第二十五章 魔法使いと竜
流星のようだと思ったが、まさに隕石そのものだった。
それは最初ドラゴンの形状だったが、直上に差し掛かった瞬間に人のサイズに変わる。
そのまま速度を殺さず、着地ではなく墜落か激突。地面が抉れ、暴風と土煙が散弾のように襲ってくる。とっさに周囲にも防壁を展開したが、魔物は余波で吹き飛ばされる。
晴れた煙の中から現れたレヴは、片膝立ちと、片手で地面を殴りつける見事なポーズだった。
スーパーヒーロー着地とか言うんだったかな、これ。性別的にも着ている純白のドレスみたいな服的にもレヴはヒロインなんだろうけど、今この状況だとヒーローでも間違ってないな。
「ユーリ!」
オレの名前を呼び、振り向きざまに持っていた鞄を振る、ってアブね! オレの身長の倍はある抜き身の剣が飛んできた!? それだけじゃない、ナイフだの大杖だの魔力結晶だの山ほど飛んでくる!
空間収納でキャッチアンドハイド。命は救われた。ていうか少なくとも破山剣は投げるな! 死人が出るぞ!
文句を言ってやろうと思ったら、一瞬で近づかれて腕を掴まれた。
「お、おい、レヴ?」
「前に回るよ」
「いや待っ、レヴ!? うおおおお!?」
静止は届かない。
一跳びで魔物の大群の上を飛び越え、前線の少し後ろに着地する。
「ゆ、ユーリ君?」
「あ、どうもヴォ……魔王様」
「それっぽい魔力のところに飛んできたんだけどこの人がリーズのお父さん? うーん、と。お初にお目にかかります。レヴァティーンと申します。以後、お見知り置きを」
「え、えーと?」
ヴォルさんは、アエテルナに迫る危機を超えるこの場の混沌の状況に目を白黒させている。
そりゃ、急に知り合いを引っ張って飛んできた少女が戦場で恭しい挨拶をしたら意味不明にもなる。
「えーと、えーと。ああ、そうか。君がレヴちゃんか。いや、レヴ様?」
「だいたいそれ言われますけど、わたしそんなに偉くないですよ?」
「でもなぁ……」
「あの、魔王様?」
側にいたフェリーサさんが僅かな非難を滲ませる。たしかに、周りから見てもこの状況はな。不敬とか言われることはないだろうけど、暢気が過ぎる。
「レヴ、今はこっちを」
「うん」
頷き合い、弾かれるように魔物の群れに向けて走る。
全方向作戦で数はだいぶ減ってはいたが、それでも半数以上は優に残っているか。
「……いきなりだなホントに」
「でも、わたしたちが全力でやったら逆に追い立てちゃうよ? ホントはユーリもこっち側でしょ」
そうか。そうだな。送り届けてさっさと移動すればよかったのか。
これも過保護の一環か。現に身内に被害は出ていなくて、こっちはこんなに荒れている。
死人は……わからない。飲み込まれている位置にいるかもしれない。
「戦線を押し戻す。その後しばらく頼めるか、レヴ。装備を検める」
「うん」
破山剣を取り出す。重量は考える気もしないが、身体強化があれば持つことはできる。そうでなければ製作を頼むわけがない。
刀身に魔力を込める。ある意味でこの為の剣だ。
魔力破斬。超特大の魔力斬。切断力はなくてもこれなら押し返すことくらいはできるだろう。人がいても死ぬことはない……と思う。
「ついでにいくらかぶった斬ってやる!」
地面を蹴り踏み込む。最前線のさらに前へ。防壁を展開して弾丸のように突っ込む。鍔迫り合いをしている部分は残るだろうが、その辺りは味方に対処してもらおう。
「っ、おおおお!」
踏み込みの速度も加えた横薙ぎ。身体強化を使っても剣の重量と遠心力に引っ張られる。それでも、魔力の解放タイミングだけは外さない。前方まで六〇度を切った瞬間。この辺りがベストか。
「魔力……破斬ッ!」
技名を叫ぶ趣味は無いが、気合を入れ直さないと柄を手放すかそのまま回転してしまいそうだ。
三日月形の魔力が飛ぶ。最前の魔物は剣が斬り裂き、いくらかの魔物は斬波や飛んだ魔物が押し潰していく。
「レヴ、交代頼む!」
「りょーかいっ。あ、これ借りていい?」
後ろに跳んで戻ると、脇を駆け抜けたレヴが破山剣をかっぱらっていき、勢いのままパンチを繰り出す。明らかに威力を感じさせない一撃だったが、現れた時のように土煙を起こして前方の地面が吹き飛ぶ。
「今から暴れまわるから! 巻き込まれそうな人は逃げてね!」
さらに、持ち直した破山剣を振るうとさっきのオレのと対して変わらない魔力斬と風圧が飛ぶ。相変わらず無茶苦茶だ。さすがはドラゴン。
レヴが耐えてくれている間にこちらは一度さらに下がって、手持ちの再確認。渡された魔道具を確認しようと空間圧縮を解除すると物がボロボロ落ちてくる。いろいろあるな。
この剣は……なんだこれ。ただの剣か?
短剣の方は、鞘との間に魔力的接続性を感じる。リターニングダガーか?
ドラムマガジンとセットになったこれはリローディングスタッフだな。魔法は込められているようだが、しばらくは乱戦になるだろうから使い所の考慮はいる。姉さんに預けてくればよかったな。
魔法銃もあるが、拳銃型のこれは出力的には微妙そうだ。今は出番がないな。
この結晶は……用途不明。
このブレスレットみたいなのは……よくわからないがはめてみればわかるだろ。
ブレスレットをはめて軽く魔力を込めると、ザリ、と砂をガラスにこすりつけたような音がする。それも頭の中で。
『交信確立確認……届きましたか……ユーリさん……よかった』
「リーズ。久しぶりだな」
頭の中でリーズの声がする。通信用魔道具だったんだな。音については、骨伝導イヤホンみたいなものか。
『はい……お久し振りです……ですが……話は後に』
「そうだな」
『では……簡単な説明を……とは言え……ほぼ見ればわかるかとは思いますが』
「リターニングダガーとリローディングスタッフと魔法銃はわかる。直剣は?」
『破山剣でなければ……ネレさんの打った耐炎剣です……一応入れておきました』
フレイアの武器か。なるほど。これはストックだな。
「この魔力結晶みたいなものは?」
『回帰魔法を込めた……おっしゃる通り魔力結晶です……使い捨てですが……』
そんなものまで作れたのか。コイツがあれば……いや、そういう諸々は後だ。
回復用であれば、まずは魔力探知。
「……怪我人が多いな、当然か。ここで使うべきか?」
『その結晶は……回復魔法と違って対象が指定できないので……戦場では魔物も回復してしまう可能性があります』
「ならポーションだな」
空間収納から各種ポーションを取り出し、後詰めの面子に風魔法で飛ばす。
「余裕があるやつは怪我人にそれを!」
「助かる!」
当面はこれでいい。周りにできることももうない。
リターニングダガーをベルトに吊るし、残りは空間収納に戻す。オレの準備もこれくらいか。
『……ユーリさん』
色んな感情を含んだ声色。それでも、見えない距離の向こう側で全てを振り切るようにリーズが息を吐いたのが聞こえた。
『どうか……お願いします』
「任された。無限色の翼として。何より、ニフォレア・ティトリーズの友人として。おまえの大事なものは守ってみせる」
『はい』
今語ることはもう無い。
大事なことは全て終えてからゆっくりと。
「さあ、戻ろうか」
身体強化全開。移動方向は前、ではなく上だな。
後ろからでは考えられなかった多くの選択肢が頭の中に浮かぶ。
まずは数を減らす。魔力探知で魔物だけの反応が返る場所を拾い上げる。
疑似精霊魔法。各属性放射魔法陣展開。
四属性斉射。王都で士団の魔法士に撃った時の倍以上の魔力をねじ込む。さらに、乱射。
風と水が動きを阻害し、火が焼き、土が潰す。
足りないな。いや、手段として目的に合致していない。
リターニングダガーを一本抜く。完全停滞で固定とターゲッティング。空気圧砲で撃ち出す。
着弾。単なる短剣型の矢は魔物を一体仕留めて終わり。
一瞬、魔力が火花のように散り、ゴムが縮んだ時のようにリターニングダガーが戻ってくる。手を伸ばせば届く位置くらいか。損傷は無し。コイツも風牙と同じレヴの龍鱗入り合金っぽいな。
現在の手持ちは五本。すべて同じ方法で撃ち出す。帰還。向きはバラバラ。戻ってくると言っても全く同じ状況にはならないらしい。当然か。空気とか色んなものの抵抗もあるしな。
術式切り替え。空気圧砲を固定。リボルバー状に疑似精霊魔法、土針柱。霧散し続ける魔法陣の再構成を繰り返し、連射を続ける。
これで前後横に加えて、上。四方向から攻撃を加えてはいるが……大局は動いていない。
何か、大きな一撃がいる。レヴが来てくれたことでその手はあるが、
『このままだと他から押し切られるかも。ユーリ、ブレス行く?』
通信用魔道具を通じて声が届く。レヴも同じことを考えていたらしい。気が合うな。
「いや、レヴ一人に負担させるつもりはない」
『あはは。あの時と一緒だね』
ああ、同じことを言った覚えはあるな。
あの時は、オレ達のことを信じては貰えなかった。でも今はこんなに仲間がいる。それに、オレだってあの時とは違う。
「そうだな。せっかくだから転生の成果を見せてやるよ。っていうか、オレも知りたいからな」
空間収納から、作り溜めていた魔力結晶を大量に取り出す。それを囲むように完全停滞と魔法防壁を展開。結晶化の魔法で巨大な魔力結晶へ統合する。
さらに、限界を超えて魔力を注ぎ込む。当然、ブーストとバーストも併用。魔力の塊である魔力結晶の中に極限を超えた魔力が押し込まれていく。
「レヴ、離れろ!」
『なんかヤバそうだからもう離れてるよ!』
超音速貫通撃の術式を展開。狙いはスタンピードの中心。同時に、咆哮威圧も展開。声を届かせる為と、音響兵器として足止めに使う為に出力を上げる。
『この声が聞こえていたら全力で防壁を張れ! 余力があるなら周りも守れ!』
長い一呼吸を置いて、スタンピードの中央にファイアボールとウィンドボールの魔法陣を重ねて描く。そこに巨大魔力結晶を撃ち込む。属性が違っても、これだけ大量の魔力を一瞬で叩き込めば完全に無視できるはずだ。
タメた意味は無く、弾体にした魔力結晶は一瞬で地面に到達する。
射出の瞬間から不安定になっていた防壁は着弾と同時に完全に壊れ、暴走していた魔力が結晶化した魔力を巻き込んで魔法陣に注がれ、爆弾と化す。
その瞬間。音が消え、閃光が一帯を支配する。さらに爆風。オレ自身の防壁が揺れる音が聞こえた気さえした。
それでも、さすがにレヴのブレスほどの威力はないな。やはりドラゴンの魔力は桁違いだ。
「よし。だいぶ消し飛んだな」
視界が戻ると、壊滅させることには成功したようだ。レヴの居場所を探知してそばに降りる。
レヴは、盾にした破山剣から向こう側を覗いていた。
「うわあ。ユーリ、もう人の域を超えてるよたぶん」
「どうだかな」
風牙を抜き、レヴと二人で走る。
あとは掃討戦だ。みんなとはすぐに合流できるだろう。