第二章 ハーシュエス先生のよくわかる魔法授業
寮の部屋で仕立て終えた制服に袖を通し、姿見の前に立つ。
何年ぶりだろうかこの経験は。精神年齢を考えれば今更のはずなのに、不思議と気分が高揚する。
「おはよー」
「おはようございます」
「二人共、おはよう」
当然のように行動を共にするようになったセラとレアの二人に挨拶を済ませ、講堂へと向かう。ありがたいことに三人とも同じクラスになることができた。
入学式を済ませて教室へ向かう。席は自由なので三人で並んで座っていると先生が入ってきた。
科目毎に違うのだろうが、この先生は当たりだな。
「入学おめでとうございます。成績優秀者が集まったこのクラスを担当できることを嬉しく思います。もっとも、一人規格外が混ざっていらっしゃるようですが……」
先生の視線を追って教室中の目線がオレに向く。これまた嬉しいことに、ここには敵意の視線はないようだ。
「さて、第一学年には指導上級生が付きます。幾名かは彼女のことをご存知でしょうが。どうぞ」
ああ。
無事合格したらいいことがあると言っていたのはこれか。
「三年生のアイリス・ハーシュエスです。よろしくお願いします」
す、ときれいな一礼。聞いたところによると、そういう儀礼や作法の授業もあるのだとか。こうしてると本当にどこかのいい貴族の令嬢に見える。
「わたしがあなた達と同じ年のとき、未来が閉ざされそうでした。けれど弟が違う扉を開いてくれたのです。だからわたしはここにいて、新しい道を見つけられました。この学院があなたたちの進む道の手助けになることを願います。もちろん、わたし自身もそのお手伝いをします。安心してください。弟同様見る目はありますから。だって」
姉さんの目がまっすぐこっちを見た。
「わたしの自慢の弟は、こうして好成績で入学することになりました。お姉ちゃんの目は間違ってませんでしたね」
ともするとイヤミでしかないが、話し方が良かったのか生徒側から聞こえたのは楽しそうな笑い声だった。
「というわけで、わたしの弟にも挨拶をしてもらいたいと思います」
おい。
おいおいおいおい。
「まあいいでしょう。ハーシュエスくん。お願いします」
先生も止めないのか。
こうなれば、自慢の弟らしく期待には応えないとな。
「紹介に上がったユリフィアス・ハーシュエスだ。オレたちはある意味ライバルとして試験に立ち向かった。だが、ここからは何者にも代えられない仲間だと思ってる。時には競い、時には協力し、共に理想の魔法使いに近づいていこう」
隣と教壇からもらった拍手が教室中に伝播していく。
どうやら演説はうまく行ったらしい。こんなこと、初めてやった気がするが。
よくよく考えるとオレ、三世分の年齢足すと中年に足突っ込み始めてるんだよな。なんか変な気分だ。
「二人の言うとおり、この学院はよい魔法使いとなる手助けを惜しみません。驕ることなく、恥ずることなく、あなた達が信じる正しい魔法使いとなることを期待しています」
先生が締めて、ホームルームに当たる時間は終わった。
さあ、ここから加速するぞ。
三度目の人生をな。
/
入学式を済ませ、翌日まずやったのは当面の武器探しだった。校則については入学してからでないと把握できなかったので、杖はともかく本物の刀剣類の持ち込みが可能かどうかわからなかったのだ。
試験にも持ち込めれば。いや、それだと無属性魔法だけじゃ済まなくなったな。
王都の地理はわかっているので、前世の時点でマトモだと言われていた武器屋をいくつか巡ったのだが……三つほど手ぶらで店を出た時点で気分が落ち込んできた。
しっくりくる剣がない。前世で使用していたクラスのものを用意しても魔力量はもちろん膂力でも今は扱いきれないっていうのはわかってるんだが、どうしても高望みをしてしまう。二年前のアレもそうだが、剣自体の強度が低いと強度を上げるための魔力も必要になる。かと言ってそれこそ耐久性だけを追求すると重量だけ上がって切れ味ゼロということにもなりかねない。
まあ。そういう葛藤をする前に単純にカネがないのが一番大きいか。
というわけで、かなり安価な、それでも刃の精度のいい両刃剣を買うことにした。適切な強化をかければこれでもしばらくは保つだろうし、今のところそうやって誤魔化すしかない。
どっちにしろ、店売りでオレの要求を完璧に満たすものはないしな。
「さて、次の予定通りギルドに行くか」
社会勉強と学費工面ってことで学生もクエストを受けられたはずなので入学前から当てにしていたが、記憶違いではなかった。正直、姉さんの事以外で学院に通うことにした理由は九割方これだ。
ギルドでの活動はむしろ課外授業的に奨励すらされているらしい。実技単位の補填にも使える。そういう裏話も姉さんから聞いた。一日休みだし、不要な授業の補填に単位を稼いでおくのもありかもしれない。指導上級生である当の姉さんに休みがなかったのはかわいそうだったが……
などと考えていると、別の顔を見つけてしまった。
「やあ」
「あれ、ユーリくん?」
「こんにちは」
どうにも何かと縁がある。二人とも私服だが、なんの目的で街に出てきたかは格好を見ればだいたいわかった。具体的には、腰のあたりの細いベルトをだが。
「わたしたちは杖を見に行ってきたところです」
「そそ。いいでしょー?」
二人は同じデザインの杖を掲げる。先端についている宝石はそれぞれアクアマリンとルビー。水と火を象徴する宝石だ。
「そっちは剣? にそれ、もしかして杖?」
「ひょっとしたら入れ替わりだったかもな」
目ざといな。
さっき買った剣の柄には、それより前に買った杖が巻き付けてある。要は大杖の機能をこれで再現しようとしているわけだ。
流石に宝石のサイズが足りなくてその時点で劣化仕様の上、適正のある宝石が出回らないので風魔法使い向きの杖はそれだけで探すのが困難だし、杖自体の質もお世辞にも良くないのでランクが下がるし、そもそも強引にくっつけているだけなので本来の性能にも遠く及ばないし使用にも気を遣う、という……あれ、メリットあるかこれ?
本当はこういう仕様の剣を作ることはできるのだが。
できるの、だが。
オレが使う剣だとまず良質なエメラルド、無理ならダイヤ辺りをギルドへの依頼で手に入れるか自力で掘ってきて、腕のいい鍛冶職人を探して、金を積んでオーダー、となる。非効率な事この上ない。その上で技術が期待できるかやアイデアを盗まれないかという信頼問題もあり……装備面は不安しかないな。
さっさと金を貯めて現在のやり方をアップグレードするか。
「ちゃんと帯剣してるってことは街の外に行こうとしてたの?」
「ああ。冒険者ギルドに行こうと思ってた」
「ギルドですか?」
「懐が寒いからな」
苦笑しながらそう言うと二人は顔を見合わせ、
「私達も行ってみる?」
「ええ。よければ同行させてください」
「じゃあ社会勉強がてら一緒に行こうか」
王都の冒険者ギルドの場所も当然把握している。商店の並びからは少し外れるが、クエスト準備などの利便性もあって地理的に近くに設置されているのだ。
「ここだな」
ギルドの扉を押し開く。
さすがは王国全土の統括本部でもあるだけあり、多種多様な冒険者の姿があった。人間だけでも多人種いるようだが、それとは別に獣人やドワーフもいる。見た目だけで区別はつかないが、数人ほど魔族もいるようだ。他には魔法学院の制服を着ている学生もいるし、騎士学院の生徒だろう学生や盗賊と見紛いそうな人間までいる。
利用人数に対してかカウンターはいくつかある。どこがいいか見回すと、その中の一人と目があった。ニッコリとした歓迎の笑顔を送られたので迷うことなくそこへ歩く。
胸の名札によるとアカネ・ガーネットさんと言うらしい。
「冒険者ギルドへようこそ。魔法学院の生徒さんですかね? 登録でしたら学生証の提示をお願いします」
「はい」
一応、王立各学院の学生は身分証としての学生証の携帯が義務付けられている。なので三人分の学生証が問題なく並ぶ。一瞬、その表情が興味を示したものに変わったのは気のせいだろうか?
「はい、結構です。ではこちらの登録用紙に記入をお願いします」
この辺りはオレは二度目なので慣れたものだし、事前に記入内容も決めてある。とは言え、冒険者は定住していない者も多いし住居もよく変わる。記入要項は名前と職能くらいだ。
「はい、問題ありません。ではこちらがギルドカードです。ランク上昇に伴って材質も変更されていきます」
そうか、ギルドカードか。あったなそんなもの。
渡されたのはFランクの木製のカード。今こいつに魔力を注いだりしたら、間違いなく供給過剰で吹っ飛ぶな。さすがにこれを盾にするようなことはないだろうが。
「どうかしましたか?」
「いえいえ、なんでもないですよ」
苦笑しながら首を振る。
……たしか、破損や紛失は再発行手数料がかかったはずだ。気をつけよう。
「これで登録完了となります。続けてになりますが、三人でパーティー登録することをおすすめします。学生でしたら各種クエストによる単位の補填も共有できますし、討伐数の共有もできます。もちろん審査が入ることもありますけど、いいことづくめですよ」
と言いつつ、目線はオレの方に向いている。二人もそれに気づいたのか目線をオレに向けてくる。
まあ、このパーティー構成だと確実にパワーレベリングになるからな。意識しない限り。
「一年で卒業することもできますかね?」
冗談でそう言うと、アカネさんとセラが吹き出し笑いをした。残るレアは苦笑いになる。
「ま、心配するほどのこともないよね。ユーリ君なら断らないだろうし」
「だと思いました。では、パーティー名はどうしますか?」
「両手の華」
ノータイムでセラが返した。オレも当然、ノータイムで返す。
「却下」
流石にそれはちょっとなあ……
「冗談だってば」
「受付の立場で茶々を入れるのは憚られますけど、遠くないうちに血の雨とかになりそうなので止めておいたほうがいいと思いますよ……」
アカネさんの言うとおり。実際、現状でも周囲から嫌な視線と魔力が飛んできている。
特に、なんかすぐそばから感じるのはなぜだろうか。
「……セラ、もしかして」
「へ? あ、いや、そういうのじゃないよ!?」
泣きそうになるレアに、セラが慌てて手を振っている。
この面子だとどう考えても騎士役はオレだろうけど、やっぱりパワーレベリングはまずいだろう。そのあたりの話かな?
「……これは今すぐにでも変わりそうですねぇー」
アカネさんの呟きは当然聞き逃してはいない。だったらそんなパーティー名はやめたほうがいいんだろうな。
「ユーリくんはなにかいい案はありませんか?」
「うーん……」
オレのセンスは微妙だからなあ。考えてつけてもしばらくして後悔することが多い。
でも、あとで変わるかもってことは。
「将来的なパーティー名の変更は可能なんですか?」
「ええ、できますよ。全員の承認が必要ですが」
それは朗報で悲報だな。
そういうことならそこまで深く考えなくてもいいのか。
「……無色の羽根」
軽く考えたはずが、なんとなく何かを想像する名前になってしまった。
「無色の……?」
「……羽根?」
不思議そうに言われるとそんなにいい名前じゃなかったような気がするな。反芻と意味を聞かれてるだけなんだろうけど。
「今後何色にもなれるかなって。後ろの方はまあ、なんとなく?」
「なんとなくですか。とは言え、お三方の未来を予感させるようでいい名前だと思いますよ?」
「私もいいと思う。レアは?」
「はい。素敵だと思います」
というわけでパーティー名は決まった。あくまで仮になので、今後もっといい名前が思いつくかもしれない。むしろ思いついてほしい。
「ではリーダーは……ですよね」
そのあたりは何故か話すまでもなく三人の顔の動きだけで決まった。別に構わないが。
「無色の羽根。リーダーはユリフィアス・ハーシュエス。メンバーはセラディア・アルセエットとルートゥレア・ファイリーゼ。はい、確認完了です。うーん……でも確かこんな名前をどこかで」
「ガハハ」
確認をしたあとのアカネさんの逡巡の呟きは、下品な笑い声に遮られた。
割とオレにとっては重要だったんだけどな、その逡巡。
「おーおー、今年も来たか魔法学院の生徒サマが」
「そっちの嬢ちゃんのつけた名前のほうがいいんじゃあねぇのか? 坊ちゃま」
どこでもいつでも見る新人イビリ。これだけで金をもらっているのかと思うほどだが、アカネさんが頭を抱えているのでそういうわけではないらしい。
こういうのは、萎縮して実力以下のクエストを選ぶか反発で実力以上のクエストを選んでしまうかどう転ぶかわからないものがあるのでやめたほうがいいと思うのだが。
まあ。どうせ絡まれるんだろうなと思っていたので予定通りではある。無視して……いや正確には無視していないのだが、ベルトにつけていた布袋を取り外す。
「あ、そうだ。これ換金してもらえます? パーティー結成記念に」
逆さにすると、コロリと三つほど透明な石が転がる。アカネさんは、いびつだが濁りや気泡の一切ないその塊を拾い上げて光にかざす。
「宝石? いえこれは魔力結……」
「あれ、出てこないな」
わざとらしく袋を振る。そもそも大部分を握り込んでいたので出てこないのは当たり前なのだが、真面目にやれば、
「しょうぅぅぅぅぅ!?」
カウンターの上にバラバラと同じような石が降る。数は確か七〇くらいあったな。
魔物は、自分の魔力を濃縮した結果として体内で結晶化させるに至っている個体が稀にいる。固体化しているとはいえ魔力なので戦闘が長引けば消費され尽くして消えてしまうが、取り出すことができればかなりのレア素材となる。
最初に転がした程度なら「どこかで買ってきたんですかぁー?」と絡まれる。だが、これだけの数が出てくれば少なくとも黙らせるだけの効果はある。むしろ異常事態とも言えるからな。
「心配しなくても全部本物ですから」
カウンターに手を置き、少しだけ魔力を放出する。それだけで共鳴するようにすべての結晶が淡い光を放つ。
「本当ですね。いえ、疑ってはいませんけどこの数はちょっと」
アカネさんの目線がせわしなく動いている。
「クエストに行くつもりですから査定はゆっくりでいいですよ。代金も共同口座の方へお願いします」
「まあ、そういうことだろうと思いましたが。わかりました。では戻るまでには済ませておきますね」
固まっているヤカラどもを放っておいてクエストボードに向かう。これである程度の虫は払えただろう。
と、思ったのだが。クエストボードに近づくとまた別の冒険者がやってくる。
「君たちは魔法学院の一年生かな? 初心者なら薬草採取なんかがオスス……」
オレのゴミを見るような視線に気づいたのだろう。言葉が止まる。
……ここは王都のギルドだよな?
新人冒険者を地獄に送るのはやめたほうがいいと思うぞ。
「な、なにか変なこと言ったか?」
「いや? 薬草採取で人が死ぬことはよくあるのに、どんな気分でそんなことが言えるんだろうなって」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
ビギナーの二人はともかくとして、一応は経歴のあるはずの冒険者からもその反応が返ってくるのが信じられない。
唯一、まだカウンターにいたアカネさんだけが頷いてくれているのが見えた。
クエストタイプ常時。薬草の収集。エリアは大森林全域。数は一人五本以上。ランク制限なし。期限なし。報酬は銀貨五枚。
これがオススメの理由がどこにあるというのか。
「薬草採取は森の中だぞ。しかも群生地があるってわけじゃないから“全域”なんだ。初心者が足元の薬草を探しながら周囲の魔物に注意を払うなんてことができると思うか? できたとして、注意力が続くか? 常に撃退できるか? 薬草についても欲をかいて奥まで入り込むことがないとでも? もっと言えば、期限と違約金がないとは言え時間をかければ植物は劣化する。そこでも収支計算が合わない可能性もありうる」
なんだろうな。ここの世界だと違うんだろうが、最も人を殺している生き物と食べ物が蚊と餅だってのと同じようなことかな。
ベテラン風を吹かそうとしていた冒険者は、肩を落としてスゴスゴと帰っていった。さっきのやり取りも見ていたんだろう。
クエスト選択についても教えてやろうとしてたんだからもう少し待っていればよかったのに。
「ホントに初心者ならこいつだろうな。たしか、学院の初めての実習がこれだったらしい」
クエストタイプ常時。スモールトードの討伐。エリアは湿地帯入り口周辺。数は一パーティー一〇匹。Fランク限定。期限三日。報酬は大銀貨一枚。
スモールトードは人間の幼児くらいのサイズのカエルだ。それだけで人によっては生理的嫌悪感があるだろうが、基本的に何もしてこない。そもそもこのサイズで人間が食われることもないし、それ以前に噛みつかれても歯はないし。
「ではこれにしますか?」
「そっちでもいいが、授業のこともあるからな」
ざっとクエストボードを見直して、見つけた。
「このクエストに行こうかと思ってた」
クエストタイプ常時。ホーンラビットの討伐。エリアは森林入り口周辺。数は一パーティー一〇匹。Fランク以上。期限三日。報酬は大銀貨二枚。
「ホーンラビットの討伐。一〇匹かぁ。たしかに初心者向けの魔物だし、三人なら行けるかな」
実際はそういう意図で選んだわけじゃないんだが、それを説明する必要はないだろう。
そういえば、この世界ではウサギの単位は「匹」なんだな。文化的背景がないから当然とも言えるが。
「薬草採取の鬼門がコイツだな。スモールトードと違って攻撃もしてくるし、刺されどころが悪いと死ぬ可能性もある。ただ、オレたちは魔法使いだから接近する必要がない」
「なるほど。大丈夫そうですね」
「ユーリ君もいるからね」
もちろん二人にケガをさせるつもりはない。ということで、オレたちの初クエスト決定だな。
/
アカネさんにクエスト受諾手続きを受けて、オレたちは王都西の森に来ていた。
方向感覚を失いそうになるが、浅い位置なら植生もそれほど濃くない。見上げれば王城の尖塔が見えるので帰路を見失うこともない。
「でもさ。この森結構広いよね。奥に行くと高ランクの魔物が出てくるんだろうし」
「そうですね。それに、ユーリくんがさっき話していたとおり薬草もそんなに生えてないみたいです」
オレも探してはいるが、確かに全くと言っていいほど生えていない。毎日ニョキニョキ採取サイズまで伸びるわけでもないし、常時クエストで低ランクである以上は毎日誰かが摘んでいる事になる。銀貨一枚が一〇〇円程度なので、これで報酬五〇〇円は本当に地獄だと思うのだが。
「ホーンラビットの方もいないね?」
「そっちは問題ない。一匹目、来るぞ」
オレの言葉に反応でもしたように、角の生えたウサギが木の陰から飛び出してくる。
この世界では基本的に家畜以外はモンスター扱いらしい。あの見た目だとゆるキャラにでもなっていそうな気はするが、油断すれば腹に風穴を開けられそうなヤツを愛でさせるわけには行かないんだろう。オレも二度目の人生の最初は躊躇したのだが、彼女たち二人みたいにあまりにも周りが平然としているので慣れてしまったし、何度か不意を突かれたこともあるので今はなんとも思わない。
「先手必勝。目の前の難を払え。行って、火の玉!」
セラが火球を放ち、一匹目が燃える。杖の補助があるとは言え詠唱も短いし威力も十分。しかしあーあ。丸焦げだ。
「あ、解体用ナイフとか持ってきてないや。どうしよ? 燃やす?」
「いやオレがやるから……」
剣を抜き、根本から角を切断する。
魔物ごとに討伐証明部位が決められているが、ホーンラビットの場合はこれになる。魔法薬の原料にもなるんだったかな。
魔石というものもあるのだが、基本的にCランク以上の魔物からしか見つからないので今は特に関係ない。
「次、来るぞ」
ガサガサと音がしてまたホーンラビットが飛び出してくる。
「え、えーと。水の力よ我が敵を退け給え、水の玉」
「……まあ、そうするしかないよなあ」
水球が飛んでいってホーンラビットを包み込む。
正直、低ランクの場合の水魔法は非常にエグい。大質量で圧殺するか、溺死させるかのどちらかになる。
姉さんには防壁複合ももちろん“アレ”があるからどうにでもなるんだが、いつか教えるときも来るだろうか。
などと考えながら背後にいたホーンラビットに剣を振り下ろし、頭に打撃を加える。
「次」
これなら案外早く終わりそうだな。
/
レアの水の玉が最後の一匹を溺死させた。
やっぱり嫌な光景だな、これ。
「これで一〇匹ですね」
「案外チョロかったね」
ホーンラビット自体はそこまで好戦的な魔物ではない。どちらかと言えば畑を踏み荒らすような軽い害獣の類だ。ただし自衛の場合は当然としてストレスの溜まっている繁殖時期には怒りで襲いかかってくるし、子育て中であれば命がけで向かって来る。
「ふー、しばらく休んでいきたいね」
現状、周辺に危険はないので大丈夫だろう。自分で倒した分のホーンラビットを大袋に詰めていく。
「それ、持ち帰るんですね。きれいに倒しているとは思ってましたけど」
「ホーンラビットの素材の代表格は納品対象である持ち歩きやすい角ではあるんだが、食べられる肉の方も売れるんだ。むしろ、価格的には胴体の方が高くなることもある」
「ええっ!?」
「そこは低ランク向けクエストだからな。初心者だと胴体攻撃で身をボロボロにすることが多いってことなんだろう」
「えっと、わたしたち初心者ですよね?」
魔法使いと冒険者については二周目だからなこっちは。
とは言え、それを除いても猟師から見れば激怒案件なのも事実だろう。
「それにしても、一番動いてた割に全然息上がってないよね」
「高出力の魔法は全然使ってないからな」
ちなみに、スコアはほぼ剣で仕留めたオレと火の玉を撃ってそれほど動かなかったセラが四。水魔法使いであるレアはある意味仕方がなく、二だった。
「そういえばユーリくんはどの属性を使っているかわからなかったんですけど」
「そうだね。そこまでだと全属性とか使えそうだよね」
ふむ、なるほど。やっぱり一般的にはそういう認識なのか。
「強い魔法使いはあらゆる属性……特殊な才能がない限り基本は四プラス一属性だが、これを高レベルで混ぜ合わせて使えるとされてるな」
ちなみに、無属性を除いて二属性を混合できる魔法使いを混合、三属性を混合できる魔法使いを三叉槍と呼び、
「十字属性魔法使いとか憧れるよねー」
四属性になればそういう呼び方になる。前世のオレがそれだ。
「でも、実はこれは魔法の出力も上がらないしむしろ適正の上昇を阻害させる要因になる」
「えっ、そうなの?」
「ああ。その要素についてはいくつかあるが、一番大きいのは魔力の指向性が固定されてしまうことだな」
「魔力に指向性があるんですか?」
「あるよ。魔法についての理解が上がるほど発動が早くなるっていうのはそう見えるだけで、実際には術者の魔力の指向付けが強くなって変換の工程がパスされるからだ。それを前提とした上で、例えば火魔法と水魔法が得意な魔法使いがいるとする。その魔法使いの魔力は、火魔法に向いたものと水魔法に向いたものの二種類に勝手に変わってしまうんだ。もちろん水魔法用の魔力で火魔法を使うのは無理じゃないが、効率や出力的には段違いに悪くなる」
年長者には、洗濯や掃除の中で水魔法を使い続けたことで火起こしのための火魔法が使えなくなる人がまれにいるらしい。それもこの影響なのかもしれない。実証できたわけでもないからこれについては仮説にしか過ぎないが。
「つまり、魔力が半分になるのと同じってこと?」
「と思うだろうが、実はことはそう単純じゃない。魔力としてにしか過ぎなくても火と水が同時にあるってことだから、火は水を蒸発させ続けて水は火を消し続けてるみたいな状態になる」
「……実際には、魔力的には半分以下になってしまうわけですか?」
「そうだな。その証拠になるかはわからないが、上位魔法使いには十字属性魔法使いはほとんどいなかったはずだ」
前世の、それも定量ではなく感覚的なものだが。今のオレが目指す位置が風一〇〇だとして、前世のオレの割り振りが大体火水風土無それぞれ二〇だったわけだが、属性掌握できなかったことを除いても実際の出力はそれぞれ十五にも届いていなかったと思う。それを強引に組み合わせて使っていたが、何度か仕事をする機会があった混合の補完属性使いの方が単純な魔法の出力では強かった。
「まあ、魔法の発動に支障があるレベルまで干渉が起きることはないから気づく魔法使いは稀なんだろうな。魔力総量が上がれば多少燃費が悪くなっても連発できる数は多くなるし、混合魔法は単属性魔法より出力は上がるわけだし。単一属性の魔法使いは当然いるんだろうが、限界まで極めた術師もおそらくいないはずだから比べようがないってのもあるだろうし」
「ほうほう。ん? そういえばここまで色々聞いてきたけど、なんでユーリ君はそんなこと知ってるの?」
「……、あー。そういうことを実験や分析してたヤツが知り合いの知り合いにいたから、だな」
「ほー」
無論の当然、オレだが。
まあ知り合いでも良かったけど、オレの知り合いの誰かのその知り合いはつまりUターンでオレなわけで、遠回りだが嘘にはならないわけだ。よし、今後はこれで通すか。
「興味深いですね。よく聞く常識とはまったく違います」
こっちは前世の経験を元にした実戦魔法学なので、座学常識とは変わってくるだろう。でも。
「常識と思い込みならいくらでもあるぞ。二人にごくごく初級の魔法問題を出すけど、火の玉と水の玉をぶつけるとどっちが勝つ?」
そういえばこういう問題は筆記試験では出なかったな。相克関係は入学後のカリキュラムだからだろうか。
「相手がすごい魔法使いでもない限り水の玉だよね」
「属性の相互関係から言ってもそうだな。水は火に克つ。じゃあ、水の玉と火嵐なら?」
火嵐は火属性の上位魔法で、文字通り火の嵐を起こす対群魔法だ。まあ、「嵐」と言いつつも風が絡むわけではなく、火の渦を巻かせて範囲を広げるとともにある程度魔力を循環させることで火力を上げる純粋な火属性魔法だが。
「そうなると火嵐ですかね……あれ?」
「そうだ。こうなると属性の優劣は有利不利ではなく、本来強いはずのほうが弱いはずの方をどこまで減衰させるかというレベルに変わる」
それこそ、属性的に有利だからというだけでバケツの水で火事が消せるのかという話だ。
属性は単純なジャンケンじゃない。水魔法に強いとされる土魔法も、大量の水で押し流してしまえば圧倒できる。
「でも、本当は最初の回答の時点で誰でも気づけるはずなんだ」
「あ。術者の能力に左右されるってところですね?」
「そうだな。魔法使い自体が成長して火嵐クラスの火の玉を放てるようになれば、最初の設問ですら逆転するはずだ」
「それはすでに火の玉じゃないんじゃないかな……?」
オレは風魔法が最強だと信じているし、現状でも本気になればとりあえず学院の講師連中には勝てるだろう。だが、王都最強と噂される近衛魔法士団相手にガチでとなれば勝率は限りなく〇に近いはずだ。当然、その辺りは今後に期待ってところもあるけどな。
もっとも。今の状況でも、勝たなければならない状況になったのならどうあっても勝ちをもぎ取らせてもらうが。
「なんかすごく楽しそうな顔してますね……」
「うん。というか、悪そうな顔……?」
「騎士団と魔法士団を相手にするときが楽しみだな」
「何考えてんの!?」
「不穏ってレベルじゃないです!」
思いっきりツッコまれてしまった。
しかし、近い将来現実になりそうな予感もするんだよな。こういうカンは意外と当たるんだが、実現するとしてどういうシチュエーションなんだろうか。
「あ! 結局属性聞いてない!」
「そうです。わたしも興味があります」
……うまく流したと思ったんだが。
とは言え、この二人なら馬鹿にされることもないだろう。
「風だ。あと、各種強化なんかに今は無属性を使ってる」
「えっ。お姉さんとの勝負のあれ、風魔法でやったの!?」
「風魔法だけであれだけのことができるなんて驚きです」
ああ、そうか。二人とも再試験のときに姉さんとやったのも見てるものな。
「風魔法は地味で軽い、か。地味じゃなくてほぼ不可視ってことだし、軽いにしたって強風なら家を倒壊させることもある。要はこれも使い方次第ってことだ」
水が一L辺り約一kgなのに対して、空気はほとんど重量が無い。その軽い気体があらゆるものを吹き飛ばす暴力になるというのはとんでもないことだと思う。
「あとこれもあまり重要視されてないんだが、感情が魔法に影響を与えるってのもある。感情の根源は性格だ。そういう意味でもオレは風属性が向いてる」
あとは火かな。
オレの特性かもしれない“理不尽に対する怒り“っていうのはどうやっても無くせなかった。
ただ、魔法が感情に影響を与えることもあるし、なにかの経験で性格が変わることも当然ありはする。これから他の適性ができる可能性はゼロではない。その適性を伸ばす気は無いにしても。
「それに魔法の威力は性格や精神状態に左右されるけど、どうも風が一番安定してるみたいなんだ。火魔法は感情的な性格とか激怒してる状態がベストで、水魔法は思考や立場が柔軟であまり感情的になりにくくその上で情動があるっていう絶妙な性格がベスト。土魔法は頑固者とか追い詰められてる状態がベストだった」
「うーん、感情的な性格かぁ。怒りやすいとかイヤなんだけど……」
「わたしはその逆ですね。どうなんでしょう?」
難しい顔をしているが、二人とも適正な属性を選んでいると思う。今後の可能性を考えても。
「風の場合はどうなるんですか?」
「風はとりあえず自由なら何でもいい。というか、心が黒く染まらなきゃどんな性格でも特に何も変わらない」
「あれ、今までの聞いた後だとなんかズルい!」
風を構成するのは基本的に気体だ。低温や極低温で液化や凝固することもあるが、基本的に気体は超低温から超高温まで気体のままのものが多い。空気は周囲の状況に関わらずそこにあるし、常に流動してもいる。唯一、淀むと質が変わってしまうくらいだ。つまり他の属性のような要素に左右されることもほぼなく、その上で常時好調以上の状態になるわけだ。
というか、闇落ちですら密度上昇で威力を上げる要因になることもある。セラの言うとおりズルいかもしれない。
「魔力の時にした話に戻るが、この性質も全てに有利な状態にはできないだろ? だから属性は絞った方がいいんだ」
「なるほどねー。そういうこと、今まで考えたこともなかったな」
「まあ、魔力総量が化け物並みだったら今言った前提は完全無視できるんだろうけどな」
「じゃあドラゴン並みの魔力があれば!」
「実はそれも昔計算したが、自爆して王都が五個ほど吹っ飛ぶ」
「ごっ……!」
「こ……!?」
あの計算をした時はドラゴンの魔力量に愕然としたものだ。同時に、人間が他の種族と比べて構造的にどれだけ貧弱かも嫌ってほど思い知らされた。
じゃあ転生先をドラゴンにすればよかったんじゃないかとも思うだろうが、
「逆にドラゴンの魔力はオレたちの使うような繊細な魔法には向かない。火山の熱でポットの茶は沸かせないようなものだ」
というわけで、人間が可能な容量限界の魔力を持てるように現在努力中だ。
ただ、向かないだけでできないわけではないんだよな実は。色々過程を経由して、最低三〇〇年後からスタート。更に顕微鏡サイズの針の穴に綱引き用のロープを通すような修行を続けるとか、そういう悠長なことがオレには向かないだけで。
「さて、魔法の話はこんなところか。オレはあともう少し数を狩っていくから二人は先に戻っててくれ」
「え? もう目標達成したよね? まだ稼ぐの?」
「いや、質のいい角が何本か欲しいんだ。ギルドのクエスト表だとその辺言及されてなかったからAマイナスやB級でいいんだろうし」
その辺が低ランク故の要素だろう。逆に現状のオレには一石二鳥でもある。
本当は入学前に一定量揃えておきたかったんだが、残念なことに魔物の分布図から外れてたんだよな。一本でもあれば試せることもあったんだが。
「じゃあ手伝うよ。いいよね?」
「はい。もちろんです」
「……ありがとう、二人とも」
なら、パーティーを組むことの意義も少し試しておくか。
「二人が手伝ってくれるなら、二人のレベルアップも兼ねてオレは後ろに下がらせてもらおうかな」
「え。自主的に立ち上がってサボり?」
ジト目を向けられるが、言ってることだけだとそう聞こえるな。
「まあまあ。ついでにもう一つ風魔法使いをパーティーに加える意義を見せようと思ってね。それにはオレが手を出したら意味ないからな」
具体的に何をやるかは決まってるが、とりあえずレアには上着を渡しておくか。
「あ。ありがとうございます?」
「風邪ひかないようにな」
オレたちを見ていたセラは一瞬ほんわかとした表情になったが、すぐにジト目に戻り、
「こっちには無し?」
「セラはむしろ脱いだほうがいいかもしれない」
「どういうこと!?」
オレの言葉を聞いて、自分の体を抱くようにして後ずさる。
いやそういう意味じゃないんだが……レアまで変な顔をしてるし。
「とにかく、来るぞ」
「うー。あとで追求するからね」
こんなやり取りをしても振り返って火の玉を放ってくれるセラをありがたく思う。
さあ、期待に応えようか。
/
結局、さっきと同じ一〇匹。累計二〇匹を狩り終えたところで打ち止めになった。
「オレは目に見える手を出さなかったわけだけどどうだった?」
二人はそれぞれに息を吐き、身体のあちこちを見回している。
「あれ、不思議です。さっきと比べて魔力の消費が少ないような気がします」
「こっちはなんか火力が高かったかな?」
そう感じてくれたならやったかいがあったというものだ。
「今の状態だとこのくらいの後押ししかできないけどな。それでも、こうやって補助があれば単純に魔力燃費が上がったり出力が増したりするんだ」
そういう意味じゃ後方支援の風魔法使いってのがそれなりにいても良さそうなものだが、そうは行かないのが物理科学がさほど重要視されていない魔法世界の苦しいところだ。
というか、割と脳筋世界だよな魔法使いコミュニティーって。
「能力強化とか言えればいいんだけどな。これは単純に環境を後押ししてるだけだ」
この辺は慣れた魔法だ。むしろ前世の風魔法レベルだと割とこの辺が落とし所だったところまである。
……バフの対象は基本的に自分だったが。違う意味で泣ける話だ。
「火魔法と水魔法はほとんどの場合自分で現象自体を用意しなければいけない。その分魔力が割かれているから、全く同じ魔力量で同ランクの魔法を使おうとすると他系統に劣ってしまうんだ。そういう意味では土魔法も条件としては同じだが、ほとんどの場合は足元にあるからな」
「たしかに、水魔法使いは水回りに強いって聞いたことあるかも」
「……なんか違う」
「……わたしの記憶だと、“水辺に近づくほど強力になる”だったはずですけど」
もちろん正解は後者だ。
水辺に近づけば当然水そのものも手に入るし、湿度も上がる。同様に、火山帯に近づけば火魔法使いの魔法出力は上がる。
可能不可能で言えば火水土は持ち歩ける。しかし、魔法使いの出力を補う量を携帯するのは不可能だろう。そういう意味では風魔法は水中と宇宙のような真空空間以外はどこにでも触媒が存在する。というか水棲生物も呼吸自体はしているわけだから、水中でもかき集めるなりなんなりすればどうにかなる。最終的には他属性のように魔力を現象変化させればいいだけだしな。
ついでに、火と水の二人には関係ない話だが、さっき言った手法で土魔法を使えば足場がどんどんなくなっていくことになる。風魔法もその辺りは同じだが、気圧差で周囲から即座に補填されるし、魔法の結果としても補填されるので全くと言っていいほど問題が起こらない。
「セラには燃焼補助とエネルギー減衰低下のために周辺温度を上げて、さらに燃焼促進のために酸素を供給してた。レアの方には周辺の水分をかき集めると同時に気温を低下させて結露を発生させて無理やり水を用意したんだ」
あとは角が劣化しないようにホーンラビット側の防御もしていたのだが、これは言う必要はないな。
「なんかサラッと凄いことやってたって言ってない?」
「風魔法はある意味空間そのものに干渉する魔法だ。このくらいなら楽にやれる。オレの推測だとレベルが上がれば大気中に混じった希少鉱物を取り出したり、魔力元素そのものを魔力結晶に錬金することもできるようになるはずだしな」
「聞けば聞くほど風魔法がズルく感じる!」
オレだって本当に楽しみだ。前世で理論仮説を作って断念した魔法がいくらでもあるのだから。
と、話し込んでいたからか気づくのが遅れた。
「……長々と話しすぎたか」
「あ、そうだね。そろそろ帰ろうか」
「悪い、そういうことじゃない」
油断か? いや、オレ自身がそこまで驚異として感じていなかっただけだ。
がさりと音を立てて、茂みの中からなにか……いや、野犬のような魔物が出てくる。
「犬? じゃないよね。あれ、たしか結構上のランクの……」
「ハウンド。ホーンラビットを狩りすぎたみたいだ。魔力と匂いに寄ってきたんだろう」
ハウンドは個体としてはそこまで強い魔物ではないが、多頭で群れを作るのでランクの高い魔物になる。そいつが一〇頭ほど。
そのうちの数頭が唸りを上げている。威嚇なのか他個体との交信なのかはわからないが、友好の意図ではないだろう。
「さっきは二人に働かせたわけだし、ここはオレが一人でやるよ」
「いやあの、数が……」
「ついでに無属性魔法についても見せるいい機会だ。これなら今の二人にも使えるし、魔力相克を起こすこともない」
剣に加えて体中にも魔力を通す。この辺のイメージは、「全身に魔力の鎧を纏う」とか「骨を鉄に変える」とか「筋繊維を風船に見立てて手で押さえ込む」とか「全身にやる気をみなぎらせる」とか、各々色々イメージがあるらしい。
「ただし、いきなり自分の体で試すなよ」
地面を蹴る。ハウンドとの距離は二〇メートルくらいだっただろうか。
「失敗したらヤバいからな」
次の瞬間には、オレの剣はハウンドのうち一頭の首を落としていた。
「この無属性の身体強化ができるようになれば便利だぞ。文字通り運動能力を上げる他に体力が切れても無理やり動けるし」
「ちょ、うし」
「ギャイン!」
「あとは、無属性魔力を強制放出すれば単純な防壁や軽い攻撃魔法としても使えるな。姉さんが実技再試験のときにオレを吹っ飛ばしたのもこれだ」
などと説明しながらハウンドの周りを円状に走る。オレの動きを捉えきれないのか、その視線はあらぬ方向をウロウロし続ける。
「さらに、オレの場合は風魔法を使ってここからさらに加速できる」
とか大きく出たものの、実はこういう円状の動きはやらないほうが良かったりする。三半規管を強化していれば別だが、馴れないと目が回るからな。
さて。
魔法というものはそれ自体が物理を超えた法則とも言えるが、発生から先はもうすでに現象になっていると言える。つまり、オレの動きや細かい魔法もさらなる物理現象というか、天候現象を引き起こす。
「あのー。なんかおっきな竜巻ができてるんだけどー?」
レベルが上がればこれも直接魔法として行使できるんだろうが、今のオレには低ランク魔法を組み合わせての発生や保持くらいしか無理のようだ。
それはともかくとして、さらにそこから大気流動と風魔法で起こる風の流れに対してたまに逆向きの風魔法をぶつけて帯電させる。同時に、レアの魔法の影響で残っていた周辺の水気を巻き上げて流し込む。
色んな理由で転生前と同じようには行かないから別の方法をついでに試してみるかと思ったが、組成把握をしてみたところ案外うまく行きそうだ。
「火の玉を撃ってくれー!」
「え、火の玉!?」
「ああ、火の玉でいい! 軽くな!」
「軽くー!? うーん、わかった! えい!」
発射された火球を掴む。というか、魔法防壁でパッキングして、持ったまま跳ぶ。「えちょっとなにそれ」とか聞こえた気もするが、目指すは竜巻のてっぺんより上だ。
「こんなものか」
特に苦労することもなく到達したので、火球を竜巻の中心部に向かって投げ入れる。燃える球体はそれこそ穴に落としたボールのようにまっすぐ落ちていく。見えないが、底にはついたはずだ。
二人のもとに戻り、
「で、パッキングを解除してと」
必要はないと思うが、念の為オレたちにも複合防壁を張ってお、
ドッ、ボ! ゴオアアアアアアアアアアアアア!
凄まじい閃光と爆音と豪炎と暴風が木々を薙ぎ倒し葉を散らしあらゆるものを押し流していく。防壁に守られたオレたち三人を除いて。
「…………は?」
「…………えっ?」
「…………ええっ?」
煙が晴れてようやく完全な状況が明らかになったが、直径四〇メートルくらいのクレーターができていた。さらにその周り二〇メートルほども荒野のようになっている。
うん。とりあえずでも防壁を張っておいてよかったな。それこそこれは火嵐より一段上のランクくらいの被害度だ。
「……流石にこれはやりすぎたな」
すごいな爆鳴気。今のレベルでどうなるかわからなかったから水素や酸素の供給をやめておいたが、正解だったか。
いや、破砕された植物や魔物が粉塵爆発の触媒になったのだろうか?
あるいは水蒸気爆発か?
「やりすぎで片付くレベルこれ!?」
「あわわわわ……」
二人共、白目をむいて口から泡を吹きそうな勢いだ。
そんな二人になにか声をかけるとすれば、
「こんな感じだ」
「「何一つとして参考にならないよ!」」
/
その後、ギルドへホーンラビットのクエストを報告しに戻ったのだが。
「に、西の森で竜巻と大爆発があったと聞きました! 大丈夫ですか!? 皆さん向かいましたよね!?」
アカネさんがカウンターから落ちそうになるほど身を乗り出してきた。
「ええ、大丈夫です。だいぶ遠かったので」
「「ソウデスネ」」
申し訳ない。それはオレのせいで爆心地にいました。
などと言えるわけがなかった。
しかし、魔石ごと消し飛ぶとはなあ……