Interlude 家族の一夜
「にぎやかだと思ったら、すごい来客だね」
食事の用意を手伝っていたら、お父さんが帰ってきた。
「おかえりなさい、お父さん」
「お邪魔しております」
「お、え、はい。お邪魔されております」
ユメさんがしっかりと頭を下げるから一瞬で恐縮しちゃった。ここは私のフォローがいるかな。
「皆さん、魔法学院の生徒さんで、私が担当してる冒険者さんでもあるの」
「ああ、そうなのか。どうもはじめまして。アカネの父のトールです。娘がお世話になっています」
「いいえ、こちらこそいつもお嬢様にはお世話になっております」
代表してユメさんが挨拶して、全員で頭を下げ合う。
これで総勢十人になったわけだけど、ガーネット家は来客が多いので必要分の机や椅子がすぐに出てくる。獣人の国だと種族間交流が盛んだからね。うちもよくホームパーティーに呼ばれたりしてたし。
お父さんも、手早く仕事道具を片付けて配膳の手伝いに回る。
忙しなく動いていたセラさんが、一瞬立ち止まる。視線はお父さんに向いていた。
「トールさんもステルラの出身なんですか?」
「いや、シュベルトクラフトだよ」
シュベルトクラフト。帝国だね。
実力主義と謳っているけど、別に弱肉強食の国ってわけじゃない。弱者が食われるのは王国も同じだし。成果主義と言うべきかな。
「……不躾ですけど、トールさんはどうしてステルラに?」
なにか、セラさんの感情に揺らぎがあったような気がする。思い過ごしかな?
「早い話が、出世競争みたいなのに飽きたから旅をしていた果てにここにたどり着いたのさ」
「そこでわたしと出会ったの」
お母さんが合いの手を入れて、ニッコリと笑う。夫婦仲良好で何よりだなぁ。私が苦笑いになっちゃうのはご愛嬌。
「なら、これ以上ないいい話ですね」
「そう言ってもらえると嬉しいね」
「ええ」
気のせいだったのかな。突っ込んで聞くのも良くなさそう。ユーリさんなら何か知ってるかな。
テーブルにはたくさんの料理が並んでいく。十人分ともなれば当然だけど、お母さんのバイタリティーもすごい。久しぶりの私の帰郷だからっていうのもあるのかな。
「それじゃあ、いただきましょうか」
/
「アカネ」
「お父さん、お母さん」
夜中、ベランダで考え事をしていたらお酒を持った二人がやってきた。
グラスは三つ。他の人はみんな寝てるし未成年だから、私もってことだね。
星を見ながら、舐めるように飲む。お酒にあんまり慣れないのは、日常的に冒険者を見てるからかな。みんな飲み方が凄いんだよね。節度を守ってる分には今を生きてるって感じがして嫌いじゃないけど。
「なんだか吹っ切れた顔をしてるね。悩みの内はお母さんから聞いたけど」
「ユリフィアスくんといいお話ができたのかしらね」
ユーリくんというか、ユーリさんというか。その辺りはどう扱えばいいのかな。ともかく、話をできてわかったことは、
「どこにいても、何をやってても、私は私なんだなって」
ユリフィアス・ハーシュエスの姿であっても、ユーリさんがユーリさんであったように。
と言っても、クアドリだった頃には弟属性はなかったかな。うーん、あれはどう解釈すればいいんだろ。
「じゃあ、王国で仕事を続けることにしたのかしら?」
「そっちはまだ考えてるところ。リブラキシオムやステルラにこだわる必要もないかなって。ミアさんのお家にお邪魔するついでにシムラクルムも見て来るつもり」
思えば、共和国だけ行ったことないからね。いい機会だったんだなあ。ユメさんに感謝しないと。ユーリさんのことも併せてね。
「人生とは旅の如し、だね。いやー、良かった良かった。アカネは見た目はお母さん似だけど、性格は僕に似ちゃったから心配してたんだ。苦労してないかって」
「まるでわたしが何も考えてないから苦労していないみたいに聞こえますけど?」
お父さんの軽口にお母さんは困ったような顔をしてるけど、怒ってるわけじゃないのはすぐにわかった。でも、お父さんはすごく慌てる。
「ええ? 違うよ? 僕は心配性で世渡りが下手だけど、ベニヒは人や物のいいところを見つけるのが上手いってことだよ?」
「うふふ、トールさんの言う事なら信じましょうか」
それって、私も世渡りが上手くないって言ってるのと同じような。事実ではあるけど。
尻尾が揺れてるお母さんを見てると、頭から飛んでっちゃうけどね。
「恵まれてるなあ、私」
「恵まれてない人なんていないんだよ、きっと。気づいていないか、恵みがそこに無いだけで」
時折自分のことを「流れ者」と称するお父さんだからか、その言葉には実感が籠もっている。お父さんの幸せも、思いもかけないところにあったわけだからね。
私も、ステルラに留まってるだけじゃ知ることのできなかったことがいっぱいある。ユーリさんも、旅立って行ったときは「世界を見たい」って言ってたっけ。そうかあれ、この世界のことを何も知らなかったからだったんだ。
私も、この世界のことで知った気になってることも知らないこともいくらでもあるんだろうなあ。
「私も、もっと色んなものに気付かないと」
「大丈夫だよ。アカネはお父さんとお母さんの子供だから」
「そうね。それに、いつでもわたしたちはここにいるからね」
お父さんに頭を撫でられ、お母さんには腕を抱かれる。
そうだね。どんな時でもお父さんとお母さんは待ってくれてる。私も前へ進み続けよう。