Interlude 実技再試験
試験の結果はすぐに貼り出されるらしく、試験終了後しばらくして正面玄関に向かうと巨大な掲示板が出現していた。
正直、手応えは微妙だ。アテにしていた実技試験が筆記試験よりさらに期待できないとなれば。
もし落ちてたらどうするか。ギルド登録も年齢条件を満たしていないことになるわけだから無理だな……などといろいろ考えていると、
「あ」
「あっ」
「お」
試験前に会った二人と目が合った。
そこそこ距離があったが、駆け寄ってきてくれる。
「さっきはありがとうございました。無事合格できました」
「私からも改めて、ありがとう。こっちも無事合格できたから」
片や深々と、片や浅いながらもしっかりと一礼をされた。
「じゃあこれも改めて。セラディア・アルセエット。今後もよろしく」
「わたしはルートゥレア・ファイリーゼです」
「ユリフィアス・ハーシュエス。よろしくな」
オレ自身が合格できたのかはわからないが、名乗られたら名乗り返すのが礼儀。
って、なんか周囲がざわついてるな。その上何人かはオレを見ているような。試験のとき同室だった奴らか?
怪訝な表情をすると、どういうわけかどこかの誰かが海を割った伝説のように人波が二つに分かれる。おかげで掲示板が見やすくなったが、
「……なんだあれ」
「……なんでしょう」
「……なんだろね」
名前の羅列の最後に、名前以外の長文がある。
『下記の者、実技試験のみ再試験を行うものとする』
その下記の者とは。
「再試験って……何やったの?」
言うまでもなくオレであった。
「特に何も……いや、そうか」
たしかにあれじゃあ物言いがつくかとは思っていたが、それがこれか。
で、端的に言うなら。
「相手が自滅した」
「自滅!?」
「相手は試験前のアレだった」
「あ、えーと。その辺りでもなにかあったのでしょうか」
オレたち三人が疑問符を浮かべていると、教師らしき人がオレに目を留めて近づいてくる。
近づいてきた上で、さらに舌打ちをされた。何なんだ一体。
「君の実力が測れなかったので不合格にしようと思ったのだが、数人の教師や生徒から猛反発を受けてな」
なるほどね。ほとんど何もしなかったし何をしたかもわからなかったこともあるんだろうが、この感じだとおそらくやりあった相手の家名の問題が大きいんだろうな。
イヤそうな顔をしているこの人もそっち側だってことか。
「わかったら大演習場へ行け」
必要はないと思いながらも魔力を見る。本当に、予想通りすぎて笑える。
芯が黒い。どうやら指導者としての立場と善性というのはさほど関係がないらしい。
「すみませんが。大演習場の場所はどこでしょう?」
「……、そうだな。ついてくるといい」
言われた通りに後をついて歩く。
二人もオレのすぐ後ろについてきた。
「……ねぇ、大丈夫なの?」
「なんとかするさ」
そうしなきゃならないようだし、期待には応えなきゃいけないしな。
そんなオレよりはるかに深刻そうな顔で、ルートゥレアが一歩踏み出した。
「申し訳ありません、先生。その再試験はわたしたちも見られるのでしょうか」
「ああ。物好きな生徒も集まっているようだからな」
彼女はそれを聞いて満足したように頷き、
「……見守ってますから。一緒に入学しましょう」
「もちろんそのつもりだ」
そのやり取りを聞いていた先生は、
「精々頑張るのだな」
と見るからに表情を殺して言った。挑発がご上手なことで。
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大演習場の入り口らしきものをくぐって通路を歩いていると、学院の制服を着た男子生徒が立っていた。その胸には上半身を隠すくらいのサイズの樽を抱えている。
「先生。言われたとおり持ってきましたけど……」
樽の中から剣の柄が生えている。ただ、なんとなくゴミ箱のように見えるのは気のせいだろうか。
その中から一本、掴んで渡される。
「君は剣を使うと聞いた。これでいいだろう」
これは模擬戦用の木剣か。一応、こういうものもあったんだな。
ただなあ。
「お返しします」
「ふん……ぐッ!」
そりゃ誰だって驚くだろう。返した瞬間、木剣が爆発すれば。
まあ、素材に対して過剰な強化をかけたあとに剣の外側の保持強化だけを解除しただけだ。ただし。
「不良品を渡されても困るだけなので」
明らかに質が悪い。不良品というか、そうとすら呼べない剣の形をしたゴミだった。おそらく他のも同じようなものの可能性が高い。
乱雑に突っ込まれた木剣を“視る”。
十本ある中に、意図されたものか奇跡的にか一本だけまともな物があった。あるいは誰かがすり替えてでもくれたのか。
試しに魔力を通してもみたが、これなら及第点だろう。
「案内ありがとうございました。『精々頑張ります』よ」
「フン。期待しておこう」
今更でしかないが、あんまりこういう物言いはしないほうがいいな。魔力の質に影響を与えてしまう。
深呼吸をして大演習場に入る。
視界が開けた先は、演習場というか円形闘技場だった。実技試験をしたところより遥かに広い。
さっきから魔力探知でわかっていたが、そこにいるのは、
「姉さん、昨日ぶりだね」
「うん」
王立魔法学院の制服を着込んだ姉さんだった。
ついでに、身長ほどもある大杖と呼ばれるタイプの杖も持っている。うーん、一応本気でやれる状態だなこれは。このまま討伐に出れるくらいに。
「ほんとはこういう予定じゃなかったんだけどね。ユーくんが何やってるかわからなくてなんだかバカにしてる先生もいたみたいだから、それならわたしが思いっきりやりましょうか? って。わたしだと手加減するからって言われたけど」
「まあ、その辺は問題ないんじゃない?」
「そうだね。それにきっと、ユーくんの相手はわたしくらいしかできないと思うし」
「オレも姉さんの今に興味があるよ。でもなにか制限つけないとまずいよな」
「うん。でもたぶん、同じこと考えてもう決めてるよね」
顔を見合わせ、ニヤリと笑い合う。
「「ここの防壁が壊れるまで」」
落とし所は決まった。お互い、剣と大杖を向け合う。
「開始の合図がもらえないみたいだし」
「勝手に始めようかッ!」
芝居がかったセリフを言うのと同時に、お互いに手持ちの武器に魔力を込める。さらに、姉さんの周りには水球がいくつか浮かび始める。
装備面で言えば姉さんが圧倒的有利だ。一般的な魔法使いが持つ二の腕ほどの長さの杖は、オーケストラの指揮棒のように魔力制御を補助する効果と魔導宝石によって魔法を強化する効果がある。大杖はそれに加えて、魔導宝石の体積上昇によるさらなる魔法の強化と発動済み魔法の展開固定をも可能にする。水魔法使いの姉さんはサファイアとアクアマリンの両方で属性補助もしている。その上でその形状から物理的な打・突も可能という、魔法使いなら何をおいても持つべき装備なのだ。
ビジュアルがとか、重量がとか、そんなくだらない理由で忌避するものじゃないはず。なのだが。オレのような超近接魔法戦闘を好むような異端は別として、なんで誰も使わないのか。
「行くよ?」
水が奔流となって押し寄せる。数は五本。一本一本がオレの顔ほどの太さもあるそれを一太刀のもとに斬って捨てる。
正確には剣にまとわせた風魔法で吹き飛ばしたのだが、何人がそれを理解できただろうか。もしかすると姉さんがオレの振りに合わせて射線を曲げたように見えただろうか。
こうして防ぎ合うのもいいが、これだけでは納得されないはずだ。なら前に出よう。
身体強化して地面を蹴る。今度は水のビームではなく散弾がオレを襲う。その弾幕を、前方に展開した風の流れで受け流す。
あと数歩で剣が届くというところで突撃が自動的に停止。オレの魔法防壁と姉さんの魔法防壁がぶつかったからだ。魔法防壁も魔法である以上、出力を上げれば相互に干渉を起こす。
「さすが姉さん。いい防壁だ」
「うん。ありがと」
至近距離で笑い合う。
「じゃあ」
前面の防壁を解除。空いていた手で姉さんの魔法防壁を殴りつけるとそこで止まる。やはり物理防壁もあるか。
剣を引いて先端に魔力を集中。視線方向へまっすぐ突き出す。
一点突破。パキン、と音を立てて防壁が割れる。同時に、目で捉えていた姉さんの位置がズレた。
水による光の屈折か。意表を突くにはいい手だ。素人は驚愕するし、玄人でも動体視力の高さによる無意識の視線の動きで思考のラグを作れる。ズレていたのが突き出した剣を持った右手側だというのも上手くやっている。おそらく、防壁も弱化してわざと割らせたのだろう。こちらの勢いを付けすぎさせるために。
本当に成長したな姉さんは。その上で、浮かべている笑みでオレが風の魔法使いだってことも忘れていないと教えてくれる。
右手から剣を手放す。慣性と重力で斜め前に落ちるはずのその剣は風魔法によりいくらか左にスライド移動してその場に留まる。そいつを左手に持ち替え、右手には風を球状に渦巻かせる。
右手の突き。実際には大した威力なんてないものだが、姉さんも大杖から離した手を突き出す。
魔法付加の掌底とただの掌底なら前者が勝つ。が。
「!?」
押し込まれるような感覚に反射的に防壁を張る。そのまま踏ん張ることなく力の流れに身を任せ、大きく後退する。さらに、展開されていた水が水の玉として飛んでくる。体勢が崩れてはいたがそいつもすべて斬り捨て、体軸を修正しながら地面を滑って止まる。
さっき姉さんがやったのはただの魔力放出。だが、出力を上げれば魔弾の強化版のような使い方もできる。
合わせてきたのか。あのオレの動きを見て、瞬時に。むしろ初手からすべて読んでの連撃か?
そういう意味の目を向けると、ニヤリとした笑顔が返ってくる。
「ははっ」
不謹慎かもしれないが。
楽しくてたまらない。
姉さんがここまでやれるようになったというのと。
オレ自身がそれなりに本気でやれるということが。
心の底から、嬉しくて楽しくてたまらない!
「次。そこそこ本気で行くからね」
膨大な魔力の気配に上を見ると、大量の水が塊を成している。ただ、表面がまるで膜を張ったようにつるりとしている。
大質量を叩きつける魔法使いの基本技で、水の場合は水の鎚と呼ばれる。これはそいつの改良版。防壁を強固な表面材として使用しているのだ。
これは受けなければ失礼だろう。こちらも剣に風をまとわせる。
水の鎚は面攻撃の魔法。しかも結合の強い水属性だ。斬撃は相性が悪い。ここは打撃武器……また風棍棒か。姉さんとは縁があるな。
振り下ろされる水の鎚に風の棍棒を叩きつける。絵面でも字面でもこっちが不利だが、そこは込める魔力次第だ。
魔法同士がぶつかりあい拮抗するだけでなく、高出力同士の激突で不安定になった水と風と魔力が辺りに撒き散らされる。
水が散るバシャバシャという音の中で一瞬、ビキ、という音がした。
これでだいたいの目安は決まった。込める魔力を増やして姉さんの作った防壁を叩き割り、水も吹き散らす。
「もう一度行くよ」
姉さんが宣言すると、再び水が景色を歪める。ただし今度はコーン状で、位置は姉さんの前。
水の槍。これはおそらく斬撃でも打撃でも捌ききれない。崩すなら点と点の接触。
剣の切っ先に円錐状に防壁を展開。さらに風の魔法をまとわせる。
風は停滞しない。なので、オレの側はただのコーンではなくてドリル状になる。
先手必勝でも構わないが、ここはまたあえて受けに回ろう。
飛んできた円錐の先に円錐の先をぶつける。単純な質量なら姉さんの方が上。こちらはそれ以外で上回るしかない。
魔力。それに回転による収束と圧力分散。動体を操る分こちらのほうが制御は面倒だが、この程度のことができなくて風の魔法使いは名乗れない。
バリバリという魔法同士がぶつかり合い引き裂ける派手な音の中に、わずかにピシ、ピキ、と薄氷を踏むような音がする。
お互いに更に魔力を込め、押し合う。姉さんは防壁をさらに強くし、オレは同じく防壁の強度を上げると共に風の収束率と速度をさらに上げる。
音はバキバキというものに変わり、程なくしてバギンと大きな音を立てて雪のように光が舞い散る。
魔法が魔力に還る瞬間。防壁が砕けたときによく見られる現象だ。もちろんオレのものでも姉さんのものでもなく、演習場に敷設されていたもの。間違いなく出力を担っている魔道具ごと壊れたはず。
これ以上は観客にも累が及ぶので、お互いに魔法の行使を終わらせる。
「こんなところでしょう」
姉さんは居並ぶ教師の方を向いて一礼をした。その後ニッコリと笑って、
「まだ不服があるでしょうか。なら弟はどなたでもいくらでも相手をしてくれると思いますが」
言うなあ、姉さんは。
でもさ。
「ええ。どうせなら全員同時でもオレは構いませんよ」
手加減も何もする必要がないのならオレだって全力を出したい時くらいある。特に、今は戦闘と魔力放出過多でハイになってるのもあるからな。やるなら今みたいなパフォーマンスなしだ。何秒で片付くかな?
「も、もう十分ですっ。合格に文句はありませんっ!」
だろうな。数人ほど放出魔力が膨れている人間はいるが、敵意や挑戦心と呼べるほどのものはない。
ちなみに。「無事合格したぞ」という意思を込めて目を向けた二人は、口を半開きにして真っ白になっていた。
どこかで見た光景だな。