第二十六章 光の奇跡
スタンピードはほぼ片付いた。
ここから先はでしゃばる必要もないだろう。魔力反応を見る限り、余裕で片付けられる。現に、共和国軍は声を上げながら掃討戦を行っている。
「あれ? もういいのユーリ?」
「これだけやれば十分だろ。助かったよ、レヴ」
風牙を納刀し、破山剣を受け取り空間収納に放り込む。あとは何かあっても魔法でどうにかなるだろう。
「……あらためて。久しぶりだね、ユーリ」
「ああ。元気みたいで良かったよ、レヴ」
「うん……ぎゅー」
微笑むと、正面から抱きつかれる。
本当はすごい年上のはずなんだけど、こういうところで時々年下に見える。いろんな意味で人に飢えさせたのはオレなんだけどさ。
「ああ……本当に、久しぶりのユーリだぁ」
「……って言っても、オレも主に外側とか変わってるけど」
「でも、ユーリはユーリでしょ」
そうなんだけどさ。
レヴが気にしてるのは本質ってことなのかな。オレの論理だと双子が同一人物になったりするかもしれないわけだし。
「うん。とりあえず満足した」
そう言って、レヴはオレから離れる。うーん、十二年分これで満足したのかな。足りそうな気がしないけど。
さて、再会して何を話そうかな、とか思ったら、遠くから叫び声が聞こえた。
「うおおおお……ユーリくーん……!」
セラが動線上の魔物を蹴散らしながらものすごいスピードで走ってくる。その後ろには、追いかけてくる反応が六つ。姉さんたちだな。
「よかった。みんな無事」
「無事じゃないよ! 殺す気かぁっ! ユーリ君のおバカ!」
「ユーリ!?」
走ってきた勢いのまま、思いっきり頭を殴られた。
痛い。
「危うく私たちも消し飛ぶところだったんだけど!?」
「いえ、そこまででは……」
「黙ってなさいレア! いい加減ユーリ君は人の心の準備とかそういうのも考えるべきだよ!」
ヒートアップしたセラに押し倒されそうになる。たしかに、今回は規模もそうだし、言葉のとおり心の準備もできなかったのかな。
「まあ、やりすぎだったかもな。すまん」
「ホントにもう!」
セラはこれ以上ないほど腹を立てているようだが、みんな特に怪我もしていないみたいだ。
「……なんにせよ、無事で良かったよ、ほんとに」
転生後最初の死地は、少なくとも身内の被害は無しで乗り切れたか。
「ん。ユーリ君もね」
「なんとか凌ぎましたね」
「人も多かったし、危ない担当でもなかったからね」
「そうですね。こちら側の担当であればそうは行かなかったでしょう」
「それに。助けもあった」
「そうだネ。最後の危険はユーリくんのせいだったケド」
「え、ええ。そうですね」
アカネちゃんだけものすごくビビってるな。目線を見れば理由はだいたいわかる。彼女にだけ無限色の翼やレヴの話をしたからか。
「とりあえず、総司令官のところに戻るか」
否定はされなかったので、勝ち鬨の声をすり抜けてヴォルさんのところに戻る。
「ああお帰り、ハーシュエス君、レヴさん、助かった。皆さんもありがとう」
「共和国ギルドマスターとしてもお礼を申し上げます。情報と協力、感謝致します」
お偉い様二人に頭を下げられ、全員で恐縮する。そこにちょうど、エルザードさんもやってきた。
「魔王様。掃討は間もなく完了いたします。周辺都市への被害はゼロです」
「そうか。奇跡的だな。これで少なくともそれについては糾弾されずに済むか」
本当に奇跡的だ。よく押し止められたものだな。
でも、ヴォルさんはあまり嬉しそうじゃない。なんでだろう。
そうか。周辺都市への被害はゼロでも。
「……人的被害は」
「多数、です。軍、冒険者共に」
全員の声が消える。
それでも、たった一人。前に進み出る者がいる。
「聖女様には遠く及びませんが、回復魔法を使えます。なにかお手伝いを」
「ハウライトさんだったね。頼めるかい?」
「ユメちゃん。アタシからも、お願い」
ミアさんが腰を折って頭を下げる。
ポーションの作用には限界がある。でなければ回復魔法がこれほど持て囃され、その最高峰が聖女と呼ばれることなどない。ということはつまり、回復魔法とポーションは違う作用をしているのではないかと思うが……今これを考えるのはやめよう。
エルザードさんに案内され、後方の天幕へ。そこには聖国教会の人員に混ざってリーナさんもいた。そうか、回帰による回復はこの人も使えるのか。
魔王妃は伊達では務まらない。それでも疲労困憊寸前といった様相をしている。それは必ずしも魔力残量の問題だけではないと思う。
つまり。血の匂いと苦悶の声が充満したここは、ある種の地獄だ。こういう場にいたことがない人にとっては特に。ただ、それでも中軽傷がポーションで治る分、この世界のほうがマシなんだろうな。
「っ、やれること、は」
青ざめながらも、ユメさんは傷病者に近づいていく。冒険者として人の死は経験していても、それはおそらく敵だけの話。その手前でも味方のもの、それも大量にとなれば話は変わってくる。
「っ、ごめん。私だめだ」
「わたしも……すみません」
セラとレアが口を押さえて出ていく。二人はまだ人の死すら経験していない。キツいのはわかる。慣れてもいいってものでもないが。
「アタシも……止血くらいは手伝える、カモ」
ミアさんもテントの中を進んでいく。吸血鬼は血小板や血漿も操れるのだろうか。そうでなくとも血流さえ操れればそれだけでかなりの延命治療ができることになる。
「私は、応急処置程度なら」
アカネちゃんも腕まくりをして進んでいく。ギルド員としてこういう状況に対する研修は受けているということだろう。ここまでではなくても経験自体もあるのかもしれない。
「アカネさん」
空間収納からポーションバッグを取り出して、風魔法で渡す。受け取ったアカネちゃんは、笑顔で頷いて鞄を肩がけにして歩いていく。
「わたしたちにできること、なさそうだね」
「応急講習は受けたけど。たぶん無意味」
姉さんとティアさんは苦々しい顔をしているが、オレも人工呼吸くらいしか無理そうだ。
いや、ブーストで魔力回復を後押しするくらいはできるか。
魔力濃度を調節し、回復系の魔法を使っている人をサポートする。たぶん気づかれないだろうけどな。
「……リーズも一緒に連れて来るべきだったかな?」
「……どうかな」
レヴが後悔したように呟くが、リーズ自身にその覚悟ができていたなら迷わず来ていただろうな。逆に言えば、その覚悟はまだだってことだ。薄情ってわけじゃないだろうが、根っこの何かをいい加減解決してやらないと。
しばらく物資の運搬や各種洗浄など軽い手伝いをしながら推移を見守っていたが、治療は終わらない。バーストも使おうかと思ったが、実験じみた行為になってしまうので迂闊に使う気になれない。
リーズの回帰結晶を使って不測はその場で対処すればいいかとも思うが、飛び散って付着していた魔物の血が本体へ回帰してしまうという嫌な妄想をしてしまったので二の足を踏んでしまう。リーズの本気の魔法の出力はとんでもないからな。
不意に、視界の端で誰かがふらついた。反射的に目を向けると、ユメさんだ。卒倒しそうになっていたので、風魔法と完全停滞で受け止める。
「ユメ!?」
姉さんが駆け寄って抱きとめる。その手に支えられた肩は、小刻みに震えていた。
そのまま、天幕の端へと連れていき休ませる。
「考えが甘かったですね。わたくしの力では、これ以上の怪我は……」
ユメさんは弱気になっているが、教会の光魔法使いと大きな差があるわけではない。むしろ腕は上なくらいだと思う。
それでも、気持ちはわかる。王都でララが治したのとは規模が違う。これに立ち向かっていけるのは、相応の経験で覚悟がある者かただの考えなしくらいだ。こういう場では、誰かを見捨てることになることを覚悟しなければならない。
もしくは、死にかけからオレを回復させたララくらいの力があれば。つまりそれは聖女の力がなければ駄目ということで。
ティアさんが、今まで見たこともないすがるような目を向けてきた。
「ユリフィアス。なにか方法はないの?」
以前立てた仮説が頭をよぎる。できるかはともかく、検証だけならやってみる価値はある。
ブーストとバーストで周囲の魔力をオレ自身に集め、ウィンドボールを……できたな。
つまり、方法はある。当然、そのための手段もある。可能性も掴んだ。勝ちの目もある。
それでも賭けだ。上手くいくかどうか。
「ユメさん。限界を超える覚悟はありますか?」
「……ユリフィアスさん?」
「もちろん、無茶をさせるつもりは一切ありません。提案すること自体が脅しだとわかっています。それでも」
「わかりました。わたくしは貴方を信じます」
言い切る前に承諾された。ホントに宗教じみてないかこれ。
だが、どちらにせよやってみるしかない。
救急用品の入っているらしい箱を抱えていたレヴを呼び寄せる。
「レヴ。魔力をくれ。ブーストとバーストでユメさんに渡す」
「ん、いいけど。できるの? いろいろ」
「今やった。行ける」
提案する前に試した。レヴが放出している魔力を使って魔法を使うことができた。変換もうまく行った。直接オレ自身に叩き込むこともできた。
レヴの名前の意味。その答えの一つがオレの考えたものであるなら。いつか冗談語りにでもしようと思っていたが、成功したら話すべきだろうな。
「ユメだっけ。いいの? ユーリを信じられる?」
「レヴさんでしたか。もう一度言いますね。わたくしはユリフィアスさんを信じます」
「ん、わかった」
女の子二人どうしでも、何か通じ合ったらしい。そこの信頼関係ができたのなら上手くいく確率も上がっただろうか。
「じゃあレヴ、後ろからオレにくっついてくれるか」
「え? って、いつものことだね。じゃあついでに」
後ろから胸に手が回され、しっかりと抱きつかれる。匂いも嗅がれてるようなのは気のせいだろうか。
そう言えば、転生前は「ユーリ分補給」とか言ってよくやられてたが、あれと同じかさっきのも。周囲の目が一瞬オレ達に向いたが、構っていられないと思ったのか呆れたのかすぐに見られなくなる。チラチラとこちらを気にしているアカネちゃんを除いて。
「役得……って気がしないのは。状況から?」
「でも、ちょっとだけ羨ましくはあるかな」
ティアさんと姉さんがなにか言っているが、今はそれに返す余裕はない。
ユメさんと両手を繋ぐ。魔力強化を応用して、彼女自身の魔力の量と流れを掴む。
「レヴ、魔力隠蔽を解いてくれ」
「うん」
現れた時の比ではない魔力が周囲に放たれる。その余波を受けて、傷病のあるなし問わずあちこちから悲鳴が上がった。探知ができなくてもそれ自体が圧になるのが魔力だ。レヴが気軽に人里を訪ねることができない理由でもある。
それでも、放たれているのは悪い魔力ではない。魔力酔いや卒倒を起こすものがいないのがその証拠。どちらかと言えばマナポーションやオレのブーストに近い。
「行きます、ユメさん。辛ければなんでもいいので魔力を吐き出してください」
「わかりまし、うっ、く、ああああ!?」
ユメさんの目が見開かれ、口から苦悶と悲鳴が漏れる。
当たり前だ。溢れない器に容量を超えた力を強引に流し込んでいるようなものなのだから。オレがやりすぎたらユメさんは間違いなく身を焼かれて死ぬ。
調整が難しい。レヴの魔力は後押しにもなっているが、強すぎてノイズにもなっている。突然始まった奇行に周囲からギョッとした目を向けられているが、気を抜くとまずい。
「ユメさん!」
「うっ、くううう! ま、まだ! まだ行けますっ!」
過剰な魔力がユメさんの髪から燐光となって舞う。まるで、歯噛みしている彼女自身が光となって消えていっているようにさえ見える。限界か!?
「ユメさんっ……オレが言えたことじゃないですけど無茶だけは……!」
レヴの魔力を超至近で受けながら魔法を調整しているオレもそこそこの余波を貰っている。が、そんなものユメさんとは比較にもならないだろう。負担できるならいくらでもしたいが、そんな魔法はない。もどかしい。
「いいえ、まだ……いえ、大丈夫です……掴めて、来ました……あのとき感じた、ソーマ様の魔法……こう、ですね……」
それでも、ユメさんはしっかりと頷き、目を閉じる。
体内の魔力の流れが安定してきている。オレを通して注ぎ込んでいるレヴの力がユメさんのものに変わっていく。
「……行きます」
閉じていた目が世界のすべてを捉えるように開かれる。その瞳もまた、光を放っているように見える。
「領域回復!」
ユメさんを中心に輝きが広がっていく。
その出力に吹き飛ばされそうになる。実際、ララにやった子供だましではなく自然にユメさんの髪が逆巻いている。
それでも絶対に手は離さない。オレが手を離せばユメさんは消えてしまう。そんなの馬鹿な妄想に過ぎないのだろうが、それでも、この世界に繋ぎ止める鎖や錨としての役割が少しでもあるとしたら、離すわけにはいかない。
魔力の波が収まっていく。それと共に、レヴが魔力の放出をやめるのがわかった。周囲から歓声も聞こえる。治った、目を覚ました、奇跡だ、と。
「ん。うまくいったのかな?」
「みたいだな。ありがとうな、レヴ。お疲れさまです、ユメさん」
「ゆりふぃあす……さん」
消え入りそうな声でオレの名前を呼んで、ユメさんが倒れかかってきた。その身体をしっかりと抱きとめる。
「ユメ!?」
「大丈夫!?」
「……大丈夫ですよ」
姉さんとティアさんが叫ぶが、ユメさんの魔力反応はなくなっていない。意識は手放したようだが、やや荒いものの呼吸はしている。
いや、二人の心配は倒れたことに対するものじゃないのかな。
レヴも、自分が関わったことの結果を驚きの目で見ている。
「ねえユーリ。これも想定内?」
「まさか。これを想定できてるなら自分で試してただろうな……って、無理か」
これが奇跡の対価、じゃないな、褒美とでも言うべきか。どちらにせよ、それは彼女に決めてもらうしかない。
光の中から帰ってきたユメさんの髪の色は、ララと同じ金色に変わっていた。
こんなもの想定外に決まってるだろう。ユメさんが聖属性の力を手に入れるなんて。




