第三十六章 道を決める時は突然来る
だいに。おうじょ。
セラちゃんが。
シュベルトクラフトの。
そんな。
「おい……リード……オマエが答えたら俺の立つ瀬がないだろうが……」
「……っ、は」
エルブレイズ殿下の声で意識の焦点がこの場に戻ってきた。
やば、思考が止まってた。
セラちゃんは今のユーリと同じ十二歳。十二年前だと私はもう皇族との関わりは無くしてたからお互い知らないのは当然か。
「……ない、でもないのか」
隣に立ってたユーリは考え込む様に目を伏せてる。深く考え込む時に魔力を身体の中で渦巻かせる癖も出てる。
変わらないな。そう思うと冷静になれた。助かったよ。
で、ユーリがこうしてる理由だけど。セラちゃん自身のことだけならそこまで深く考え込む必要もないよね。強行してエルブレイズ殿下にお目通りする必要もないし。交渉をおざなりに本題に入る理由もないし。なんでだろ。
「そもそも、アルセエットさんがどうかしたのですか?」
「セラの素性が判明したかもしれないところでこの言葉を口にするのも問題だと思いますが……」
うわ、なんとなく嫌な予感がする。考え込んでたのはそれでなんだろうなぁ。
「行方不明なんです」
「……何?」
「……ええ?」
ほら。両殿下とも固まってるし。私もだけど。
「……たしかにそいつは大事だな。セラディア・アルセエットがセラディア・シュベルトクラフトだというのなら、それだけで別の国家間問題にまで波及しかねないとしても」
皇族の誘拐の可能性。それも他国で。エルブレイズ殿下の仰る通り、皇族が身分を隠して他国にいたってことも問題になるんだろうけど、今の状況はそれとは比べ物にならない問題だ。
両国は戦争をしてない。けど、火種を求めてる輩はそれなりにいるはず。これを機に王国と帝国で戦争になるってことはないだろうけど、関係性が変わる可能性もある。
それはちょっと喜べないよね。
「リーデライト殿下。自分の扱いはどうなりますかね?」
「ユリフィアスくんのですか?」
まあ、どうあっても助けに行くよねユーリなら。そこがどこであっても。
「ええ。正式に魔法士団に所属しているでもない。けれど法士爵はある。貴族でもないが王国民ではある。冒険者としてセラ……セラディア殿下とパーティーを組んでいる。学院生だというのはどうにも働かないでしょうけど、立場が複雑で」
たしかに複雑だ。さらに、無限色の翼としての心情もあるのかな。学生辞めたほうが色々楽だろうねそれは。
「なんなら騎士爵もやろうか?」
ってちょ、エルブレイズ殿下。
「……状況をさらに複雑にしないでくださいよ兄さん。そうですね。法士爵については気にしなくていいですよ、勲章みたいなものですから。魔法士団にもまだ名前はありませんからそこも無視していいです。結論としては、ユリフィアスくんなら自由に動いて構わないでしょう。直接帝国に害を為せば話は変わってきますが」
「その辺は心配ないだろ、これまでのユリフィアス・ハーシュエスを見てたら。むしろ、保護対象が本当に帝国皇女なら英雄かもな」
「帝国と敵対するかどうかは、セラと家族の関係次第ですが……」
そう言えばセラちゃん、家の事とかあんまり触れられたくない感じだったっけ。私が触れるのは結構ギリギリのところだったかな。
「なら心配無用だ。帝国はウチより多くて二男二女だが、別に家族仲が悪いとか跡目争いをやってるって話は聞いたことはない」
「大方、取り巻きの方でしょうね。貴女ならそれはよく知っていますよねワーラックスさん」
私なら、か。痛いところを突いてくるなぁ。
兄弟姉妹の仲がいいのはいい事だけど、私がいた頃から派閥は当然あった。四人……まあ私が帝国を出た頃は三人だったけど、その全員が皇帝になれるわけでもないし、あわよくば結婚相手の親族として甘い汁を吸おうなんて考えてるとかね。
あーこういうこと考えるのめんどくさい。婚約者候補ですらなかった私としてはどうでもいいか。
ふぅ。ともかく、ゴチャゴチャ考えすぎた。
この問題に対する答えは決まってる。よし。私もまずは道理を通そう。
「リーデライト殿下。申し訳ありませんが、今日この時をもって士団を辞させて頂きます」
「はい?」
リーデライト殿下が驚いたような困ったようななんとも言えない表情になってる。エルブレイズ殿下も驚いたような顔をしてるし。
ユーリは、納得とか呆れとか感心とか色々混ざった顔かな。
「まったく。オマエもオマエで迷いのないヤツだなワーラックス」
「今この場でですか。思い切りがいいですね、ワーラックスさん」
迷いがない? 私なんか迷ってばっかりだけど。間違えることもいっぱいだし。
でも、これに関しては迷ったり間違えたりしない。むしろいい機会だったよ。
と思ったんだけど、リーデライト殿下はこれまで見たことのない困りきった顔をして言った。
「貴女の背景は知っていますからあえて言いますけど、復讐の類の意図があるのであれば縛りつけてでも辞めさせませんよ?」
ああ、復讐かぁ。私のことを知ってたらそりゃそう来るよね。
「その意図は、無いとは言えませんね。私ですから」
実際はさっきまで無かったけど。心の奥底にも燻ってなかったとまで言うと嘘になるけどね。殿下に指摘されてちょっと火が着いた感じ?
でもそれに薪をくべることはない。ユーリは私の復讐心を否定しなかったけど、手段を叩き直してくれた。だから、ユーリと同じことを考えられてるはず。
「セラちゃんは大事な弟子で友人ですから、私の全力で助けます。あえて言うならそれが復讐の手段ですね。だから止められても振り切って行きますよ」
今更誰かに報復したって何も戻っては来ないし、帝国での地位なんて取り戻したいとも思わない。それでも、また私から何かを奪おうっていうのならそれは許さない。
とか考えは色々あるけど、両殿下から見たらこんなでも帝国に戦争ふっかけようとしてるように見えるかな? と思ったんだけど、エルブレイズ殿下は大笑いした。なにゆえ。
「まったく。こんないい女を袖にしたのかリード」
「場を和ます冗談としては不適ですよねぇ、兄上?」
って何その冗談。
ていうか私としてもやめてもらいたいんですけど。ユーリが本気にしたらどうしてくれるの。一応、ろくでもない噂だって話は前してるけど。
「フレイアもリードもユリフィアスでさえピリピリしてるからな。こんなフザけた話でもないと緩まんだろ」
「だとしてもそういう笑えない冗談はやめてくださいよ」
なんとなくだけど、どっちにも同感。リーデライト殿下は心底から嫌そうだけどね。
「それにしても、まず考えるのはこの国に累が及ばないようにですか。二人共、気を回しすぎですよ」
「さすがに、自分が火元になっちゃ世話ないですからね」
「ははは。そいつはそうだ」
ユーリの言葉に、エルブレイズ殿下は大笑い。こういう冗談なら悪くないね。
冗談じゃないんだろうけど。これまでそこそこ火元にはなってきてるみたいだし。ユーリとしては笑い事で済ませたくはないだろうね。笑えないことも山程抱えてるわけだし。
「まあ、ここで縁が切れるとは思っちゃいない。切りたくもないしな。何かあったら気にせず話をしに来い。こっちの用事もあるがな」
「それは僕の台詞だと思うんですけどね。二人共、気をつけて」
ユーリと二人、一礼して部屋を出る。
いや、出ようとした。
「あ、ワーラックスさん。部屋の片付けは帰ってきてからでいいですからね。勢いに任せても忘れていなかったら申し訳ないですけど」
リーデライト殿下の指摘でずっこけそうになった。
最後は締まらなかったなぁ。
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片付けはできなくてもさすがに士団の制服のままでは駄目だろうから、一応外行きに着替えさせてはもらった。ユーリに似合うかどうか聞いてみたいけど、さすがに今はちょっと不謹慎だろうね。本気のコーディネートでもないし。
「フレイア。王城区画を出る前にちょっと寄り道してもいいか?」
「寄り道? いいけど、どこか寄るとこあるの?」
それを了承と判断したのか、ユーリはズンズンと歩いていく。
程なくして着いたところは、魔法士団の演習場。例によって誰もいない。
ダンジョンアタックの申請書なんかも来てなかったよね。他の隊もだけどちょっとは修練しようよ。まあ、色々問い詰められることがないって考えると楽なのかもしれないけど。
ユーリはいろいろ考えてる私に声をかけずに演習場の真ん中に立って、大きく深呼吸をした。いや、溜息かな?
何もなかったところから手の上にポロリとなにか落ちてくる。んーと。土針柱を焼き固めたものかな。なるほど、こういうこともできるんだ。
ユーリはそれを握りしめて、魔力隠蔽を解除。って、
「ちょ、ユーリ!?」
とんでもない量の魔力が周囲に放たれる。魔法も使わないで風が起こるくらいに。どれだけ溜め込んでんの魔力!?
溢れ出た魔力が収束して、空中に竜巻みたいな風の塊が出来上がる。とんでもない速度で回転してるそれに小さな雷がまとわりついて、バチバチ音を立て始める。
そこへユーリの手元から筒状に魔力反応が延びていく。風も吹き荒れまくってて、複合防壁や身体強化を使ってないと立ってられないどころかこの場にすらいられない。
ユーリ自身も強化のかけ過ぎで光の粒を撒き散らしてる。
「ってユーリ、やり過ぎ! 身体強化がオーバーロードする!」
心配してそう叫ぶのとほぼ同時に、ユーリは手の中の針を思い切り空に向かって投げた。魔法が作っていた軌跡を通って、ほぼ同時に空へ消えていく。
軌跡の延長上にあった雲は、まるでそこになかったかのように消し飛ばされた。たまたま空を見上げてた人は雲の真ん中から空が広がったように見えただろうし、今の時点で空を見上げた人は不自然に開けた青空を不審に思ったかもしれない。
残った結果はそれだけ。何事もなかったかのように辺りは平穏に戻った。
「あースッキリした」
そして、ユーリは本当に何事も無かったかのように息を吐いた。って、何事もないわけ無いって。
「いやいやいやいや、ナニヤッテンノ?」
いきなりこんな魔法ぶっ放すとか。人のいない開けた場所に来たり空に向けたりするってことはまだ理性はあるんだろうけど。
「何やってんのって、ストレス解消だが?」
ユーリは、珍しく虚無というか嘲笑というか、とにかく真っ黒い乾いた笑みを浮かべてた。スッキリしてないじゃん。
「え……えぇ……すとれす? たしかにセラちゃんが攫われたかもしれないのは怒るとこだけど、ここまで?」
「それじゃない」
思い切り息を吸い込んだユーリは、それでも器用に周囲に風の壁を作って、
「こっちは二界三生問わず平民云々どころか地方民だぞ! 何が楽しくて各国最貴賓とお近づきにならにゃならんのだ! バグってんだろオレの人生!?」
思いっきり叫んだ。ああ、防音のためね、この壁。
各国最貴賓。そう言えば、転生前には聖女様に魔王陛下夫妻とその王女様と知り合いだったんだっけ。ユリフィアス・ハーシュエスになってからは、身分を隠した帝国皇女様に王国の両殿下。あと、アイリスちゃんのパーティーメンバーのユメさんって子は牛人族首長級のお家なんだっけ? アイリスちゃんとの何回目かのお茶会のときに聞いたけど。
そのみんなと知り合い。ということは五ヶ国全部網羅してる。それは叫びたくもなるかも。って言うか、口から火を吹いてる姿が見えたような気がしたけど幻覚かな。
「……人口比や居住区域を考えればおかしくもないのかもとは思い込もうとしてたけど、これって運がいいのか? 悪いのか?」
「人口比? 居住区域? どゆこと?」
なんだろ。ユーリのいた世界は人口がすごく多いとか?
「この世界は魔物の影響で居住圏が少ないのもあってたぶん大陸の人口は一億も行ってないんじゃないかな。オレのいた世界だと魔物はいないし、動物は絶滅した種や寸前の種が山程いるくらいに人間が居住域を広げてて、オレのいた国で一億二千万。たしか世界総人口は七〇億。それを考えるとおかしくもいやおかしいわ皇族に会ったことすらないわ」
「え? えーと? えーと。えーと?」
いちおくにせんまん? ななじゅーおく?
それってどのくらい?
すごく多いとかいうレベルじゃないよそれ。
「うんダメ。桁が大きすぎて想像できない」
「オレだって実際それだけの人が集まった光景を見たわけじゃないけどな。それでも著名人に会ったことすらなかった」
そもそも、王都にどれだけの人が住んでるんだろ。聖女様を出迎えた時に人が集まったけど、近隣からも集まってできたあの人波でどれくらい? 数万くらいはいたのかな?
完全に想像の外だよ。それだけの人がいる世界があるんだ。
「今の所実害があるわけでもないからいいけどな。板挟みになる気もないし」
「それはそれで凄い生き方のような……」
ユーリが強くなろうとしてる意味ってそういうことなんだろうけどね。立場や交友は大事にするけど、それに囚われないっていう。
今の私も同じか。
「さて、用事も済んだ。レア達に報告しに行くか」
「りょーかい。先の予定も立てないとね」
まあ、ユーリのいた世界のことはまたゆっくり聞けばいいよね。今はセラちゃんだ。
あー、あと部屋の片付けかぁ。そっちはユーリがあの空間に収納するみたいな魔法でなんとかしてくれるかな。ともかく、帰ってから帰ってから。
「それで、冷静になって思うけどセラちゃんって本当に帝国皇族の縁者なのかな?」
「可能性はあるな。帝国出身の人と会うことがあったんだが、色々思うことがあったみたいだったから」
帝国出身。
「私?」
「……その辺りは明かしてないだろ」
そうだった。出自に関してはそもそも親しい人にしか言ってないや。
ワーラックス家が無くなったのもセラちゃんが生まれる前だし、そもそも知ってるわけもないか。
「アカネちゃんのお父さんがな。シュベルトクラフトからステルラに移ってきたんだと」
「そうなんだ」
どこの何が手がかりになるかわからないものだね。それもまた細い線ではあるのかもしれないけど。
「言ってから思ったが、アカネちゃんにも手を借りるか」
「それがいいだろうね。仲間外れはイヤだし」
「仲間外れ?」
ユーリは首を傾げてる。前も思ったけど、理由わかんないのかな。転生したことの後遺症なのかな。いや、転生前からこんなものか。
「それじゃあ、ひとっ走りギルドに行ってくるよ。私は学院に入ると色々ありそうだし、いろいろ手続きもしないとだし」
「頼む。合流場所はギルドの側にカフェがあるから」
「ああ、あそこね。わかった」
よし、本格的に行動開始だね。




