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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
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第三十章 王都への帰還

 長期休暇もまもなく終了。つまり旅を始めてもうすぐ一ヶ月。月日の立つのは早いものだ。

 というわけで、オレ達は王都行きの駅馬車に揺られている。

 事情が事情とは言え、みんなアエテルナを出るときにはグッタリしていた。それが談笑できているのはいいリフレッシュになったってことだろう。

 片田舎なだけに、煩わされるものも無ければギルドも無くてクエストも受けられない。一週間ほどただひたすらのんびり時間を浪費しただけだからな。駅馬車も心無しかスピードが遅く感じる。


「なんとなく名残惜しく感じてしまうのはどうしてでしょうね」

「ああいうところに住みたいからかもねー。あー、誰かさんのために他意はないって言っておくけど」

「……誰に気を使ってるんだ?」

「だ……ぴっ」

「ハイハイ、偉い偉いティアちゃん」


 口を開きかけたティアさんは、ミアさんの笑顔を見て顔を真っ青にする。ああ、そういう。今はスルーしておく案件ってことだな。

 レアもセラも、なんだかんだで田舎暮らしに魅力を感じているってことなのか、それとも家に煩わしいものがあるのか。このままだと二人の目の前に立ちはだかったりするんだろうなぁ。なんてイヤな予測だ。


「帰ったら学院でお勉強って理由だったりしてネ?」

「うっ、それもあるかもですねー」


 それもあるのか。

 まあオレもだが、知識と経験の乖離は感じるしな。この面子なら、その辺りでギャップに違和感を覚えることはあるかもしれない。

 セラの苦手な領域がそれかは全く確証がないけども。


「でも、たぶんもう実技は参加しなくていいんじゃないかな? きっと冒険者としてそれだけの働きはしたし」

「そうですね。スタンピードのこともありますし、帰ったら二パーティー共に一度成果を整理しないといけないかもしれません」


 姉さんの呟きをアカネちゃんが肯定する。

 そうだな。ある意味でアエテルナを防衛したっていう実績もある。これ以上の成果はないだろう。

 あとは、対人戦の経験くらいか。こっちもこっちでもう学院では積めそうにないが。


「……座学のほうがイヤなんですがどうすれば」

「そこは、わたくしたちもお手伝いしますよ?」


 心底げんなりした表情のセラにユメさんが苦笑する。


「うーん、ありがたいですけど時間制限付きですよねぇ……あっ」


 セラは、「やってしまった」という顔をした。それを肯定するように、馬車の中の空気が少しだけ暗くなる。

 もう半年もないんだ、こうしていられるのは。これが最初で最後かもしれない。

 揺れに身を任せながら今後のことを考える。

 半年後の姉さん達の卒業。さらにその先の未来。時は遅くなりも止まってもくれやしない。



 いい加減、前に進むべきか。

 それとも、もう少し周りを見るべきか。



 どちらにせよ何かを切り捨てることになると考えてしまうのは、焦ってるからなのかな。時間も早く感じるし。


「ユーリくん?」


 レアが心配そうな目を向けて来る。が、何を返せるでもない。


「一応。四年次以降も助教職や研究職として学院に留まることはできる」

「らしいネ。やる意味感じないけどネ」

「そうですね」

「うん」


 水精霊の祝福ブレス・オブ・ウンディーネは、きっちり三年で学院を出ていくつもりらしい。

 たしかに、研究することなんてないものな。ユメさんとミアさんは家のこともあるだろうし、教職は向いていてもこの国ではしがらみのほうが多そうだ。というか、四人とも座学的な魔法研究をしているようにも見えないし。

 あとは、アカネちゃんもか。


「アカネさんはこれからのことを決めたのでしょうか」

「そうですねぇ。王国に留まる意味もあるかなとは思ったところですが、その辺りがどうなるか次第ですかね」


 レアの問いにアカネちゃんは一瞬オレに目を向けた。王国にいる意味はオレかよ。わからないでもないが。


「……ちなみにですけど、水精霊の祝福ブレス・オブ・ウンディーネのみなさんは卒業したらどうするんです?」


 セラも、先達の行く先が気になるらしい。そう言えば、姉さんのことだけはこの長期休暇前に聞いたな。魔法使いであり続けるってくらいだが。


「わたくしはハウライト家に戻ることになるでしょうか。家の仕事を手伝うことになるかはわかりませんけど」

「ワタシは。今回のことで旅をするのもいいかと思った。エルフェヴィア姉もそんな感じだし」

「アタシもユメちゃんみたくアエテルナに戻ることになるカナー。家の仕事とかは無いケド」

「わたしはしばらくは魔法使いで冒険者だね。拠点は王都か家かな」


 当然だが、道はそれぞれ決まっているらしい。

 ちなみに。エルのは旅じゃなくてたぶん遭難だぞ。ティアさんには言えないし言わないが。


「……バラバラ、ですね」


 何かの暗示を感じたのか、レアが呟く。

 この世界には電信方法が無い。今オレの左腕に嵌っているコレが唯一それになるだろう。

 連絡を取るなら手紙か伝言か直接会うか。一度の別れが今生の別れになる事は多々あるようだ。

 そういえば転移前の世界で、“一昔前の物語を現代劇にすると携帯電話の存在ですべて陳腐化か破綻する”みたいな話があったな。それだけ通信手段は様々な前提を破壊してしまうのか。

 水精霊の祝福ブレス・オブ・ウンディーネも“道は分かれても心は一つ”なんだろうが、身は一つにはならないかもしれない。だとするなら、これは破壊していい方の前提かな。


「大丈夫だよ」


 それでも、姉さんは笑う。何か確信があるようで、



「いざとなれば身体強化して走っていけばいいからね」



 全員ズッコケた。

 ああ、そういう解決法……たしかにそれも一つの手か。

 って言うか、オレが言ったりよくやったりしてる手だな。


「まさに。魔法の可能性は無駄に無限大。そこはユリフィアスは正しい」

「走っていくのはともかくとして、アタシたちの魔法にももっと可能性があるのカナ」

「どうなのでしょう」


 水精霊の祝福ブレス・オブ・ウンディーネ三人がオレの方を見てくるが、まあ、思いつく方法だけでいいなら。


「エルフ以外が精霊とコミュニケーションを取れたらそれだけで遠距離交信の手段はできるでしょうね。ミアさんならこう、夢魔の力を使ってとか?」

「ウーン、アタシのはちょっと無理カナー。距離が離れちゃうとダメだネ」


 なるほど、魔法の掌握半径の問題が関わってくるのか。


水精霊ウンディーネは。みんなと話をしてみたいとは言ってる」


 へえ。別に神霊種や近精霊種とだけしか交流を持ちたくないってわけじゃないのか。

 そう言えば、スタンピードを見に行ったときにオレの頼みを聞いてくれたな。エルやレヴも、異世界人だったユーリ・クアドリのことを精霊は興味深そうに見てたって言ってた。精霊はこっちに対して無関心じゃないんだから、最低限姿だけでも見られたらボディランゲージでどうにかなりそうなのになぁ。

 あるいは、風精霊シルフィードなら空気の振動を操って音声を作れるのだろうか。


「筆談なんてできたりはしないでしょうか?」

「どう水精霊ウンディーネ? うん。わかった。やってみるそう」


 レアの提案に、ティアさんはマントを広げる。そこをキャンバスにすると。

 少しずつ濡れが広がっていくが……滲んで解読不能だな。筆記先の問題もありそうだが、


「もっと細かい魔法の調整が必要そうだね」

「そううまくは行きませんね」

「ザンネン」

「それに。精霊みんなが同じことができるとは限らない。たぶん」


 たしか精霊は同質だけど同一じゃないっていうか、全員が双子みたいなものなんだったっけ。それで空間を超えた意思疎通はできるけど、性格も違うし精霊魔法も同じように使えないと。

 そもそも、精霊魔法と普通の魔法は違うのかな。その辺り一度エルにちゃんと聞いておくべきだったか。

 火精霊サラマンダーがそのまま火蜥蜴、水精霊ウンディーネが人魚、風精霊シルフィードが妖精、土精霊ノームが小人にそれぞれ似てるとか。聞いたのはその程度だけだ。

 そう言えば、四大属性以外の属性の精霊の話も聞かないな。今更すぎるがその辺りはどうなっているのだろう。

 精霊と会話か。いつかできるようになるかな。


「遠距離の交信手段についてはギルドでも開発できないか検討はされていますけど、基幹部分をどう組むかというので詰まっていますね」

「難しいですね」


 テレパシーみたいなのを魔法で再現……は無理だろうな、この世界の魔法と利用方法だと。リーズの作ったこのブレスレットだって、邪魔法を使っているはずだ。そこのアレルギーが取り除かれないと発展は見込めない。

 魔法の世界では魔法で補える分野の科学技術が発展しないのは当然として、付随した技術の発展も進まない。この世界では物理と魔法が両立するし、魔法が物理を捻じ曲げることもできない。だが、単純に観測事象として見るだけならできるように見えてしまうし、魔法の非介在の証明もできない。“実験の再現性”とかだったか。

 そもそも、魔法を使ったほうが楽なのも事実。できることを他で代用する必要もないわけで。

 それでも魔法での代用が利かないものはあるんだけどな。パッと思いつく辺りでは電気と医療か。ポーション含めた薬学はあるから医療についてはゼロではないんだろうが、外科や内科の先端医療技術の発展は遠そうだな。ほとんどの技術はオレにも詳細はわからないから誰かが一から開発するしかないし。

 というか、魔道具も動力が魔力という見方をすれば科学の道具と変わらなくもあるけど。案外、近いものがさらっとできたりするのかも。


「……で、何の話だっけ?」

「そもそもしてたのは将来の話だな」

「ですね。アイリス先輩たちが卒業するまでもう半年ですか」


 半年。長いような短いような。

 このまま学院に留まる意味はなにかあるかな。義務教育なんて無いし、学院を出たところで得られるのは箔と名誉くらいだし。それが欲しい奴はいくらでもいるんだろうけど、個人的には興味もないし。


「……さっさと出ていってもいいのかもな」

「はい?」

「うん?」


 表に出てしまった呟きに、レアとセラが反応する。

 失敗したかとも思うが、パーティーを組んでいる以上は二人にも関係あることだ。


「これ以上学院ですることもないかなって。だったら卒業でも自主退学でもいいから姉さんと一緒に出ていくってのもいいかなってさ。みんなからすれば腹の立つ言い方だとは思うけど」

「うーん、またサラッととんでもない事を……」

「それは予想外でした……」

「やっぱり。ユリフィアスはトンデモ」

「ユリフィアスさんらしい……というレベルを超えている気はしますが」

「マァでも、気持ちはわかるかもネ」

「学院生として収まらない、というのは確かでしょうね。ええ、いろいろと」


 みんな予想外だったか。不安だった悪感情はないみたいだが。

 実際、ここにいる面子は学院のレベルは超えてるからな。むしろ、無詠唱一つとっても技術を盗まれることを心配する方に回っているはずだ。


「ユーくん、やっぱり学院に入らなかったほうが良かった?」

「だからそれは無いよ。いや、逆かもな。冒険者登録を三年前倒しにできたのって最高に意味あったんじゃないかな」

「学院の椅子をそう使う人はいないって絶対……」


 セラに思いっきり呆れられた。

 他のみんなも苦笑いを浮かべている。一番その色が強いのはアカネちゃんか。


「でも、縁って不思議なものです」

「まあ、そこはね。ユーリ君がいなかったらこうしてないし、学院にも入れてないかもしれないし。ホント」


 二人が幸運に感じてくれるなら、あの夜に姉さんに言った通り意味はあったんだろうな。


「わたくしもユリフィアスさんとの出会いには感謝しますが、一年で卒業なんてできるのでしょうか?」

「一応、わたしたちも卒業要件は満たしてるけどね。それでも、二年でなんとかって感じだったかな。卒業を推奨とか強制されたりとかもしなかったね」


 そうなのか。じゃあ、逆にオレが姉さんを学院に縛り付けてる面もあるんじゃないか?


「早期卒業ですが、騎士学院魔法学院ともに過去に例はありますね。それを狙ってのギルドへの登録もあります。と言っても、ほとんどは上級冒険者を雇って強引にランクを上げてという感じですが」

「それは不正。でも。審査はあるはず。通るわけがない」

「そこは……ギルドもすべてが清廉潔白というわけではないですからね、残念ながら」

「ドーセ後で苦労……はしないのカナ。戦闘するコトは二度となさそう」

「箔付けでしょうねぇ。貴族ならよくありそう、ヤダヤダ。あーまあ、ここにいる人は別ですけど」


 割とみんな辛辣だな。

 実際学院でも身分による差別とかはないように感じるけどな。調査してまで嫌がらせをする気はないのか、それ以上に種族差別が多すぎて気づかないだけなのか。


「ともかく、試せるだけ試してみるかな。学院に通うのもタダじゃないし、時間ももったいない」

「ユーリくんがここを出ていくというのなら……セラはどうします?」

「んー、煽りとかじゃなくユーリ君と添い遂げるつもりはないけどさ。それでもユーリ君のいない魔法学院とか魅力を感じないだろうなってのは思うかなぁ」

「わたしも、ユーくんと一緒にいられないのは残念かな」

「イエダカラソウイウイミデハナクテデスネ……」


 セラと姉さんの言っていることは確実に違うだろうな。


「セラのそれはそれで否定すればいいのかもっともだと思えばいいのか微妙だな。実際、学院の予定通りに勉強してるだけじゃできない経験を山程してるのは事実だから、そう感じるのもわかるが」


 経験による裏打ちを積み重ねても、危険中毒の傾向はあるのかなやっぱり。とは言え、冒険者としてやって行くならどれも避けては通れない困難ではあるけどさ。

 今回のスタンピードだけちょっと特殊だが、父さんと母さんにも言った通り遭遇しうる事象だし。


「まあ。安全に危険を犯してるのは事実」

「変だけど合ってる表現だネ」

「なるほど。アイリスさんのおかげで格上だと思える相手に挑むことは多々ありましたけど、今回などはそれを超えていますからね。ティアリスさんのそれも上手い言い回しかもしれません」


 それを幸運に感じるのもそれはそれで問題があると思うのだが、指標が出来たと考えればこれもまた価値はあるのか。

 メーレリアさんにも言ったが、人生は山も谷もないほうがいいんだけどな。こうして力を蓄えている時点で、オレ自身もどこかでそれを望んでいるところはあるのだろうか。


「でも、ちょっとユーリ君の怖いところが出た感じ」

「うん?」


 怖いところ?

 恐ろしいところってことか?


「うーんとさ。ユーリ君の過保護の話は何回かしてるけどさ。そもそもユーリ君って、『力を貸して』って言うと助けてくれるけど、こっちが『力になりたい』って言うと『大丈夫』って言いそうっていうか。ああそうだ、前にレアが『強くならないと置いてかれる』って言ってたけど、一人でどんどん先に進んでいっちゃいそうだよねって。で、『危ないからついてくるな』って言うんじゃないかな」


 それも姉さんと話した気がするけどな。

 ついてくるものを置いていくことはできない。振り切ることはできるだろうけど。

 けど、人の生き死にだけはなぁ。身内はどうあっても避けたい。でも裏を返せば、


「……信頼されてないように感じる、か? やっぱり」

「いやいやそういうこっちゃないよ。うーん。歯がゆい? 実力が足りないのは確かだからね」

「セラさんもレアさんも、実力という意味では充分通用すると思いますよ? 既に屈指の冒険者と言っても過言ではないでしょうし」

「そもそも。ユリフィアスが何を敵として想定しているのか。それが一番気になるし。問題」

「アー……たしかにネー」


 オレの敵か。

 混沌のような組織。ララの敵。リーズの敵。

 引いては、仲間を害するモノ。

 あるいはそれは、世界そのものかもしれない。

 想定しているものはいくらでもあるし、“もしかしたら”というものまである。


「まさかですが……神様を打ち倒す、とか」

「いや、神様には感謝こそすれそれはないですね」


 ユメさんの言った仮定は即座に否定できる。

 もし神様がいるとすれば、ララの前に送り込んでくれた大恩人……大恩神? 大恩柱? ともかく、返し切れない恩がある。

 それ以前に、神様が個や魂を持った存在として居るのかもわからないけどさ。会ったらお礼は言うだろう。なんて返されるのかはともかく。


「ユーリくんも、神様のくれた運命を信じたりするわけですか?」

「まあ、神様がお茶目なのか親切なのかはわからないが、そうだな」


 レアに答えると、何故か喜んでいるようだった。どういう心の動きだ?


「ともかく? 現状だとユーリ君の敵はそれなりに私達の敵だし、ユーリ君の敵に認定されることも無さそうだけどさ。味方としても認定されなくなる日が来そうだなって」


 ああ、それで置いていかれるって怖れになるのか。


「何度目かになるがその辺りは本当にオレの傲慢さかもな。仲間を信じてないってことの裏返しみたいなものだし」

「ユーくんのは優しさでしょ?」

「わたくしもそう思います」

「たしかに。それは否定しない」

「ウンウン」


 水精霊の祝福ブレス・オブ・ウンディーネからお墨付きをもらうが、どうなんだろうな。

 実際、隣に立って安心するのはレヴくらいな気がする。とは言え、レヴだって傷つきはするだろうしメンタルは普通の女の子だし、殺陣を一緒にやって安心ってのもどうかと思うが。

 次点でフレイアかなぁ。ララとかリーズは前衛って感じでもない。ネレも武器を試していることを考えると戦えば強いのかもしれないが、前に立ったらそれぞれ不安にはなるだろう。

 一回真っ白な状態で自己分析をする必要はありそうだな。これまでより綿密に。あるいは、人からどう見えてるか聞いてみるか。


「うーん、なんか話がとっちらかっちゃったね。ごめん」

「いや、セラが謝る必要はないと思うぞ。色々参考になった」

「ユーくんも、悩みすぎないようにね?」


 姉さんに釘を差された。

 まあ、考え込むほど悩みはしないと思うけどな、たぶん。


「まとめると、ユーリ君はとにかく半年後の学院卒業を目指すってことでいいんだよね? で、とーぜんレアも」

「やるだけはやりますけど……」


 レアは、横目でオレを伺ってくる。


「まず、制度的にも実質的にもやれるって確証がないと駄目だけどな」

「そっか」

「そうですね」


 とは言え、過去に例があるなら行けるはずだな。家柄で差別されるなら、それこそ留まる理由もない。リーデライト殿下に泣きついてもやろうか。


「仕事に戻ったら、実技面は精査しておきますね」

「わたくしたちは、学院の手続きについて調べておきましょうか」

「そうだね」

「そのくらいは。先輩として」

「オマカセー」


 みんなサポートしてくれるのか。ありがたい。

 やれるのなら失敗はできないな。


「うーん、私達もユーリ君と出ていけるかな?」

「さっきも言ったとおり……やるだけはやりますけど」


 いやいや。なんで二人はそんなテンション低いんだ?


「座学はオレより二人の方が無難だと思うけどな」

「そっかなー?」

「魔法知識なんてほとんど足りてるんだから、あとは一般常識だろ。礼儀作法とか。それならオレが二人に教わらないといけないくらいじゃないか?」


 死んだのと冒険者やってたので、本質的には投げやりというか粗野だからなオレの言動。貴人と関わらないならこれでもいいんだろうが、曲がりなりにも王立学院だ。最低限の礼節技術は必要になると思う。


「ふふ、でしたらその辺りはわたくしたちに一日の長がありそうですね」

「フ。ユリフィアスに勝った。これで胸を張って卒業できる」

「お手並み拝見カナー。もちろん、ティアちゃんの」


 期待されてるんだかされてないんだか。

 ともかく、今後の方針は決まったな。やれるだけのことはやろう。



 駅馬車を乗り継ぎ、王都に戻ってきた。それなりの期間離れてはいたが、空気感は変わらないな。


「よっし。気合い入れていきますか」

「ええ」


 セラは自分の頬を張り、レアは胸の前で両拳を握りしめる。

 オレも何かやったほうがいいかな?


「ユリフィアスはそのままでいい」

「うん」

「はい」

「そうだネ」

「ええ、まったく」


 止められたのか、これは?

 ともかく、学院に向かってぞろぞろと歩く。さして距離があるでもなし、程なく学院の門前にたどり着いた。


「愛すべき我が学び舎。勝負の地。もう半年あと半年か」

「もう半年。そうですね、あれから半年でもあるんですね」


 たしかに、この半年色々あった。逆に言えば、二人と色々あったすべてがこの半年に詰まっていたのか。

 しかしそれにしても、気合が入り過ぎのような。

 空間圧縮を解除して、六人分の旅行カバンを取り出す。


「みんなお疲れ様。それじゃあアカネさんを送ってくるよ。荷物もオレが持ってるからな」

「……やっぱ理想的だよねえ、動きが」

「そうですねぇ……要りますかね、礼節の授業」


 何がだ?

 まあ、内密の話があるっていう裏の意図は……バレてる相手にはバレてるんだろうな。


「行きましょうか、アカネさん」

「はい。それでは皆さん、またギルドで」


 互いに頭を下げあって、道を歩き出す。

 そういえばアカネちゃんがどこに住んでるのか知らないな。今からわかるわけだけど。


「すみませんユーリさん、わざわざ」

「このくらいなんでもないさ。それに、話があったからってのはわかってるだろアカネちゃんも」

「ええまあ」


 苦笑された。やっぱりわかる相手にはわかってるわけだ。

 ブレスレットを外して、手渡す。


「……これは?」

「通信用魔道具。相手を思い浮かべて魔力を込めて、応じてくれれば話ができる。エルとネレとリーズは無理だろうけどソーマやレヴなら大丈夫だろ。他の三人は二人経由で頼んでもらってくれ」


 一息に言うと、アカネちゃんは目をパチパチと瞬かせ、視線をブレスレットに落とし、また上げて、納得と恐縮したように口を開いた。


「あ。無限色の翼プリズムグラデーション・エールの皆さんと話すという話、本当だったんですね……」


 冗談で言った覚えはないんだが。アカネちゃんの今後の人生を左右することだし。


「オレがいるから王都に残ることを考えてたんだろ? だったら、アフターケアを考えるのもオレの義務だろうし」

「でも、流石に恐れ多いというか……」

「だったら近いところでフレイアにでも話してみるとか? アイツも同じような懊悩は持ってたはずだからな」

「フレイアさんもフレイアさんで恐れ多いんですけどね」

「うーん」


 それでも、誰かに話を聞いてもらうのがいいと思うんだけどな。同性じゃないと話せないこともあるだろうし、原因のオレに話せないこともあるだろうし。


「わかりました。聞いてみたいこともたくさんありますから、使わせてもらいます」


 アカネちゃんは頷いて、ブレスレットをしまい込んだ。


「というか、先程遠距離交信手段は作れていないと言ったばかりなんですよね……」

「オレの世界では古い技術だったからな。と言ってもオレはアイデアを出しただけで、讃えるべきは実用化してくれたリーズだけど」


 魔法を除いたこの世界は中世くらいの文明レベルだから、携帯電話は五〇〇年は先の技術になるのかな。

 しかし、原理もわからないオレのふんわりした発想をよく結実化できたよなあ。口も開くし頭も下がるよ。

 魔法の知識も発想も柔軟性もすごいのにな。本当に、もう少しだけでも自信を持ってほしい。


「よくそんな才能が集まりましたよね」

「そこはほんとに運だな。自分でも強運だと思うよ」


 ネレだけは「オレが育てた」みたいなところはあるけど、それでもきっかけを作ってすぐにオレの手を離れてるわけで、風牙や破山剣だのを打てるまで辿り着いたのは彼女の才能と努力だからな。

 エルも「自分はエルフとしては凡庸だ」とは言っていたけど、精霊を酔わせるくらいの霊力を持ってるらしいわけで。

 その点オレは、風魔法を極めようとしてるくらいで知識もそこまであるわけじゃないし、


「運以外は普通だよな。オレは」

「いえ、そんなことは絶対にないと思いますけど……」

「いやいや。たしかにオレは強いけど、それって狭い世界の中でだからな」

「ギルドでも、ユーリさんより強いと思う人はほとんどいないですし……それに、手段を選ばないとなればユーリさんは負けないのでは」


 うん、それはな。負けないために強くなろうとしてるわけだし。ただ、ルールの線は引かないとそれこそ敵と同じになってしまうわけで。

 そもそも、善悪の判断だって主観でしかない。それぞれの主観が相容れないことをわかっていても、そこを考えなくなったら終わりだ。

 まあ、翼のみんなには考えすぎだとは言われたけどな。


「仲間が傷つけられたら容赦はしないな、オレも」

「だと思います。だからこそ、そうならないようにするのが私達の努めでしょうね」


 そこまで気負う必要もないとは思うけど、怪我をしないに越したことはないからな。今の所大怪我はしていないが。


「いつか誰かがやられてブチ切れる時が来るのかなぁ。あーヤダヤダ」


 フレイアの時くらいか、完全に我を忘れそうになったの。今やるとどうなるだろうかね。


「怖いですけど、怒ってくれるのならそれはそれで大事に思われていることの証明という気もしますね。複雑な感じです」


 それを突き詰めるとヤバい精神状態になるから勘弁してほしいな。なんだっけ、ミュンヒハウゼン症候群だっけ? 認知欲求を伴う自傷行為みたいなの。


「あ、ここです。送ってくださってありがとうございました」


 一軒のアパートの前でアカネちゃんが止まったので、こっちも立ち止まる。ギルドの社員寮か何かかと思っていたが、宿屋っぽい集合住宅みたいな感じだな。

 空間圧縮を解除してカバンを取り出し、手渡す。


「アカネちゃんもお疲れ様。年長者だから気を使っただろ」

「一人だけ男性のユーリさんほどではありませんよ。それに、一番の年長者はユーリさんですからね。気楽でしたよ」


 信頼されててありがたいね。


「それじゃあ、またギルドで」

「はい。ありがとうございました」


 ペコリと頭を下げられる。手を振って、背中を向けて歩き出す。魔力探知で見送ってくれているのはわかっている。

 角を曲がるタイミングで顔を向け、もう一度手を振る。向こうもオレの仕草に気づいて手を振り返してくれた。



 一人で学院への道を歩きながら、考える。

 ここを出ていくことは、姉さんを追いかけることや新しい道を歩くためだけじゃない。ヴォルさんにも言ったが、前世のすべてを先送りにしているわけにはいかない。



 ユーリ・クアドリ。



 ユリフィアス・ハーシュエス。



 今は断絶された二つの人生。

 いい加減に、一本道で繋げようじゃないか。

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