第三十三章 魔法士達のこれから
部屋を満たすのは、謎の緊張感。いや、いくつもある理由のすべてが謎でもなんともないのだが。
物事は思い通りに行かないものだとはいえ、先が読める温厚な人間にも腹の立つことはいくらでもあるだろうからな。
隣のフレイアも珍しくガチガチに固まっている。この組み合わせは気楽な様子しか見たことがなかったから新鮮ではある。
「そうなるだろうという予測はしていましたけど、ここまで早いとは思いませんでしたね」
眼の前の相手は、怒っているのか呆れているのか残念がっているのか。内心が読み取れない。それもまたある意味で得難い才能だ。相手をする方としてはこれ以上なく怖くもあるけどな。
場所は、いつもの近衛魔法士団第三隊隊長室。在室しているのはオレと、フレイアと、もう一人。
「申し訳ありません。リーデライト殿下」
「ああいえ、怒っているわけではないのですけどね。そう見えますか?」
頭を下げると焦った表情になる。まあ、この人はあんまり怒るってイメージがわかないのは事実だな。だからこそキレるとヤバいんだろうけど。これまたキレるかはともかく。
「残念、というのも違う。いえ、君の歩く道を目の届く範囲で見られないのは残念かもしれませんね。それでもこの半年で色々影響は与えて貰いましたけど」
「残ったのがいい影響だけだったと思えませんし。それに、期待されるほどのことは」
オレの歩く道なんて、それこそどうなるかわからない。
というか、備えて、覚悟して、何もない事こそオレの望むことなわけで。何もないかとんでもないことがあるかの二択だ。後者はきっと誰も望まない。
「王族ですから、人を見る目はあるつもりですよ。君が戦おうとしているものは、僕たちには想像もつかないようなものなのだろうということくらいはわかります。体制や悪人や既存観念を打倒しようという人は見てきましたが、ユリフィアスくんにとってはそれすら些事なのではないかと。君が見ているものはそれのどれとも違いますね」
たしかに。オレの見据えているものはきっとこの世界の誰にも想像はつかない。おそらく、翼のみんなにも。
早晩それがなにか話すことにはなるだろうが。
「無念なのは、君を引き止める権利もその力もないことですかね。敵にならないのならいいか、程度に考えておくのが良さそうでしょうか?」
「殿下と敵対することは無いと思いますよ」
「だといいですね。やれやれ。君の年齢がもう少し上なら、友人としての確約が得られたのかもしれませんけどね。これだと年下を脅しているようにしか見えないのがなんとも」
王国史の授業で聞いたけど、二十歳だっけリーデライト殿下。まあ、倍近く歳が離れてると表立って友人とは名乗れないだろうな。
ただ、申し訳ない。オレ本体はおそらく逆回りは上なんですよ殿下。どちらにせよ、お互いをガキだと思えるような精神年齢してないと思いますけど。
「さて。問題はそれだけではなくて、そういう大きな覚悟をした目の人がもう一人いることですかね。ねえ、ワーラックスさん」
「え?」
だんまりしていたので何を考えているのかわからなかったが、唐突に話を振られたフレイアは飛び上がらんばかりに驚いていた。
「か、覚悟ですか?」
「人を見る目はあると言ったばかりですけどね。辞めようとしている人はそれこそ大勢見てきたわけですから、そちらはさしたる苦労でもないですよ?」
「うっ……」
辞めようとしている人?
フレイアが士団を辞めようとしてるってことか? それをどう話すかで緊張してたのか。
でもなんでだ? 別に、無限色の翼と現職を両立できないって事は……いや、無理なのかな。どちらかの立場を優先するシチュエーションが訪れた場合、身動きが取れなくなるからか。ララも、聖女を辞める算段が必要かもしれないみたいな話はしていたし。国を代表するような地位にいると、自分の判断で動けなくなるのは確かだろう。
「タイミングがタイミングだけにいい加減に君たちの関係にも突っ込んでみたいところなのですが、権力を使うのは無粋なのでなんというか。立場から逃れられないのもなんですね」
「それは……申し訳ありません」
「私も、すみません」
前世からの知り合いだと言うわけにはいかない。転生のことを話したところでこの人は秘密を守ってはくれそうだが、立場のある人に要らない秘密を抱えさせる必要もない。情報としても不要なものだろうし。
それでも、王であれば必要な情報なんだろうかな。こことは違う世界があるというのは。
「信頼されていないわけではないということがわかったので良しとしますよ。まあ、ワーラックスさんも窮屈でしたでしょうからね。足並みを揃えることも難しいわけですから」
ん? 足並み? 問題児だったのか?
たしかに、昔は割と人の話を聞かない暴走問題児の傾向はあったが。今はいい隊長をやってるように見え……どうだろ。よく考えたら殿下やアンナさんとの関係しか見たことがない。
「な、なんで残念なものを見るような目を向けてくるの……?」
フレイアは何故か顔を隠そうとしたが、オレはそんな目を向けていたのか。単に品定め……じゃなくて見極めようとしていただけなんだが。
「ああ、“そういう意味”ではありませんよ。君と同じですね。強すぎて連携戦闘ができないということです」
「なるほど。ワーラックス隊長ほどの魔法士であればそうですね」
「ほっ。駄目な子扱いされなくてよかった」
「はは。もっとも、ユリフィアスくんはその辺りうまくやりそうですけど」
「って、殿下? やっぱり私に文句あります……?」
フレイアが睨みやジト目になれずに遠い目で呟くと、リーデライト殿下は可笑しそうに笑った。
「そうですね。むしろ文句があるのは周りにですけどね。貴女についていけないことを貴女のせいにしたりとか、それで不満を募らせて僕が貴女に恋慕しているから優遇していると噂を立てたりとか」
ん? とフレイアと二人で固まる。今、変な単語が出たような。
「え……は? 恋慕? 殿下が私に?」
「ですから、噂ですよ。根も葉もない。いや、貴女に魅力がないわけではないと一応言っておいたほうがいいのかな?」
「有り難がればいいんだか怒ればいいんだかわからなくなりますね、それ」
へえ、そんなことがあったのか。お互いに、「迷惑」とまでは行かないものの「心外」みたいな顔はしてるな。
たしかにこの二人、相性が良くは見える。恋愛じゃなくて兄妹とか親友とか相棒みたいな感じだが。いや、年齢的にはうちと同じで……いやいや女性の年齢について考えるのはやめよう。うん。
「こう言うとなんですけど、見る目がないですよねえ。アースライトさんくらいですか、先入観なく人を見ているのは」
「あー、アンナ優秀ですよねえ。私の後釜は嫌がりそうですけど」
「でも、アースライトさんくらいしかいないのも事実ですからねえ」
層が厚いのか薄いのかわからないな、魔法士団。人の上に立つ器というのはそうそう持ち得ないってことなのかな。
というか、アンナさんってアースライトっていうのか。すげー名字。あと、フレイアが辞めるのは確定なんだな。
「去る者追えず、ですよユリフィアスくん。君も逃したくはない人材ではあるんですから」
表情に出ていただろうか。そこまで買ってくれているのはありがたいんだけどな。分相応なのかどうか。
「そもそも、君たち二人がやりたいことをやれる場所はここではないでしょうからね。敵にならない限りは給金を支払わなくて済むわけですから、そちらの方がいいのかも。なんてね」
最後のは、リーデライト殿下なりの激励と冗談だったんだろうな。
きっと、この人が敵に回ることはないと思う。もちろん、エルブレイズ殿下も。
/
リーデライト殿下が退室されてからどれだけ経ったか。しばらく無言で隣り合っていたが、そろそろ限界だった。
「……そんな窮屈だったか、士団」
言葉の選びを間違えた。もっと他にネタはあっただろオレ。
フレイアも、「話題はそれ?」みたいな顔をしてるし。
「いやまあ、出世した方だよね正直。自伝が一冊書けるくらいには」
「自伝か」
栄華。没落。放浪。出逢。裏切。自棄。再起。覚醒。転身。躍進。再興。ポロポロと聞いたフレイアの過去を並べるとそんな感じだろうか。
それこそ、単語の羅列から言って半生が英雄譚になりそうだが。というかどこかでなってないかな。でないと炎皇なんてカッコいい二つ名は付かなさそうだけど。
今更だが、帝国に喧嘩売ってる二つ名だな。同じくよく似た称号のレヴは帝国建国より前から生きてるんだろうけど。
と、これはどうでもいいか。
「でさ。最初のユーリの手紙を見てそういう半生を思い返したら、やりたい事ってこうだったかなって。何事もなく帝国にいたら、同じようなことをやってたかどこかの夫人に収まってたんだろうなあって思ったんだけどね。そういう想像よりずっと楽しかったのって、ユーリと冒険者やってたときだったなーってさ」
冒険者が恋しいなんてギャンブル依存症じゃないか?
なんて茶化す気はない。剣を渡した時もそうだが、今のフレイアだからの思いもあるだろうしな。
それにしても。
「どれだけの人生に責任取ればいいんだろうな、オレは」
「ん? え? ああいや、そういう意味じゃないのか……はーあ」
以前のようにフレイアは驚愕、赤面、落胆と表情を変える。なんだほんとに。
「ユーリと一緒にいるのは色んな意味で心臓に悪いよ」
「そうか? それは悪かった」
「絶対わかってないなー。ま、その辺りもそのうち解決できるでしょ多分」
だったらいいが。でも、そのあと呟いた「勝手にやっちゃうのもダメだろうし」ってのは何のことだろう?
しかし、本当にあっちこっちに迷惑をかけてばかりだ。これ以上何もないといいんだけどな。そうはいかないんだろうなあ。
そんな懸念の思案は、一時中断になった。
『ワーラックス隊長。お呼びだそうですが』
ノックの音のあと、アンナさんの声が聞こえた。フレイアは「呼んだっけ?」という顔をしているが、呼んでないな。おそらくリーデライト殿下だろう。
「ん。どうぞー」
『失礼します』
断りが入ってからドアが開く。視線が動き、フレイアのあとオレに。
「あれ、ユリフィアスさん。いらっしゃってたんですね」
「どうも」
一応、頭を下げておく。入り浸りの傾向があるとは言え、想定外の客には違いないだろうからな。
「出直しましょうか?」
「ん、いいよ。ユリフィアスくんも聞いて駄目な話でもなし」
アンナさんは、迷いなく歩いてオレ達の対面に腰を下ろした。その潔さに、フレイアは反射的に目を伏せていた。
リーデライト殿下の時と同じで、またしばらく沈黙。それでも意を決したようにフレイアは顔を上げ、
「アンナ、あのさ」
「士団を辞めるんですか?」
「しだ、んを、うえ……うん」
出鼻をくじかれて、意気消沈した。
なんだかんだで強いな、アンナさん。
「……怒ってる?」
「何言ってんだって気持ちもありますよ、当然」
「……だよねぇ」
対して、フレイアは見た目や地位よりメンタル弱いな。
いや、そういう理由でもないのか。
「わたしをスカウトしたの、隊長ですからね?」
「はい……」
ああ、そりゃ怒るわ。ある意味弟子をほっぽり出すわけだから、被害者にランクアップだろ。
とは言え、出ていくのも自由でそれでも士団にいるってことは、やりがいも感じてるってことなのか? それともフレイアへの義理?
「前にも言ったように感謝はしてます。やりがいもありますし。ただ、環境が変わるとどうなるか……」
「あー……」
なるほどな。そういう不安はあるか。
隊風とかも変わってしまう可能性はあるからな。リーデライト殿下が上にいる限り、最悪にはならないだろうけど。
「じゃあ、強くしてもらおう!」
「「は?」」
オレとアンナさんの声が重なる。
いきなり何を言い出すんですかねこの人は、という表情も多分同じ。
「アンナが強ければ何がどうでも問題ないでしょ。ユリフィアスくんは土魔法にも精通してるから。鍛えてもらおうね、アンナ?」
「……はい?」
「あのなぁ……」
なんでそうなるんだ。
/
でも何故かこうなるんだよな。押しが強いの一人と弱いの二人だから。
しかし、「力が全て」が残念理論でも強くなるに越した事はないのは事実。そういう意味だとアンナさんだけじゃなくて他の魔法士も来てよさそうなものだけど。なんだかな。連携の確認なんかもあるだろうに。
「一人でなんて無理ですぅーっ!」
「だいじょーぶまだ行けるまだ行ける」
「ワーラックス隊長なんて嫌いですぅーっ!」
上級ダンジョンソロアタック。これ以上の特訓がないのは事実だが、傍目に見るとイジメに見えるな。なるほど、オレもこういう感じなのか。
それでも、ある程度まで行くとこれしかないからなぁ。現状の社会情勢での驚異はスタンピードか人間の小集団かってくらいだろうし。永続的な危険はダンジョンしかない。
とは言っても、フレイアもダメなら見捨てるような人間でもないし、そわそわしてるのも伝わってくるからな。アンナさんは気づく余裕ないだろうけど。
「ううっ……行ってください大地の爪、土の槍! 二連、三連、四連!」
アンナさんの詠唱は短く的確。最初からここまで短かったのか、入団後に仕上げたのか。対人でも十二分に通用するなこれなら。
「はあっはあっ、ううっ、吐きそうです……」
ボス部屋の前でひとまず小休止。オレとフレイアは隠蔽を使っていたので、泣き言を言いつつもアンナさんはちゃんとここまで一人で来たことになる。それだけでも魔法と魔力は十分なわけだ。
「どう思う、ユリフィアスくん?」
「いいんじゃないですかね。初めて士団に来た時にやりあった魔法士よりずっと上ですよ」
「私も同感。だってさ、アンナ。よかったね」
「喜ぶ……余裕も……」
まあ、「ソロで行くな」って言われてるところにソロで行ける時点で実力は十分だよな。
しかし、想像以上だなアンナさん。疲労困憊してるのは単に実戦経験と運動が不足してるだけじゃないだろうか。とりあえずポーションでも渡すか。
「あ、ポーション。ありがとうございます」
「いえいえ。参考までに、アンナさん自身の感覚では入団前と比べてどうです? さっき言ったのもそうですし、今まで見てきた魔法使いと比べても詠唱文言は短く感じましたけど」
「……ふう。そうですね。短くても発動できるということがわかってきて、削れるところは削ったり置き換えたりという感じでしょうか」
ふむ。必須ではないというところまでは思い至らないものの、詠唱の不要なところまでは近づいているという感じだろうか。
やはり、自力で詠唱無しで魔法が打てるようになるのは不可能なのか?
「そもそも隊長もユリフィアスさんも何をキーに魔法を発動させてるのかわかりませんけど、暴発とか怖くないんですか?」
「え? 暴発? しないよね?」
「ええ。別に暴発なんて……」
あ、そういうことなのか。
いつだったかオレもロールプレイングゲームやってて疑問に思ったことがあったな。「こいつら寝てる間に呪文唱えて宿屋吹っ飛ばしたりしないのかな?」って。実際に魔法のある世界に来てみたらそんなこともないってわかったけど、アレの逆パターンか。「ちゃんと引き金を引かない限り銃から弾は出ない」みたいな。
呪文が安全装置でもあると考えてるなら、詠唱は無くならないし無くせないだろうな。
でもそれならそれで、リーズと話した事があったように“魔法言語”みたいなものが生まれても良さそうに感じるんだけどなあ。それか、全く意味のない言葉の羅列を発動キーにするみたいな。相手に手の内や次の手を悟られない意味でも。
「とか言いながらアンナも詠唱は短くしてるよね?」
「そうしないと実戦で役に立たないですからね。ただ、実戦特化みたいになってきた上でどんどん魔法も強力になっていってますし、たぶん魔力量も増えてますし。ちょっと怖いです」
うん。そこはオレも感じていた。普通と比べて多いよな、アンナさんの魔力。探知が使えないからなんとなくしか実感できないんだろうけど。
「隊長、普段から魔力の放出は?」
「んー、入団当初に嘗められてから隠蔽系はあんまり使わないようにしてるかなぁ」
やっぱり、魔力を垂れ流しにしてるフレイアのすぐ側にい続けたから魔力量が増えたんだろうな。詠唱についても無意識下で影響を受けてきたのかもしれない。
ということは、アンナさんって士団の中でも割と最強クラスの魔法士なのでは。わざわざ修行しなくても大丈夫じゃないかこれ。
「あとは魔法のバリエーション? アンナ、どんなのがある?」
「基本的なものは。土球や土の矢や土の壁とか……」
まあ、魔法士ならその辺りは最低限使えないと駄目だろうな。安定して使えれば十分な戦闘ができるし。
「土の上位は破砕流とかだっけ」
「使えますよ。使い所がないですけどね」
一般的な上位魔法はどうしても魔力ゴリ押しの高威力技になる。正直、破砕流と土属性放射のどこが違うのかと言われるとよくわからない。津波と水属性放射なんかもそうだが。
「砂塵とかはどうです?」
「できます」
「なら、それで相手の足を滑らせたりとかはやったりします?」
「はい?」
予想外の使い方だったか。なら、説明もなしに理解は不可能だな。というか、理解できる話し方をしてないし。
「石畳の上で浮き砂に足を取られることがあるでしょう? 砂地で足が埋まったりとか。あれを魔法で再現したりするわけですね。あとは、予め構築した足場を取り去ってしまったりとかですかね。これは初歩魔法でもできますけど」
「ああ、なるほど」
あとは、魔法が相手に直接干渉しにくいことを利用して隆起で埋めてしまうこともできる。相応の魔力量が要るけどな。
「他には、土の壁だって上から落とせば攻撃にも使えますし、相手に向けて使えば防御と攻撃の両立もできますね。これは土属性放射を使ってるのとさほど変わらないですけど」
「え? あ、はい」
「土は基本四属性の中で唯一固形の実体を持つわけですから、それを生かさない手はないです。目や口の周りに砂を飛ばすだけでも長期的に相手の行動を阻害できますし」
「え、ええ」
「なんか魔法使いって、搦め手に魔力を注ぐのは無駄だと思ってる傾向があるような気がするんですよねぇ。一発の必殺でトドメを刺すのは確かに楽ではあるんですけど、その必殺を当てるのに魔法をこねくり回すなら、コンボを作ったほうがずっと確実なのに」
「は、はい、そうですね?」
あれ、アンナさん引いてるか? 途中から愚痴みたいになってたし当然か。
「とにかく、あんまり魔法の使い方を決めつけてこだわらないことですかね。対人戦闘でもないと想定外の使い方は意表を突きにくいですけど」
「ユリフィアスさん、いつもそんなことばかり考えてるんですか……?」
あれれ、本気で引かれた。
と言っても、転生前にほぼ考え尽くしたネタなのでいまさらこんなことばかり考えてはいないから、アンナさんの予想は外れている。疑似精霊魔法での再現くらいかな、考えるのは。
ウォーターカッター的なものではサンドブラストなんて工具があったけど、塗料落としなんかの研磨用だったはずだから魔法士向きじゃないな。
「どう、アンナ? 参考になった?」
「考え方は。真似るのはちょっと……」
「そうですね。属性的にそこは無理ですからね」
「いえそれだけではないですけど……」
ふむ。まあ、自分自身に限界を決めないことも重要ではあるとしても、見極められないのも問題か。リーズはやりすぎにしても、アンナさんくらいなら美徳にはなるかな。
「さて、新しい発想も得たところでそろそろボス戦に行こうかアンナ」
いやいや、強敵にいきなり試したこともない技を試すのは無理だぞ。ここのボスが何かは知らないが。
「ううっ、やってみます」
それでも言うことを聞いてしまう辺り、ここの師弟関係は完全にスパルタらしい。
まあ、危なければフォローすればいいわけだしな。大丈夫か。
/
風魔法で一気に王都まで帰ってくると、アンナさんは真っ白に燃え尽きたまま隊舎に帰っていった。魔力が尽きているわけではないにしても、数人分の働きだからな。
ただ、これでまた魔力が増えることになりそうだから無駄ではない。
隊長室で代わりに手伝いをしていると、フレイアが上目遣いでこっちを見てきた。なんかレアにも同じようなことをやられた記憶が。
「今更だけど、迷惑じゃない? 私がついていくのって」
「ほんとに今更だな」
すでにフレイアが決めたことを今オレが否定することはできないし、する気もない。一人二人増えても一緒だと言う気もないし、大所帯になることを避けたいでもない。
「リーデライト殿下じゃないが、追ってくる者は拒めないだろ。姉さんもそうだが、ここまで太い縁をぶった切ろうなんて傲慢が過ぎる。最低限、周りの人を守れるようには努力するさ」
「あはは。アイリスちゃんがユーリの事を王子様だって言ってたけど、ホントにね」
うーん。物語の中の王子様っていうのはそういうものか。ヒロインを命がけで守るみたいな。
ただ、何があっても守れると約束できるほどオレも万能じゃないからなぁ。単純に「庇護下に入らせろ」って言うなら断りたいし。そこまで面倒を見る気もない。王様になる気もないし。
「まあ、やることは悪の集団に対しての正義の仲間って感じ?」
正義の仲間ね。もう数十年単位で前だが、一応ヒーローモノも経由してきている身としては琴線に触れる言葉ではある。
「そうなるのかもな。ただ、四六時中その正義の味方や冒険者やってるわけでもなし、普段何すんだろうなっていうのはあるな。案外、暇を持て余すことになるのかもしれない」
冒険者稼業以外は何するんだろうなほんとに。父さんみたく畑を耕すのか、ネレの鍛冶を手伝うのか、リーズの魔道具作成を手伝うのか、作成物の行商でもするのか。あ、ララの後任探しとか、レヴやエルとの大陸紀行があったな。
やることはあるようで無い状態になりそうだ。そもそも拠点の問題もあるし。
「やること無いの? その覚悟は想定してなかったなぁ……」
「冒険者自体がある意味で自由人だろ」
「言われてみるとそうだけどね。うーん」
何年間かわからないがフレイアも隊長職を努めていたのだから、完全な仕事人間になってるってことか。
逆にオレは、人生経験色々ある割に正規職についた経験がないな。この世界だと冒険者は正規職扱いだけど。
「長期休暇ってのも変だし、老後には早すぎるな」
「さすがにこの歳で老人扱いされたくないなぁ。でも、感覚的には退官と一緒かぁ」
それでも、早期退職にも早すぎるな。戦闘職の定年は普通より早いだろうが。
この世界、人間の平均寿命は八十年くらいらしい。たしか獣人も同じくらいで、魔族は二〇〇年くらいだったか。近精霊種のエルフは不明で神霊種のレヴはたぶん無限。
って、
「すまん、無意識にしちゃいかん話を」
「え? ああ、まあ、うん。そこもいまさらかなー」
流れとは言え、女性に年齢の話を。肉体年齢についてはリーズが解決してくれるだろうけどな。
「失礼返しで言うと、ユーリも中身はオジサンだからね?」
っぐ。
返しがキツ過ぎる。だから考えたくなかったのもあるのに。
「……転生してから二回目の致死ダメージかもしれない」
ダジャレだの下ネタだの、加齢で口から滑り出るようになると言われるものは出していないはずだ。ユリフィアス・ハーシュエスとしての年齢が抑制しているだけだと思いたくはないが。
「っ、ふふ。じゃあ私の勝ちだね」
悪戯娘みたいに笑いやがって。
安心するのも確かだけどな。吹っ切れたあの頃から変わってないってさ。
ともあれ、日々をどう過ごしていくかはそれこそそうなってから次第だな。時間の潰し方はともかく、退屈しない日々にはなりそうだ。