第三十四章 時に水は血よりも濃いらしく
長期休暇に旅をして思ったことがある。知らないという事は楽だが、お互いにとっていいのかどうかはまた別だということだ。
あとは、逃げ続けるのも楽で、考えないことも楽だってことかな。他人の懊悩はどうあっても他人の物でしかないんだが、放置して好転することは絶対にないし、悪化する前に解決すべきだってことも教えられた。
というかそもそも、ユーリ・クアドリだった頃はそういう生き方をしてたはずだったのにな。いつからこんなにどっちつかずになってしまったのか。
「触れるのはどうかと思い続けて放ったらかしみたいになってたが、いい加減踏み込んで話さないといけないよな」
「何? 改まってというか勿体ぶってというか」
「ええ」
セラもレアもオレが何を話すかは気づいていないみたいだ。
これを話せば決定的な溝ができるかもしれない。それでも、限界ギリギリまで延ばしたところで常に目の前にあり続ける。案外いいタイミングなのかもしれないと思ってみよう。
「二人の家のことだよ」
「「うっ……」」
やっぱり良くない反応というか、触れられたくない感じだな。それでもある程度は親の庇護の元で学院生をやってきたわけだから、これからどうするかについての話くらいはしないといけないはずだ。
特に、二人は貴族っぽい。学院生でなくなれば余計に家のことが絡んでくるだろう。
「たしかに、ユーリ君にしては踏み込んできたねぇ。でも実際色々あったし、当然だよね。本音を言うとこのままそれはそれとしてで行けるかなと思ってたところはあるけど、そうは行かないかやっぱり」
「わたしも、いつか聞いてくださいとは言いましたから……でも……」
二人共、心の準備ができていない感じのようだ。早すぎたってことは無いにしても遅すぎたかな。
「強行して家にお邪魔する時間もなかったのは確かだが、挨拶くらい」
「無理無理無理無理!」
「駄目です駄目です!」
挨拶くらい行ったほうが良かったのかな。パーティーを組ませてもらってるんだから、それだけでも。
と続けようとしていたのだが、強制終了された。
えっ、なんだその盛大な拒否。
家に帰りたくないのはユメさんと話をしたときの反応でわかっていたが、ここまでの拒絶になるのか。
「そこまで悲惨なのか?」
「いや、うん。悲惨ってほどではないけどさ」
「うちは……どうなんでしょう、ね」
どういう方向性なのかわからん。話をしたくないわけではないと思うんだが、百聞は考えても一見するのは駄目ということかな。どうもセラとレアでは方向性が違うようだけど。
ララもそうだし、フレイアやアンナさんを見てもこの世界はさほど男尊女卑の傾向は無いようなんだが、貴族は男尊女卑とまでは行かないまでも女性の地位が一段落ちるような傾向があるようだし、そういう関係かな。ハウライト家やエルシュラナ家からはそれを感じなかったけど。あ、その辺でも思うところがあったのかもしれないか。
「ごめん、ユーリ君。聞いてくれてうれしいとは思うけど、もうちょっとだけ覚悟の時間をくれないかな」
「すみません。わたしも」
まあ、レアが言っていたとおり興味ない顔をしていたのも事実だし、大げさな前振りをつけて変に構えさせてしまったのもある。覚悟に数ヶ月かかるでもないだろうし、それまで待つか。
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「という話をしたのは知っている」
放課後、ティアさんに拉致された。何故だ。しかもオレの奢りでお茶とか。
水精霊の祝福が常に一緒に行動しているわけでもないだろうし、こういう時間もありなのかもしれないけどさ。
「別に。理由もなく一人でいるわけでもない」
考えを読まれた。それこそ別にティアさんがぼっちだと思ったわけではぶはっ。
「……いきなり水をぶっかけないでもらえませんか」
「探知するまでもなく悪意を感じた。自業自得。水精霊。ありがとう」
精霊を悪戯みたいなことに使うのは良くないと思うのだが。それとも。
「精霊に嫌われてるんですか、オレは」
「嫌われてはない。ワタシの為に少し憤ってくれているだけ」
憤っている。つまり怒っていると。
それこそなんで? いや、失礼なことを考えたのは事実だが。
「ユリフィアスがワタシの事を知ろうとしないのは。業腹」
「ああ」
なるほどそういうことね。他全員に踏み込んだんだから自分にも踏み込めと。
そりゃ、自分にだけ関心がなかったら業腹とも思うだろうな。
「それこそこう、聞くも涙語るも涙の昔話が」
「……いや。そこまで勿体つけたものを要求されても。不可能」
「いえあの、あるわけでもないんじゃないかなとぶふっ」
「ユリフィアス。無礼者」
また水をぶっかけられた。まあこれは怒るのはわかるけども。
ただ、ティアさん自身が自分の種族に悲壮感持ってないし、重い話もないと思ってたんだが。
「よく聞くといい。ワタシのお父さんはなんと。エルフの王族に連なる者で」
「えっ?」
え? 王族? マジで? エルにそういう話は聞かなかったぞ。
というか、エルフにも王様とかいるのか。そういう階級社会の話とかもしなかったな。
「……ごめん。ユリフィアスが意外と素直だというのを失念していた。嘘」
嘘かよ。どこまでだ。全部か。
でもティアさんの性格なら、仮にそれが本当だとしたら「良きに計らえ」くらいは言ってそうだものな。それもまた冗談で。
「父方のお祖母様がエルフ。他は人間。あとみんな平民。アイリスとユリフィアスと同じ」
「ふむ。貴重な仲間ですか」
「そう。と言ってももちろん。何代か遡ればどこかで繋がっている可能性はある。でもそれは誰でも同じ」
「ですね」
特に悲しい話とかはないんだな。良かった。
まあ、水精霊の祝福内でもティアさんだけは全方向的に好意の対象だったみたいだからな。だからこそ思うところもあるだろうが。
「ユメやレリミアとか。この前打ち明けられたあの人ほど苦労はしてない。でも。エルフの社会では純粋なエルフでない者の扱いは微妙な所がある。魔法が使えるようになる代わりに精霊の助けを借りられなくなるから」
「そうなんですか。そう言えば、お父さんは精霊魔法は使えないって言ってましたっけ」
「そう。よく覚えてた。偉い」
たしか、ティアさん自身はエルに精霊を説得してもらって水精霊の力を使えるようになったって言ってたっけ。
エルフは四大属性の精霊の力を借りられるってエルが言ってたな。クォーターのティアさんは四分の一だからってことなのだろうか。
「ん? んん? んんん?」
あれ?
なんか引っかかるな。
「……公共の場で。変な声を上げてはいけない」
「ああ、すみません。ただなんか違和感が」
「変な話をした覚えはないけど」
うん、そうなんだが。
「どうせなら言ってみるといい。話せば楽になることもある」
取り調べか。まあ、話すことで整理できることもあるか。
なんだろうな。矛盾……でもないな。
「えーと。ティアさんが精霊魔法を使えてるってことは、霊力自体はあるわけですよね」
「うん。そうなる」
「ということは、精霊魔法を使える条件は最初から整っていたわけで」
条件。
「あ、そうか。ティアさんってエ、ルフェヴィアさんと会う前から精霊の姿は見えてたんですか?」
「うん? “エルフェヴィア”ってそんなに言い難くはないと思うけど?」
いや、エルって言いそうになっただけだ。微妙に誤魔化しきれてなさそうだが。
「まあいい。質問の答え。見えていた」
「お父さんも?」
「そう言っていた」
「四種それぞれの精霊と話は?」
「できていた」
ふむ。
何か繋がりそうで繋がらないというか、繋がらなさそうで繋がりそうというか。
「単純に、精霊を見られるのは霊力の有無なんですかね。でも、魔力が霊力の供与を邪魔するとか?」
「かもしれない。水精霊だけが混ざった魔力を分離できた。らしい」
水の濾過みたいなものかな。
魔力や霊力を何に例えるかは様々あるだろう。魔法として変換できるのだからすべての性質を持つのは事実だろうから、ティアさんのそれが水の在り方に近かったってことかな。
それにしても、魔力と霊力は質のよく似たものだってことか。精霊魔法もそれ自体は名称通り魔法だし、エルの霊力も魔道具に影響を与えるってサラ達が言ってたらしいし。この辺を突き詰めていけば精霊との直接対話もできるようになるのかな。
「……はあ。やっぱりユリフィアスは魔法バカ」
「はい?」
唐突だな。“魔法バカ”自体はもう言われ慣れてきてる言葉の一つではあるから否定はしないけど。
「してたのはワタシの家の話。なのにいつの間にか精霊と魔法の話に。ワタシに興味がないということ?」
ティアさんの口調に残念さはない。呆れはあるが。
ただ、無表情ゆえの目の色が罪悪感を湧き上がらせる。
そうだな。身の上を聞いてほしいのに別の話をするのは失礼すぎる。
「いえ、そういうわけでは。すみませんでした」
素直に頭を下げておく。
ホント、転生後に意識的にも無意識でも他人を避けてきたツケが回ってきてるな。干渉しすぎて厚かましい人になる気はないが、最低限転生前くらいの首と足の突っ込み方には戻さなければ。
「謝罪は受け入れる。半分は冗談だけど半分は本気だから」
「後者の方を強く受け止めておけばいいわけですね」
「そう。よくわかっている。偉い」
誰にでも自分のことを知ってもらいたいって欲求はある。それを自分から前に出してきてくれてるんだものな。そこは汲み取って応えないと。
「えーとじゃあ。エルフェヴィアさんみたいに旅をするのもいいかもって言ってましたよね。一人旅だとご両親は心配しないんですか?」
「そこは信頼されている。そもそも魔法学院に入ったのもその力をつけるため。そんな堅実なワタシが危ない事はするはずないって。ユリフィアスと関わると別だけど」
「ははは。いえ、笑い事じゃないんですけどね」
まあ、卒業後はそれもなくなるか。水精霊は咄嗟でも高度な隠蔽をかけてくれるし、ティアさん自身も隠蔽を使えるようになってるからな。旅をするなら安全だろう。オレと関わることもなくなるし。
「ユリフィアス」
「はい?」
なんか、呆れた目で見られているような。やっぱり笑い事にしちゃいけなかったか。
「不謹慎でしたね。巻き込んでるオレが言うことじゃない」
「違う。おそらく。ユメとレリミアは……レリミアはわからないけど。ユリフィアスの歩く道についていくことはできないと思う。ワタシもたぶんついては行かない。それなりに高い確率で」
「ええ」
わかっていたことではあるけど、人の口から聞かされるとさすがに堪えるところはあるな。言うまでもなく、そっちの方が真っ当な道ではあるんだが。
でも、ティアさんが言いたいのはそういう“現実を突きつける”ことではなさそうだ。
「けど。水精霊の祝福がそうであるように。繋がりが切れるわけじゃない。ユリフィアスはそこを簡単に考えすぎる」
「ああ、なるほどそういう」
ティアさんの側から見ればそう見えるのかな。
でもどうなんだろうな。無限色の翼や転移転生の話をしたらどういう反応をするんだろう。誰に何を明かしてもいいのか、そうすべきなのか。
転生前からの付き合いを除けばミアさんだけがイレギュラーで、なんかメーレリアさんにも勝手に夢を覗き見られて云々とか聞いた。あとは、話すと決めている姉さんと父さんと母さんにどんな反応をされるのか。
しかし、精霊が互いに情報共有できるってことはエルやレヴの周りにいる精霊からティアさんの水精霊へ情報が伝わる可能性があるんだよな。それもないってことは、精霊も配慮してくれてるってことなのかな。
「ワタシたちはもう仲間。だからこそ皆それぞれ焦れているところもある。何故かレリミアを除いて。というかレリミアは何故か抑えに回っている気配があるけど。何故?」
ティアさんは梟を連想してしまうほど首をかしげているけど、それはまあそうだろうと思うよ。ぶち撒けたらいろんなものがぶっ壊れるだろうからな。もちろん、オレの自主性に配慮してくれてるところが一番大きいんだろうけど。
転生したことを後悔するつもりはない。だけど、大っぴらに公言するつもりもない。無色の羽根と水精霊の祝福の皆にならいつかはとも思うし、いつか知られるんだろうが。
「ん。なんとなくわかった。話したくないというわけでもないけど今は話す気はない。合ってる?」
「合ってますね。申し訳ないですが」
「そう。なら待つ」
「……ありがとうございます」
本当にありがたい。ゴリ押しされないだけでも。
「ただ。ユリフィアスはちょっとおかしいところがある。それは指摘しておきたい」
「はい?」
「意識的に関わりを薄くしようとしている割にお節介。変」
「薄情でお節介ですか」
ん。そうだな。これまでの関係の多くを自然消滅させようとした割にいろいろ技術を伝えている。何もかも首を竦めてとぼけておけば済むのに。
レアとセラにだって、わざわざ正面切って関わらなくても目立たずに魔法でどうとでもできたわけだし。それで姉さんまで巻き込んでる。見る人から見れば悪手だろう。
ただ、目立たずにいたその結果がどうだったかはわからないな。アカネちゃんにも気付かなかったかもしれないし、フレイアとの再会はもっと先送りになっていたか、何もないまま学院を去っていたかもしれない。
ほぼすべての発端になった姉さんのことにしても、縁がどう繋がるかはわからないものだ。って、それを自分で作って自分で切り捨てようとしてるみたいなことを言われてるんだよな、今。
「そういう人は得てして都合の良い人になりがちだけど。魔力探知で相手を選んでたユリフィアスは知能犯かも」
「知能犯って」
罪を犯した覚えはない。人を選んでたのは事実だけどさ。
ただ、善人が悪人に転じることも多々あるからな。数年後どうなっているか。だから関わりを深くできない。
他人を信頼できてないってことでもあるのか、これは。力量の意味でも合わせて重大な欠点だな。
「でも。笑いながら近づいてくる悪人がいるのも事実。だからユリフィアスが間違っているとは言わない」
「ですね。そう言ってもらえると気が楽になります」
「ともかく。供出するだけはよくない。少しは人に甘えたり頼ったりすることも覚えるべき。これはお姉さんからの忠告」
そうかもな。と言っても、甘えられるお姉さんっていないんだよなあ。実年齢的な年上はそれこそエルくらいなのにお姉さんって感じじゃないし。それもこれもオレが……いや年齢の話はやめよう悲しいし辛くなるもう二度としたくない。
そもそも、甘えるにしろ背中を預けるにしろ、やらないといけないことを終えてからだな。少なくとも今は学院の卒業を確定させないと。
「身になる忠告を色々とどうもあり……なんでまたメニューを広げてるんですか?」
「授業料。当然」
当然なのか。
まあ、餌付けだろうがなんだろうがいいか。財布が空になるまで食われることもないだろうし。本当に身になる忠告もしてくれたことだし。
「オレの奢りですもんね。どうせなら好きなだけ頼んでください」
「ユリフィアスはいい子。この縁はなくせない」
どういう縁だよ。
ただ、ティアさんも自分で明言しないだけでいいお姉さんなのだろう。
エルと再会したらその流れで色々あるかもしれないし、ティアさんとも長い付き合いになるのかもしれないな。
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ちなみに。
財布は空にはならなかったが、だいぶ軽くなったのは言うまでもない。
あと、ティアさんは一人っ子らしい。ならオレを弟扱いしたくなる気もわかる、のか。姉さんとはまた違ったタイプだけどな。




