第十三章 わたしの一日
「ん、んー」
起床して、まずは伸び。それでぼんやりしていた頭がいくらか鮮明になっていきます。
もともとは朝は弱い方ではないんですけど、環境が変わってしまったので睡眠は浅くなったかもしれませんね。もうだいぶ慣れましたけど。
クエストを繰り返し受けていれば、そのうち野営をすることもあるでしょうし、もっと慣れておかないと。ユーリくんと。ユーリくんと?
……その時、わたしは生きて朝を迎えられるのでしょうか。少なくとも寝られないことは間違いないです。寝顔を見るのも見られるのも恥ずかしいです。ご実家で一度寝食を共にはしましたけど。
そ、それはともかく。生活の中でも極力魔法を使っていくということで、洗顔は魔法で出した水で。こういう、日常生活の様々を魔法で補って修練にする発想はなかったですから、ユーリくんはすごいと思います。アイリス先輩もそうですけど、お母様も魔力量が多かったですから。いえ、誰でも思いつくことじゃないかとは言っていましたけどね。
学院の食堂は男女別です。寮も分かれているので当然ですけど。このメニューは男女でだいぶ違いがあるらしく、ユーリくんは一度だけ「重い……」とボヤいていましたね。運動量が段違いだと思うんですけど、たしかに少食な方かもしれません。
「れあーおあよー」
「おはようございます、セラ」
わたしと違って、セラは朝が弱いみたいです。昼間はあんなに活動的なのに不思議ですね。いえ、寝ぼけているような状態でもこうして朝の準備をして、ご飯まで食べられているのはある意味すごいです。
部屋に戻って登校の準備を済ませてから、鏡を見て気合を入れ直します。よし、完璧です。
セラと二人で寮を出たところに、いつもどおりユーリくんがいました。
「おはよー、ユーリ君」
「おはようございます」
「おはよう、二人共」
返事はしてくれましたけど、目は向けてもらえませんでした。魔法制御にかなり気を割いているようですね。
不揃いな水晶が宙に浮いています。探知をしてみましたが、浮かせ方や魔力の込め具合がそれぞれ違いますね。何かの実験中でしょうか。
「ん? 空気の動きがないね。風魔法じゃないの?」
「防壁のサイズでもないですよね。どちらかと言えば強化に近い魔力の感じですけど」
「今まではこういうことをするのに風で無理やりやってたんだけどさ。術式が大げさになるし相互干渉もかなりあったんだ。で、そもそも考えてた空気を掌握して静止や移動させる魔法をいい加減に使えるようにしようかなって」
完全停滞、とユーリくんはその魔法の名前を呼びました。また新しい魔法ですか……ほんとによくここまで思いつきますよね。
「おーっす三人と……またユリフィアスは珍妙なことやってんなー」
「なにかの芸?」
教室に入ると、すぐにクラスメートが近づいてきました。スヴィンくんとイリルさんですね。
あの懇親会以来、ユーリくんとクラスのみんなの距離は一気に近くなりました。どう接すればいいか牽制しあっていたような入学後から見ると、いい状況ですよね。
……まあ、クラス外でわたしたちに近づこうとしていた人は多数いたんですが。物言いが問題な人はともかく一見友好的な人もいたのにも関わらずユーリくんが辟易していたのは、魔力探知の精度が上がった今から思うと、相手の打算が丸見えだったからなんでしょう。そういう理由でも、ユーリくんが自然体でいられることはいいことだと思います。
いえ。ユーリくんの自然体が周りの人にとっていいのかという問題もありますけど。今この瞬間とか。
「傍から見たらたしかに芸か。こういう感じでも使おうかと考えてたんだが」
魔力探知で、ユーリくんから魔法が飛んできたのがわかりました。なんだろうこれ、と思って手を動かそうとしたんですが、
「あ、あれ、動けない?」
「俺もなんだが」
「うわ、私も! レアは?」
「わたしも同じですね」
金縛りにあったように、身動きが取れません。押しのけられない何かがあるような、身体になにか張り付いているような、不思議な感じです。
「解くから、力は抜いてくれよ」
ユーリくんに言われてわたしは素直に脱力したんですが、セラたちは力を入れたままだったらしくそのままあっちこっちに突っ込んでいってしまいました。とっさにユーリくんが防壁で守ったみたいですけど。
「だから言ったのに」
「いやだって無理でしょ!」
セラが叫んでますけど、気持ちはわかります。でも、ユーリくんが意味のないことを言うはずはないですし。ちゃんと間もありましたよ。
「これをされたら魔法使い以外はお手上げだなあ」
「似たようなことは物理防壁でもできるけど、あれはどうしても面追従は無理だからな。これなら、点で攻撃を防ぐこともできるかもしれない」
「うーん、ユリフィアス君が何をどこまで考えてるのかさっぱりわからないよ」
「ほんとに。ユーリ君は魔法以外の趣味あるのかなってたまに思う」
それは……わたしも思います。って、わたし自身も趣味らしいものはないですけど。
裁縫を始めて、ユーリくんの人形……いえ、探知でバレますねきっと。これはちょっと無理でしょうか。じゃあやっぱり料理を……これも場所が問題で無理ですね。
「趣味ねぇ。実際、魔法のことを考えてるだけで時間が過ぎていくのは事実だけどな。読書も観劇も音楽もさほど興味はないし、今は旅行なんてしてる時間的余裕もないし」
「あー、たしかにな。さっさと卒業してあちこち行ってみたい」
「スヴィン君は冒険者になるんだっけ?」
「おう。冒険者ならいろんな所に行けるからな。護衛任務なら金をもらって旅ができるんだろ? 最高じゃないか」
なるほど。そういう考え方もあるんですね。
「冒険者ねぇ。命かける気もないし、魔道具師でいいや私は」
「堅実だなぁイリルは」
もうこうして将来を決めている人もいるんですね。懇親会でいきなり大量の魔物と対峙することになった経験もあるのでしょうか。
わたしも、ユーリくんやセラとの付き合いがなければイリルさんと同じように思っていたのかもしれません。
「じゃあ、スヴィン君の装備はイリルが作るってことだねー」
前触れのない意地悪そうな笑顔。まーたセラはそういう顔をするんですから。そういうのはからかうものじゃないですって。
「おー、そういうのもあるのかー」
「なるほど、今からお得意様を作っておくのはいいかもね」
「……アレ?」
あ、そういう反応になるんですね。どう喜んでいいやら。セラも思いっきり肩透かしを食らった顔になってますし。
「スヴィンが素材を卸してイリルが作ってスヴィンが使う。いい循環じゃないか」
「……こっちは予想通りすぎるや」
ええ。ユーリくんは平常運転ですね。二人の反応を見ると正しくはあるんですけど。でも、そういう関係性もいいなと思ってしまいます。これも一つのパートナーでしょうから。
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現在、実技授業中です。的に向かって水流を発射しましたけど、砕けただけで貫通はしませんでした。
魔力斬は打てるようになりましたけど、ウォーターカッターはまだまだみたいですね。ウォーターボールの速度自体はダメージを与えられるくらいには上がってきたんですけど、どうもそこから伸び悩んでいます。イメージが足りないのでしょうか。だとするとどうすればいいでしょうかね。ユーリくんの風閃のように、水魔法を魔力斬で後押しするとか?
やっぱり、アイリス先輩に何度か見せてもらうのがいいんでしょうか。魔力探知で徹底的に解析すればなにか掴めるかも。
「……なんかさ。レアってだんだんユーリ君に似てきてるよね」
え?
「そうですか?」
「や、私もユーリ君の影響でだいぶ魔法バカになってきたなとは思うけど。レアはそれ以上?」
なるほど。わたし、ユーリくんに似てきてますか。
なら、いいことですよね!
「そこで笑顔になられても困るんだけどさ……」
「なんで?」
「それ、ユーリ君にも同じこと言われたような!?」
あはは、真似してみました。
でも、本当になにか問題があるでしょうか?
「んー、レアがそれでいいならいいんだけどね。あんまり無茶してほしくないかなっていうのもあるかなあ」
「今のところ、魔力枯渇を起こしたことはないですし暴発するほどの無茶をする気もないですよ。念の為に各種ポーションも携帯してますし」
「いやまあ、そういうことじゃなくて。ほら、変なのに目をつけられたりとか?」
「それならそれこそ強くならないといけないですよね?」
「うーん、たしかに……」
セラを言い負かしたいわけではないですけど、意図がわかりかねるのも事実です。心配は伝わってくるので、ちゃんと受け止めたいと思うのですが。
「……急激に強くなったからって文字通り爆発するようなことはないが、どこかに歪みは出るかもな。反動なんてものもそうそうはないし、二人なら人道に悖ることもないだろうけど」
「ああうーん、そういうことでもなく。って、ユーリ君いつからいたの!?」
割と最初からいましたね。何も喋っていませんでしたけど。
ユーリくんが常に危惧しているような、力の使い方を間違えるようなことはないと思います。あ、どうでしょう。ティア先輩に向けたアレは、ユーリくんが嫌う類のものだったのかも。
「もしかして、心のバランスを崩しているでしょうか?」
「あ。あー、うん。それはちょっと思うかも? レア、けっこう情動的になったよね」
「なるほど、言われてみればそうかもしれないな」
情動的、ですか。たしかに、昔は引っ込み思案だとか内向的だとか言われてばかりでした。それから考えると、今は割と喋るようになったと思いますし、思いを隠すことも……こっちはそうでもないですかね。
「と言っても、オレもレアのことを全部知ってるわけじゃないからな。初めて会った時のイメージに縛られてると言えばそうだろうし、自信によるものなのか、魔力の拡大による感情の強化なのかは判別できない」
初めて会った時ですか。あの頃から比べると自信はついたと思います。それもこれも、ユーリくんのおかげですけどね。
ああ。入学前のわたしであれば、ティア先輩にも敵わないと思って引いてしまっていたでしょう。そう考えると、力を貰ったことで傲慢になっていると言えるのかも。
「魔法使いとして強くなって、自分の力に酔っているところはあるかもしれません」
「そう思えるならそんなことはないと思うけどな」
「そう言ってもらえるとありがたいですけど……」
わたしの顔に浮かんだのは、苦笑いでしょうかね。それとも、自嘲なのか。
そんなわたしの表情を見て、セラが手を打ちました。
「あーわかった。これあれだー。宗教みたいになってないかなってことだ。杞憂かな」
「そんなバカな。そもそもなんの宗教だよ」
「最強魔法使いユリフィアス教?」
「……そんなアホな宗教は今すぐ潰れるべきだな」
ユーリくんが呆れてますけど、どうでしょうね。それはもちろん、師弟感情だけではないですけども?
うーん、ある意味ではよく似ているのかもしれないですかね。何にしても好意ですから。
って、それだとそれこそいまさらなのでは。信仰心じゃないのはセラもわかっているはずなんですけどね。
「そだね。なんだろ、なんか不安になった」
「不安か。なにかの啓示なのかもな。すぐに言葉に出来ないことなんていくらでもあるし」
わたしに関する不安。なんでしょうね。それでも、友達の不安を解消できるように、わたしもがんばらないといけないです。
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一日の終わり。もうあとはベッドに入って眠るだけというところで、最近の締めの日課です。大量の小さなウォーターボールを作り出して、少しずつ温度変化させていきます。
氷水のような冷水から反転して、可能な限り高い温度へ。そしてまた逆に冷水へ。さらに、冷水まで下げて熱湯へ上げるものと、熱湯まで上げて冷水まで下げるものを同時に。少しずつ同時試行数も増やしていく。
ウォーターボールの形の維持が難しくなってきたところで、温度を固定。それも難しくなってきたら、その日はそれで終わり。
ユーリくんやアイリス先輩から聞いた話を元に考えたオリジナルの鍛錬ですが、一応結果は出てきていると思います。
「……ふう」
魔力を使い切るまでは行きませんが、程よい虚脱感に包まれました。開け放っていた窓を閉めて、そのままベッドに倒れ込んで。思うことは一つ。
明日もいい日でありますように。




