Offstage 炎皇の刃
学院が始まるまでは数日あるので、とりあえず用事の中でも重要度の高いものから潰していくことにした。
というわけで、何度目かわからない魔法士団の第三隊隊長執務室にやってきたのだった。
「フレイア、土産がある。ちょっと出かけよう」
「うん? 入ってくるなりいきなり? わざわざ外に出るの? ここでよくない?」
フレイアは思いっきり首を傾げているが、渡すモノがモノだけにここでは無理だ。
「……王城を火の海にして国家反逆罪に問われたいならここで出すが」
「なんなのその怖すぎる脅し!?」
いや、出力問題である以上は可能性としてあり得るからな。
そんな漫才めいたやり取りをしたあと、アンナさんにとりあえず話を通し、王都を出て身体強化で突っ走ってロックスネークを狩った辺りまでやってきた。
「なんとなくついてきたけど、こんなトコじゃないと渡せないの?」
「まあ、渡すのはどこでもできるが試すのはこういう所じゃないとな。ホントに火事になる」
空間圧縮を解除し、耐炎剣を取り出す。こうして見ているだけだとやっぱり普通の剣にしか見えないが、魔力探知をすれば様々な材料が合金として複雑に絡み合っているのがわかる。
「オマエの魔法に耐えられる剣を打ってもらった。必要だったろ?」
「え、ほんと?」
「ああ。人伝に受け取る機会があってな。これ自体は幸運な出来事の一つだ」
あ、しまったな。銘を聞くのを忘れた。無くて困るものでもないが、あった方が気の持ち方が変わってくる。
勝手につけるのもなんだ。アカネちゃんにブレスレットを返してもらったら聞いておくか。
試しに抜こうとしてみたが……普通に抜けるな。風牙みたいなロックはかかってないのか?
「風牙みたいにオレしか抜けないってことはないと思うが、どうだろう」
「やってみればわかるよね」
フレイアに剣を渡す。
深呼吸。まるで儀式のように柄と鞘を水平に掲げ、ゆっくりと腕を開いていく。
「……うん。大丈夫」
すらりという音すら立てず、ただ静かに剣と鞘は分離する。華美さは特に無いが、ひと目見ただけで業物だというのはわかる。
フレイアは、切っ先を天に向けて掲げる。刀身が光を返し、一瞬紅に染まったように見えた。髪の色を反射したのかな。
「そっか。魔法剣を試す為にここに来たのか。あっ、でももし融かしちゃったらどう謝ればいいかな?」
「打ったのは世界最高の鍛冶師だ。出来は信頼していい」
「うん。わかった……よし」
フレイアは気合を入れ、ゆっくりと瞬きをする。同時に、剣が燃え上がる。
ここからだ。オレも魔力探知を剣に向ける。
構造の融解はない。耐炎剣と名乗らせる通り、ちゃんと炎魔法に耐えてるな。それどころか炎を安定させているようにさえ感じる。魔法剣自体にその作用がありはするが、ややブースト効果があるような。
「どうだ、フレイア?」
「……」
感触を聞いてみるが、フレイアは答えずに明後日の方を向き、剣を振るう。
ただの斬撃、魔力斬、炎属性の魔力斬、先端からの炎属性放射。あらゆる剣技がフレイアの剣から放たれる。
いい感じだな。さすがはネレ、いい仕事だ、
「うっ……うっ……ううっ……」
って、フレイアが泣き始めた!?
なんだ、なにか駄目だったのか!?
だとすれば、一人で盛り上がったオレは薄情すぎる!
「フ、フレイア……すま」
「剣が……融けない……魔法剣が使えるっ……!」
ズッコケそうになった。
いや、膝から崩れ落ちた。
「……ヨカッタネフレイアサン」
「うん……うん。うんっ!」
いやまあ、気持ちはわかるけどな。使えてたものが使えなくなって、また使えるようになったのだから。特に、魔法剣は切り札になりえるし。
フレイアは魔法の展開をやめて剣を鞘に納める。大事そうに胸に抱いてるってことは、気に入ったらしいな。
さて。
「感動してるところ悪いがフレイア。そいつを渡すときに話そうと決めてたことが山ほどある」
「えっ。えっ? えっ……えっ!?」
オレが真剣な顔でそう言うと、フレイアは驚き、疑問、赤面と謎の心の動きを見せた。
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「いや、まあ、そういうことじゃないってのはわかってた。わかってたけど。それはそれ、これはこれで。や、え、はいぃー?」
真っ白になって放心しながら目を回すというなかなか高度なことを炎皇フレイア・ワーラックスは行っていた。うん。器用だなマジで。
いや、そうでもないのか。
「思い返せば、アカネちゃんも同じリアクションだったな。火系統の属性だから似るのか?」
「アカネちゃ……それって、ギルドのアカネ・ガーネットさんのこと?」
「ああ。時期的にはフレイアより前の知り合いだな」
「ふーん。ふぅーん。へぇー。多いねぇ、転生前のお知り合い。まだ増えるんじゃないのそういう相手」
どうだろう。ユーリ・クアドリに友好的な感情を持ってた相手は現在交友のある相手以外には思い当たらない。
いや、アカネちゃんのことも頭からすっ飛んでたオレの記憶なんてアテにならないか。
「むしろ敵の方が多そうだしそっちはいろいろ思い当たる」
「あー、たしかにそっちの心配が先か。バレやしないし瞬殺だと思うけど」
そっちじゃない心配はなんの心配なんだろうな。
「でも、そっか。無限色の翼か。やっぱり、あの時に意地を張らなかったら違う道があったんだなぁ。ついていけばよかった」
「フレイアにはフレイアの目的があっただろ。それを否定する気はなかったし、今も無いさ」
「いやー、私の目的ってもね。王国で爵位を得て家を貶めた帝国の奴らを見返すとか、今思うとしょーもない意地だったと思うよほんとに何やってんの私」
元貴族だって話はされたが、薄ぼんやりとしか聞いてなかったなその辺。いい加減踏み込んでいいものか。
「あ、ちゃんと話してなかったっけ。簡単に言えば権力争いで追い落とされただけだから。それでもちゃんと敵と味方を判別できてたら回避できたんだろうし、大事な選択を間違えるのはワーラックス家の宿命なのかな」
フレイアは、心底後悔したように笑った。その笑いは、いつの誰に向けられているのだろう。
でも、そんな顔をする必要なんてない。
「……姉さんともそんな話をしたばかりだ」
「アイリスちゃんと?」
「ああ。オレが現状に縛られてるのは自分のせいだってな。自暴自棄になってた。たしかに分岐点をどう超えるかはその時の判断でしかないだろうが、それが間違いだったとは限らないし、たとえ間違ってても得たものもいくらでもあるだろ」
フレイアにとってのものなら、アンナさんとの関係とか、リーデライト殿下との関係とか。
あの日別れてからフレイアがどんな道を歩いてきたのかはわからないが、最悪のものだったらもっと最悪な顔をしているだろう。
「得たもの、か。そうだね。ユーリと一緒だったらできなかった覚悟もあるかも」
そんなものがあるのか。まあ、変な覚悟とか悪い覚悟じゃないってのは見ればわかる。代替にはならなくても価値あるものであったならいい。
しかし、なんだかんだでオレの弟子達は世話が焼けるらしいな。それがオレ自身の宿命だとしても、解決の一助になれるのなら悪くはない宿命だとしても。
「それでさ。まだメンバーを増やす気はあるってことだよね?」
「増えるのならな。まあ、パーティーじゃないけど。同じ考えを持つ仲間っていうか、わざわざ増やさなくても同じ志の人はいくらでもいるだろうし」
もちろん、無限色の翼の中でも細かな差異はあるだろうし、完全に一致することはないだろう。けれど、矛盾なのかもしれないがそれもまた理念として正しいことになるわけで。
オレにだって許せない相手はいくらでもいるしな。それもまた矛盾の一つだ。この辺はどう整合性をつけるべきか。
「だったらさ。遅ればせながら私も仲間に入れてもらっていいかな?」
「みんなが断ることはないだろ。ただ、この十二年でオレの知らない取決めとかができたりしてるみたいだから、その辺がどうかか。協定がどうのとか言ってたし」
「協定……ユーリを抜いた人で結んだ協定、ねぇ? いやー、それたぶん十二年前からあったと思うよ、絶対」
そうなのか? オレだけ除け者だったのか?
いや、根源的には異世界人であるオレには踏み込めない部分があるのも事実か。
「ま、どーせアカネちゃんとかアイリスちゃんとかセラちゃんレアちゃんとか周りの人みんな引き込む気なんでしょ。私一人増えたくらいで文句を言われることもないよねきっと」
「ん、いや。別に見込みのある人を片っ端からって考えはないし、誰も彼も粉をかけた覚えはないが……」
正直、制御しきれないだろうし。たぶん今でもオレの発言権はそんなに高くないと思う。
それでも、何かの機会に話すことになってなし崩しにそうなる可能性はあるのか。
「まあ、思想みたいなものだからな。いや、秘密結社の類かこれも。なんにせよ、本部があってそこに居を構えてるとかでもないし。同じ空の下にいれば仲間はどこにいてもいいのか」
それこそ、ララとエルとオレは違うところにいるわけだし。ネレとレヴとリーズは、今回受け取った武器や魔道具のことを考えても同居してるんだよな、きっと。
しまったな。ネレ達が今どこに居を構えてるのか聞かなかった。たしか、名前が売れすぎたから転居するって話になったはずだよな転生前に。
アカネちゃんがそのあたりの話をしているだろうか。あんまり早く会いに行くと急かしているみたいで良くないと思ってタイミングを測れないでいるんだよな。
「ユーリ?」
「ああすまん、そろそろ戻るか」
「ん。そだね。ありがと、ユーリ」
フレイアはそう言って、大事に抱えていた剣を示す。
「感謝はネレに会ったときに直接伝えてやってくれ。剣の改良の話もあるだろうしな」
「ネレさんね。うん、わかった」
ともかく、フレイアがまた魔法剣を使えるようになってよかった。使い方を間違えないなら力はどれだけあってもいい。それがフレイアの歩きたい道を歩く力になるなら、何よりも価値があるだろう。




