Offstage 風魔法使いが大変悩んで苦労した話
「魔質進化って、どのタイミングでするのがベストだと思った?」
「んん? 何いきなり」
フレイアの言うとおり、唐突で申し訳ないし、わざわざ士団の執務室まで来てする話でもないのかもしれない。でも、こういうことについて相談できるのはフレイアしかいないからな。そのために書類整理を手伝ってるのもあるし。
いや、機密とかあるしホントはダメなんだろうけどさ。
「あ、セラちゃんの話?」
「ああ。ほら、成長期を微妙に外したのを取り戻したいみたいなことを言ってただろ? だから、今のオレ達くらいの年齢でやっておいたほうが良かったのかなと」
「はい? 誰もそんなこと言ってないけど……ああ、あれか。あー、うん、そうだねー。そりゃ、早いに越したことはないかなぁ。最初は火魔法が使えなくて戸惑ったし。慣れること考えると早ければ早いほうがいいと思うよ」
ん? 若返りはそういう意図じゃないのか?
まあ、今はいいか。
「そうか。あとは……あの後すぐに別れたわけだけどさ。利用しようと寄ってくるやつはいたのか?」
「当然。って言っても、大抵は強力な火魔法使いだと思ってただろうけどね。そっちの見分けはユーリ直伝の魔力探知でできたからよかったけど」
やはりそっちもそうか。なら、早急な覚醒はハイエナを招くかな。
「その辺りはユーリも付いてるわけだし、逆に早いほうが良くないかな」
「ああ、そういう考え方もあるのか。ただ、オレの目や影響力がどこまで通じるか」
「私と違ってセラちゃんは素直に言う事聞けるし離れないし大丈夫でしょ」
たしかに、当時のフレイアと比べればレアやセラを始め、姉さんたちもみんな素直だな。
逆に言えば、フレイアが跳ねっ返りでなければ今こうしていないのかもしれない。何がどう働くかはわからないものだ。
「それに、ユーリのそばで魔質進化したところでって気もするし? ていうかむしろ、ユーリこそなんか珍しく焦ってる感じがするけど?」
「いや……焦るっていうか、ふと思ったんだよ。割と現状平穏だし、そこまで危機的状況に陥ることも陥れることもないし、タイミングを逸する可能性もあるんじゃないかって。このままズルズル何事もなく終わりそうというか。危険中毒かよって言われても仕方ないのかこれは?」
「あはは」
平穏を望んでおいて矛盾した話だというのはわかっている。
しかし、フレイアが覚醒したのも危機的状況下だった。スタンピードの話が出た時、「当面そんなもの来そうにもないしそもそも矢面に放り込む気もないな」と思ったのとあわせて、ふと頭に浮かんでしまったのだ。
そういう状況がいつか来るのだとしたら、最善最大の備えをしておかなければ後悔するんじゃないだろうか。
「まあ、あの時みたいな状況はそうないよね。そこらの有象無象よりセラちゃんレアちゃんの方がずっと強くて、周りにいるのもみんな学生だし」
「あの状況だって、クソ野郎がいなかったら起こらなかったからなあ。あそこまでのクズはそういないだろうし。にしても、もっと穏やかな方法はないものかね」
「うーん。私がそうだったからって、感情の励起が絶対の鍵になってるかはわかんないよね」
「そこはそうだな。魔質進化自体、オレもフレイアのことが無ければ知ることすらなかったかもしれないし。ただ、セラの場合は鍵になりそうなものはわかってるから、危険な状況は作らなくていいんだが」
今まで、二度その気配があった。それでセラの地雷はだいたいわかったのだが、やりようや弁明によっては関係修復が不可能になるのはわかりきっているので二の足を踏んでしまう。だからと言ってそれで可能性を閉ざしてしまうのも問題であり。
「とにかく難しいんだよ。もし同じことを五年早くオレにやられて、お前の為だって言ったら、許せたか?」
「ビミョーだろうね。ってか、無理かも」
心底嫌そうな顔してるけど、だよなあ。上級ダンジョンのそれも高ランクで見捨ててくるとか。下衆ってレベルじゃない。助けに行かなければ死んでいたかもしれないのだから、トラウマになってないだけまだマシだ。
「でも、実際に力になってるだけになんとも言えないところもあるよね。私のほとんどだし」
「謙遜なのか卑下なのかはわからないが、炎魔法だけがフレイアの全部じゃないだろ」
「あはは。あの頃のこと思い出すとどうしてもねぇ」
いやこれ、トラウマになってるのか。まあ、経験という意味では表裏一体な部分もあるとは言え。
本気で難しいな。感情にシンクロできるとは思えないし、多分それじゃだめなのはわかっているし。フォローの方法も思いつかない。
「あのさ。ユーリが気にしなくてもいいって。もっと強く止めてくれてたらとか思ったのはあの時あの瞬間だけで、それも理不尽な恨みだったし。当時の私がバカだったのが事実だよね」
禍福は糾える縄の如しとか災い転じて福と成すでもないが、極端に悪いことの先に極端に良いことがあるっていうのは取り扱いに困るな。
「まあ、それでセラちゃんがユーリのこと嫌いになってもさ。ちゃんと仲直りできるって。いい子なんだから。ユーリが見込んだんでしょ」
「そうだな」
オレに必要なのは、セラを信用する覚悟だけか。
/
「で、方法は定まったんだが、人道的にどうなんだろうなこれ」
魔質進化は感情の励起によって起こることが多いわけだから、手段もクソもないのはフレイアの時にわかってはいるわけだが。それにしても考えついたシナリオはひどすぎる。
セラの感情を揺さぶる要素を組み合わせるとこういうシナリオ以外ないんだが、ほんとにこれしかないのかとかほんとにこれでいいのかみたいな言葉が頭から無くならない。これを自分にやられたら、間違いなくオレはブチ切れる自信があるし、問答の前に首を飛ばす。
「人道的にですか? 具体的にはどういう」
隣りにいたレアが首を傾げる。ちなみに、この時点で既に目的であるセラの魔質進化のことはトリガーを含めて話してある。
友達と、たぶん家のこと。その二つを混ぜ合わせると、
「いや、セラを怒らせるためにレアに死んでもらおうかなっていう」
「わたし死ぬんですか!?」
……説明が足りなさ過ぎた。まだオレも迷ってる証拠、にはならないなこれは。なるわけがない。
とりあえず、深呼吸しよう。
「死んだふり、だ。もしくは代役を使うか。そうだな、そっちにするか。魔力探知のこともあるし」
「代役って、それって誰か別の人を……」
「いやいや」
そんなことするわけない。
物は試し、場所は校舎裏で誰かに見られることもなし。絶対に見られてはいけないセラもいないし、やってみよう。
疑似精霊魔法、土柱。変性。人型。さらに疑似精霊魔法で霧を同じ場所に発生させ、風魔法で乾燥させ、強度を上げる。
前世でやっていた、土人形を使った変わり身魔法だ。今の状態だと一つの魔法として組めないから難しい。
「なるほど。でもこれ……」
「身代わりにはならないな……」
わかってはいたが精度が低すぎる。
ハニワか。いやなんか昔ゲームでこんな敵キャラを見たことがあったような。
何に似てるかはともかく、疑似精霊魔法ではこんなものにしかできないのか。
「もう一度だ」
魔法陣を微妙にいじり、バーストでの魔力供給も調整し。これでどうだ。
「……えーと」
「わかってる。ダメだな」
さっきとほとんど変わらん。
さらにいじってもう一回。変わらん。だが諦めない。セラの未来がかかっているのだから。
「もう一回だ」
/
そうして繰り返すこと百回ほど。見事に古墳を作る準備が整ったのだ。
/
「って違う!」
思わず、地面にくずおれてしまった。
目指してるのは最低限人に見える土人形! 埴輪や土偶じゃない!
「どうすればいいんだ……」
まだ魔力が尽きる気配はないが、尽きるまでやってもここからマシになる気がしない。まったく成長していないからな。
転生してからこっち。いや、転移してからですらここまで絶望したことはない。オレの造形技術と魔法制御はクソだな。後者はともかく前者はどうしようもないのか。
そういえば、土人形分身も霧や土煙を使ってある程度ごまかしていたんだった。元々ダメじゃないか。
「魔法制御は悪くないはずですけど……うーん。えー、と。思ったんですが、もっと細かく部分部分でパーツ分けして構成することはできないでしょうか?」
レアの呟きに、雷が落ちたような気がした。
そうだ。模型だってパーツ分けでできていたし、たしかフィギュアだってそうだったはず。
「それだ。レア、天才だ」
「いえ、そんなことは。って、これで天才認定はどうなんでしょう……」
天才は一パーセントのひらめきがなければいけないと言う。なら、レアは天才で間違いない。
よし、造形の観点を再構築だ。
形状的なことを言えば、手足や首は円柱、身体は楕円柱か平面、頭は球体が近い。ということは、土柱と土壁とアースボールだな。
「絶対にできる!」
疑似精霊魔法。
よし! 人型になった!
かろうじて?
「……そもそもこれ、わたしなんですよね。いえ、納得していない以上ユーリくんからこう見えているわけじゃないのはわかっているんですが」
レアからは不満の声が聞こえる。
いや、うん。細部の問題はまだ先の話だから。
もっと細かくパーツ分けすれば、きっと疑似精霊魔法でも完璧な像が作れるはずだ。分割しても構成できるなら、限界まで細かく分割してやればいい。
こうしてオレとレアは、そこからもああでもないこうでもないと意見を出し合いながら完璧な土人形分身の作成に精を出したのだった。
完成まではまだ遠いが、やってみせようじゃないか。希望は見えたのだから。
/
試行錯誤を重ね数日後、ついに完成した。
大まかな形状は土魔法で出し、細かい部分は水魔法で成形しつつ風魔法で削る。仕上げに火魔法で表面を焼成。
繊細な魔法行使と魔力調整と集中は、オレの魔法使いとしての位階をかなり高めたに違いない。
さらになんと。魔力探知を併用して、特定個人の3Dプリントのようなことまで可能になったのだ。これで勝てる!
「やりましたね、ユーリくん!」
「ああ。レアのおかげだ!」
ガッチリと握手。この一体感と達成感は、二度と味わえないだろうとさえ思える。
……あれ? 待てよ? 当初の目的ってなんだったかな?