Material 風魔法使いの倒し方
「諸君。いい加減我々は検討する必要があると思うのだよ」
机の上で手を組んだ者が、音程を大きく下げた声で言った。
やや俯いているために表情は窺いにくい。あえてそうしているのだろうことはその場の誰もが分かった。
その部屋は……さほど広くはなかった。
その部屋は……さほど暗くもなかった。
その部屋は……さほど怪しくもなかった。
外から見えないように窓に薄手のカーテンが引かれているくらいで、ごく普通である。
「なんでセラちゃんはよくわかんない雰囲気出してるの?」
返った言葉で、セラディア・アルセエットは椅子ごとコケた。
「ちょっとー、フレイアさんってばー。この雰囲気が必要なんじゃないですかー」
「そんなこと言われても……今の学生ってこんなノリなの? 私が年食い過ぎ?」
フレイアがうっすら涙目になるが、
「いえ、セラだけですね……」
「うん」
「セラディアさんには申し訳ないですけれど、ルートゥレアさんのおっしゃるとおりですね」
「皇女様特有の病気かもしれない」
「さすがにソレは無いネー。セラちゃん特有じゃナイ?」
「セラさん、時々おかしなノリの時がありますよね」
レア、アイリス、ユメ、ティア、ミア、そして部屋の主であるアカネの全員が否定した。
「……誰か一人くらいノッて欲しかった」
「状況による。今は意味不明」
「芝居がかるのはわからないけど、ユーくんに関することじゃないかっていうのはわかるかな」
この場にいないたった一人。なぜいないかと言えばセラが念押ししたからだ。女子だけの集まりだと。
「はい。我々にとって重要となるはずの議題です。ズバリ、風魔法使いユリフィアス・ハーシュエスをどう倒すかです!」
「「「「「「あー……」」」」」」
全員が、納得したようなしていないような声を出した。各々、「それかぁ」とか「そっちかぁ」というつぶやきが続く。
「まあ、セラちゃんもお年頃だし、ユリフィアスくんに助けてもらったわけだからそういうこと考えるのはわかるけど」
「そうなんですよフレイアさん実は私も、じゃねぇんですよ。あの反則級の魔法使いとしてですよ。フレイアさんなら楽なんでしょうけどね。私たちでも今後一発泡を吹かせてやりたくなる機会が来るかもしれないじゃないですか。その時どうすんだってことです」
「簡単かなぁ……?」
セラの評価にフレイアは苦笑した。魔法使いとしての相手をよく知るからこそ、各々の弱点はある程度わかっている。そこを突くことも突かれることも、防がれることも防ぐことも考えている。だからこそお互いに自分が負けると考えており、それは状況によって正解にも間違いにもなり得る。
「馬鹿な! フレイアさんなら大人の魅力で楽に倒せそうなものなのにッ!」
「あのねセラちゃん軽く冗談で言ったんだろうけど今私が完膚なきまでにやられたからね」
「あはは……私もですかね」
セラの魂の叫びは、一応年長者でありそれなりの感情を持つフレイアとアカネに大ダメージを与えた。まあ、二人共にユーリの方が年上だとわかってはいるのだが。
「からかわれただけでしょうけど、お母様には『貴女も彼の恋人になるの?』とは聞かれました。けれど、ユリフィアスさんはそういうことに頓着しなさそうですからね。有効手にはならないでしょう」
「健全なのか不健全なのか。それを歯痒いと思っている人が多そうなのはともかく。その面ではユリフィアスは無敵の強敵」
(……それもそのうち解消するだろうけどネー。そうすると弱点になるのカナ?)
ミアだけがユーリの状況と未来を考えて微かに苦笑する。おそらくその日もそう遠くはないだろう。そのときに起こるかもしれない波乱はどんなものだろうかとも。
「女好きのユーリくんなんて想像しにくいですけどね……いえ、いるんですよ稀に冒険者に……うっ、想像してしまいました……複雑です……」
「たしかにそれはそれで嫌だぁ。でもぐぬぬ。腹ペコ人間でもないしだらしないわけでもない。強いからって傲慢でもない。わかりやすい弱点がなーい! 自爆攻撃も人質作戦もだめだったし! アイリスさん! お姉ちゃんとしてユーリ君の苦手なものとか知りませんか!?」
「ユーくんにも苦手なものはあると思うけど、この流れで言おうとは思わないなぁ」
「はい即答。さすがの手強さ」
ガックリと肩を落とすセラに他の全員が苦笑する。なんだかんだで本当に倒したいと思っているわけではないことはわかっているからだ。
「でも、風魔法使いの権利が低いのは気になりますね。ユーリくんを見ているとそうなる理由があるように思えないんですけど」
「そうだよね。ブーストとかバーストが使えるだけでも風魔法を使う理由にはなるよね。たぶん今更覚えられないとしても」
レアの疑問にフレイアが同意し、全員が首を傾げる。もちろん、ユーリがその力を示したからと言っていきなり風魔法使いが増えるとは思っていない。それでも、多少は見直す動きが出ても良さそうなものだ。
「そもそも。魔法の属性を選ぶ理由が偏っているかもしれない。ワタシは生活魔法に使っていたことと水精霊にだけ霊力提供ができたからだけど」
「わたしも似たような感じかな。ユーくんにも水が向いてるんじゃないかって言われたし」
「わたくしもお二人のように水が最も有用だと思ったからですね。お父様が使うのは土ですけれど。光魔法と組み合わせればポーションのようなものが作れるのではないかと思ったのもあります。まだ成功してはいませんけれどね」
日常生活に魔法を取り入れるのであれば、選択肢として上がるのは火と水である。しかし火についてはそこまで出力が必要ではないのと、低威力なら通常の道具や魔道具で代替できてしまうので使われることは少ない。家事作業においても有用なのは圧倒的に水魔法である。
「アタシは種族的なモノカナ。血と水は相性が良かったし」
「私も、紅狼族は火の適性が高い種族ですから自然に」
ミアとアカネのように、各々の種族で適性がある程度決まることもある。
「私は火がかっこいいからだったなぁ」
「わたしは……『ルートゥレアには水しか考えられない』とお姉様が。結果的にユーリくんに『合っている』と言ってもらえましたけどね」
「私はねぇ……もうみんな知ってるか。爵位を失って冒険者として生きるのに、復讐とか怒りとかから火しか想起できなくて。炎に目覚められたから変な因果だったけどね」
当然、心に従うこともあるし、力そのものとして選ぶこともある。それが己の中だけから生まれたものではなくとも。
しかし、誰も風を選ぼうとしないのは共通していた。この中だけで言えば土もいないが。
「ユーリくんに喧嘩を売った先生も、火水土の三叉槍だったよネ。最強みたいな雰囲気出してたケド」
「単属性のわたしからすると混合がなんなのかもわかりませんけどね」
「わたくしもまだまだ混合とまでは言えませんね」
「私は研究中かな」
レアが苦笑するが、多属性使いのユメとセラも同じように笑う。
その話題にフレイアとアカネは顔を見合わせた。互いが知る“十字属性魔法使い”の話をしていいものか否か。
「フレイアさんは十字属性魔法使いって会ったことあります?」
タイミングの良すぎるセラの問いかけに二人はドキリとするが、隠すことでもないかと思い直してやんわりと話すことにした。
「うん。そうだねー。あるよ。ユリフィアスくんの魔法の使い方が十字属性と遜色ない感じかな」
「そうですね」
「あれ、アカネさんもあるんだ」
さすがに、「本人だし」とまでは言わない。言えるわけもないが。
それでも、ひらめきで何かをつなげる者もいる。質問した当人とか。
「そう言えば、ユーリ君の知り合いがそういう魔法の研究をしてたって最初に聞いたなぁ。フレイアさんも知り合いだったりするんです?」
「あー、うん。そうその人。私にとっても師匠みたいな人だよ」
「はえー、世界って狭いなぁ。あ、ちょっと前にもそんな話をしたっけ」
フレイア、アカネ、ミアの三人は苦笑する。本当に世界は狭い。それを体験として実感する者は少ないだろうし、自分達はとんでもなく特殊だろうとは思うからだ。
「十字属性より単属性が結果的に強くなるのはワタシたちもアイリスを通じて聞いた。でも。そこをあえて誰も選ばない“風”を躊躇なく選ぶ辺りがユリフィアスは奇人とも言える。結果的にああなっているとしても」
「奇人というか、超人カナ」
おそらく唯一人だけ、ミアはユーリの魔法が何に……誰に支えられているかを明確に知っている。それでも、それを為しているのも理論の出発点を作ったのもその誰かの顔を上げさせたのも、すべてユーリ自身なのも事実だ。
異世界人であるからこその考え方や思想の違い。さらに、目的から逆算した手法の構築。魔道具や疑似精霊魔法などはその象徴だろう。そこまで面倒な魔法の使い方はこの世界では行われない。
「そういえばさ。魔法士団に入ってから聞いたんだけど、十字属性の意味って四属性の十字交差とか聖国教のシンボルを示してるんじゃないらしいね」
「そうなんですか?」
ユーリの足跡を聞いたアカネとしては、出自もあってどこか神秘的なものを感じてもいたのだが、
「うん。バツ印なんだって。火水土の三叉槍は良くて十字属性がダメって、風がダメって言ってるようなものだよね」
「……ほんとですよ」
フレイアの話に、怒りをにじませた。もちろん、話したフレイア自身も同じように思っているし、アカネもそれは感じている。
「風魔法とはそんなに駄目なものなのでしょうか? ユリフィアスさんを見ているからそう思ってしまうのかもしれませんけれど」
「そういえば、魔法をちゃんと教えてもらい始めた頃に聞いてみたことがあるなぁ。どうしてユーくんみたいな風魔法使いがいないのかなって」
アイリスのその呟きに、反射的にセラが手を挙げる。
「それ詳しくお願いします!」
「んー、この話ならいいのかな。ユーくんがいろいろ推測してたのは、まず魔法としては火が段違いに発動が早いし強力だし見栄えがいいから一番に選ばれやすいっていうのがあるんだろうなって。その分魔法使いとしての練度も上と下が大きく離れてるけどって言ってた」
「あーわかるわかる」
フレイアは魔法士団員として多くの魔法使いと関わる機会があった。特異な魔質もあって当然火魔法使いが多かったわけだが、業火から火花までの威力と探知魔法による精神性を突き合わせたときの相関のようなものは頭の中にある。もちろん、傲慢さが威力に転嫁されているような魔法使いもわずかにいるが、たいてい安定性や燃費に問題を抱えていた。
「次に大きいのは、魔法としての状態がわかりにくいからじゃないかって。魔力探知ができれば魔法の発動が把握できるけど、普通の人はそれが自然の風なのか魔法の風なのかもわからないだろうからって」
「ユーリくんはソレを利点にしてるわけだけどネ」
「うん。それと、直接的な攻撃力や影響力が低いからだろうっていうのも言ってた」
「風がそうだとか。今では信じがたい話」
「わたくしもです。ですが、ユリフィアスさんの戦い方を見るようになって長いとは言えませんけど、単体の風魔法で魔物を倒したのは見たことがないですね。風牙による剣術や疑似精霊魔法を多用しているというのもあると思いますけれど」
ユメの言葉に各々がユーリの戦いを思い出し、「そういえばたしかに」と納得する。
例えば、各属性の初歩であるボール魔法。これは単純に、変換した魔力をその場に留めているだけとも言える。
四大属性の中で、接触する時点で危険なのは火だけである。攻撃用途としては火が最も使いやすい。ユーリが上げた最初の理由もそれだ。火は燃焼作用がある。もう一つは土の実体質量。この二つはぶつけるだけで相応のダメージをもたらす。
水は定形ではないが、質量もあるし、初クエストでレアがそうしたように溺死に持っていくこともできる。今となっては全員が使えるようになったウォーターカッターは特殊だが、以前ユーリがレアとセラに説明したように注ぎ込む魔力を上げれば土と同じような使い方ができる。
対して、風はただの風である。たとえ暴風の中にいたとしても、それ自体がダメージを与えるわけでもない。風属性放射も現象的には手で押し飛ばしているのと変わらないし、魔力放射で事足りる。それはどれだけ注ぐ魔力量を上げても変わらない。
「あとはそうだなぁ……詠唱なんて使ってたらそれこそ発動が多段化しちゃって使い物にならないっていうのも言ってた。詠唱を無くすことについては全属性が恩恵を受けるとは言ってたけどね」
「あー、疑似精霊魔法を初めて見たときにすごいと思ったけど、あれも緻密に組み合わされた多段階魔法なんだよね。いくつもの魔法を組み合わせて状況ごとに詳細にコントロールしてってのを詠唱でやるのは無理があるか」
「ソモソモ普通はあんなに魔法を重ねないと思いますけどネ。ユーリくんの魔法って、時々構造の複雑さに目眩を起こしそうになりますカラ」
ミアは困ったように笑うが、その感覚は魔力探知が使えるが故に全員が共有している。ユーリの使う魔法は単純なものがほぼない。言うなれば、手順書や指示書の文章が全て重ねて書いてあるようなものだ。それを複数の場所に正確に投射するのだから、そうそう真似できるものではない。たとえ、魔力探知のできる風魔法使いがいたとしても。
そもそも、他属性の魔法使いから見れば決して効率がいいとは言えないところもある。変換を重ねに重ねているのだから当然だが。
「それから、風殺石があちこちにあるからかもしれないとも言ってた。それが案外トドメになってるんじゃないかって結論づけてたかな」
「風殺石……風害を抑える魔道具ですよね。たしかに、建物の建築時に建材に混ぜられることもあります。民家だとまちまちですが、ある程度以上の建造物になるとほぼ必須ですね。ギルドも避難所になることがあるために多めに使われていたはずです」
「てことは、ある意味で人が増えれば増えるほど風殺石も増えるってわけですか」
「うん。風殺石のせいで一定以上レベルの風魔法は消されたり阻害されてしまうから、そこから先は習得できたかどうかすらわからないんじゃないかって。実力を見せようとすればするほど阻害されるって嫌がらせじゃないのかって呆れてたなぁ」
「あー、あるかも。士団にもたまに風魔法も使えるって入団希望者が来てたけど、実力が出せてないみたいだったね。王城区画は特に風殺石が多いし、貴族の屋敷でも必須みたいなものだから風魔法使いが増えないのか」
「あれ? でもユーリ君の試験の模擬戦って王城区画でやったんじゃ……」
「相手も風殺石を持っていたと聞きましたけど」
「魔法を阻害する魔道具は各属性毎に色々あるけど、完全に魔法を無効化できるわけじゃないんだよ。特に、風殺石や水散珠は“回避段階”があるから」
「回避段階ですか?」
うん、とフレイアは頷く。
「さっきアイリスちゃんが一定以上のレベルの魔法を消すって言ったでしょ? 実際は魔法を阻害してるわけじゃなくて風そのものを阻害してるんだけどね。一定以上っていうことは、一定未満の風は消えないわけ。なんでなのかっていうと、もし風殺石があらゆる風の動きを止めちゃうと息もできなくなっちゃうし、風の実態である空気の流れを止めるとユリフィアスくんの使った完全停滞みたいに微動だにできなくなっちゃうからね。水散珠も同じ」
「なるほど。効果については言われてみればそのとおり」
「結構危険なものだったんですね。制作失敗したら……考えたくもないなぁ」
この後しばらくの間、セラがイリルに心配の目を向け続け困惑される事になるのだが。それはまた別の話。
「ちなみに、そういう時は小さい魔法を組み合わせてまず影響を排除するのが常套。もしくはみんななら身体強化や魔力放射で前に出るか一気に引くかだね。あとは、あまりにも強力な魔法はさすがに消しきれないのもあるかな。今後使われる機会があるかもしれないから覚えておくといいよ」
全員が頷き、その直後にセラだけが首を横に振る。
「で、ですよ。結局ユーリ君に勝つためにはどうすればいいんですか。現状で勝ち目があるとしたらフレイアさんとアイリスさんくらいでしょ」
「わたしは勝てないよ?」
「私もなぁ……本気でやり合う状況に陥りたくないけど……」
それでも、フレイアとしては勝ってみたいとは思う。そうすれば心置きなく想いを伝えてもいいんじゃないか、などと考えてもしまう。まだまだ庇護対象としてしか見られていないのではないかという焦りもある。その辺りにはややすれ違いもあるが。
「ともかく、風魔法を封じたら弱体化するのは事実だから風殺石は使うね。破壊されることを見越して大量に必要になるかな。さらに炎で風の動きや行動自体も可能な限り阻害して、それでも使える魔力斬とか魔力放射に対抗しつつ、最初から魔法を全力で惜しみなく叩き込んだら勝てる可能性はある、かな?」
その戦闘を思い描いて……フレイアは首を振る。
「うん。やっぱり無理だね。殺しちゃうかもしれないくらいのつもりで行かないとダメなんて、私自身がそんな覚悟はできないや」
「逆に言うとユーリ君はそれだけやばいってことかぁ。つくづく味方でよかった」
「おそらく。ユリフィアスが殺す気で来れば誰でも無理」
「……上級ダンジョンでの模擬戦を思い出してしまいました」
「本気だったらわたしたち、もう二回は死んでるね。それも最低限でだけど」
結局の所、結論はそうなる。それでも。
「よし、気に入らないことがあったら冷やして風邪引かせてやろう。それくらいの嫌がらせは許されるでしょたぶん」
ニヤリと笑うセラに、全員が呆れと苦笑が混ざったような表情をする。
けれど、それが彼女なりの“対等”での在り方だったし、他の皆の内心も同じようなものがあった。




