第三十二章 続・力の示し方
ギルドでの実績が実技の代用になるということで、学院を卒業するために残されたハードルは知恵と礼節くらいだと思っていた。
なのに、躓いていた“舞”ではなくいつもどおりの“武”を披露することになってしまったのはどういうわけなのか。
「目上の人なんだけどさ。バカだなーと思うのって敬意が足らないのかな」
「失礼だとは注意できますけど、口先だけになりそうなのは感じます」
本当に、二人も慣れきってしまっている。というか、ギルドでのアレコレを見るに水精霊の祝福もまとめてみんなこっち側か。敵を共有してしまったのは当然として、味方としても迷惑かけてるな本当に。
さて、こんなことになった経緯はと言うと。
と大げさに語るまでもなく、付きまとういつもの単純な“問題”だ。
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古今東西、「学校の勉強が役に立たない」というのはどこの世界でも言われているようだ。実際には、「役に立てられなかった」のが大きいし正しいのだとは思うが。
ただ、魔法学院や騎士学院というのは完全に実践どころか実戦が延長にある教育機関なわけで。言いすぎかもしれないが、スポーツ系の運動部に所属した人間のほぼ全員がプロ選手や関係者になることを義務付けられているようなものだ。
果たしてそんな世界が成り立つのか。いやむしろだからこそ全体のレベルが上がらないというのはあるのかもしれないが、それはそれとして。
「あなたたちがもう学ぶことはないというのは、わからないでもないですが……」
クラス担任のリレヴィス先生には、無念そうな残念そうななんとも言えない表情をされた。
流石にオレも、学院で学ぶ魔法理論のすべてが間違っているとは言わない。ただ、科学とは違って魔法は定量的なものじゃない。環境やコンディションや個人個人でも結果は変わってくる。そもそも、オレ達の魔法行使の仕方自体が学院で学ぶそれとは違ってしまっている。
それに、戦闘行為についても戦略ボードゲームの戦法が実戦で使えるわけがないというのは誰でもわかることだ。その辺りについては散々ギルドのクエストをこなしてきたわけで、卒業要件を満たしている水精霊の祝福と同程度と認められた時点で文句を言われる筋合いはないだろう。
と、思っていた。オレだけでなく、レアとセラも。ついてきてくれた姉さんもユメさんもティアさんもミアさんも。だからある程度は受け入れられると信じて職員室に相談に来たのだが、
「魔法はそのような浅いものではない」
物言いがついた。というか、関係ないところからの横槍か。
相手は、入学試験の時に因縁のできた先生。そういえば結局名前は知らない。ザレクストと同じだな。
ついでに、内容の方も完全に意味不明だ。オレの解釈がおかしいのかな?
「一年で極めただと? 思い上がりも甚だしい」
誰もそんなこと言ってないんだけどなぁ。ということは、相手は特に変なことを言っている意識はないしオレの解釈も間違っていない、と。横槍じゃなくてただの難癖か。
たしかにおっしゃる通り、一年で極めたと思っているのならそれは思い上がりだとは思う。
ただなあ。実際には二十年ともかけてないのは事実だとして、姉さん達以外の三年生の状況を見てもあと二年追加して意味があるとも思えない。それに、進化属性持ちのセラに誰が魔法を教えられる? ついでに、誰がオレに風魔法の使い方を教えてくれるんだ?
わざわざ口にはしないが、ツッコミどころしかないんだが。
「では、具体的にどうしろと?」
「大人しく三年在籍するのだな」
それこそ破綻してないか。あと二年在籍することで極められる魔法って。そっちの方が浅すぎる。
なんとなくみんなの顔を伺ったが、全員困ったような表情をしていた。
まあここまで来たし、オレが矢面に立って思う存分やり合うか。何か思いもよらない知見を貰える可能性もあるし。
「参考までに、先生の思う極めた魔法とは?」
「多属性を使いこなし、組み合わせられる高位の混合や三叉槍の魔法使いだ」
リレヴィス先生はオロオロしながら成り行きを見ているけど、わざわざ止めに入らなくても大丈夫ですよ。
「混合に、三叉槍ですか」
十字属性はないんだな。今のオレも否定派だが、その理由は一般的なそれとは異なるし、魔法の使い方自体は十字属性だった頃と変わらない。だからこそ、そこに嫌なものを感じてしまう。
というか、ここにいる魔法使いほぼ全員が特化型だ。セラはともかく、ユメさんもティアさんもミアさんも混合魔法使いとまでは呼べない。多属性の使用を礼賛しているようだし、つまるところオレ達の使う属性が気に入らないのか?
あほらし。
ララやフレイアがどんな魔法使いかも知らないのかよ。オレと同じ単属性だぞ。あっち二人は進化属性だが。
他にはヴォルさんとリーズもそうだし。レヴは部類としてちょっと違うかな。
改めて魔力を探った限りでは、相手は火水土の三叉槍。ある意味でありきたりな複合属性魔法士でしかない。ということは、単純に風軽視の最先鋒なのか。あるいは、オレが以前言った嘘が伝わって十字属性だと思っているのか。
どちらにせよ、感情だけか。わかっていたことだが。
「……不服そうだな」
「まあ、混合や三叉槍が悪いとは思いませんけどね。果たしてそれが正しいのかどうか」
「ならば、上位の三叉槍魔法使いの力を見せてやろう」
「あっ」
「うわ」
「あーあ」
「一番言ってはいけない言葉を」
「悲報の気配のみ」
「やっちゃったネー」
売り言葉に買い言葉かどうかは知らないが、終わったな。語るに落ちるというのとは違うが、これこそいつものパターンだ。リレヴィス先生が胃の辺りに手を当てている。すみませんね、まったく必要のない心労をかけさせて。
ま、せっかくだ。どうせなので豪語する“力”とやらでも見せてもらおうかな。
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という経緯を経て、大演習場で対峙することになっている。いまさらこんなことになるなら、入学の前に自分でやればよかったのにな。
正直、相手は防壁を張ってはいるが隙だらけだ。これが真剣勝負や討伐クエストなら超音速貫通撃や風閃で一〇〇回以上殺せてる。体裁的には試合なので、掟破りの奇襲は認められないだろうが。それに、風牙も使えないかな。
「準備ができたら声をかけたまえ」
すごいな。常在戦場って言葉すらないのか。いや、それについてはオレが恨みを買いすぎて過敏になってるだけか。
「いつでも構いませんが?」
「そうか。では……三色の力よ、矢と成りて我が敵を穿け」
火矢、水矢、土矢。詠唱の通りの三種の矢が飛んでくる。数はそれぞれ三本計九本。詠唱の一元化と短縮か? なるほど。
と言っても、躱すまでもない。直撃ルートは外れている。
「動くことすらできんか。やはり思い上がりだな」
なんか言ってるな。
まさか、これが極意だとか言わないよな。こんなの三叉槍どころか混合魔法ですらないぞ。
ちょっと煽ってみるか。これが本気でもないだろうし。
「準備運動は終わりました? 暇すぎて欠伸が出そうなんですが」
「いいだろう……!」
怒りで魔力の放射が強くなる。感情を制御できない時点で魔法使いとしては三流なんだけどなぁ。制御できて二流、利用できて一流か。いや、ひょっとしたら感情爆発を利用した魔法が飛んでくるのかも。
「火を纏いし重き刃よ、我が敵を穿け」
飛んでくるのは、火のついた土矢。
冗談かな? そう思いながら首を傾げると、手が届くか届かないかくらいの位置で魔法は止まった。
しばらくして、土の矢は砂煙のように崩れていく。一応当てる気はあったようだが、気だけじゃな。
「防壁は一人前のようだな」
防壁ねぇ。
ギリギリ表情が見える距離だが、魔力探知が使えるみんなは苦笑してるようだ。そりゃそうだ。防壁は常に展開しているが、攻撃が止まったのはそこじゃないんだから。
「……現状の使い勝手はさすがに複合防壁が上か。練習の機会もそうないからな」
完全停滞を防御に転用。要は風圧を極大化させるのと同じ効果があるわけだが、小さい盾と同程度は展開しないと今は危なっかしくて使えないな。慣れたら米粒数個とか、極めたら分子一個でも止められるんだろうが。
そう考えると、オレもまだまだだ。その点は先生が正しかったと言える。エルブレイズ殿下のような人もいるし、もっと精進しないと。
とりあえず。
「魔法を混ぜるのがお望みなら、お返ししましょうか」
疑似精霊魔法。土矢。練りに水球。焼成に火柱。技術を盗まれたくはないので、防壁や視覚的な隠蔽を使って一瞬で仕上げる。最後にそれを空気圧砲で射出。
最初にやられたのの意趣返しで、直撃させも掠らせもしない。だが展開した魔法と速度の都合上、風の影響だけは残していく。矢そのものは壁にぶち当たって砕け散った。
急ごしらえだとこんなものか。焼成矢の作り置きは正解だな。
というか、さっきの火のついた土の矢は三叉槍じゃなくて混合だよな。こっちは十字属性魔法を使ってやったわけだが。
それはそれとして、先生は表情を変えていない。そこは素直にすごいとは言えるか。何があったかわかってないってはずはないだろうし。
「……強ければ許されるというわけではない」
ほう。
面と向かって「気に入らない」と言うほどあからさまに本心を出すことはないと思っていたが、代わりに予想外のまともな言葉が出てきた。
ただ正直、悪し様に罵倒されたほうがまだ純粋に人として感心できたかもしれない。
「……なんだその顔は」
「いえ、教育者みたいな当たり前のことを言えるんだなと」
まあ、正論を言うだけなら誰でもできるけどな。
しかし、たしかに正論なんだが、さすがにこういう状況だとなあ。道理が通ってない。向こうから力での不満解消を押し付けてきた以上、勝てば官軍負ければ負け惜しみの都合のいい言葉にしか聞こえないんだよな。詠唱と語彙と舌の回転は共通すると言いたいのかな、もしかして。
「力こそ全てとでも言うつもりか?」
「全てだとまでは」
そんな殺伐とした世界はご免被る。
ただ、暴力が物事を解決すべき手っ取り早い手段の一つだというのは一面の真実なんだよな。転移前も実際のところはそういう世界だったし、なんだかんだで転移後からもそういうのには晒されてきたわけで、つまりこの世界もそうだし。今のこれもそうだし。
面従腹背って言葉もあるから、一概に力だけで調伏もできないんだろうけど。これがどう決着しようとも、きっとお互いそうだろうしさ。
「危険だな、おまえは。やはり力で解決する気か」
危険ねぇ。たしかに、さすがのオレだってイラッとする事はあるしそれをぶつけたくなる事もある。だからってそうするわけでもない。
今とかそうなのにやってないんだけど、わからないものかな。
「そう思うなら読み違えも甚だしい。オレがいつ暴力で解決したって言うんだ。一連の言葉にしても善意からなら大人しく頷くけどな。悪意からなら頭を押さえてるくらいにしか思えないんだよ」
「善意から言っているつもりだが?」
だったらその真っ黒の魔力はなんだよ。言ったところで通じも信じもしないんだろうが。
それ以前に、頭狂ってるのか?
「ならもうちょっと悪意を抑える努力や道理を通したらどうだ。そもそもの話、この状況に持っていったのはあんただろうが。なんでオレに責任転嫁してるんだ」
そこを履き違えてもらっては困る。卒業が無理だと言うのなら別にそれで良かった。退学届を出すことになるだけだからな。
今更だが、目障りならさっさと追い出した方がいいよな。こっちからその提案をしている状態なのに。ホントに思考が破綻してる。手元に置いてどうしたい?
どうにも平静が保てなくなりつつある。そりゃそうか。混沌まで行かないにしても、この魔力の感じは今まで明確な敵になってきた奴と変わらない。眼の前にあって気分のいいものじゃない。
「魔法が浅くないとか、力がどうとか、本当に……」
意味がわからない。
善人がそれを言うのなら価値がある。しかし、簡単に力で解決しようとする論理破綻者に言われるのは。
「なら、望みに応えてやるよ。試しに一度くらいは短絡的に力だけで解決してみてもいいだろうからな。文字通り、炎上覚悟の出血大サービスで行こうか」
相手は教師だし、どうなるか学ばせてもらおうか。全力を見せてやる気も使う気もないが、謝礼としてオレの深奥の一端くらいは見せてやるよ。それで満足するかは知ったことじゃないけどな。
でもどうせなら、魔力探知してるみんなの参考くらいにはなってほしいな。うん。
空間圧縮解除。破山剣。今回はネレの打った方だ。ここについては出し惜しみはしない。やることも杖の代わりみたいなものだ。
身体強化、武器強化。
刀身に魔力展開。加えて付加、疑似精霊魔法火柱。
さらに風魔法。燃焼促進で火柱を炎柱の領域まで強化する。
大演習場への被害減衰のため、相手の後方に水柱を大量に展開。意図を察したレアや姉さん達水精霊の祝福の先輩方もサポートしてくれる。
さあ。昇格試験で散々見えない見えないと騒がれたからな。見えるようにしてやったぞ。
「果たしてお互いに大言造語か有言実行か。オレの魔法が浅いというのなら、遠慮なく深奥を見せてくれよ」
「な、なんだこの力と魔法は……何をしている!?」
「それがわからないなら、深奥は遠そうだな」
慌てふためいていなくても防御すらできるとは思えないが、ここから大逆転を見せて貰えるかもな。腐っても教職の地位にいるのなら。
あ、大逆転しなきゃいけないってことは負けはほぼ確定ってことか。知らんけど。
「模擬魔法剣術、炎皇魔力破斬」
躊躇うことなく破山剣を振り抜く。炎を纏った魔力破斬が飛んだ瞬間、そちらに割いていた魔法展開のリソースをすべて防衛の魔法に移す。
水柱の数を増やし、すべてにバーストで魔力を注ぎ込む。いくつかは風魔法で回転させてみる。吹き飛ばされた奴のことなんて考える気もない。
炎を纏った魔力破斬は、その性質から水と干渉しあって押し止められる。しばらくせめぎあいが続き、最終的には魔力を注ぎ込まれ続けた水柱群が勝利した。
やったことは放火と消火のマッチポンプみたいだったが、周囲への被害はない。人的被害も“下は大火事、上は大水”の物がどうにもならないように、重篤な被害なく済んだようだった。ここは幸やら不幸やら。
で、使った技だが。上手くいったのはともかく。
「当人がやる前にパチモノを作り出すのはまだしも、名前までつけるのはたしかに浅慮傲慢か。なんて言われるかな」
フレイアならこんな面倒な手順を踏まずにもっと強力なのが放てるんだろうなぁ。魔法剣を試していた時の出力を上げるだけだし。風魔法はこういう使い方は弱いな。
ところで、ボケっと考え事をしているわけだが、このあとどうすればいいんだろう。
うーん、職員室に戻るか。話の途中だったよな。リレヴィス先生を待たせるのも悪い。さっさと行こう。
/
結局、卒業することに関しては特に問題がないようだった。
ついさっきの結果というか、帰ってこない誰かに状況を察して「もう少し留まってくれないでしょうか」という呟きはリレヴィス先生からだけでなく聞こえたが。同時に、「さっさと出て行ってくれ」という空気の教員もいたようだけどな。
「なんか、余計なこともあったけど拍子抜けって感じ」
「そうですね。意味あったんでしょうかあの横槍」
レアの言うのも尤も。既存のシステムを捻じ曲げるのは誰にも不可能だよな。何をしようとしてたんだか本当に。
「そもそも、この学院でオレの事より気にする事なんていくらでもあると思うんだけどな。たとえば、種族間対立が黙認されてる状況は誰が作り出したのかとか。最低限その辺りはケアしてから出ていくか」
リーデライト殿下も頭を悩ませていたから学院内部にその発端があるのだと推察できるし、教師陣が明確に抑えに回っていない時点でなんとなく見えてくるものもあるな。
「アー、ソレもいい加減やっとくべきカナ?」
「そうですね。最低限、自衛の能力は必要でしょう」
ミアさんとユメさんにも同意される。
今後どうなるかわからないからな。手を打つのが遅すぎたぐらいだ。懇親会の前にやっていればあるいは状況は変わっていたかもしれなかったか。
やることが多いな、本当に。今の所はすべて必要な苦労だけど。