Bridge 王都全域裏路地無差別原因不明昏倒事件
「ふたりとも聞いた!?」
今日も特に変わることのない朝。教室に飛び込んできたセラがオレとレアにいきなりそんなことを叫んだ。
「いや、聞いたと言われても」
「じゃあまだだね! 王都のあっちこっちで人がバタバタ倒れる事件が起きてるんだって! しかも原因不明だし、被害者も心当たりは一切ないんだって!」
「なんでしょう……何かの広域魔法とか」
「それがね! 周りに十人以上人がいても倒れるのは一人だけだったり、路地から出たところで突然だったりするらしいよ!」
だいぶ興奮しているな。
なるほど。ここでその話をするのはただの話のネタとしてではなく、
「ユーリ君なら、そういう魔法に心当たりがあったり犯人知ってたりしないかなって!」
「あ、そういうことですか」
「どうかな」
犯人ならわかってる。んだが、いつの間にかそんな大事になっていたのかアレ。諦めが悪いとは思っていたが。
「あれ。なにか知ってるかと思ったんだけど。邪魔法の呪いとか」
「いくら邪魔法でもそこまでピンポイントや時間差での魔法はないと思うが……そっちは専門外だからな」
「そっかー。残念」
嘘をついたわけでもないのにすっとぼけるような感じになってしまったので、セラは目に見えて肩を落としている。
しかしなあ。そこまで大事になっても解決しないのか。あとはたとえば、その中に資格剥奪された元冒険者や犯罪者がいたりとかも判明していないのか。
過度に治安機構が働かないのはある意味で治安のいい証拠ではあるとしても。
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情報は割と大事なものである。
絶対的に資金難な現状だと経済情報も割と重要ではあるが、収入面をクエストに頼っている以上は魔物の分布情報というのはそれこそ死活問題になる。もちろんSランクの魔物が現れることなんか滅多にないし、それにだって備えてはいるのだが。
ボードの脇に突っ立って最も効率のいいクエストの組み合わせを考えているとアカネさんが近づいてきた、
「ユーリくん。今日もクエストボードを見に来たんですか?」
「ええ。週末の予定も立てておかないといけないですからね」
本当は二つか三つ程度なら寮の門限までに終わらせることはできる。だがあまり目立つのも良くはないだろうし、今の状況で日没前後に門をくぐって外に出るのがいいとは思えない。
クエストボードを見ながら魔力探知をかける。それだけで今日も例の事件の被害者が増える予測が立つ。
「なにか目ぼしいものはありましたか?」
「そうですね。いくつかはまとめて受けられそうですが」
ん?
よく見るとポイズンマッシュの駆除依頼がなくなってるな。火魔法使いが片手間に殲滅でもしたのだろうか。
二人の魔法訓練に丁度いいと思っていたのだが、あの辺りには他にいい魔物もいないし逆に効率が悪かったかもしれないな。
よく見るとと言えば、アカネさんもいつもの制服ではない。
オレのその視線に気づいたのか、彼女は胸元に手を当てて軽くポーズを取る。
「ああ、これですか。今日はもう上がりなので」
「そうなんですね。オレもひと通り見終わったのでもう出ます」
ある程度周りに聞こえるようにもそう言い、二人でギルドの外に出る。
「お疲れさまです、アカネさん」
「はい。ではまた明日ですかね」
「ええ。また明日」
少しは同道するのかと思ったが、ギルドの前ですぐに別れることになった。どうやらアカネさんの家はオレが向かう方向とは反対にあるらしい。
オレは寮に戻るために学院への最短距離を歩く……事はしない。そもそもまっすぐ帰ったことなどない。
現在の王都の地理はすでに頭の中に入っている。故に、相手に仕掛けさせるように動くことなどワケはない。のだが。どうしたものかなこれは。
大通りを逸れて路地に入る。そのまますぐに小路に入り、
「……ッ!?」
すぐ後をつけてきた人物を引き込み、手で口を塞ぐ。そのままだと身長差がある。申し訳ないが膝裏を払って抱きかかえ、
「……しばらく静かに」
耳元に囁き、跳ぶ。
程なくして路地に男が三人入ってきた。
「……聞いていたとおりカンのいい野郎だ」
「だが、もう一人入っていったよな?」
「そっちもいないのはおかしいな」
オレたちのいる小路も覗かれたが、バレることはなかった。
すぐ真上にいたのにな。
魔力反応……と呼べるほど立派ではないものが離れていくが、
「……今回は三人か」
追跡者が被害者になるだけだ。
「えーと。そろそろ下ろしてもらっても?」
「そうですね」
魔法を解除して地面に降りる。抱き上げていた相手を下ろすと、その相手は手早く着衣を整えて咳払いをした。
格好や所作だけ見ると男性に見えなくもないが、中身が誰かはとっくにわかっている。
「いきなり口を押さえられたときはどうしたものかと思いましたけど、なんとなく事情はわかりました。とは言え、まだ私の身の安全が保証できたわけではないですが」
ところで、その着衣がさっきとすっかり変わっているのはどういう手品なのか。
「それはアカネさんがどういう意図を持っているかによりますね。オレがつけ狙われているのを知っていて心配してくれたのか、それとも例の事件の犯人だと疑っていたのか」
「……前者ももちろんありますけど、どちらかといえば後者です。ですが案の定取り越し苦労というか、違う問題を抱えているようですね」
「いや、そういうわけでも……」
路地を出るとさっきの男たち三人が転がっていた。これを見て無関係とは言えないだろう。
「えっ、これ」
「ご推察通り、件の事件の犯人が誰かというのなら間違いなくオレでしょう。加害者と呼ばれることには意義を申し立てますけどね」
状況を把握しきれないのか、アカネさんは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえ、
「ユーリくん。ちょーっと夕食に付き合ってもらっていいですかね? 大丈夫ですよ、支払いは持ちますから。ええ」
誰が見ても作ったと思える笑顔を浮かべた。
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「犯人というか元凶はわかってるんですよ。どうもどこぞの貴族……えーと、駄馬。なんだっけダバコーンだったかな。そこに不評を買ったようです」
特に隠すこともないので、アカネさんに連れられて入った食堂で素直に白状する。
まさか入学試験のときの問題がここまであとを引くとは思っていなかった。オレのやったことがやりすぎに値しないとは言わないが、諦めが悪いといえばいいのかなんというか。本当にこういう輩はどうしてその熱意をまともな方向に使わないのか。
少なくとも、学業に費やすはずだった時間は空いているだろうに。
「しばらくすれば手を引くかと思ったんですけどね。存外しぶといというか諦めが悪いというか暇というか」
「……苦労してますね、ユーリくんも」
アカネさんは遠い目をしていた。そりゃ、ギルドの受付業は激務だろうにその上こんな事をしていたら苦労も山ほどあるだろう。
「でも、それも実は聞いていたんです。ユーリくんの監視依頼があるって。ちなみにダヴァゴン家ですよ」
「裏指名クエストですか」
「はい、そうですね。ってなんか色々モノ知りすぎて怖いんですが……」
ギルドには指名依頼というものがある。実力や相性で適切だと判断した冒険者に依頼主やギルドがピンポイントで依頼を出すものである。さらに、ギルドを通さず発されるクエストを裏クエストと俗に呼ぶ。
アカネさんは「どちらかと言えば」という言葉を使っていた。なら、そういう情報も耳に入っていたのだろう。
「あー、でもほんとに規格外ですよね。あの子の言った通り」
「あの子?」
「きみのお姉さんですよ」
ああ、姉さんか。
そうか。アカネさんは姉さんと知り合いなのか。まあクエストもそこそこやるとは聞いていたし、その縁があってもおかしくないのか。
「一昨日もそういう話になって」
そうか。アカネさんは姉さんとそんなに頻繁に会うほどの知り合いなのか。学院の外で会うくらいの。
なんだか無性に不安になってきた。
というか、姉さんの方にも実害が出ている可能性はどうして考えなかったのか。
いや、違うな。
姉さんに実害が出るわけないじゃないか。
逆ならまだしも。
「……拙いな」
なぜかこういう嫌な予感は当たるのだ。
食事の代金をテーブルに叩きつけ、複合探知をかける。表に飛び出し、さらに魔法を使って人波の上に跳躍。空中に出現させた防壁を強化した足で蹴り加速。
後ろから「ちょ、エエエ!? 速ああ!?」とか叫び声が聞こえるが、気にしている余裕はない。
物理防壁を前方に展開して風圧軽減。流れた風を後方で追い風に変換してさらに加速。加速。加速。
そのまま、目的の場所に文字通り突っ込む。魔法防壁があったような気がするが気のせいだろう。
扉を叩き壊して飛び込んだ玄関ホールには、倒れ伏すいくつもの人影。それと悠然と立つ人影。
誰が誰かまでは……顔を見なくても誰にでもわかりそうなものだ。
その惨状に何を言うべきか悩んでいると、
「はっ、はやす、ぎふっ、えっほ、ゔぇ、まっ、まちなさっ、ぜひ、えひゅ、ぎるどのけんげ、げっほえほ、いきが、えぶ」
アカネさんが飛び込んできた。
膝からくずおれてリバースしそうになったのをなんとかこらえて口元を拭い、おそらく気合で立ち上がり、前方をキッと見据えて口を開く。
「所属員の生命が脅かされたと判断されたため、冒険者ギルドの権限により司法権を行使します!」
高らかな宣言が無音のホールに木霊した。
「すいませんもう終わってました」
「でしょうねえ!」
涙目というか、思いっきり泣いていた。それを見た姉さんは申し訳なさそうに笑う。
「ごめんね。ユーくんのこと悪く言うからお姉ちゃんちょっと頭に血が上っちゃって。アカネさんも、ごめんなさい」
笑いながら、内心ではキレている。
と普通なら思うだろうが、これで姉さんは割合冷静である。その辺り、うちの姉は不思議なパーソナリティをしている。
まあこの辺はオレへの信頼故もあると思うので、裏切らないように頑張ろう。
で、諸悪の根源はさっきから階段の踊り場で腰を抜かしていた。そりゃまあ、数に物を言わせてどうにかしようとしてたのにたった一人にボロクソにされたらこうもなるだろう。自業自得だが。
そうか。気絶してて再試験も見てないのか。だからか、ここまでバカなことができたのは。
ただなあ。
地獄はこんなもんじゃ終わらないんだよなあ。終わらせる気もないし。
やってはならないことをやった代償くらいは払ってもらわないとな。
「姉さん。とりあえずそこら辺に転がってる奴も含めて全員に水魔法の防壁を張ってくれる? 強度は高めで」
「うん。まかせて」
「え、ちょ、待ってください何するんですかふたりとも」
魔力が飛んだのを確認して、階段の方へ歩く。
「やあ、ダヴァゴンくん。試験ぶりかな? まあよくもやってくれたもんだね。でもさ、限度とか引き際って考えたほうがいいんじゃないかな?」
にこやかに近づいたのに後ずさりで逃げられるのは心外だが、当然その後ろには壁があるので限界がある。
「おいおい逃げないでくれよー。せっかくきみに最強の火魔法を使わせてやろうと思ったのに。ほら、火の玉ファイアボール。撃ってみな?」
ニコニコ笑いながら手招きする。が、一向に口を開く気配がないので、
「やれっつってんだよ」
「ぁ、燃え」
詠唱のあたりは聞き流す。
聞き流しながら、その辺に散らばっていた紙類を火の玉ファイアボールに巻き込む。さらに屋敷の構造材に手当り次第に魔力を放射。破壊して薪を追加。
これで試験で見た時の十倍くらいにはなったか。同時に空間の温度も上がり、あちこちで煙が上がり始める。
でも。
「あれれ、そんなもんかい? ほら、もっとやれるだろ? できるって。がんばれがんばれ」
姉さんが撒き散らした水を風をぶつけて起こした静電気で電気分解して酸素と水素に分解。火の玉ファイアボールの周りにかき集め、魔法防壁でまるごと圧縮していく。
更に圧縮。火の玉ファイアボールは手のひらサイズに。もうこうなるとむしろ光の玉だ。
仕上げにさらに、空間内の酸素濃度を増加。
「そう言えばオレ、筆記試験の答案に一つ書き忘れたことがあったんだよ。もう遅いんだけどな。次があるなら覚えておいて損はないんじゃないか?」
火の玉ファイアボールを留めていた防壁を解除する。その瞬間、周辺は真っ白な光に包まれた。
これがセラにやったのを遥かに超えるバフ。
風魔法使いは火魔法使いを自爆させられる。
/
翌日の教室で。
「……ねえねえ。知ってる? 昨日、貴族街にある屋敷ですごい爆発事件があったんだって」
「……ええ、そうみたいですね。すごい音が聞こえましたし」
「……元冒険者とか犯罪者とか集めて、大魔法の発動に失敗したとかなんとか」
「……なら大爆発も起こるかもしれませんね」
「……でも、屋敷どころか敷地が消し飛んだのに死傷者ゼロっていうのも聞いたけど」
「……不思議なこともあるものですよね」
そんなやり取りがすぐ間近から聞こえた。
横目でも窺うべきではないと思って魔力探知をかけると、顔の向きがオレの方で揃えられているのがわかる。
「……なんかどこかであったよねえ、こういうの」
「……ええ」
視線が痛いので、あまりこっちを見ないでほしいなと思った。