった――。


 ブレッドはヘレンの指示通り、ベースメトリクスの起用法を参考に打順を組んでいる。


「最も重要なのが1番と2番と4番で、3番と5番と6番は強打者に準ずる打者を置くって言われてもしっくりこねえよ。社会人チームにいた時は3番に最強打者を置いていたからな」

「ベースメトリクスだと、最強打者は2番に置いた方が良いそうです。ランナーがいれば長打でホームに生還させて、ランナーがいなければ自ら出塁してクリーンナップに回せるからだそうです。3番はツーアウトランナーなしで回ってくることも多いので、最強打者を置いても活きないとされています。平たく言えば、3番打者を2番に置くような感覚でしょうか」

「僕の感覚だと、出塁率が高い打者を1番と2番に置くところまでは合ってるけど、1番向けを2人置くんじゃなくて、あくまでも3番向けを置く感じだな」

「だったらさー、3番向けを9人置けばいいじゃん」


 ベンチで軽食のパンをもぐもぐ食べながらキルシュが言った。


「無茶言うな。今は贅沢税があるから事実上無理なんだよ。戦力の均衡を図るのがメルリーグの課題でもあったし、それができるんだったら、そもそもこうやって打順を考える必要ねえだろ」

「ふーん、打順って結構難しいんだねー」

「下位打線は打力が高い順に並べればいい。でも1つ問題がある」

「どんな問題ですか?」

「DH制だよ。僕はこのDH制というものがあんまり好きになれん」

「僕も同感ですね。社会人チームだと、どこもかしこもDH制なしでしたから」

「僕はDH制なしの試合に慣れてるし、ベースボールは打って守って走ってだろ。打線に切れ目がないし、ピッチャーの打順で代打を送る駆け引きもないし、あんまり面白い気がしないんだよなー」

「確かに選手が固定化されやすい問題はありますね。その一方でピッチャーの負担を減らせるのと、打撃に特化した選手を1人増やせるというメリットもあります。観客は打撃戦の方が盛り上がりますから、打撃に優れたチームを維持する意味でも有効みたいですね」


 ブレッドはDH制という、社会人チームにはなかったルールに慣れていない。


 その一方でジャムはベースボールオンラインでDH制のある試合をビデオゲームを通じて経験しており、DH制を解除できることまで知っていた。その経験が以前から練習試合にも表れている。


「監督、話があるデス」


 ベンチの端っこでコマンドフォンを見ながら座っているブレッドの前にラーナが佇んでいる。


 ブレッドはベンチ裏に呼び出され、ブレッドとラーナの2人きりで立っている。


「どうかしたか?」

「……この前は悪かったデス」

「別に気にしてねえよ。ジャムも言っていただろ。あの勝負は引き分けだ」

「ワタシの祖国に引き分けという言葉はないデス。勝てなかった時点で負けと同じデス。よってワタシは約束通り、ペンギンズに残ることにしたデス」

「律儀だな」

「約束くらい守れるデス。ここ数週間ほどブレッドの実力を見させてもらっていたデス。監督としての才能があることはよく分かったデスガ、おっちょこちょいで喧嘩っ早いところが子供みたいで見ていられないデス。それに強豪に移籍して弱い者いじめをしても楽しくないデス」


 ――それがうちに残る理由とは、何とも情けない。


 思わず天井を見上げながら手で顔面を覆うブレッド。


「僕も出て行けなんて言って悪かったな。お前がかなりの実力を持っていることはあの試合でよく分かった。頼りにしてるぞ、ラーナ」


 ブレッドが微笑みながら言うと、ラーナは頬を赤らめながら腕を組み、そっぽを向いた。


「わ、分かってくれればそれでいいのデス」


 ラーナはホッと一息ついた。FA選手として契約保留となっていたラーナには、ペンギンズに残るべき事情があるのだ。ラーナに対してメルリーガーとしては破格の契約を求めてくるメルリーグ球団は後を絶たないが、どの球団とも条件が折り合わなかった。


 そんな折、メルリーグでの選手経験がないブレッドが監督に就任した時は開いた口が塞がらず、エステルにも抗議したが、無駄に終わっている。


「ヘッドコーチに聞いたデス。あれは監督の本来のスタメンではないそうデスネ」

「ジャムは気づいてたようだな」

「社会人チームにいた時はどんなオーダーを組んでいたデスカ?」

「OPSの高い順に並べて、強打者に打順を多く回すようにした」

「1番と2番には繋ぎ役を置くのが常識じゃないのデスカ?」

「それは1番が出塁した場合の話だ。1番が凡退したらどうする? 2番に打力がなかったら2アウトだ。特にペンギンズの場合は、1番に出塁率の高い葵を置いていたから、2番にバント職人を置くオーダーの欠陥に誰も気づけなかった」

「だったらどうして、あえてレオンのオーダーにしていたのデスカ?」

「もちろん、欠陥を再確認するためだ。去年のレオン監督時代の試合も見た。あんなんじゃ最下位にもなるよ。絶望的に打てない()()()が当たり前のようにレギュラー張ってるんだからな」

「……?」


 ラーナがブレッドの言葉に首を傾げた。


「今練習中のワッフル・オベリオスだ」

「ワッフルがどうかしたデスカ?」

「去年の成績を見てみろ。打率はチーム最下位で、全試合に出場していながら規定打席に到達していない。度々DH起用されたからだ。レオンも大変だっただろうな。自分のチームにだけ打線に穴があって、しかも投手陣の防御率は火の車で、クリーンナップにはシーズン30本以上打てるような長距離打者もいない。傍から見ていても原因は明らかだ」

「……ふふっ、あははははっ!」


 腹を抱えながら高い声で笑い出すラーナ。


「おかしなことを言ったか?」

「初めてデス。貴族でもなく、実績もないくせに、ここまで思ったことをそのまま言えるような奴に出会ったのは」

「生憎だが、直そうにも生まれつきの性格なんでね。お陰様で学校からも、職場からも、クラブチームからも追い出されたけど何か?」

「ふふふふふっ、あははははっ!」


 さっきからラーナの笑いが止まらない。


 ラーナにとってブレッドの反応は新鮮そのものだった。


 ブレッドがラーナにとって、今までに出会ったことがないタイプの人間であることは確かだ。笑ったら怒るかと思えば、あっさりとありのままの原因を冷静に説明し、更に弱みを晒すところに興味すら覚えた。


「昨日エステルに会って契約を結んだデス」

「契約内容は?」

「10年総額2億5000万メルヘン、しかもトレード拒否権付きデス」


 黒い姫カットをなびかせながらドヤ顔でラーナが言った。


 だが拝金主義者でもなく、チームよりも選手のことを第一に考えているブレッドの胸には全く響かなかった。


「――マンキースに行けば、もっと高額な年俸を提示されただろうに」

「何デスカその反応は……マンキースは規律が厳しい上にファンがとてもシビアで、とても馴染める気がしないデス。ハートリーグの球団でまともな契約を提示してきたのは、ペンギンズとマンキースだけデス。他のハートリーグの球団はトレード拒否権を契約に入れてくれなかったデス」

「スペードリーグはエースでもバッティング練習とかするからなー」

「バッティングには全く興味がないデス。バントをしようとして指に当たったら途中降板デス。たまにそれを狙って指に当ててくるピッチャーもいたくらいデス。だからスペードリーグには二度と戻りたくないのデス。そもそもピッチャーは打撃成績が査定に入らないのデスから、打席に立つ必要はないのデス。ハートリーグは代打に入るような強打者が多い分、投げ甲斐があるデス」

「なるほど、確かにハートリーグの方がお前に向いてるかもな。来週はマンキースとの練習試合だから調整しとけよ」

「……分かったデス」


 エースの思わぬ長期契約に安堵するブレッド。


 皮肉にも決定打がブレッドの不慣れなDH制の有無であることに、ブレッドは内心複雑な思いを抱きながらもベンチに戻っていく。


 社会人チームにいた時は趣味くらいの感覚でベースボールを楽しむ人が多かったが、メルリーグでは誰もが真剣にベースボールと向き合っていることをブレッドは間近で感じている。


「ラーナと何を話していたんですか?」


 コマンドフォンのスピードガン機能を使っていたジャムがブレッドの隣に腰かけた。


「和解だよ。どうやら僕を認めてくれたらしい。しかも10年契約だ。これはでかいぞ」

「私も彼女から聞きました。ハートリーグの防御率ランキング5位のピッチャーが残ってくれたのは大きいですね。嘆願書を書いたリンツに対して正面から言い返した度胸が気に入ったみたいです」

「別に度胸なんていらねえだろ」

「平民が貴族に対して迂闊に逆らったりすると、最悪クビになりますから、平民はなかなか言い返せないのが普通なんですよ」

「僕がクビになったら賭け自体が不成立だから借金地獄はなしだ。クビにできるもんならしてみろってんだ。そうやって理不尽に従ってばっかりだから、みんな生きづらいんじゃねえの?」

「――そうかもしれませんね。みんなブレッドさんみたいに……勇気を持てればいいんですが」

「?」


 ふと、ジャムが向かい側のベンチに座っているアイリーンの姿を見た。


 アイリーンはたった1人で道具の手入れをしているが、仲が良いはずの葵やアリアでさえ、公の場でアイリーンに近づいて仲良くすることはなかった。


 少しでもアイリーンと親しくしているところを観客に見られでもすれば、たとえスーパースターであっても、次の日には炎上必至だ。アイリーンと公の場で親しく振る舞えるのはブレッド以外にはおらず、アイリーンは孤独なスタジアムで1人で戦うことを覚悟している。


 ブレッドはそんなアイリーンに寄り添おうと、向かい側のベンチへと向かうのだった。

 メルリーグでは試合時間短縮のために様々なルールが導入されている。10回からの無死二塁タイブレーク制、リリーフによるマウンド上での投球練習禁止、選手を使い切った場合のコールドゲーム、先に20点を取った時点でのサヨナラゲームなどが追加された結果、かなりの時間短縮を図ることができた。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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