Offstage 転移者の本気
さて。
オレはユリフィアス・ハーシュエスとして転生してから一つだけずっと胸に秘めていたことがある。
いや、転移してユーリ・クアドリと名乗るようになってからか。
風呂に入りたい。
もちろん、風呂自体はある。大衆浴場はあるし、学院の寮にだって浴場がある。オレだって何度も入った。
ただ、それは文字通りの浴場であり。オレの知る文化的には銭湯的なものであって、求めている“家庭用の風呂”ではない。アカネちゃんの実家やミアさんの家にはあったが、この世界だとそれなりに珍しい部類になるようだ。カイロのような“熱を発し続ける魔道具”はあるので、あとは水をどうにかすれば湯を作ること自体はそう難しくもないのに。魔法もあるしさ。管理が面倒だからか?
ちなみに、その昔ヴァリーやリーズに聞いたところによると、軍関係だと野営時にテントを立てて簡易サウナを作ったりもするらしい……が、求めてるのはそれじゃない。浸かる方だ。
色々試行錯誤してシャワー設備だけは作った。ジョウロは存在するから、あとは配管や構造次第でどうにでもできる。父さん母さん姉さんはもちろん、たまに家に泊まる冒険者達や、前回泊まったレアとセラとアカネちゃんにも割と好評だった。身を清める用途的にはシャワーでも十分だからな。
でも、なんかこう無性に一人で風呂に入りたくなる瞬間があるのだ。魂が日本人のままだからか。
実は、レヴの住む火山に行った時もついでに温泉を探したくらいだし。って、温泉は基本的に一人で入るものじゃないか。
なにより、アカネちゃんの家とミアさんの家がトドメになったのもある。隣の芝生はなんとやらだったのかもしれないが。
シャワーを作る段階の次で調べてみたことがあったが、この世界に内風呂がないのは、風呂場の作り方もそうだが浴槽をどうするかという問題もあるようだった。まあ単純に、石だろうが鉄だろうが木だろうが陶器だろうがでかい器や加熱給排水設備を作るのは金がかかるようだ。あと製造も設置も場所がいる。日本でもたぶん同じではあるけどな。その辺の都合が合わないってことだろう。
だが、オレはこの数年の魔法使いとしての成長をもって問題を解決する術を得た。
魔力探知で試作模型の形状を読み取る。それを頭の中で拡大と修正。
疑似精霊魔法で転写。用意しておいた粘土で浴槽を作り上げる。水抜き穴も良さそうだな。
さらに、風魔法で適度に形を整えつつ軽く乾燥。
水と粘土を混ぜ合わせて作っておいた釉薬をここだけ手作業で塗り付け、素材は準備完了。あとは火魔法で焼き上げる。風魔法で温度を上げ、複合防壁を展開。さらにその外に土魔法で窯を再現。これで防壁を解除しても高温状態を維持できる。薪も入れてあるから火種は保つだろう。
「ユーリ君さっきから何やって……は? 何やってんの」
「えーと……」
魔法の反応を感じて出てきたのであろうセラとレアは、驚きともドン引きとも言えない反応をしている。
あとは、このまま数時間ほど放置するだけだな。半日くらいか?
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日が落ちる前に魔力探知をかけると問題なさそうだったので、窯内部の温度を下げた上で気圧を調整し、外側の覆いを破壊する。
「よし、割れも欠けもないな」
「……なあユーリ。なんだこれ」
「え? なんだと言われても」
まさか父さんにも引かれるとは。そんなに珍妙だろうか? シンプルなデザインにしたはずなんだが。
「いやいや、ユーリ君は『何かわからなかったかな?』みたいな顔してるけど何かはわかるから」
「お風呂だネ」
「そうですね」
サイズ的には、ミアさんの家やアカネさんの家にあったものに近い。使用可能人数は最大でも二人くらいかな。
「魔法でこれを作るなんて、さすがユーリくんというか。いえ、魔法の使い方の感じではあの時の経験が役に立ったんですかね」
焼き物自体は転生前に皿や鍋を作っていたからノウハウがある。そこにさらに、レアの身代わりを作った時の経験値を最大に生かさせてもらった。魔力探知の転写や疑似精霊魔法の出力調整ができなければこんなことはできなかったな。
「なるほど、風呂か。でも扉から入らないんじゃないか?」
「このままならね。そこはこれ」
空間圧縮魔法。魔法なんだから当たり前だが……浴槽は魔法のように消え去る。
あとはこのままシャワールームに持っていくだけだ。
ギャラリーをぞろぞろ連れ、移動。空間圧縮を解除し、完全停滞で一度受け止め、身体強化で静かに下ろす。
木を削って作っておいた栓をはめ込んで、完成。シャワールームを作った時にそこそこの広さにしておいてよかった。
「よし、設置完了」
「……ユリフィアス。前から思っていたけど。こういう仕事だけで億万長者になれそう」
「たしかに、これも魔法の可能性の一つかもしれませんね」
ティアさんとユメさんには違う方向で感心された。実際、こういう魔法の使い方はもちろん、空間圧縮魔法や身体強化が一山当てる力になるのは事実だろうけどな。
さて、あとは湯を張って浸かるだけなのだが。放熱石がないから水魔法使いの力がいる。
「試したい人は……」
「ユーくん、最初は誰か決めてるものだと思ったけど」
姉さんが不思議そうに首を傾げる。そりゃまあ、候補を考えてはいたけどさ。
「……母さん。試してみる?」
「いいの?」
母さんは、申し訳無さそうな顔をして周囲を見る。たしかに、客が来てる状況だと気が引けもするのか。
「異議なし」
「はい」
「そうですね」
「当然の権利」
「母親の特権カナ」
「一番お疲れでしょうし」
どうやら、その客全員も文句はないようだ。文句を言うような人はいないと思ってたけどな。
「じゃあ、お湯はわたしが用意するね」
姉さんはそう言うのと同時に湯気を上げるウォーターボールを作り出して、浴槽に放り込んだ。
お湯の溜まった浴槽を覗いてみるが、気泡は出てこない。排水口からも水は漏れていない。
「すべて問題ないな」
「でも、もう夕食の時間だけど……」
「お任せください、お母様。今日はわたくしたちが」
「一日くらいゆっくり休んでください」
ユメさんとアカネちゃんがやんわりと背中を押す。他のみんなも首肯。
というか、アカネちゃんは今回もかなり精力的に動き回っているような気がするが。
「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
そういうことになったので、その他の面子は退散する。
父さんが少しだけ羨ましそうだったのは笑ってしまいそうになったが。
「……ねえ、ユーリ」
「うん?」
母さんにちょいちょいと手招きをされたので、後ろ歩きで戻る。
耳に手を当てられ、小声で囁かれる。
「……これ。たとえばだけど、二人で入っても大丈夫かしら?」
「……そこそこ広さと強度は持たせたから、多分平気だと思うけど?」
「……そう。ありがとう」
誰と入るの? ってそんなの決まってるか。聞くのは野暮だな。
夫婦仲が良くてよろしいことで。いいことだホントに。
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「ユーリぃー、すごくいいものをありがとうねぇー」
「気に入ってもらえてよかったよ」
風呂から上がってきた母さんは、これ以上ないほど脱力していた。次はマッサージチェアが必要かな?
しかしやっぱり、内風呂っていうのは大風呂とはまた違う。他人に気を使わなくていいし、自分の思い通りの温度で思い通りの時間入れるし。
「あとは魔道具を見繕ってこないとかな。お湯が冷めるし」
「そうねぇー」
いつもどおりに髪を乾かしながら、今日は櫛で梳くのもついでに。家長の父さんはやることがないのも多少あるけど二番風呂。他の女性陣は宣言通り夕食の準備をしてくれている。
「……セラディア。もうちょっと丁寧に」
「……ミアも、もうちょっと落ち着いてやったほうがいいと思うよ」
「ルートゥレアさん、もっと肩の力を抜いても大丈夫ですよ。理由はわかりますけどね」
「うーん……無色の羽根にも弱点はあったわけですか」
出来る組の声を聞いていると不安もあるが。たまには失敗も乙かな、って失敗するとは限らないけどさ。
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ちなみに、下水設備はファンタジー存在の代表格であるスライムさんが担ってくれているらしい。この世界にはテイマーがいないので果たしてどう機能しているのかやまともに機能しているのかは不明だが。
浄化槽みたいなところに放り込まれてるのだとしたら……なんとなく悲哀を感じてしまうのはオレが傲慢だからだろうか。彼らにとってはある種天国のような場所な可能性はあるが。
っていうか、なんでも溶かすとしたら下水管なんかも溶けるのでは……うーむ。いや、地面が穴だらけにならないんだからそれはないか。
ともかくありがとう、スライムさん。あなた達の幸せを願っています。




