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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
序章 前代未聞の入団
13/50

第11球「守れない男」

 2月中旬、早速スプリングトレーニングの成果が表れ始める選手が続出する。


 この頃にはブレッドたちも選手たちの適性を見極めることができたが、まだまだ多くの問題を抱えていることに変わりはなかった。


 特にブレッドを悩ませたのは投手陣である。先発ローテーションが定まりきらない中、決定的な抑えがいないことにブレッドは気づいていた。


 試合前の練習が続く中。選手たちは疲労を蓄積させないよう、適度に休憩を挟みながらも試合に出続けている。50人もいる選手たちの中で『メルリーグ契約』に漕ぎ着けられるのは40人であり、実際にプレイ可能な『アクティブ・ロースター』に入れる者は25人である。


「これ、まずいですよ。葵以外に長距離打者がいない状況で投手陣も立て直さないといけませんし、北東地区で最下位から脱出するためには、少なくとも同地区4球団の内の1球団には勝ち越さないといけませんよ。目標は80勝80敗で、地区4位ってところですね」

「そもそもこのチームで80勝できるか自体怪しいけどな」


 ペンギンズの状況分析を終えたブレッドが苦笑いを浮かべ、火の消えたロウソクのような声でボソッと呟いた。


 ジャムもそれに同意するようにブレッドの隣に座った。


「それは言わない約束ですよ。開幕スタメンは決まりそうですか?」

「セカンドはアリア、ショートは葵、サードはマカロン、ライトにアイリーンを入れるところまでは決まった。問題は先発投手陣だ。ラーナと煌を筆頭に5人体制にしたいところだけど、残りの3人が問題だな。他はみんなリリーフとして登板することになっても何ら不思議じゃない」

「おおよそ私の予想通りですけど、何故アイリーンはセンターじゃないんですか?」


 ブレッドがベンチ裏の階段を降りると、ジャムもその後に続いた。


「センターは外野における司令塔だ。それにアイリーンと隣のポジションを守ることに抵抗を示す奴もいるし、シーズンが開幕してから何かと問題になりそうだ。だから強肩を活かせるライトにした。センターは守備範囲が広くて、あらゆるプレイを無難にこなせる選手が望ましい」

「それならクラップがお勧めですよ」

「あいつは確か内野手だろ」


 ブレッドは灯りがついた廊下の端に佇んでいる自動販売機のボタンを押した。すると、決済用ホログラムが現れた。いつものように右腕を入れると、蜘蛛の糸のような水色の丸いボールが右腕を包み込んだ。


『指紋認証決済が完了しました。転送されるまでお待ちください』


 瞬間移動の魔法により、希望通りのスポーツドリンクがペットボトルごと転送されると、自動販売機の扉が開いた。


 スポーツドリンクを手に取ると、再びベンチに続く階段を上っていく。


「彼が内野手なのは、他のチームに彼を超える守備力の選手があんまりいなかったからです。クラップは状況判断に長けていて、能力面では得手不得手のないバランスタイプの選手です。打率も悪くないですし、練習すれば外野も守れるはずですよ。ファーストに置いてもいいかもしれません」

「ファーストはもう決めてる。クラップには外野手にコンバートすることを打診しておいてくれ」

「分かりました。ファーストには誰を置くんです?」

「丸雄だ」


 ブレッドが言った途端、周囲の選手たちの表情が氷のように固まった。


 無理もないことだ。丸雄はメルリーグに昇格してからは全く守備に就いたことがない。丸雄が最後に守備に就いてからもう15年以上も経過していることを選手たちは知っている。


「冗談だろ。丸雄に守備なんてできるはずがない」


 丸雄の事情をよく知っているエドワードが言った。


「そんなのやってみないと分からないだろ」

「あいつはもう長年守備に就いていない。あいつとはボトムリーグ時代一緒だったから分かる。ブレーブス傘下のアレッサンドリア・フロッグスにいた頃だ。その時の丸雄はファーストだったが、1つ大きな問題があった」

「大きな問題?」


 エドワードがフロッグス時代を鮮明に思い出す。


 トリプルリーグの中でも取り分け打力優先の球団であったフロッグスは守備力の平均が低く、元から守備が苦手だった丸雄でも、あっさりとポジションを掴むことができたのだ。


 しかも打力優先のポジションであるファーストなのだから当然だ。次第に丸雄は打撃練習の数を増やしていき、不動の4番を務めていた。


「あいつは判定が気に入らないとすぐ審判に抗議するトラブルメーカーだ。しかもある日、送球を受けた時に相手チームのバッターランナーに足を踏まれちまって、ぶちぎれてその選手と乱闘を起こした挙句、出場停止処分に加えて足の怪我もあって、一定期間試合に出ることを禁止された。そのバッターランナーは、丸雄にポジションを奪われたことが原因でトレードされた選手だった」

「逆恨みじゃねえか」

「しかもブランクが長かったせいか、守備では度々エラーを起こすようになって、クロスプレイの時にはビビッて一塁を踏めない後遺症が残った。そのことで監督に怒られてからはすっかり守備嫌いになっちまって、守備練習にも一切参加しなくなった。挙句に打撃だけでメルリーグに昇格するって言い始めて、DH以外では試合に出ないようになったんだよ」

「――ひでえ話だ」


 とろーんとした目で俯き、無意識の内に両腕の握力を強めるブレッド。


 すると、話を聞いていた丸雄がずかずかとベンチに乗り込んでくる。この日はジャムのチームの一員として出場する予定だ。


「おい、俺をファーストで使うって聞いたけどホントか?」

「ホントだ」

「あのなー、俺はもう守備からは卒業した。動き方も忘れちまったよ」

「事情は今聞いた。でもこの前見ただろ。お前よりもずっと遠くに飛ばすバッターを」

「煌のことだろ?」

「ああ、そうだ。煌が登板しない日は可能な限りDHで出場させたい。ピッチャーは特に守備負担が大きいから、バッターとして出る時は打撃に専念してもらいたいわけだ。丸雄に務まるポジションがあるとすれば、かつて経験のあるファーストか、守備負担が最も小さいレフトだ。もし断るなら……今年からは代打起用になる。それでもいいか?」

「……分かったよ」


 力なく丸雄が答えた。その声にはさっきまでの覇気がなかった。


 ブレッドたちはてっきり丸雄がファーストレギュラーを諦めたものだと思ったが、丸雄はベンチに戻ると、自身のバッグの中からボロボロになったファーストミットを取り出し、感触を確かめるように拳をミットの中にバンバンと打ちつけた。


 一塁を守っているジャックに変わってもらい、ファーストの守備に就いた。


「驚いたな。まさか丸雄が守備に参加するなんて」

「ブレッドさん、何で事情を知った上でスタメン落ちをチラつかせたんですか?」

「事情は分かったけど、ここはメルリーグだ。打撃だけでレギュラーは取れない。それを感じさせる必要があった。守備ができなくても、打撃に専念すればそれなりの成績を残せた選手は他にもいる。でもみんな丸雄の事情を知っていたから、それでずっと遠慮していた。そのせいで将来有望なバッターがDHで経験を積むことができなかったんだ。去年まであいつを贔屓にしていたレオンもいない。もう去年までのペンギンズじゃない」

「なるほど、そういうことですか」


 いつものブレッドの姿勢を感じたジャムが納得するように言葉を返した。


「よーし、じゃあいくぞぉ! ファーストぉ!」


 バットを持った修造が丸雄に手頃なゴロの当たりを飛ばした。だが丸雄は慣れない打球にビビってしまい、ミットには当てたがこぼしてしまった。


「おいっ! ファーストだからって守備をなめんなぁ!」

「しょうがねえだろ。久しぶりなんだから」


 ボールには怯んでも人に対しては怯まないのが丸雄だ。


「セカンドぉ!」


 今度は修造がアリアに向かって鋭い当たりのゴロを飛ばした。


 だがアリアはいつものように難なくボールをキャッチし、そのままファーストに送球する。


「よしっ。ちゃんと取れたぜ」

「丸雄、一塁踏んでないわよ」

「えっ!?」


 呆れながらアリアが言うと、丸雄が慌てて後ろを振り返った。


 丸雄の足は一塁から少し離れており、定位置からほとんど動いていない。


「あっ……」

「これじゃ先が思いやられるわね」

「しょうがねえだろ。15年以上も守備から離れてたんだから」

「丸雄ぉ! ベースくらいちゃんと踏めー!」

「分かってるよ」


 修造が活を入れるように言うと、めんどくさそうに丸雄が言葉を返した。


「ショートぉ!」


 今度は葵に向かってショートの守備範囲ギリギリを狙い打った。その打球は今までで最も強く容赦のないヒット性の当たりだった。


 しかし、葵は涼しい顔のまま、難なくバックハンドでスライディングキャッチをすると、そのまま矢のような送球をファーストに向かって投げた。


「うわっ!」


 だが丸雄は一塁にこそ足をつけたものの、葵の160キロを超える送球を前にビビってしゃがみ込んでしまい、ボールが丸雄の頭上を勢い良く通過した。


「何やってんだあああああぁぁぁぁぁ!」


 すっかり熱血コーチと化していた修造が物凄い剣幕でホームベースから怒鳴りつけた。


「今の見ただろ! こっちは命懸けなんだよ!」

「ファーストが送球をよけるなー! サードぉ!」


 今度は三塁線に沿った緩い当たりを打つと、素早く反応したマカロンが素手で指を伝うようにゴロをキャッチしたが、マカロンらしからぬ遅い送球をファーストに向かって軽く投げた。


 無難にボールをキャッチする丸雄。


「おいっ! 何だ今のへなちょこ送球はぁ!? バッターが葵だったらセーフだぞ!」

「しょうがないじゃない。ファーストがあんなんじゃ」

「監督、これじゃどんなにピッチャーと守備が良くても火の車よ」

「そうだな……アイリーン、ファーストはできるか?」


 ベンチに座っていたアイリーンにブレッドが声をかけた。


「ええ、もちろんよ」

「やってみろ」


 ブレッドが渡したファーストミットをアイリーンが黙って左手にはめると、大人しくファーストの定位置に就いた。


「じゃあもう1回、サードぉ!」


 三塁線に鋭い当たりの打球が飛んだ。マカロンはバックハンドでダイビングキャッチすると、すぐさま体勢を立て直し、ファーストに向かって鋭く真っ直ぐな送球を投げた。


 一塁を踏みながら捕球体勢に入っていたアイリーンがあっさりとキャッチした。近くで見ていた丸雄がアイリーンに感心する。


「……よくあんな球が取れるよな」

「ボールをよく見て、仲間を信頼して。みんなあなたにぶつけるために投げているわけじゃないわ」

「……お、おう、そうだな」


 思わず反射的に返事をする丸雄。


「丸雄、シーズン開幕までにファーストかレフトの守備を習得しておけ。もし習得できなかったら代打に回ってもらう」

「……」


 ブレッドが後ろから丸雄に詰め寄り、これからの起用方針を最終警告のように告げると、再びベンチへと戻っていく。


 先行きが不安になり、ため息を吐く丸雄。


「何呑気にビノーの言うことなんか聞いてんだよ」


 咎めるようにジャックが言った。


「返事しただけだ。ファーストは諦めるよ。もうあの時の感覚がどっかにいっちまった。まだレフトの方が楽そうだ。ちょっと外野に行ってくる」


 丸雄が他の選手から外野手用のグラブを借りると、レフトを希望する選手たちの行列に並んだ。メルリーグでは外野手の適性が細分化されており、レフトは打力が、センターは守備範囲の広さが、ライトは肩の強さが重視されている。


 ハートリーグにおけるレフトは第2のDHと目され、スペードリーグでも本来であればDHに入るべき選手が置かれているほどである。レフトはそれほどにまで守備力が軽んじられている。


 アイリーンは一瞬だけジャックと目を合わせたが、すぐに目を逸らした。すると、ジャックの隣にいたウォーリーがファーストミットをはめると、ゆっくりとアイリーンに近づいた。


「邪魔だビノー。さっさと家に帰れ」


 冷たく突き飛ばされ、内野から追い出された。渋々黙ったままブレッドがいるベンチへと戻っていくアイリーン。


 そこでファーストミットを返し、外野手用のグラブを左腕にはめると、何事もなかったかのようにとぼとぼ外野へと戻っていく。修造は意気揚々と叫びながら外野にもフライを放っている。アイリーンは待ち構えている外野手候補たちに混ざり、再び守備練習を始めた。


「ブレッドさん、丸雄を守備に就かせるなんて無茶ですよ。どうしても煌をDHで起用したいのは分かりますけど、どうしてそこまでして彼をレギュラーに留めたいんですか?」

「丸雄はチャンスの場面に滅法に強いし、今は1人でも多くのスラッガーを確保しておきたい。それに煌が登板する時は丸雄にDHを打たせることもできる。問題はあいつ次第だけど、接戦になったらレフトにでも立ってもらればいい。駄目だったら代打起用だ」

「確かにレフトは守備負担が少ないですけど、それなら登板しない日の煌を置いたらどうですか?」

「僕はピッチャーやってたから分かるんだけどさ、登板した次の日とかは体が痛くなるんだよ。だからなるべく負担を減らしたい」

「ブレッドさんはピッチャーでしたね。そういうことなら、丸雄に期待するしかないですね」


 ――仲間を信頼する……か。ならそうしてやろうじゃねえか。


 外野フライをキャッチし、キャッチャーに見事なバックホームを決めるアイリーンの動きを見ながら心の中でブレッドが呟いた。


「問題は……あいつだな」


 ブレッドがライトの列に並んでいるリンツの姿を見ながら言った。


 あからさまにアイリーンを嫌がり、アイリーンから少し離れた位置で順番を待っている。

 時代の変化によって戦略も戦術も変わるところがメルリーグ最大の魅力だ。残念なのはハイライト動画だけでも十分に稼げる土壌を作ってしまったところか。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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