第三章 実地授業は問題が山積み
「爆発したのもびっくりだったけど、ハウンドが出てきた時は生きた心地がしなかったよ」
「そうですね」
現在、湿地林にいる。
ただし今日はクエストではなく実地授業。すでに説明を受けて各自散ったあとになる。オレ達はすでにパーティー申請済みなので、こうして三人で話をしながら周辺の探索をしているわけだ。
「ん? ハウンドが出ることはわかってたぞ」
「魔力探知がうまいとそういうこともわかるんだ」
二人には魔力探知の話はしているので、それでわかったと思っているのだろう。
たしかに森に入った時点でわかってはいたが、オレがそれを知ったのはもっと前だ。
「いや、これは単なる情報整理だな。空きスペースに順次追加していく以上クエストボードの貼り方はどうしても雑になるが、場所と目的はほぼ明記されてる。西の森だとホーンラビットやハウンドの他にブラッドグリズリーなんかが討伐対象になってた」
「なるほど、そういう使い方もあるんですね」
「っていうかブラッドグリズリー? そっちに遭わなくてよかったよ」
ブラッドグリズリーは体長四メートル程度の大熊で、ハウンドよりさらに上のランクの魔物だ。ほとんどが群れることはないので基本的にはハウンドの方が驚異だと思うのだが、ソロであれば遭遇が致命的になるのは確かだ。
「あとは、ランクはもちろんとして討伐数だな。必要数が多いものはそれだけ繁殖力が強くて個体数が多いってことだ。常時依頼じゃないものは異常発生しているってことになる」
「クエストボードからでもいろいろわかるわけですね」
「旅人向けにも大まかな魔物の頒布図は周知されているが、それも結構変わるものだからな。進化種や変異種が突然発生することもあるし」
上位冒険者には常識だが、魔物には進化と変異というものがある。経年や食物連鎖で魔力を溜め込んだ魔物はいきなり上位種へと変わる。これを進化と呼び、こちらは公式に把握されている以上のことはそうそう起こらない。対して、変異とは何らかの要因によって新たな力を突然獲得することを言う。ホーンラビットであれば風の力を得たウインドホーンラビットが有名で、稀に火の力を得たファイアホーンラビットが見つかったりする。
それにもう一つ。魔物の頒布図には絶対に載らないモンスターがクエストボードにはよく貼り出される。
「ま、次の機会にそれは気をつけるとして。今はこっちだよね」
「やっぱり問題だな」
「ええ、意外と見つからないですよねスモールトード」
今回の実地授業の内容はスモールトードの討伐。ギルドで見たクエストと違ってノルマは一人一匹。
スモールとは言うが、体長一メートル少々のカエルである。その辺の草陰にいるカエルとは違うので見ればわかるし、時折大量発生する魔物のはずなのだが。
「でもユーリ君なら探知魔法で全部わかってたりして」
「いや、さっきから探知はしてるんだが必要数が足りない」
「ってやっぱり探知できてるんじゃん!」
「わたし、全然わからないです……」
その辺は慣れと研鑽だ。あとは探知半径の問題か。
「来てるのは三〇人だが、スモールトードの反応がそもそも開始時点で二十九しかない」
実地把握がどうなのかはわからないが、この誤差はどうしたものかな。
可能性としては、他クラスの実習やあの時した話を聞かれていたというのもあるのだろうか。
「えっ。じゃあ足りないよね?」
「簡単に終わるのもそれはそれで問題だが、この倍率だと遭遇せずに湿地林の奥まで踏み込む生徒が出るかもしれないな。それはちょっと不味い」
それでも、単純に見つからなかったから戻ってきたというのならそれでいいのだが、深追いする生徒も現れるかもしれない。加えて、
「昨日見たクエストボードの中にマッドマッシュがポイズンマッシュ化してるってのがあった。そいつらも厄介な相手になり得るが、スモールトードがいるってことはジャイアントトードもいるってことだ」
実際、いる。ちょっと深追いしたくらいでは遭遇しない位置ではあるが、万に一つがないとは言えない。
さて。この状況はどうしたものか。
なんて考えるまでもなく答えは出てるけどな。
「……たしか、開始前に見せられたのは絵だけだったよな。サイズについての言及はなかった」
「なーんか、考えてることがわかったような」
「ええ。わたしにも」
そいつはおそらく正解。
デカい方を狩りに行くのだ。
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竜巻を起こしたときのように無属性魔法と風魔法を組み合わせて加速する。魔力は多少食われるが、三つのメリットの方がはるかに大きい。
一つ目は当然、移動時間の短縮。
二つ目は移動線上に点在するポイズンマッシュの存在だ。
ポイズンマッシュは毒性のある胞子を飛ばす。いわば定期的に毒霧を吐いているわけだが、こうして高速移動していれば付随して巻き起こす風でそれを吹き飛ばしながら進める。いちいち足を止めて対処したり大きくルートを変更したりせずに済む。
三つ目は、体長五メートルを超えるジャイアントトードを狩るため。実のところこれが一番大きい。
巨体の魔物のランクが高いのは体積のせいで魔力量が多いというのもあるが、その多くは討伐側の一撃も比例して弱体化するからだ。スモールトードを丸焼きにするほどの火の玉でもジャイアントトードには表皮火傷を負わせられるかどうかという程度になってしまうし、剣の一撃はナイフにも劣るほどになる。
加えて、肉質的にはトード系の魔物は柔らかい方に入る。故に生半可な近接攻撃は跳ね返される結果になってしまう。
「お互いに視認距離に来たな」
高ランクの魔物は察知能力も高い。その上これだけ魔法的にも物理的にも派手に近づいているのだから当然こちらのことは認識されている。
剣を抜き、魔力を通す。いつもの通りに魔力で剣自体を強化し、さらに今回は風魔法を刀身に薄くまとわせる。
さて、この作戦には二つほど穴がある。
こちらは高速で誤差修正しながら相手に突っ込んでいるが、程度で言えば速度の遅いミサイルにしか過ぎない。
つまり、大きく避けられたらそれで終わりだというのがまず一つ目。これの解決方法は、
「跳ばせるわけないだろうが!」
後ろ足の肥大を感じたのにあわせて、ジャイアントトードの表皮数ヶ所にごく小さな風の玉を発生させる。
絶対的に押し留めるような魔法ではない。一瞬気を取られるだけの、それ以外になんの意味もない魔法。だがそれでも多方向からの攻撃を想起させることはできる。高速で突っ込むオレに対しては一瞬が数秒に比する隙になりうる。
もう一つの穴は、たかだか一メートル程度の剣で五メートルのカエルにどう対処するかだ。そっちについては、斬撃の瞬間に魔法強化を切っ先から発射して風魔法も延伸することで擬似的に剣の全長を伸ばす。これで解決できる。
仕掛けは万全。既に交差距離。なら外す道理もその気もない。
一閃。カエルに首があったかどうかは覚えていないが、ジャイアントトードは喉から鮮血を吹き出して倒れ伏す。
オレの方はというと、つけすぎた速度を殺すのに苦労した。が、魔法干渉による摩擦でなんとか停止することに成功。ついでに道中でもそこそこの魔力を放ったので、追い立てられたスモールトードが他の生徒の方に逃げるだろう。
ともかく。
「クエスト完了だな」
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集合場所では飛び出す前に話していた通りに二人が待っていた。
「帰ってこないね」
「うん」
「待たせて悪かったな」
探知ですでに二人がここにいたのはわかっていたのでまっすぐ来たのだが、何故か声をかけた瞬間に飛び上がられてしまった。
「いつからいたの!?」
「いや、つい今しがた戻ってきたところだけど……」
オレはそんなに存在感がないのだろうか?
二人の横にはそれぞれ、丸焼きになったスモールトードがある。足のあたりが燃えていないということは、地面を液状化させて動きを止めたということだろうか。ともかく、こうして役割分担をすれば個人討伐は問われないのがパーティの利点だ。その利点はアカネさんが説明してくれたとおり授業にも持ち越される。
「ハーシュエスくん。スモールトードの討伐はできなかったんですね。まあ、誰にでも失敗はありますよ」
実習担当の先生はどこか満足そうに頷いているが、どうしてだろうな。まだそれについては何も言っていないぞ。
「ダメだったの?」
「まさか。今出す」
「はい?」
オレの言葉に二人が疑問符を浮かべるが、すぐにわかるだろう。
防壁を解除する。その瞬間、空間に巨大な質量が滑り出るように現れる。
巨大な質量というか、オレたちよりはるかにデカいカエルだが。
「どうぞ。スモールトードです」
「……は?」
「えっ? ……えっ?」
「どういうことなの……?」
先生も含めて、三人は口を開けたままデカいカエルを見ていたが、
「あの、これはジャイアントトードでは?」
一応、先生が最初に復活した。バレないわけはなかったか。
「そうなんですか? いやー、サイズについては聞いていなかったのでこんなものかと」
「わ、わざとらしすぎる……」
「これも見習ったほうがいいのでしょうか……?」
見習わなくていいと思う。将来的には必要かもしれないが。
「これはスモールトードではありません! と、とにかく! 単位はあげられませんからね!」
「わかりました」
先生はそのまま激昂して帰っていったが、監督責任はどうなるのだろう。
ところで。
「次の授業まで時間はあるな」
/
常識だが、カエルは食べられる。珍味でもなんでもなく鶏肉に似ているとか。当然、生理的嫌悪を含む好き嫌いはあるだろうけどな。
体長五メートルのジャイアントトードなら百食分は軽いかな。それが欠損どころかほとんど損傷のない状態で手に入るのだから、素材としても一級品。その支払いもかくやである。
買取を担当してくれたアカネさんはドン引きしていたが、カエルが嫌いだったのだろうか?
「正直言うけど、あんな大金見たことないよ」
「一生分働いた気になっちゃいました」
一生を過ごすにはあの程度では全然足りないが、気持ちはわかる。ホーンラビットのクエスト報酬のゆうに百倍はあったのだから。
「でも良かったんですか? ほとんどパーティの共有財産にしてしまいましたけど」
「三人で等分しちゃった分もあるし。お小遣いにしても多すぎないかなぁ」
「迷惑料込みってことにしておいてくれ。昨日のハウンドだって原型が残っていれば小金とランクアップの足しになったはずなんだからな」
パーティは責任の分割もできるが共有の強制もされる。今日のことで思い出したが、クエスト失敗には違約金も発生することがあるのだ。
「幸も不幸も含めてオレ達はパーティだし」
「あはは。規格外にそれを言われるとなんかなー」
いつものことながら、こっちには一日の長がある。そこはズルをしてるとも言えるだろう。そこだけはやりすぎないようにしないと。
「それより、ジャイアントトードを運んだあの魔法は? 転送魔法とか?」
「風魔法はああいうこともできるんですか?」
「いや、どっちも外れ。でも悪い。あの魔法については秘密ってことで」
アレは、空間圧縮魔法を防壁で固定化したもの。魔質適正がないのでアレンジはされているが、属性分類としては邪魔法になる。
非常に便利ではあるが同時に悪用も効くし色々社会構造を破壊しかねないので、そういう意味でもあまり披露したくないのだ。最も厄介なモンスターを呼び寄せる可能性も高いからな。
この世界が創作に近かった時は空間歪曲とか別位相アクセスみたいな魔法やアイテムを考えていたが、どうもこの世界にはそういうものは無いらしかった。たしかに、バカスカそんなものを利用してたら容量も次元の個数も限界を超えてそうだものな。
というわけで、オレのスモールトード初討伐は失敗ということになった。
うん。人生には失敗も多々あるな。