第二十九章 姉弟の絆
姉さんがまだ家にいた頃。オレは火起こしのための火魔法も水汲み代わりの水魔法もどっちも使えないふりをしてた。まあ、実際使えないというか使う気もなかったわけで、だからこそオレが魔法を使えるなんてことは誰も思わなかっただろう。姉さんを魔法使いにすると宣言したあの日も、父さんも母さんも「いきなりとんでもないことを言い出すなあ」みたいな顔で見てたし。
実際には家の中でも魔法は割と使ってはいたが、違和感はあってもそれを結びつけることはできなかったはずだ。他の属性と違って風は視認不可能だからな。干渉させあって影響を減衰や消滅させることも簡単だし。
そうして、オレはあの日突然魔法使いだということを告白したわけだ。それも、すでに一端と言える力を持っていた。風の特化魔法使いが埒外だっていうのはさすがに知らなかったみたいだけどな。
それで驚きつつもオレのことを見放さないでくれた父さんと母さんには感謝している。ハーシュエス家の長男としての役目を果たせないかもしれないのが申し訳ない。その上、なにがしかの被害を受ける可能性が高いのは二人だろうからな。身が守れる程度の魔法だけは教えたけど、不安はなくならない。
これを絆と取るか枷と取るかは、人と状況によるんだろうな。
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「あー、なんだろー。よくわかんないけど、いちばん『帰ってきた』って気がするなー」
セラがしみじみと呟く。
たしかに、ド田舎とまでは言わない地方の村感はあるな。王都がせせこましいってわけでもないが……っていうのはもっと人が詰まった光景を知っているからか。
「そうですね。時間が緩やかな気はします」
レアもそういう感想のようだ。
「のどかで良い場所ですね」
「ユリフィアスがのびのび育った理由がよくわかる」
「ウン、牧歌的」
「久しぶり……というほどでもないですかね」
全体的に好評か。地元の良さってのは地元民にはわかりにくいものだからな。オレも前の世界では生活範囲の名所史跡には明るくなかったし。
まあ、この面子だとユメさんとミアさんは貴族で、セラとレアもたぶん貴族で、アカネちゃんもそこそこ都会っ子だよな。雰囲気的には珍しいのかもしれない。
ティアさんだけまだ謎だけど。
前と同じ、のんびりと家路を歩く。さすがに八人ともなれば人目を集める。姉さんにはほぼ声がかけられ、オレにもまばらに声がかかる。
人望の差がひどい。特に悔しいとかそういう感情はないけどな。姉さんが人気者でオレが空気なほど父さんと母さんは静かに暮らせるんだし、むしろこのままの方がいいかもしれない。
とか考えてる間に家に着いた。庭で母さんが洗濯物を干している。
「お母さん、ただいま」
姉さんが声をかけると、すぐに気づいてくれる。
「あら、アイリス。ユーリも。大所帯ね?」
「フィリスさん、どうもです。また、じゃないね。今度はしばらく厄介になります」
「お手数をおかけします」
「お手伝いすることがあればなんでも仰ってください」
セラとレアとアカネちゃんは、二度目ともなれば慣れたもので。というかアカネちゃんはウチに手伝いをするために来ているみたいだな。
「はじめまして、お母様。ユメ・ハウライトと申します。学友とパーティーメンバーとしてアイリスさんには大変お世話になっております。最近はユリフィアスさんにも」
「ティアリス・クースルーです。アイリスには本当にお世話に」
「エルシュラナ・レリミアです。アタシも親友として。それにユーリくんにもお世話になってますネ」
水精霊の祝福三人も頭を下げる。こっちもまあ慣れたものというか、自然体だ。
「こちらこそアイリスとユーリがお世話になっています。思えば、アイリスの友達に会うのは初めてかしら?」
そう言えばそうだな。今まで姉さんがユメさんたちを家に連れてくることなんてなかった。他の知り合いも。
「家の前に人がと思ったら、アイリスたちか」
「ああ、父さん。ただいま」
探知で帰ってきたのはわかっていたが、駅馬車の事もあるし前回とほぼ同じタイミングではあるか。
「ええとね。ユメにティアにミア」
姉さんがサラッと紹介すると、三人は頭を下げる。
「いらっしゃい。なるほど、アイリスの友達か」
父さんは、納得の行ったような顔をした。が。
「しかしユーリ。ほんとにおまえ……」
「ええ……」
父さんも母さんもまたこの反応。だが、今回はガッツリ心当たりがある。
というか、あちこち行って反応され、翼のみんなにツッコまれ、その上で二回目なら察せる。
「……男友達ならいるから」
「ああ、うん。ならいいけどなぁ」
「うーん……」
心配はわかる。わかるが。なにか他に心配することはないのだろうか。
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ステルラに着くまでの道中もクエスト。ステルラを出てからは戦闘に次ぐ戦闘。アエテルナに着いたらスタンピード。それを超えても暇さえあればクエスト。クエストの方はオレのせいだとしても、無駄に戦いすぎだ。
そんな背景があってというか、姉さんの乱舞無双ももちろん全員精神的にやられかけていたのだろう。ミアさんが牧歌的と評した通り何もないここで、真っ昼間から死んだように眠ってしまった。
「……それを平然と説明するのか。タフすぎないか、ユーリ」
「さすがにオレがヘタってたらなあ」
「男の子一人だものね。カッコつけないと」
ん? いや、そういうことじゃなくてだな。
まあ、戦闘経験の話をしだすと……って言っても、転生後に絞ってもオレは戦闘経験豊富な方かもしれない。ジャイアントキリングで言えば姉さん達に分があるのかもしれないけどな。
「オレはまあ、いろんなことが起こるんだろうなって覚悟はしてるから。みんなは予想外だった。そのへんの違いじゃないかな」
「そのスタンピードっていうのも起こる覚悟はしてたのか、ユーリは?」
「一生に一度は当たるかもしれないってくらいだから、そりゃいつかは当たるはずだし」
「うーん、そういうのって基本的に当たらないものだと思うのだけど……」
そうかもな。
ただ、オレは既にこれで三回目だからなあ。レヴと会った時と、フレイアの時と、今回とで。九羽鳥悠理とユーリ・クアドリとユリフィアス・ハーシュエスで三回分ってことだろうか。それともまとめてカウントするべきか。
スタンピードを意図的に起こすことだって無理ではないだろうけど、それを防ぐ観測機構としての面での冒険者ギルドもあるわけで。もう大丈夫だろたぶん、きっと。
オレが懸念してる“究極のスタンピード”も、きっとオレが生きてるうちには起こらない、と、思う、が。うーん。
「ユーリ?」
「どうしたの?」
「ん。ああいや、ともかく無事に帰ってこれて良かったなって」
オレがそう言うと、父さんと母さんはお互いに目を合わせ、
「そこはまあ」
「ユーリだものね」
改めてオレを見て苦笑した。
なるほど。そういう信頼はあるから遠慮なくオレの人間関係の心配ができるってことか。
うん。早急に改善するか。
九羽鳥悠理の頃にもそんな友達いなかったし、作ろうと思ってすぐに作れるもんじゃないけど。
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ハーシュエス家はそこそこ広いが、さすがにミアさんの家のように八人が雑魚寝できるような部屋はない。というわけで、パーティーごと同室でオレの代わりにアカネちゃんが入り、オレだけ自室ということになった。妥当だな。
ところで。一応うちは専業農家に該当すると思うんだが、父さんと母さんの出自って聞いたことないな。祖父母四人と会ったこともないし。
とまあ、その辺りは突っ込んでいいものか良くないものかわからんので聞く気はない。ってなんか人間関係こんなのばっかだな。踏み込まないから広がっていかないのかもしれない。
とかなんとか、シャワーの後に人間ドライヤーをやりながら考えることじゃないけども。
「あー、やっぱりユーリに乾かしてもらうと違うわねぇ」
「水分を取り去り過ぎなんじゃないかな。ある程度残さないとパサパサになって余計痛むよ」
「そうじゃないわよ。ユーリにやってもらうからいいの」
なるほど、パシリ……のわけない。オレが息子だからだよな。そこはさすがに間違えない。
「ユリフィアス」
「……承りましてございます」
ティアさんに「やれ」と目で命じられたので同じように温風を当てる。こっちはパシリ気味だな。
ただ、一人も七人も同じ。手でやるならともかく魔法の行使だからな。
「うぁー、風魔法サイコー」
「ほんとにネー」
「ありがとうございます、ユリフィアスさん」
「ユリフィアス。大義」
「ぽかぽかしますぅ……ユーリくんさすがですぅ」
「私まで。すみません」
髪は女の命だったっけ。ともかく、大した手間でもない。乾燥も併用できるからドライヤーでやるより早いし。
「大活躍だな、ユーリ」
「これくらいはね。苦でもないよ」
頭をガシガシ拭きながらやってきた父さんに答える。こっちは必要ないだろうか。
「そうしてると……いやまあ」
「うん?」
やっぱりパシリに見えるか?
「甲斐性よね」
「そうだけどな。親として言っていいのか、それ?」
母さんと父さんは同じことを考えて通じ合ってるらしい。
甲斐性ねぇ。できる事をやってる以上の感覚はないんだけどこっちとしては。冗談抜きで戦闘に比べれば片手間にもならないわけだし。
「ふう。ユリフィアスはいい子」
「ティアちゃんは結局あれだよネ。ユーリくんに依存しかけてるよね」
「ふふ。たしかにそう見えますね」
「……心外。ありえない」
水精霊の祝福の三人は何やら色々心の動きがあるやらないやらという感じなのか。
たしかに、ティアさんは依存というよりこう、我儘幼馴染的な感じになりつつはあるような気がする。断らないオレもオレなのかな。
「でも、苦しゅうないとか言いたくなる気持ちはわかる。ていうか、ユーリ君って魔法ゴリ押しだけじゃないよね」
「ええ。使い方にも工夫が多いですよね。そこも見習わないといけないところだと思います」
その辺りは転生前も試せるだけ試したからな。魔法自体に無限の可能性はなくても、有限を突き詰めることはできるわけだし。リーズならその向こうにも行けるんだろうけどさ。
「特化型の風魔法使いがユーリくんしかいないですからね。この領域に辿り着こうとしても無理な気がしますけど」
アカネちゃんの指摘した通り、無理だな。オレと同じような修行をしたとしてもだ。
ユリフィアス・ハーシュエスって魔法使いはオレだけの力で成り立ってるわけじゃない。ここにいるみんなもここにいないみんなも、時に背中を押してくれ、時に肩を並べてくれ、時に手を引いてくれてここまで来た。それを真似することは誰にもできない。
人の力の根源はその人だけのものじゃない。で、今のオレは……とりあえずドライヤーを考案した人にも感謝しておかないとな。誰だろ。
「……ところで、姉さんはどこ行ったんだ?」
「そういえばいないね? 涼みにでも行ったのかな」
魔力探知でも家の中に反応はない。いつ外に出ていったんだ?
見た感じ、髪も一通り乾いたな。
「探しにいってくる」
「わたしたちも手伝いましょうか?」
「いいよ。風邪ひかれてもなんだ。家で寛いでてくれ」
外に出て、魔力探知……なんだろうな、フェアじゃない感じがするのは。姉さんはこういう時に自力でオレを見つけてくれてたからか。
とは言え、ゲームをやってるわけじゃない。魔法使いらしくやろうか。
魔力探知。近くにはいない。範囲を広げて……いた。魔法練習をよくやった湖だ。
身体強化、風魔法、防壁。すべて使って上空へ飛び上がる。そこから滑空。
風を受けて、頭が少しずつ冷えていく。オレが湯冷めして風邪を引いてもシャレにならないので、周囲に暖気を纏いつつ防壁を強めに展開。
直接ではなく近くに降りて、歩いて近づく。
「昔と逆になったね、姉さん。もっとも、姉さんはオレみたいなズルはしなかったけど」
「……それでも、ユーくんもこうして見つけてくれたよ」
月光を反す湖面。そこに佇む、上位の水魔法使いになった姉さん。やっぱり絵になるな、本当に。
ともかく、いい機会か。
「こうして二人きりなんだし、突然自暴自棄になった理由を聞かせてもらってもいいかな?」
「やっぱり、ユーくんにはなんでもお見通しだね」
そんなわけない。オレにだってわからないことはいくらでもある。
わかったのは、前例があったからだ。アカネちゃんも答えをくれたし。その辺りも仲間の力だな。
「いろいろ考えちゃってね」
「なんでもいいから話してみればいいよ。時間はあるから」
隣に並んで、腰を下ろす。立ったままだった姉さんも同じように座った。
「何から話そうかな……えっとね、ユーくんは何になりたかった?」
「魔法使い」
他にオレがなるものなんてない。これは即答できる。
「そこはそうだね。聞き方が間違ってたかな。どうなりたかった? って、これもちょっと違うかな」
姉さんは、少しだけ冷たさを感じる笑みを浮かべる。なんだろうな、心の距離を感じる。
オレにだって言えないことも言ってないこともあるんだから、この思考も自分勝手か。
「あのことがなかったら、わたしやお父さんやお母さんに魔法使いだって言う気はあった?」
「それは……」
それはユリフィアス・ハーシュエスの核心かもしれない。
なるほど。何になりたかったか。どうなりたかったか。つまり単純な職業ではなく、人生設計の変遷の話。最近そんな話をしたばかりだな。
「冒険者登録が十五歳からだから、それまでは秘密にしようと思ってたかな」
「……やっぱり、学院に入る気はなかったんだね」
「ん……いや……」
表面的なものではなくて裏側を引き出されたか。さすが姉さん、オレの扱いが上手い。
「やっぱりそうなんだ。わたしのせいでユーくんの人生おかしくなっちゃったんだね」
「なん……おかしくなったって、なんで」
元関西人でもないのに「なんでやねん」って言いそうになったぞ、本気で。
ほんと、いきなり何を言い出すんだ。というか、今の生き方がおかしいとは思えないぞ。
「だって、わたしがいなかったらユーくんは自分の生きたいように生きられたのに。わたしが普通だったら。わたしが何も考えなかったら」
「あのさ、姉さん」
姉さんの悩みはそれかよ。
まあ……「そんな程度かよ」って言ってしまうといろいろ誤解が起きそうだが。あまりにも問題を拡大解釈しすぎだ。
「姉さんになんの非があるって? 問題は……そういえばここはザレクスト領だったんだからナントカ・ザレクストか? そいつのせいだろ」
今はなんだっけ。エミテリザだっけ? マトモな領主ならどうでもいいや。
「そりゃ、姉さんがあのアホに目をつけられなかったら今みたいにはなってないのかもしれないけどさ」
「ほら、ユーくんはわたしのために」
「ああ、そうだね。そこは間違ってないよ。でも例えばだけど、通りすがりの悪人に殺された人がいたとしてさ。殺された人がそこにいたから悪いんだって普通の人は考えるのかな。手を引けば助けられたとしても、そのまま殺されてしまえばいいやとか思うのかな」
無茶苦茶な喩えかもしれない。
ただ、避けられたはずの危険に投げ込まれて死にかけ……いい加減もう死んだってことでいいか。そんな九羽鳥悠理としては、そういう考えだけは拒絶したい。自分でそう考えるのも、誰かがそう考えてしまうのも。
「それは……違うね」
「だから、姉さんに悪いところなんてなにもないよ。そんなふうに責任を感じる必要はない。それ言ったら、オレが王都での一件みたいに立ち回ってたら別に姉さんはどこに行く必要もなかったかもしれないんだし」
まあ、不当に不当で返すことはできたし、それも一つの道なのかもな。気に入らないものをぶっ壊してるのは、実際にやったことと変わらないのかもしれないが。
というか、ザレクストの件はともかく、ダヴァゴンの件はひょっとして法的には悪手だっただろうか。アカネちゃんがカバーしてくれたけど。
「最善手ってなんだろうなぁ。ほんと、やりたい放題やってる奴らが羨ましい」
「ユーくんもみんなから見たらやりたい放題やってるんだろうけどね」
「……そうなのかな。最近思ったけど、割と不自由にやってると思うんだけど」
「だよね。知ってるよ。やりたい放題やる力もあるしその考えもあるのに、ユーくんが絶対それをやらないってこと」
姉さんに苦笑される。
人付き合いしてる以上はそういうものなんだろうけどな。まだ本気を出すような状況にもなってないけど、試したいと思うことも増えてきた。その辺も不自由を感じてるんだろうか。
「まあ、災い転じてじゃないけど、学院に入ったからこそ姉さんはユメさんやティアさんやミアさんと出会えたんだし。アカネさんともね。それにオレもレアやセラと出会えたんだし。もちろん、奉公に出たらまた違った出会いがあったのかもしれないけどさ。仕事仲間とか、それこそ王子様が助けに来てくれたりとか」
「じゃあ結局助けてくれるのはユーくんだね」
そうなるのか?
まあ、姉さんの中だとそういう解釈になるのか。リーデライト殿下を想像してたんだが。
そういえば、第一王子とはまだ会ったことがないな。キャラがわからん。
「逆だってまた言えるよな。みんながオレ達に出会えたのもアレがあったからなわけで。いや、感謝しろってわけじゃないけど」
「あはは。皮肉になっちゃってる気がするね」
ザレクストとかダヴァゴンに感謝なんてするわけないけどさ。本当に、“人生は何があるかわからない”の極みだ。
「だから姉さん。オレの事でそんなに悩む必要なんかないよ。っていうか、オレがどっか行っちゃっても探すだろうしついてくる気だったんじゃないの? そう考えれば力がなかったあの時より状況はずっと良くなってるとすら言えるんじゃない?」
「そっか。そうだね。悪いことだけじゃないんだ」
探すとかついてくるの辺りは否定しないのか。こっちも当然わかってて言ってるんだけどさ。
それでも、昔の姉さんと今の姉さんなら、安全なのは圧倒的に今だからな。
「ユーくん」
「ん?」
半分感嘆、半分困惑くらいでいたら、姉さんがこれ以上ない笑顔でこっちを見てくる。
「ついていっていいんだね。ちゃんと聞いたよ。忘れないからね」
「ああ、言っちゃったな。いまさら取り下げはしないよ」
言質を取られたってやつか。
まったく。いいところでいい性格してるよオレの姉は。それで精神の均衡が取れるならいいやって思ってしまうオレもオレなんだろうけど。
「でもオレは構わないにしても、父さんや母さんとも話をしないとな」
「そうだね」
その時は、オレのことも含めてすべて話そう。
呆れられるかな。褒められやしないだろうってのだけはわかるけど。
/
ユリフィアス・ハーシュエスは何になりたかったのか。姉さんには「魔法使い」だと答えた。
たしかにオレは魔法使い以外に人生の選択肢は考えていない。が。それは、姉さんの問いとイコールで結べないかもしれない。
九羽鳥悠理が何になれたのかのは知らないが、ユーリ・クアドリがなりたかったものは魔法使いだった。かつての世界には存在しなかった職業で、イレギュラーの極みだったからな。何かを変えるなら、それ以外ないと思った。
ただ、それをユリフィアス・ハーシュエスも望んでいるのかというのは、実際のところわからない。
そもそも、ユリフィアス・ハーシュエスとは何者なのか。その答えがオレの中で固まりきっていない。
九羽鳥悠理とユーリ・クアドリは同一人物だ……と、これも断定はできないか。元の世界には鉄の塊に跳ね飛ばされた俺の死体が転がってるのかもしれないからな。もちろん、転がってたとしても十年以上経ってればとっくに火葬済みだろうけど。
じゃあ、ユーリ・クアドリとユリフィアス・ハーシュエスは同一人物か。その答えとしては、「魂が同一でも遺伝学的にはノーだろう」……という話ではなく。
ユーリ・クアドリがユリフィアス・ハーシュエスとして再構成されたのか。それとも、ユリフィアス・ハーシュエスという存在をユーリ・クアドリが乗っ取ったのか。その答えは未だに出ていない。
もしも後者で、ユリフィアス・ハーシュエスという少年が本来存在するのだとしたら、ユーリ・クアドリは七つのどれもを超えるとんでもない大罪を犯したことになる。ユリフィアス・ハーシュエスにユーリ・クアドリの持っていた知識がなかったらアイリス・ハーシュエスが救われなかったのだとしてもだ。
まあそもそも、人はどの段階で“人”になるのかって生物学だか哲学だかの問題があるけどさ。
とか色々考えるけど、一応、リーズとその辺りも話しあって俺そのものが再構成される方向で術式を考えては貰ったけどな。でも、明らかに質量保存の法則を無視してるからなぁ。実際本当にどうなんだかわからない。転生自体が成功してるのは間違いないはずだが、その辺はちゃんと働いたのか。
しかし……それが正しく働いた場合でも、オレが本来のハーシュエス家の第二子を押し退けてしまった可能性は残る。オレが母さんの腹の中にいたら、その間は命が宿ることもないのだし。
この答えもいつか出るのだろうか。
罪なのか。そして、赦されるかどうかわかる日も。




