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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
序章 前代未聞の入団
15/50

第13球「悪意ある署名」

 ブレッドはエクレールが成績の割に移籍が多いことに注目した。


 エクレールに目を合わせ、壁に背中をくっつけながら今までの経緯を尋ねた。ブレッドはまたしてもメルリーグの事情を知ることとなる。


 メルリーグでは選手が20歳以上、もしくは5年以上のキャリアを持つ者でなければ最低クラスの年俸で働くこととなるため、低年俸で成績の良い若者を他球団からの即戦力を得るためのトレード用カードとして使うことがまかり通っている。


 故に、遅くとも3年で実績を出さなければ、もう居場所がない過酷な世界だ。これまでに数多くの球史に残るメルリーガーたちが長く実績を残している一方で、それよりも遥かに多くの選手が10年以内に夢の舞台から立ち去っている。


「まるで道具みたいな扱いだな」

「球団にとって選手というのは半分道具みたいなものですよ。私たちメルリーガーもそれを知った上で契約を結んでいます。とは言っても、5年続ければメルリーグ機構から年金も出ますし、その頃には一生分の年俸を稼げますから、特に問題はないですよ。まあそんなわけで、メルリーグでは私のようにトレードされる選手自体は珍しくないんです。メルリーガーはデビューから5年経つとFA権を取得できるので、無償で手放す前にトレードに出すのが自然なんです」

「なるほどな。活躍する舞台を提供してもらう代償ってわけか」

「メルリーグの監督とは思えない言葉ですね」


 さっきからブレッドに対して呆れているエクレールに対し、当の本人は全く気づく様子もないまま質問を続ける。


「外国人の選手が多いみたいだけど、そんなに需要あるのか?」

「というより、外国人の方が安く雇えるからというだけの理由だと思います。外国人がメルリーグに入る時はポスティングシステムを使って入るんです」


 ポスティングシステムは移籍システムの1つであり、外国人がメルリーグデビュー可能となる15歳を迎えると、その時点で所属する球団が譲渡金を設定し、その選手が契約可能であることを告知する。譲渡金に応札する球団は告知した翌日から30日以内であれば、選手との契約交渉を行うことができる。


 エクレールはポスティングシステムを使った後、メルジーネ・スターズの外国担当スカウトに誘われて入団すると、投手陣不足というスターズの事情もあり、すぐにメルリーグ昇格を果たした。


「煌はドラフトだったぞ」

「メルへニカ国籍を持っている人は通常通りのドラフトです」

「それがジャポニア系とジャポニア人の違いってわけか」

「あっ、探しましたよ」


 少し遠くにいるジャムがブレッドに声をかけた。


「あー、悪いな。話が長くなっちまった」

「それよりも、GMからメールが届きましたよ。3月中旬までには25人のアクティブ・ロースターを確定させておくようにとのことです。マスコミも開幕スタメンを知りたいでしょうからね」

「分かった。じゃあ投手陣を強化するように伝えてくれ」

「この時期はどの選手もトレードが終わってますから、現時点での戦力で頑張ってほしいとのことです。トリプルリーグにいた有望な投手陣は全員アイリーンを嫌がって移籍しましたから、今のレインディアーズにいるのは、ほとんどがダブルリーグから繰り上がりで昇格した選手ばかりです」

「――はぁ~!?」


 大きく口を開け、喉の奥から絞り出すような声が出た。


 無理もない。投手陣が絶望的なこの状況で、トレードも昇格もできないのでは勝負にならないと、顔面蒼白の表情を浮かべるしかなかった。


 ブレッドはその場に肩を落とし、シュンと俯くのであった。


 ――同刻、エルナンアイランドホテル18階――


 リンツ、プレク、丸雄、ジェイ、ジャック、イバン、ウォーリー、ワッフル、エリオ、ジョンといった数十人の選手たちが、カジュアルな私服を着ながら所狭しと1つの部屋に集まり、リンツ、プレク、ウォーリー、イバン、エリオ、ジョンの6人が茶色のソファーに腰かけている。


 ガラスのテーブルの上には1枚の嘆願書と魔法の羽根ペンが置かれている。


 魔法の羽根ペンはその魔力により、いくらでも文字を書き続けることができ、その羽根でいくらでも消すことができる。


 リンツが指揮を執るようにしながら嘆願書に自らの名前を書いた。あえて紙に書いたのはいつでも証拠隠滅ができるためだ。


「いいか、これはビノーを追い出すための嘆願書だ。これにみんなで署名してオーナーに要求を突きつけるんだ。ビノーをボトムリーグに留めておくようにな。今のペンギンズはあのビノーのせいで滅茶苦茶だ。僕はポジションを奪われ、プレクは押し出されるようにレギュラー落ちの危機、それにビノーや二刀流女を贔屓する監督のせいで、みんなのポジションが奪われようとしている。今までは丁度良い湯加減で居心地が良かったのに、オーナーが熱湯を投じやがった」

「あのブレッドとかいう社会人チームからやってきた監督だけど、チームを辞めてからしばらくは冴えないベーカリーを営んでいたそうよ。そんな奴に監督が務まるはずがないわ。レオンは物分かりが良かったし、私は去年までのチームに戻ってほしいなー」

「ファンク、この嘆願書が通れば、その意志を押し通すことができるぞ。あのままじゃ二刀流女までもがメルリーグに昇格してしまう」


 ファンクこと、プファンクーヘンの愚痴を汲み取るようにリンツが誘導する。


 その黒く短いボーイッシュな髪を鏡を見ながらブラシで整え、サインを書いた。


 プレクたちまでもが嘆願書を書き終えると、最後はリンツが羽根ペンとセットで両手に持ち、一言も話さない丸雄に手渡した。


「……なあ、ホントにこれ書くのか?」

「ビノーとベースボールしたいか?」

「そういう問題じゃねえよ。あのウィトゲンシュタイン家のオーナーに逆らうことになるんだぞ。こんなことしなくったって、あいつの方から居心地が悪いと思って出て行くのを待てばいいだろ」

「ビノーのせいで多くのチームメイトやボトムリーガーたちがペンギンズを去った。もう取り返しがつかないところまできている。しかもあの二刀流女が繰り上がりで昇格するんだぞ。そのせいで投手とDHの両方が圧迫されるんだ。これで困るのはお前も同じだろ?」

「そうだな……ほらっ、書いたぞ」


 遠慮気味に言う丸雄が無言の圧から逃れようと嘆願書にサインし、羽根ペンごとリンツに渡した。


 リンツが嘆願書を受け取ると、笑みを浮かべながら扉に近づいた。


「ねえ、ビノーはともかくとして、どうして煌まで目の敵にするわけ? あたいにはよく分からないんだけど」


 疑問を呈するようにワッフルが尋ねた。橙色の短髪にタオルを巻き、両腕を組みながら何かを考えているワッフルだが、リンツが煌に敵意を向ける理由がいまいち理解できない。


「あいつには規格外の身体能力がある。もし昇格すれば、野手に絞った時にどこのポジションになるか分からない。当然だが、僕らの中からまた1人ポジションが奪われる。うちのスターは葵だけで十分なんだよ。ペンギンズは二刀流を受け入れたが、レオンは二刀流に対して保守的だった。大人しく投手に絞ると言えば済んだものを、両方やると意地を張ったせいで、ずっとボトムリーグに居座る破目になったっていうのに」

「それ、どういうこと?」

「知らないなら教えてやる。レオンは煌をボトムリーグに閉じ込めておくつもりだったんだよ」

「「「「「!」」」」」


 ニヤリとした悪人面を見せつけるリンツの暴露に、リンツ以外の全員が冷や汗をかきながら石のように硬直する。


 レオンの真意を知っていたのは、レオンの右腕として常に忠実だったリンツだけである。


 更にはレオン自身が保守的な性格であったことで、古典的なスモールボールに固執していたこともまた、ペンギンズが万年最下位の理由であった。レオンは煌を投手として使うことを密かに計画していたが、そんなことが公になれば契約違反になり、首が飛ぶ恐れがあった。


 故に、何かと理由をつけては毎年昇格を拒み続けていたが、その間に煌はスイッチピッチャーとしての修業をボトムリーグで重ね続け、レオンの企みを知らないまま出番を待ち続けていた。


 事情を知り、硬直するプレクたち――。


「奇しくもビノーがレインディアーズからの招待選手になったことで、メルリーグ機構は見せしめとしてレオンをクビにしちまった。お陰であの二刀流女を封印していた最後のコルクが外れちまったんだよ。ったくどいつもこいつも足ばっかり引っ張りやがる。食事が終わったら他の連中の部屋に行くぞ。プレクと丸雄はついてこい」

「「「「「……」」」」」


 夕食後、リンツに先導され、プレクと丸雄が後に続いた。


 部屋に戻っていたペンギンズの選手たちに次々と嘆願書へのサインを迫り、それぞれの選手たちからサインを集めた。


 その時の反応は実に様々だ。当たり前のように素早くサインを書く者、怖気づきながら丁寧にサインを書く者、自分の下の名前だけを汚い字でぼかすように書く者までいた。


「アリア、この嘆願書にサインしてくれ。もうほとんどのチームメイトが書いた後だ。後はお前と葵だけだぞ」

「悪いけど、今は練習の後だから、手が思うように動かないの。署名はできないわ」


 右腕を左手で支えながら、指を動かすことさえ辛いアピールをするアリア。


「……分かった。明日の朝もう一度来るからな」

「私は朝から練習しないと気が済まないの。今度こそプラチナ・ゴールドグラブ賞を取るんだから、また今度にして。あんたたちは他の球団だったら、とっくにボトム落ちになっていてもおかしくない成績なんだから、ちょっとくらい練習しなさいよね。ほーら、行った行った」


 あしらうように告げると、アリアがリンツたちを押しのけ、バタンと扉を閉めた。


 全身の力が抜けるようにベットに横たわると、さっきまでの疲れがアリアを包み込むようにドッと押し寄せてくる。


「はぁ~、いつまで誤魔化せるのやら」


 ため息を吐き、小さな声で呟いた。扉の向こう側にいたリンツたちはアリアの説得を諦め、渋々葵の部屋まで赴いた。


「悪いけど、署名はできないよ」


 冷たい目でリンツたちを睨みつけると、リンツたちの足が氷のように固まった。


「ビノーがチームに入ったら、お前のポジションも取られる危険性があるんだぞ」

「アイリーンが僕より上だというなら、それでいいさ。実力で負けるなら何の悔いもない。僕には妻も子供たちもいる。家族に誇れない人間になる方がずっと後悔するよ」

「あいつはメルリーグに残れる器じゃない」

「だったら確かめればいいだろ。アイリーンにできるか、できないか。それで全て分かる」

「ビノーなんか入れたって何の役にも立たないよ。僕より長打力ないんだよ」


 嫌味ったらしくプレクが言った。もはやメルリーガーとしての意地すらなかった。


「ベースボールは総合力だ。去年のドラゴンズを見ても同じことが言えるか?」

「うっ……そ、それは」

「いくら署名しようとそっちの勝手だけど、そんなことをしてただで済むと思わないことだな。僕はそういうの興味ないし、つき合う気もない。明日も練習試合があるから、もう寝させてくれ」


 葵は自室の扉を少しばかり強く閉めた。


 チームキャプテンに署名を断られたとなれば、嘆願書が持つ説得力が半減することをリンツたちは懸念している。


 リンツが自室の前で解散を告げると、プレクと丸雄もまた、ようやく解放された囚人のように、それぞれの部屋へと戻っていくのだった。


 ――同刻、ブルクベルク属州グレーン邸――


 モルトの執務室の壁には、いくつもの壁画が飾られており、天井には青いシャンデリアが燦々と輝いている。執務室の奥にある席に着き、両手を使ってホログラムを処理しながら政務を行うモルトの前にはピートが佇んでおり、ピートは機嫌をうかがうようにモルトが口を開けるのを待っている。


 一通り仕事を終えると、今度はモルトがホログラムでペンギンズの選手名簿を開いた。


 モルトは注意深くアイリーンの練習の様子や、試合のリプレイ映像を画面越しに眺めている。


「ビノーの様子は?」

「エルナン島でスプリングトレーニングに参加しています。うちの職員が観客に紛れてビノーを調べているところですが、おおよそ噂通りの活躍をしている模様です」

「ユーティリティープレイヤーのようだが、ペンギンズの内野には強力な守備陣が揃っている。ここ数年間ペンギンズの外野手には足が速いだけの選手ばかりでロクなのがいない。適性を考えれば、ビノーは外野手として出場することになるだろう」

「流石です、オーナー」

「私とて元スカウトだ。伊達に多くの選手を見てきていない。だが変だ。こいつはライトのポジション争いに参加している。確かに肩も強いが、こいつは肩よりも守備範囲の広さに自信があると見た。てっきりセンターになるものとばかり思っていたんだがな」


 アイリーンのリプレイ映像から、即座に適性ポジションを言い当てるモルト。


 ロイヤルズの元スカウトとしての血が騒ぎ、その目には余裕の笑みが浮かぶ。


「ビノーの情報ですが、既にペンギンズ以外の全球団に配りました。ほとんどの球団はスプリングトレーニングの期間中、ペンギンズとの試合を断るそうです」

「ご苦労だった。最初から徹底的にマークしておけば、シーズン開幕から1ヵ月も経てば流石に戦力外通告だ。エステルもようやく間違いを認めるだろう。ふはははは!」


 高笑いが止まらないモルトに対し、ピートが気まずそうな顔で訴えた。


「……どうかしたか?」

「実は……アウグスト・マンキースがペンギンズとの練習試合に応じるそうです」

「……何?」


 モルトの表情が180度変わった。メルリーグ球団の中にはアイリーンのメルリーグデビューに賛成する球団もいくつか存在していることを確認する。


 メルリーグ機構に問い合わせたが、いずれも法律上問題ないの一点張りで、アイリーンの選手登録を抹消する命令を出すことはなかった。


 眉間にしわを寄せるモルトの悪意を察したピートは、そそくさに部屋から立ち去るのだった。

 メルリーグでは2ストライクから代打を出して三振した場合は代打の三振となり、打者が本塁打を打った直後にやむを得ない事情で代走を送った場合は元々の打者の打点及び得点として扱う。これは最後に正式なプレイを行った者が全責任を負うべきという考え方によるものである。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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