第三十五章 諸々の問題 他にも
「二人共おはよう」
「あ……うん……おはよ」
「……おはようございます」
普通に挨拶したのに、セラとレアの返しは淀んでいる。距離を感じるのはたぶん気のせいじゃないだろう。うーむ。気まずい。
女心は移ろいやすいとは言ったものだが、これもその類なのだろうか。それとももっとスムーズに話せる振り方があったのか。
それともやっぱり、オレのコミュニケーションに関する能力がゴミクズなのか。今となってはどれなのやら。
ティアさんが水精霊の祝福のメンバーでフォローしておいてくれると言っていたし、当面二人のことはお姉さん方に期待させてもらうことにしようか。聞き役のユメさんにノリのいいミアさんにオレ寄りの姉さんに中立公平なティアさんでバランスも取れてるしな。
どうか、二人の懊悩も解決できますように。
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さて。
こんな状態だと、クエストに出ても連携失敗して悲惨なことになるのは目に見えている。そこだけは自覚できて自制もできているのは救いか。
ただ、Aランクパーティーがランクアップ後にいきなり活動縮小するのは良くない。本業が学生である以上はある程度配慮されるのと、上位クエストは遠出になるものが多いということでこれまた配慮されるとしても、チマチマとでもポイント稼ぎの誤魔化しくらいはしておかないとな。逆にオレは気が晴れるし好都合だ。
という事を、一人でクエストをこなしている理由として話した。別に隠すことでもないだろうし。
「……なんだかんだで、皆さん問題は抱えてますね」
クエスト完了処理をしながらアカネちゃんが呟く。言うまでもなく、自分がそうであったからこその実感を伴っている。
いや、現在もまだ細々としたことは抱えているのかもしれないが。
「そうですね。誰だって多かれ少なかれって感じですかね……解決できないことも多々ありますけど」
「あはは……」
苦笑されてしまった。この辺りは事情を知る者同士だからできる暗黙の理解だな。
解決はまあ、できるけどな。全部放り投げて煙のように消えればいいだけだし。それを不誠実だと思わなければ、だが。
なんでもかんでも総取りできるとは思っていない。それでも、捨てなくていいものはすべて手のひらの上に残しておきたい。可能性がある限り。そのくらいのワガママは許してもらいたいな。
「それであの、ですね。明日私は休みなんですけど」
「ええ」
「……返さなければいけないものもありますし、見てもらいたいものもありますから、部屋に来てもらえないでしょうか?」
最後は、顔を近づけて声を潜めて。一応左右のやり取りは聞こえないように配慮されているが、念の為ということだろう。
返さないといけないものって、通信用魔道具か。なら、小声でしなくちゃいけないような話も明日することになりそうかな。
「学院が終わってからになると思うけど、それでも大丈夫?」
「はい。待ってますね」
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「まずは、ありがとうございました」
「ん。ああ、うん」
机の上を滑らせるようにしてブレスレットを返された。特に確かめるでもなく手首にはめる。
ただ、オレの目自体はアカネちゃんに向けられたままだった。
そのアカネちゃんは、頭を抱えるように頭頂部を手で押さえる。
「……やっぱり、おかしいですか?」
「ああ、いや、ごめん。そう見えたか。不思議な感じなだけだから」
獣人化と言えばいいのか回帰と言えばいいのか。今日のアカネちゃんは狼の耳と尻尾が生えている。休みの理由はこれか。
それ以外は普通と変わらず人間そのものなので、パッと見にはコスプレしただけに見える。そう思えば気にならないよな、耳が二組四つあるのは。というかそもそもユメさんだって同じだし。
「でも参考までに、耳ってどうなってるんだ? めちゃくちゃ不躾だけど」
「耳ですか? ユーリさんが気になるなら触ってもらっても構いませんけど」
おずおずと頭を差し出すアカネちゃん。いやそういうことではなくて。
「それはそれで興味ある気はするけど、動物としての耳の方も聴覚器官として機能してるのかなってこと。前の世界だと人間しかいなかったし、この世界に来てからも身体構造の話とかはしたことないからさ」
「あ、そうなんですね。えーと。獣人の耳は基本的に耳としては機能してませんね。感覚はありますけど」
「へえ。そうなのか」
猫のヒゲみたいなもの……いや、痛覚はあるだろうからそれとは違うか。獣人としてのアイコンみたいなものなのか。
つまり、身体構造的には人間と変わらないってことなのかな。骨格の問題もあるだろうし。魔物との明確な違いもこの辺りなのかもしれない。
「まあ、かわいさの象徴ってことでいいか」
「かわ!? はわ!? わうう……」
アカネちゃんは、また頭を抱えて身を竦めてしまった。「はわ」とか「わうう」って。犬みたいになってないか? 狼だろ。
っていうか、オレの物言いも意味不明か。実際こう、大人らしさと小動物っぽさがいい感じに同居してるからかわいいのはたしかだけど。
「ララさんから聞いてたのに、やっぱり突然だと……」
「ララさん。本名を聞いてるってことはちゃんと話はできたんだな」
「ええ、はい。ユーリさんをちゃんと監視、じゃなくてしばらく助けてやってくれって」
「……監視ねぇ。ララも絶好調そうで何よりだよ」
女の子同士だとそういう話になるのか。ふーん。なるほどなるほど。
思うところが無いでもないが、そういう話ができるってことはちゃんと打ち解けたんだな。よかった。
「それで、どうするか決めたのかな」
「はい。ギルドの仕事は辞めようと思います」
お、おう。スパっときたな。それは予想外。
というか、フレイアもそうだが仕事に愛着はないのか。いや、無いことはないんだろうけど。
「それはまた思い切ったもんだ」
「自分のことですけどそう思います。でもそもそもレヴさんに言われるまで気づかなかったんですけど、当初の目的は達成していることがわかりましたから」
当初の目的。
「そうか、オレを探すつもりだったとか言ってたっけ」
「はい」
なるほどな。たしかに目的は達成してるのか。
ただなんかこう、ほんとに。話を聞く限り相手が満足しているとは言え、色々他人の人生に影響を与え過ぎている気がする。もちろん、誰だって大なり小なり相互に影響しあっているんだろうけどさ。オレに限って人生が変わりすぎだろ。
「うーん……」
「……駄目でしたか?」
アカネちゃんは、悲しそうな目をしている。どころか、耳が垂れて尻尾が下がって、と非常にわかりやすい。
「アカネちゃんがそう決めて後悔しないのなら、オレが駄目だって言うわけ無いだろ」
フレイアにも似たことを言ったな。
そもそも親でもないしなあ。それに、自由職の冒険者でいようとするオレが定職がどうのとか言えるわけないし。
まあ、どうにでもなるか。アカネちゃんなら冒険者としてもやっていけるだろ。
って、なんでもかんでも冒険者になることで解決しちゃ駄目か。
「日銭をどうするかはネレ達と合流して改めて考えるか。そう言えば、どこに腰を落ち着けてるかとかの話はした?」
「ええ。今はエクスプロズ火山のそばにいるという話でした」
「……それはまたとんでもないところに拠点を構えたもんだ」
「人が来ない場所を選んだらしいですね。たしかに特定のクエスト以外は誰も来ないと思います」
元々レヴのいた場所だからおかしくもないんだろうけどな。鉱物資源なんかも取り放題だろうし、ネレが居を構えるならそこまで場違いでもないのか。気候環境についてはリーズがどうとでもしてくれるだろう。
そう思うと割とトンデモ集団だな、無限色の翼。いまさらだけど。
「それじゃあ、改めてこれからもよろしく、でいいのかな」
「はい」
握手をする前から、尻尾が嬉しそうにブンブンと揺れている。
かわいいというか、愛らしいって表現が適切かなこれは。“尻尾を振る”っていい表現でもないはずだけど、こういうのなら見ててほんわかするからいいな。
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『いきなりアカネさんが連絡をとってきた時は何事かと思いましたよ』
「すまん。一言だけでも前もって言っておくべきだった」
寮の部屋に戻って、寝る前。通信魔道具でララに連絡をとってみた。
そもそもは顔を突き合わせて話してもらう気でいたんだが、卒業を前倒しにする気になってしまったからな。
「しかし今回は役立ったが、風牙みたいに個人識別のロックを掛けるべきか」
『そうですね。ただ、どんな対策をしてもそれをすり抜ける方法はあるでしょうからね。魔法的なものに限らず』
「ああ、そうか。人質を取られて脅迫とかありそうだな」
『……相変わらずそういう想定がスッと出てくる辺り、あまり健全な人生とは言えませんね』
そこはなあ。最悪の想定はしておかないといつか足元を掬われると思う。だからこそ近しい人には自衛の力は持ってもらおうとしてるわけだし。
ただ、関係ない相手だから見捨てるってこともできないけどな。難しい。
『気負いすぎないようにもう少し楽天的に、とも言えないのがもどかしいところですね』
「ある意味オレが一番の厄介の種だからな」
『それは事実ですけど、それを私に言うのは嫌味に聞こえますね』
そうだな。命の恩人に対して「死なせてくれればよかったのに」って言うのは最低だな。
『……どうせまた見当外れなことを考えているのでしょうけど。まあいいです。それで、私にだけ連絡をとってきた理由は?』
「うん。それはさ」
今回、他の皆とはラインを繋いでいない。別に内密の話ってわけでもないんだが、二人で話した方がいいかなと思ったのもあるからな。
「ララは、これからどうするのかなって思って。こう言うと語弊がありそうだけど、オレが自由な身になったらララだけが不自由な状態になるだろ」
『ええ、まあ。そうなりますね』
うーん。なんかこう、話がぼんやりしすぎるな。
ストレートでいいか。
「いつまで聖女を続ける?」
『これはまたど真ん中に来ましたね……』
驚きではなく溜息。
まあ、これもまた転生前からぼんやりとオレ達の横に浮いてた問題だからな。
「もちろん、辞めろって言ってるわけじゃなくてな」
『それはわかっています。辞めたいと言うとそれこそ語弊があるのも事実ですけど、この役を担ってくれる聖女候補を推薦するのも生贄を選ぶみたいで気が引けるのが一番大きいでしょうかね』
「そうだなぁ」
人を救うことに十分なんてない。聖女でいることだけが人を救う道ではないが、大きな道であるのも事実。
加えて、聖女の代替わりの原因を考えると拍手で祝福はできないしな。選ばれる方も聖人君子なんだろうし。
かと言って、タチの悪い候補に役目を擦り付けるのも問題しかない。この辺りがララの抱える葛藤か。
「意味がある話じゃないけど、ララを襲った奴って聖女になってどうするつもりだったんだろうな」
『自尊心を満たしたかっただけだと分析していませんでしたか?』
「いやそれはそれとしてさ。いざ回復を使う段階になって駄目でしたってなったらどうしたのかなって」
結局なんでもそうだが、能力が無ければどうにもならないことは多々ある。責任が重くなればなるほど失敗の取り返しがつかない、というのは言わずもがな。
この前のスタンピードのような状況下では確実に呼ばれるのが聖女だ。その仕事が付け焼き刃でどうにかなるものであるわけがない。
『当然、どうにもできないしどうにもならないでしょうね』
「だよな。それで聖国や聖女の信頼が揺らぐのは問題外だよなぁ」
そこを無視して派閥問題があるっていうのもどうなんだかな。単純な政治もそうなんだろうけど、こういう純粋な能力が絡む問題は組織としての即死案件になりかねない。その辺のごたごたも聖女の資質に影響を与える、というか実際与えていたし与えてきたんだろうが、周りのヤツは自分の事しか考えてなかったんだろうな。
ちなみに、この場合の消える組織とは“国”。その場合何が起こるかは考えたくもない。
『ああ……魔力が曇っていくのが自分でもわかりますね……』
「うっ、すまん。気軽にしていい話じゃなかったか。気軽にしたつもりもないけど」
『いえ。膝をついて祈ってもいられないし、子供のように泣いて震えているのも願い下げだとは思っていましたから。これ以上後塵を拝す気もありませんし。いいかげん次代のことを考えるいい機会です』
声に気合が入っている。よくわからないけどすごい覚悟だな。っていうか、なんの後塵だ?
「後を任せられるような有力な候補はいるのか?」
『そこはさすがに聖国と言うべきでしょうね』
聖女を育てることも聖国の役目だものな。だとしても、勇退の話が出てこないってことはララの力が相当なものだってことなんだろう。当代なんだから当たり前だが。
『このところ時間はありますし、鍛えられるだけ鍛えてあげましょうか』
「はは……無茶だけはしてやるなよ」
苦笑してしまうが、そうだよな。後を任せるなら自分で育てるのが一番だ。
オレの周りの人とは違ってどこまで技術を伝えるかという問題もあるが、その辺りの見極めもララなら適切にやるだろう。
「なにか問題があったら言えよ。また暴れてやる」
『そうならないように気をつけますね』
互いに笑い合う。顔を突き合わせて同じことができる日は、きっとそう遠くないはずだ。
何かあれば助ける。約束だからな。ララの言うとおり、何もないのが一番だけどさ。
「なんだったらフレイアも助けてくれるだろうし」
『わかりましたすぐに次の聖女を育てますね』
「お、おう」
なんで捲し立てられた?
『失敬。いえ、考えればわかることでしたね。本当に、遅れを取ってはいられません』
だから遅れってなんだ。わかるように言ってくれないってことはわかってもらいたくないんだろうけど。
『解呪もしないといけませんからね。いえ、付与解除とでも言うべきでしょうか』
「それもあるな」
付与の解除か。そっちの方が表現として合ってるのかもしれない。見るように見れば魔道具と同じ状態なわけだし。
『目標は見定めました。待っていなさい、悠理』
「了解。お互いにやることは定まったってことだな。なら、話はここまででいいか。今日は悪かったな、急に」
『いえ。けれど、夜にしか話せないのも寝不足の原因になってしまうから考えものですね』
違いない。緊急性のある時にしか話せないのもそれはそれで嫌だけどな。
暇つぶしのために何をするか悩んでいたが、日がな一日太陽の光を浴びながらダラダラ喋るのもいいかもしれないな。平和だってことの証拠にもなるわけだし。
またやりたいことが増えた。オレも立ち止まっていられない。
「それじゃあ、またな」
『ええ、また。おやすみなさい、悠理』
「おやすみララ。良い夢を」
そして願わくば、無限色の翼の穏やかな再会を。