Study 最低限の防御
善は急げ。いやむしろ、必要なことは後回しにするな。
というわけで早速翌日、中庭での講習会になった。
「おう、ハーシュエス。久しぶりだな。あの時は世話になった。今日はよろしく頼むぜ」
予想外の参加者の数に驚いていたら、見たことのある魔族の人に声をかけられた。
そうだ。オレが一番ヤバい奴だとか言ってた先輩だ。
「こちらこそ。あれから何事もなく……」
「……とは行かねえな。あそこまで露骨なのはなくなったが。来年以降はおれも風避けにはなれなくなるからな。今回のは本当にありがたい」
そうか、この人も卒業なのか。現状についてもさして、と。
やっぱり動きが遅すぎたな。弾除けとしても弱かったか。
「おまえが責任を感じることじゃねえよ。ただおれに力が無かっただけだ」
力か。謙遜してはいるがきっとあるとは思う。それを気軽に振るえないだけだ。
どこかの誰がが「強ければいいってものじゃない」と言っていたが、この強さが無いと意味がないよな。
「そういうことだからな。んじゃ、おれはレリミアに挨拶にでも行ってくる。長期休暇前からだいぶ差を開けられたな、まったく。何があったんだ?」
頭を掻きながら先輩は歩き去っていく。
入れ替わりに、これまた見知った顔が。
「なあ、ユリフィアス。俺たちも参加していいのか?」
「助けにはなるけど、趣旨的には私たち部外者じゃない?」
「うん……」
スヴィンとイリルを始めとしたクラスメイト達もいてバツの悪そうな顔をしているが、別に高尚な趣旨があるわけでもない。
「身を守る術を磨こうってだけだ。種族の限定もしてないしな。むしろそういう奴らは寄ってこないだろ」
「やっぱりそういう意図もあるんだね。でも防御は大事だし、こういう機会を設けてくれたのは素直にありがたいかな」
そう言ってくれると助かる。それに、一番重要なのは味方を増やすことだからな。みんなならこっち側に回ってくれるだろうし。
さて、それじゃあそろそろ始めようか。
「一年生ももう授業でやった部分だから重複になりますが、防壁は物理防壁と魔法防壁があります。二つを重ね合わせて複合防壁として使うこともありますけど、本質的にはこの二種ですね。あとは、単純な魔力による防壁と属性魔法防壁があるわけですが、今回は主に前者の話になります。属性防壁の方は攻撃ととられかねませんし」
大前提として、物理防壁は物理攻撃に、魔法防壁は魔法攻撃に対してしか役に立たない。魔法については、風や土は物理と魔法の両方の側面を持つが、基本的に魔法を起点としていれば魔力を含むので魔法防壁で止められる。
「強い防壁を作るには使う魔力を多くするのが手っ取り早いです。でも、方法はそれ一つじゃありません。姉さん」
「うん」
一応、姉さん達水精霊の祝福に補助役を頼んである。無色の羽根はどっちかというと攻撃系の魔法使いパーティーとして名が売れてるみたいだからな。
「それじゃあ、今見えるようにしてみるからね」
属性防壁は視認可能だが、魔力で作った無属性の単純な防壁は探知を使わない限り不可視なので認識不可能だ。だが、一時的に可視化することはできる。その方法で手っ取り早いのが、魔法で出した霧を使うこと。広範囲で両方に干渉する魔法の一つだ。
ちなみに他には土煙なんかが使えるが、こっちは規模がどうでも視界を完全に奪ってしまうので今回は不適である。
さて。視覚的に認識できるようになったオレの防壁は、数枚それぞれが部分的に重なり合うような展開のさせ方をしてある。
「基本はこうやって複数枚を補完し合うような配置での使い方をオススメします。相応に集中力は食いますけど、慣れれば問題なくなるはずです」
単体の魔法としての構成は、それこそ個々人で組んでもらうしかない。詠唱についてのアドバイスもできないし。
スヴィンがすかさず手を挙げる。
「ユリフィアス、質問。一枚で全方位を覆ったりはしないのか? それを重ねればより完璧な防御になると思うんだが」
「そうしてしまうと、魔法防壁だと自分の魔法も通しにくくなって次の手が打てなくなるだろ? この展開方法なら攻撃魔法も同時に展開しやすいし、攻撃と防御の切り替えを考えなくて済む」
「なるほど。パーティーを組んだら攻撃と防御で同時に魔法を使ったりもできるのか」
詠唱を必要とするなら、そういう役割分担の仕方もできるな。大杖や魔道具を使えば一人でも同時進行できるが。
「物理防壁だともっと深刻でな。全方位を塞いでしまうと息ができなくなってぶっ倒れる」
正確には、大気循環がなくなり、呼吸によって防壁内の酸素濃度が下がり二酸化炭素濃度が上がるからだが。
「マジか。それはヤバいな」
「聞いてなかったらやってたかも」
「あー、そういえばそんな経験あるかもなあ」
「あれってそういう……」
「ひええ」
あちこちから悲鳴が上がる。一人二人は経験者がいたようだ。
というか、学院内でも経験者がいるのに情報周知がされていないのはなんでだろうな。防御の方が重要なのと、そこまで長時間に渡って展開しないからか。息を止めてもすぐに酸欠になるわけでもないみたいに。
「あとは、大きく厚く展開するとたしかに強力な防御にはなるが、一点突破された時に防御が一切合切失われてしまうのもある。防壁の性質上、貫通されたら消えてしまうからな」
「なるほどねえ。防御の魔道具もそういう方向のを考えてみようかな」
そういえば、イリルは魔道具師を目指してるんだったか。防御の魔道具はかなりの需要があるだろうし、参考になる物があればいいな。
「究極的には、縦に受けるとかだろうな」
「縦?」
魔力探知が使えれば見せるだけで済むんだが、どう説明したものか。
「んー、王都の外壁と比べれば学院の壁は薄いけどさ。真横から見れば分厚くなるだろ」
かざした左手の手のひらを右手の人差し指でつつく。続けて、左手を手刀状態にして中指の先端を同じようにつつく。これで伝わっただろうか。
「あー、そういうことか。なるほどね。考え方として面白い」
「俺はなんとなくしかわからん……」
「要は、幅を減らして厚みで受けるってことだよな? 受けられるかって問題があるだろうけど……」
「ああそういう。なるほどなぁ」
「ふえー、強い人は考えるねぇ」
「でも、変なことしてるわけじゃないんだな」
「誰かが言っていたように面白い」
魔族や獣人の人たちからも色々声が上がる。ぜひ自己防衛の手段として役立ててもらいたい。
最低限の防御で最大の効果を得られたら、その分防御力も上がるし、攻撃に回すリソースも増えるわけだからな。引いては戦術の組み立て方にまで繋がってくる。
「概論を説明することしかできなくて申し訳ないですが、お互いに訓練を重ねることはできるはずです。この後はそのための時間に当てて貰えればと」
そう締めると、いくつかのグループに分かれて話し合いや試行錯誤が始まる。危険なやり方をすれば止めに回るつもりだが、大丈夫そうだな。
「……あのさ、ユーリ君」
近づいてきたセラが耳元に手を当ててくる。なんだろうな。
「……魔力探知とか無詠唱とか、そういう技術を教える気はないの?」
「……何かあって広まるとパワーバランスを崩しかねないからな。この場にいる人を信頼していないわけじゃないが、何が起こるかわからない。防御なら出来て困ることも問題になることもないし」
「……うーん」
セラはなんとなく不服そうだが、その二つの技術が魔法使いとしての位階を大きく上げることになるのは今までの例からして確実だ。実力差を作るのは身を守る手段の一つだが、それはそれで良くない気がする。
そもそも、魔力探知はともかく詠唱無しでの魔法行使は誰か自力で達成したり真似できてもいいと思うんだが、使っている人を見たことがない。詠唱が必要だという固定観念の問題は大きいのだとしても不思議だとは感じる。
オレが教えることになにか意味があるのかと考えたこともあるが、そもそもヴァリーが習得できなかったのでオレ自身に常識を無視させる作用があるなんてことはないようだ。眉唾だと思われてた可能性も否定できないけどさ。
ちなみに魔法剣については詠唱でもできるはずなのだが、「そんなにゴチャゴチャ考えて剣を振るっていられないよ」とか言われた。ネレもフレイアも姉さんもセラもレアもできてるし、なんなら母さんもできるというのに。ほんとによくわからん。今度ノゾミに会った時に試してもらってみるか。
「ともかく、今は防御力の向上だ。セラもちゃんと教える側に回ってくれよ」
「んー、そっちは自信ないけど、やるだけやってみるかな」
さて、オレも教師役を頑張るか。これが来年以降の学院の在り方を決めると言っても過言じゃないわけだからな。