第十六章 受付嬢の休日
……休日の朝は辛い。
そんなことを言ったら、私が担当している冒険者たちは驚くだろうか。特に、ユーリくんは。
彼には働きすぎじゃないかと心配されたけど、そういう意味じゃない。実のところ私はそんなに勤勉じゃないし、見られていないところでは割とだらけているし、休みもちゃんと取っている。制服を着ることで意識を切り替えてるみたいなもの。それに、今日は特に体調が狂う日でもあるし、ちょっとね。
「はぁ……」
あんまりお腹に物を入れたくないけど、食べておかないと余計に動けなくなる。そう言えば、押し付けられた冒険者向けの携帯保存食がいくつか、
「まっず……」
味は何を重視したのか複雑に絡み合って舌と喉を焼くし、保存性の考慮で水分がなくてパッサパサ。クエストに出て疲れたり気落ちしたときにこれを食べたら、きっと帰ってこれない。よくこんなものを売ろうと思ったなぁ。
水で無理やり流し込んで、なんとか食事を終える。これは本腰を入れて開発に関わった方がいいかも。今日は鋭敏になっちゃってる可能性はあるけど、特に味がひどい。
そのまま、机に突っ伏す。もっと動く気がなくなってしまった。
どうしようかな、今日は。出かけられもしないし。本を読む気力もちょっと。
そうやってどのくらいぐだぐだしていたかわからないけど。廊下の軋み音がするなと思ったら、部屋のドアが叩かれた。
『アカネさん? いらっしゃいますか?』
この声は、ユメさんかな。
人が来ればある程度気は持ち直すので、立ち上がってドアへ向かう。
「はいはい」
ドアを開くと、やはりそこにはユメさん。手にはこれまた見慣れたバスケット。
「おはようございます、アカネさん。差し入れです」
「ああああ、ユメさんいつもありがとー」
「いえいえ。こちらこそアカネさんにはいつもお世話になっていますから」
ユメさんは、知り合って事情を知ってからこうやって時々訪ねてくれる。ほんといい子だなあ、ユメさん。いいとこのお嬢様で人格もできてる。その上、回復魔法の適性持ち。文句の付けようがないよ。
「いつも通り、回復をかけておきましょうか」
「お願いします」
原因に対して回復魔法は気休めでしかないけど、調子が整うから少し楽になる。
って、あれ? 詠唱は……?
「アイリスさんとユリフィアスさんから教わって、詠唱しなくてもすむようになったんですよ」
「なるほどねー」
あの姉弟はほんとに話題に事欠かないなあ。そのぶん人付き合いに苦労してるのは、ギルドの中だけでもよくわかる。
理解はできるけどね。私も無詠唱や身体強化ができることは、約束を守るまでもなく隠しておきたいし、バレても教える気もない。王都のギルドに異動してからは特にそう思うようになっちゃったし。悪ぶってる悪と善人ぶってる悪の多いこと多いこと。ギルド側に把握されてることにすら気づいてないもんね。ギルドもブラックリストの存在は絶対に公にしないけど。
それに、強くなって性格を変えちゃう人もたくさん見てきたし。変わらない人や焦りがなくなる人ももちろんいたけど。
「悪い人には気をつけてね」
「ええ、それはもちろん。一緒に魔力探知も教えてもらいましたから」
あー、それは教えてもらわなかったなあ。今は雰囲気でだいたいわかるようになったからいいけどね。
「みんな成長してるね。って、アイリスさんとユーリくんの周りだけ突出してか」
「ええ。お二人には頭が上がりません」
有望株が現れる度に、潰されないかどうか本当に心配になるんだよねぇ。みんななら大丈夫そうだけど。って、ユメさんは卒業したら自分の家に戻るのかな。
あ、まずいタイムリミットに気付いてしまった。もう一年ないんだ。
「……ステルラのギルドに戻る予定はないのですか?」
それを察してか、ユメさんから提案が。彼女にしか話してないけど、元々私はそこにいたからね。そう大きくもない街のギルドだから、支部の支部みたいなところだけど。
「……それもいいのかな。ユメさんもいなくなるし、きっとユーリくんたちも一緒に卒業していきそうだからね」
笑えないような、笑ってしまう話。冗談だったんだろうけど、少しだけ本気が見えたからね、あの時。
みんな、頼んだら近くで暮らしてくれるかな、なんて。そんなわけないけどね。みんながどういう生き方をするのかもわからないから。
「番かご主人さまでしたっけ。見つけるのは大変でしょうからね」
「うん、まあ。簡単に言えば結婚しろってことだからねぇ」
「わたくしもそういうお相手はいませんね……」
「そうなの? 許嫁くらいいるのかなって思ってたけど」
「ハウライト家は自由恋愛推奨なので」
「なるほどね」
余計なお世話、ではないけど。お互い、そんな相手がそうそう見つかったら苦労しない、か。そう、あの人みたいな。
って、相手は決まってるのに会えなかったらダメなんだなあ。空想のご主人さまで消費できちゃうからなのかな。
なんでこんな話になるのかって言うと、まあ、私が人と紅狼族のハーフだからなんだけどね。番とかご主人さまっていうのは、紅狼族のお母さんから聞いた話。体質や感情を安定させるには、そういう相手を見つけるのが一番なんだとか。
自分が酔っ払ったみたいに誰かに甘えてるのは思い浮かばないけど、尻尾を振ってるような気持ちならわかる。たまにだけど、胸が苦しくなるほど会いたくなる人。それが憧れなのか思慕なのか恋慕なのかはまだわからないけど。記憶の中で容姿も何もかも止まってる、ううん、たぶん美化されてるもんね。
「うふふ」
突然、ユメさんが笑う。なんだろう。思い出し笑いかな。
「アカネさん。尻尾が揺れてます。本当は、お慕いになられている殿方がいるのでは?」
ああ、やっぱり駄目だなあ。月に一度、こうやって耳と尻尾が出てしまう日があって、そういう時は聴覚能力も上がって、身体能力まとめて狼に寄ってしまって知覚のバランスが崩れる。なにより、尻尾があるから感情も全部丸見えなんだよね。嗅覚だけ上がらないのは救い。
じゃなくて、お兄さんの話だっけ。
「その人は、もうどこにいるかわからないし」
「……亡くなってしまわれたんですか?」
「わかんない。生きてるって信じてはいるけど、もう十年以上クエストの達成実績がないみたいだから。冒険者を辞めちゃっただけならまだいいんだけど、ってこれなんか矛盾してるかな」
「そうですか……ちなみに、お名前を伺っても?」
「うん」
忘れもしない。
魔族を感じさせるような見た目で、どこか私たち獣人と近い名前の響きで、魔法使いで、騎士で、人間。そんな不思議な人。
「ユーリ・クアドリ」
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ユメさんは、今日もクエストに行くらしくて昼前にはギルドに向かった。一日も早くウォーターカッターを覚えるんだって言ってたけど、まだまだ上に行く意欲があるのはすごいなぁ。
一人になったら、することは考えることくらい。その考えることは、今後の身の振り方。こんなこと机に向かって考え込んだらドツボにはまるだけだし、ベッドに潜ってぼんやりと思考を巡らせることにする。
思えば、王都のギルドに来たのもユーリさんの足跡を追えるかもと思ったのが大きかったんだった。仕事が忙しかったり、考えることが多くて忘れてたけど。
その意図も、もう用を為さなくなってしまっている。そう思った瞬間、急速に熱が抜けていってしまった。
ステルラでの私を知っている職員はいないし、たぶんそうであっても普通の人間だと思ってるだろうから、私が獣人のハーフだということを知っているのは王都ではユメさんくらいだと思う。この状況を「バレてない」と言うのかはわからないけど、そうやってやって来て、いいかげん辛くなってきたのも事実で。ステルラ連合のギルドに戻ればそういうことを気にしないで済むのだと思うと、いい選択かもしれないと思えてしまう。
なんのことはない。ユーリくんやアイリスさんたちが人間関係で悩んでいるのと同じように、私も悩んでいるだけのこと。あの懇親会で、それも目の当たりにしてしまったし。少ないながらも冒険者内でも前からあったけどね、ああいう差別意識は。アレが私に向けられたらって考えると苦しくなる。今回矢面に割り込んだから特にかも。
何故か……じゃないね、名前が同じだからかな。ユーリさんの顔と一緒に、ユーリくんの顔が浮かぶ。なんとなく雰囲気が似てるんだよね、あの二人。顔が似てるわけじゃないし、血縁関係はないんだろうけど。
今度相談してみようかな、なんて。年下の男の子のことを考えながら、私の思考は浅いまどろみの中に溶けていった。




