第十四章 私の運命
魔法剣は、剣の種類が変わっただけだから問題ナシ。むしろ、自分のものってことで気分も高まって前より良くなった感じ。結局、腰に差すスタイルにしたけどね。抜きにくかったし、割と持ち歩きにくかったし。
レイピアの使い方については、昔ちょっと見たりやらせてもらったりした経験が生きた感じかな。あの頃より身体能力も上がってるし、ユーリ君直伝の身体強化もあるからね。これで一つ打つ手が確実に増えた形。
でも実は、最近伸び悩んでるなぁなんて思ってたりして。
というか。詠唱してた頃は、魔力量を増やして段階的に高位の呪文を覚えていけばいいんだと思ってたんだけど、詠唱する必要がなくなってからそういう感じじゃなくなっちゃったからねえ。目標がなくなったっていうか。
火柱は縦に伸びたファイアボールだし。
火嵐は真ん中が抜けた回転する大っきなファイアボールだし。
ケルベロスのときに使った地面を焼く魔法だって、押し広げたファイアボールだし。
っていうか、ファイアボールだってそもそも球状にした火だし。
火っていうものをどう扱うか考えなくちゃいけなくなったんだよね。だからこそ、必殺技も作りやすいとも作りにくいとも言えなくなったっていうか。
かと言って、フレイアさんの炎魔法みたいな出力は無いし。結局、ユーリ君の挙げてた必殺魔法以上のものは思いつかなかった。どんな魔法使いなんだろうねその人。
「いや、うん。アレは異常だから。参考にならないから。追い付こうとか考えるのはいいけど追いつこうとするのは無駄だから。そもそも発想の源から違うから。むしろ狂ってるから」
フレイアさんが遠い目をしてぼやいてるけど、ユーリ君の例の知り合いってフレイアさんにとっても知り合いなのかな? 意外と世界は狭いんだね。
「魔法使いの戦いも実質は不意打ちと力押しだからね。属性優劣の反転とかになると特に。そこを小技でどうにかしようって発想無いし」
まあ今は私も完全に力技だけど、ってフレイアさんは笑ったけど。優劣の反転って、ユーリ君がそれこそ初めの方に言ってたやつだよね。有利な水でも強い火は消せなくなるみたいなやつ。そうじゃない方法もあるってことなのかな。
となると魔法使いとしてはまだまだなのかなって思っちゃうけど、まだまだだと思っちゃう相手が異常で? うーん。
「周りが出来てると自分がダメに見えるって感覚はわかるよ。だからって、下見てたら誰かさんにオシオキされてる奴らみたいになっちゃうかもしれないけどね」
あはは。それは笑うしかないなぁ。でも、フレイアさんとかユーリ君とかアイリスさんとか、ちゃんとした手段で強くなってる人がいるから折れないでいられるんだよね。でも。
ここから、どうするかなあ。順当に魔法剣の技術を上げるのが妥当なんだろうけど。それだっていつか頭打ちになる気がする。魔力量増やして魔法の威力を上げるだけっていうのも芸がないし。
ユーリ君にも聞かれたけど、私はどんな魔法使いになりたいのかなあ。魔法のイメージもだけど、そっちもあんまりはっきりとは浮かばないや。
「……ともかく、いろいろ大変かもしれないけど。がんばってね」
フレイアさんのそんな呟きだけが謎だった。
/
なんかここ数日、ユーリ君とレアがよそよそしい。
これが恋人関係になってて私に気を使ってるとかならまだニヤニヤできるけど、絶対それじゃないね。レアなら私に言うはずだし。ていうか、ユーリ君の誤魔化し方は完璧。何かあるっていうのは隠さない分だけ一切動揺がないし、スパッと切り捨てられる。対してレアの方は、「わたし何も知りませんけどー?」って言葉と全身で言ってる感じだね。
だからって、仲間はずれにされてる感じはしないのはなんでだろ。私が二人と別行動でフレイアさんの特訓を受けてるからってのも大なり小なりあるのかな。
言うなれば、フレイアさんも仲間になって誕生日のサプライズを企まれてる感じ? って、そういえばお互い誕生日教えたことないね。いい加減、そこくらいは踏み込まなきゃかな?
はあ。でも、プライベートな部分明かす時って来るのかな。そこはちょっと憂鬱。ユーリ君のはだいたい知っちゃってるけど、レアはまだだっけ。
私はなぁ。話したらドン引きされそう。それはやだなぁ。
「このままってわけにもいかないけどうおわっ」
そんな考え事をしながら寮に帰ったら、扉を開けて部屋に入ったところですっ転びそうになった。施錠してあったのになんか足が滑ったしイタズラかなと思って目を下ろすと、手紙を踏んづけたみたい。あららら。思いっきり足跡ついてるし。
ていうか、扉の下から手紙差し込みとか芝居がかってるなあ。何だろこれ、
「……何これ」
他に言えることなし。だって、場所が書いてあるだけ。それ以外なにもない。時間とかも。ほんとにイタズラ?
でも、イタズラにしてはほんとに芝居がかってる。だからこそ真に迫ってるとも言えるし。
場所は、ええと。この前クエスト帰りに通った橋のその下、かな? たしかそんなに人が来なさそうなとこだっけ。
「わかんないや。まあいいか」
告白だとしたら直接来いってんだ、なんてね。さーて、ごはんごはん。そう思ってレアの部屋に行ったんだけど、いなかった。珍しい。
食堂に行ってもいないし。あれかな。ユーリ君と修行とか。デートはまだ無いね。でも、たまにはご飯くらい二人で一緒に食べてくるとよいのだ。さっさとくっつけ。実はお互いライバル多いし。
で、イリルとかテヴィアとか他の級友と食堂で親交を温め、お風呂に入ってさあ寝るか、となりまして。
魔力探知で行動がわかるとかいう話を思い出して、なんとなーく発動したりした。おお、集中すればそれなりにわかるもんだね。誰がどこにいるとかも、割と。って、
「……あれ?」
変だ。寮の中にレアの魔力反応が無い。
まだ帰ってきてないの? 流石にお泊まりはお姉さん許しませんよ、なんて考えて。
ふと、手紙のことを思い出した。
あれ、なんの手紙だったんだろう。告白の呼び出しかと思ったけど。
呼び出し。場所が人目につかないところだったのは別におかしくもない。ほんとに?
呼び出しと、寮にいないレア。関係ないと思ってたものが、ぼんやりと繋がる。
攫われた。人質。
「……嘘でしょ」
なんて馬鹿みたいな予想。でも、ありえなくもない話。
そうだ。ありえなくないんだ。ちょっと前まで普通だったんだから。
ありえなくもなかったのに! どれだけ頭お花畑になってたんだ私!
「あー、もう! 馬鹿セラディア!」
着替えてる時間はない。靴だけ履いて、見咎められるかもしれない服はマントで誤魔化して。剣。杖。他には……わかんない! いらない!
窓を開け放って、限界まで身体強化。外に飛び出す。
自分の能天気さが嫌になる。レアに何かあったら。それでもユーリ君が助けてくれるはずだけど。
って、ユーリ君は? 建物の屋根を飛びながら思いっきり探知を広げてみるけど、位置的にギリギリ寮は引っかかったものの反応が無い。隠蔽してるのか探知範囲外にいるのか。まさかユーリ君までってことは……いや、わからない。
わからないならわからないなり。働かない頭であれこれ考えるくらいなら、自爆覚悟で魔法を撃てばユーリ君なら気づいてくれるはずだし、アイリスさんやフレイアさんにも伝わるはず。それに賭けよう。
目的地上空から、真っ直ぐ地面に着地。防壁の特訓もしておいてよかった。入学する前、あの頃の私ならこれだけで死んでた。そもそもここまで走って来る途中で行き倒れてたかも。
「来たよ! レアは!?」
「今まで何して……いえ、遅かったですね」
指定場所には、暗殺者みたいな奴が立っていた。
真っ黒いローブにフードまで被って、口元にはマスク。でも声の感じからして女かな。微妙に疲れてるっぽいけど。魔力は……よくわからない。いろいろごっちゃになった感じ。
それにしても、ほんとに甘かった。水路の橋の下とか、明らかにこういう状況で使う場所だ。
「レアは!?」
「ああ、やはりそれが貴女様の枷なのですね」
女のすぐそばになにかあるなと思ってたし探知である程度わかってたけど、バサリと布が取られたことでそれが顕になる。
レアだ。俯いていて表情はわからないけど、縛られてぐったりしてる。魔力の反応も弱い。
安心と不安。まだレアは大丈夫だというのと、失敗はできないという焦り。でも、ユーリ君みたいに瞬きの間に踏み込みはできない。だから、ちょっとでも隙を作るしかない。
「要件はなんなの。こんなことしなくても話くらいは」
聞いてやる、と言うつもりだったのに。話を引き伸ばせば、なにか手が打てると思ったのに。
レアの背中に、剣が突き立てられる。それから抜かれるまでの光景は酷くゆっくりに見えて、
「え、あ、な」
吹き出す鮮血が、現実と幻の境界を曖昧にしていく。ううん、違う。ただの現実逃避だ、これ。
そのまま、レアは倒れた。微動だにしない。魔力反応も無くなってる。
「貴女様にお戻り頂くには、此れは邪魔でしたでしょう。ユリフィアス・ハーシュエスの方は面倒かと思いましたが、此れを使えば存外楽でした。優れた魔法使いと評されても、所詮は子供ですね」
「嘘、ユーリ君も」
そんなわけないよ。あのユーリ君がそう簡単に。ユーリ君なら、レアだって簡単に助け出して。でも、レアはそこに。もう遅くて。嘘。こんなの嘘だ。
認めたくない。認めたくない。認めたくない。
でも、目の前の光景は消えてくれなくて。
捨てて来たのに。
もう要らないのに。
そんなもの、欲しくないのに。
だからここにいるのに。
大事なもの、いっぱいできたのに。
「なんで、追ってくるの」
ユルセナイ。
ユルサナイ。
こんなことを招いた私も許せないし許さないけど、それは後。
今は目の前の相手を。
「絶対に。許さない」
鼓動一つごとに心が冷えていく。
昔からこうだったような気がする。怒りが振り切れると、身体の芯から熱が抜けていくような。瞳孔が開いていくのが自分でわかるような。
「私の、大事な、友達を」
視界の端で、光の粒が舞う。
搦め手でもユーリ君を倒せるくらいだから相応の腕なんだろうけど、知ったことじゃない。ここでセラディア・アルセエットが終わりになるとしても、絶対に燃やし尽くしてやる。
レイピアと杖。ユーリ君のくれた力とレアとの絆に、私の全てを込める。
暗殺者はそんな私を見てニヤリと笑ったように見えたけど、
「申し訳ございませんでしたぁ!」
いきなり、地面に頭をこすりつけて謝罪したいやちょっと待って何これ。
っていうか、いきなり声が変わったけど。女だと思ってたら、男の子、いやいやその声もしかして?
「あの。もしかして、だけど。ユーリ、君?」
「はいそうでございますセラ様お許しを」
えなにこれなんでユーリ君が暗殺者でレアを殺していきなり謝罪してんの。
いや何やってんの。
ほんと何やってんの。
いや待って待ってってことはそこに転がってるレアは?
じっと見ていると、顔を上げたユーリ君がそれを察してその背中をポンポンと叩く。
「ああ、これか。これは、土魔法で作った人形に服を着せてカツラを被せて、魔力はレアに付加で込めてもらって。騙せるか賭けの部分もあったけど、どんな運か日が落ちたから視認しづらくなってシチュエーション勝ちってところか」
説明しながらマスクとフードが取られて、その下はもう完全にユーリ君だった。
いや、暗殺者スタイルも様になるね……じゃなくてさ。
「ああうん、それはそれですごいね。えーと、血は?」
「赤に着色した液体を中に仕込んで、水属性放射でブシャーっと」
「手が込みすぎてる……」
なんか、お互いにアホみたいなことしか言ってない気がする。私は確実に頭回ってないし。
私を騙すためにどれだけ工夫をこらしたの。魔法の無駄使いすぎるよ。ユーリ君ならやりかねないし、こんなの遊びでやれるんだろうけど。遊んでもらっちゃ困るけど。
「何してんのもう……怒ればいいのか困ればいいのかわかんないよもう……泣けてくるし……」
「悪かった。でもここまでする意味はあったし、その価値もあった。おめでとう、新しい進化魔法使いのセラディア・アルセエット」
ユーリ君は、世界を指し示すように手を伸ばした。その手の先を目で追う。
辺りの物が真っ白になってる。光の粒かと思ってた物は氷の粒で、水路は凍り付き、地面には霜。おまけに寒い。
え、これ、私がやったんだ。
「氷? 私、氷魔法使いになったの?」
「いや、熱のはずだ。一気に周囲の温度が下がってこうなった。簡単に言うとこの周辺が冬になったってことだな」
熱? それって、進化属性の話をしたとき言ってたっけ?
あ、そうか。そのうちわかるって言ってたの、これのことか。
って、寒っ! いまさらだけど! 私、この環境に耐えられる格好じゃないし!
「ゆゆゆ、ユーリ君、いいいいつから私がこうなるってわかってたの?」
「初めて会った時だな。あと、フレイアさんと引き合わせた時。ていうか、寒いなら火魔法を使えばいいだろ」
「あ、そうだね。あれ、熱って火魔法も使えるんだ。で、わかったのは初め……初めて!? それって、入学試験の時!?」
なんでそんな頃から!? それならその時に言ってよ!
「適性があっても覚醒するとは限らない。駄目だったら肩透かしだろ」
それでもなぁ。言っておいてくれたら覚悟もできたのに。って、それじゃ駄目なのか。
「試験の時はレアのことで、次の時は家の事で感情が揺さぶられただろ。その時、温度が下がってた。魔質進化には魔力暴走かそれに近い状態にするのが一番手っ取り早いみたいなんだが、それ以上の揺れ幅となると二つを合わせるしかないかなって。推測だけで嫌なところに踏み込んで悪かったな」
「ううん、いいよ。なんかこう、スッキリした」
安心したのもあるけどね。爆発したらもうなんでもないことに思えてきちゃった。現金なのかな。
苦笑いが浮かんだ所で、レアが走り寄って来て頭を下げた。
「わ、わたしも、ごめんなさい!」
そうだよね。レアも共犯だもんね。
でもまあ、この二人が揃って悪巧みできるような仲になったのなら、騙されたかいもあったってものかも。
「ああ、それとな、セラ。完全に邪推しただけで、オレ達は君が本当は何者なのかも知らない。だから、何が変わるってわけでもない、と思いたいし、オレは何も変えるつもりはない……ああいや、殴りたいなら好きにしてくれていいけど」
ホント律儀だなあ、ユーリ君。まあ、殴りたいと思ったときには遠慮なくそうさせてもらうとしようかな。お言葉に甘えて。
「セラ。話したくなったら、いつでも聞きますからね。あ、それと、その、わたしもユーリくんと一緒に殴られますから」
「……うん。いつか、話すときも来ると思う。って、レアは殴らないよ!?」
「オレは殴るんだな……まあ、当然の権利と罰か」
ああ、いい友達持ったな、私。これだけでもリブラキシオム王国に来た意味があるよ。
「せ、セラ。それでね。その、えーと」
レアは、しどろもどろになりながらベルトに付けてたバッグの中から小さな鏡を出して来た。うーん、女子っぽいなあ。私もこういう女の子っぽさが必要かって、にっこり鏡に笑って、っておい。
「なんじゃこりゃあああああ!?」
鏡に写ってるの誰これ!? 私!? いきなり白髪になってるんですけど!? なんでぇ!?
「髪、髪、髪の毛!」
「だから、魔質進化すると体質や魔質の影響を受けやすい髪色は変わるみたいなんだよ。フレイアさんは紅で、ソーマ様は輝く金だっただろ。氷はどうも薄い青とかに変わるらしいから、やっぱり熱で合ってたなって」
「でっ、でも、え、えええええ!? 白髪はないよ!?」
「いや、白じゃなくてたぶん白銀……」
「わたしもそう見えますけど……」
「どうすんのこれえええええ!?」
周囲に私の絶叫が響き渡る。
ユーリ君とレアに微妙な表情を向けられてるけど、だって、これ。
どうせなら炎の紅色が良かったあああああ!
/
「お、おはようございまーす……」
翌日。恐る恐る教室に入った瞬間、みんなが凍りついたのは言うまでもなく。そりゃ、一夜明けて髪の毛の色変わってたらそうなりますわー。
フレイアさんと同じ進化魔法使いになったのはいいけど、カッコいいとか言われない辺りはやっぱり残念だなあと思ったのでした。いやカッコ悪いわけじゃないんですけどもね?
ファッションとか考え直さないとなあ。とほほ。




