Offstage 王子たちの夜
騎士団と魔法士団。
騎士学院と魔法学院。
それぞれの組織は現在、お世辞にも互いを補い合うような付き合いをしているとは言い難い。
極論で言えば、平和だということもあるのだろう。仲間意識を持つほどの敵がおらず、相互協力しての戦闘もない。
だが、“全体的に見れば”というだけであって全てがそうでもない。さらに、それぞれを統べる者はまったくもってそんな気はない。
兄は酒、弟はお茶という嗜好の違いはともかく。
「学院は出ていくし魔法士団にも入らん、か。読めていた未来ではあったが、これでユリフィアスとやり合う機会もなくなるんだろうな」
「兄さん、いつもながら言い方が」
椅子にだらりと背を預けてグラスを揺らしながら、エルブレイズ・リブラキシオムは全く残念でもなさそうに笑った。意図もわかりきっているので、部屋の主のリーデライト・リブラキシオムも本気で咎めはしない。
何より、実力を試す機会がない鬱屈は彼自身にも無いとは言えない。同時に「必要無い」と思う心も持っているので二律背反だが。
「ユリフィアスくんは無法者ってわけでもないし、なんだかんだで兄さんが勝つんじゃないかな」
「それは“勝ちを譲られる”って言うんだろ。と言っても、それこそ本気でやり合う機会になったらアイツは一切の容赦を捨てるだろうな。その時の力ってのも見たくはあるが」
「見てみたいような、見たくないし見られないほうがいいような。スタンピードのほとんどを消し飛ばしたとか聞いたね。それを個人戦闘で使うことはないだろうけど、そういう手を持っているということもそのうち広まるのかな」
ギルドを経由したものも含めて、二人の元には種々様々情報が集まってくる。当然情報元それぞれが持つものよりも多くなるし、取捨選択を適切に行えば精度や確度も遥かに上になる。
もっとも、ユリフィアス・ハーシュエスの場合はそれをどこまで信じるかという問題がある。過小なのか過大なのか、その判別がつきにくい。
「まあ、アイツなら寝てても話が耳に入ってきそうだ。そう言や、一緒にいた“レヴ”って子が女皇龍だって話はどう思う?」
「レヴとレヴァティーンか。まさかだよねぇ。無いとは言い切れないのがこれまた怖いところだけど」
十年ほど前、帝国のエクスプロズ火山から消えたドラゴン。それが人の姿になっているというのもおかしな話だが、「スタンピードの鎮圧が行われたのと同日に空を飛ぶドラゴンを見た」という話もいくつか届いている。二人にとっては眉唾と笑い捨てる情報ではない。そのスタンピードの只中でドラゴンの影を見たという話もあったのだから。
「案外、ドラゴンが気高い生き物だっていう一般論が間違ってる可能性はあり得るのかな。討伐に行ったけど負けて帰ってきたって話は結構聞いたけど、実は話も通じる友好的な種族だとか」
「気高くないかはわからんが、帰ってきている人間が多くいる以上は非道ではないんだろうな。女皇龍以外の龍がどこにいるのかわからんが」
ある種必然ではあるが、二人の考えたことは十三年前にユーリ・クアドリという魔法使いがたどり着いて証明している。誰に話すでもなかったため、二人がそれを知ることはないが。
「しかし、事実だとしたらドラゴンが友人か。聖女様や魔王殿とも繋がりがあるらしいって情報があったな。王になるでもないようだが、アイツは何になりたいんだ?」
エルブレイズは首を傾げる。
王になる為の道を歩いてきたからこそ、思うことは色々ある。それでも、ユーリにそれを匂わせる気も焚きつける気もさらさらないが。
「案外、飲ませれば洗いざらい吐くか? 胃の中のものも吐きそうだが」
「だから言い方……」
しかし、リーデライトとしても兄のトンデモ案の結末は何故か容易に思い描けたし、納得してしまうところもあった。ただ、流石に法令的にユリフィアスはまだ酒を飲める年齢ではないから試すことは不可能だが。
「まあ、素養ある者が全て王にならなければならないって論理はないけどね。国が乱立してしまうし。ただ少なくとも、混沌を始めとする組織は敵として認識していたようだけど」
「あるいは、目立って敵を釣ろうとしてるとかか? 俺ですらそういう奴等にとっては火種に使えかねないらしいからな。その点、お前は実力も足跡もよく隠してるよなリード」
到底賛辞とは聞こえない兄の褒め言葉に、弟の方は首を竦める。
「さあね。本当に実力が無いのかもしれないし。狙われない為に大人しくしてるんじゃないかな?」
「なんの謙遜だ。ホントにオマエが弱かったらワーラックスかユリフィアス辺りが心配するだろ。もっとも、相手の実力を測れるらしいアイツ等がいなくなったら、身内に向けては多少なりとも力を示さないといけないかもな」
「さすがに両士団員には認知されてると思いたいけどなぁ……」
「それもまたバカを釣るのには好都合か。人を利用としようとする奴は際限がない。帝国は倍の苦労をしてるんだろうかな」
「それもまたどうだろうね。兄弟姉妹間でのドロドロした話は聞かないけど、最近付き合いもないからね何故か」
兄王子は楽しそうに笑い、弟王子は苦笑い。対照的だが、お互いに悪意は一切ない。
ただ。互いに相手が次の王に相応しいと思っていることだけは共通だった。