Offstage 王の責務
たとえ要因となる何かが明白だったところで、証明のしようがなければ無罪放免というのはよくあることだ。
今回の誘引についても、魔力探知が一般的でない以上は原因になった一生徒を特定も咎めもできなかった。
「クソッ、ユリフィアス・ハーシュエスめ! どうして僕の邪魔ばかり!」
つまり当然、元凶となった彼も何も知らないし教えられもしない。
ユーリの方もフレイアの口添えがある上、当事者以外からは防壁で守っただけにしか見えないので咎められることもない。彼にできることは、誰にも見られない裏路地で毒を吐き出すことくらい。
「こんなもんじゃない、僕の力はっ!」
「なら、解放してみますぅ?」
「は……え?」
後ろから抱き留められ、足が止まる。
女の声と柔らかい感触が怒りを一瞬で吹き飛ばしてしまう。その後に来るのは困惑だったが。
「聞きましたよぉ、今日のこと。お力をお貸ししますよぉ」
「な、なんだおまえ」
「さぁ、なんでしょうねぇ。あなたのキライなま・ぞ・く、だったらどうしますぅ?」
「なっ」
「キャハハ、冗談ですよぉ」
混乱が思考を覆い隠す。怒りと恥辱が綯い交ぜになる。からかわれているのはなんとなくわかるが、意味や意図が全くわからない。
「なんなんだ、オマエ」
「そうですねぇ、なんでしょう? そんなことどうでもいいですよねぇ、力が欲しいのなら。使うなら、魔道具かおクスリかどっちがいいですかぁ?」
肩越しに、両手が晒される。その手にはそれぞれ、ポーションの瓶と黒い宝石のはめ込まれたブレスレットがあり、
「スマン、もう限界だ」
言葉と共に、剣閃が奔る。
女の方は何かを察して身を引き、抱きつかれていた方もそれに付随して引っ張られることで斬撃を免れた。
「バカのせいで外したか。面倒な」
いつの間にか剣を振り下ろしていたのは、近衛騎士団の服を着た男だった。
さらにその後ろには、ローブを纏った男が立っている。
「まさか本当に釣れるとは思わなかったけど、もう少し泳がせたほうがよくないかな?」
「下品すぎて見てられないし、冗談でも魔族を騙ったのも吐き気がする。何より、縛り上げたほうが早いだろう」
「チッ、邪魔しやがって」
剣を持つ男の見下した視線に、猫なで声が猛獣のものに変わる。表情も、牙を向いた獣のそれだ。
ポーション瓶の蓋が飛ぶ。同時に、ブレスレットを持った手も。
「さあ、そのユリフィアス・ハーシュエスという相手に」
「あ、それはダメなやつね」
ボン、と女の顔で炎が弾ける。前ではなく、表面。どころか頭全体。
「グギャアアアア!?」
「ああっ。即応できるのは貴女しかいないとは言え、出力が……」
「ついカッとなって」
ローブの男が見上げた先で、フレイアがニッコリと笑う。
「フザケルナァ!」
激昂した女は自分でブレスレットをつけ、瓶の中身を飲み干してしまう。
「あああ、肝心の研究材料まで……」
「しくじったな。諸共斬っときゃよかった」
女の背中から翼が生え、手は爪が伸びていく。人の姿ではなくなっていくその光景を見て、フレイア以外は顔を歪ませる。
「これが魔人化ですか。ワーラックスさん、行けますか?」
「もちろん」
「いや、最初に言った通りこれは俺の役目だろ」
魔法士二人を制して、騎士が前に出る。
「だが、単純に剣技では無理だそうだな。ワーラックス、炎をくれ」
「付加ですか?」
「ああ」
肯定の言葉と共に剣が燃え上がる。次の瞬間には、騎士は魔人に変身していく女の前に踏み込んでいる。
腕はなんの減速もなく振り抜かれる。炎剣一閃。右肩から左腰に向かって、かろうじて人だった形がズレていく。
「チンタラ変身を待ってやるわけ無いだろ」
「お見事。さすが騎士団を束ねているだけのことはあるね」
「……皮肉か?」
魔法士が拍手をするが、騎士の顔は晴れない。純粋に自分の剣の腕というわけでもないからというのもあるが、ここから先の手掛かりがなくなってしまったことが大きかった。今後起こることによっては、致命的なミスになりえる。
「どこの組織もそうだが、やる事が派手な割に動きはチョロチョロしてんだよな。一向に潰し切れない」
「そのあたりは狡猾だよね。そもそもどれだけ組織があるのやら」
「国と国とみたいには行かないな。戦争をやったこともないが……やれやれ、この剣は廃棄か?」
「だから私がやったほうが良かったと思うんですけど……」
「ああすまん、気にするな。それに、臣民の敵を討つ役目をその臣民に譲る方が情けないだろう」
三人がそんなやり取りをしている間も、守られた彼は悪態を吐き続けていた。
「なんでどいつもこいつも、邪魔を……」
一際大きなその言葉で、騎士の目が動く。
「あ? どいつもこいつも? そもそもさっきから何様だお前」
「何様って……知るかよそんなことッ! お前こそ誰だよッ!?」
そう返された騎士の方は、心底驚いたと言うように目を見開く。
「なんだコレ。生徒の質が落ちてんのか? 魔法学院側はおまえの領分だろリード」
「相応の立場でもなければ僕たちと関わることはないからね。それを言ったら僕の顔も知らないみたいだし。そもそも兄さんだってその言葉遣いは……」
「然るべきところではまともにやるからいいんだよ。それに、必要になるとも限らないだろうが」
「またそういう事を」
「あのー、両殿下? いい加減に処遇を決めませんか?」
フレイアの言葉にも、三人を睨みつけている生徒が察した様子はない。
実際、察せるかどうかは微妙なのかもしれない。大抵の人間は、こんなところにこの国の第一王子と第二王子がいるとは思わないだろう。
「そうだな。どうするコイツ」
「友好国からの留学生に明確な悪意をもって危害を加えたわけだからね。といっても両国も犯人を送りつけられても困るだけだろうから、この国の法律で裁くのが妥当かな」
「は、はあ!? どうして僕が」
張り上げられた声を聞いて、第一王子の方が呆れた顔をする。
「やっぱり問題だな。ユリフィアス・ハーシュエスのおかげで騎士学院の方の問題は表に晒されてきたが、魔法学院も同様のようだ」
「締め付けたら締め付けたで結局こちらのせいにするだけだからね。どうしたものか」
今まさにそういう状況になっているだけに、王子二人共に頭痛が消えない。
「ともかく」
第一王子が手を挙げると、甲冑を着た騎士達がどこからともなく現れる。
「連れてけ。もう何も寄っては来ないだろ」
「やめろっ、離せっ! 僕が何をしたって言うんだ!」
この期に及んでの言い草に、顔の見えている三人は心底疲れた顔をした。
「あのね。他人に魔法を向けたのももちろんだけど、あの大量の魔物はあんたの魔力を目印に狙ってきてたんだけど? ユーリくんが止めてくれたからまだ生きていられるのに逆恨みしてるってこともわからないなら、ほんと色々向いてないと思うよ」
「魔力暴走についてはまだ教授前だろうけど、力の扱い方については学院以前の問題だと思うけどね。同じようにやり返さなかった、いや、やり返せなかったユリフィアスくんも面倒だっただろうなぁ。同情してしまうよ」
「そもそも、選ばれた人間なのだと言うのなら人の手を掴んで引き上げる覚悟が必要だと思うがな。勘違い野郎共がユリフィアス・ハーシュエスに潰されているのも、他人の頭を踏みつけてたからだろうに」
第一王子が虫を払うように手を振ると、察した騎士たちは場を離れていく。後には、魔人化しそこねた女も含めて何も残っていない。
「さて、俺たちも戻るか」
「そうだね。ワーラックスさんもご苦労さまでした」
「いえいえ」
笑みを浮かべながら、フレイアは頭を下げる。
視線を向けた第二王子が頷いたのを見て、彼女も姿を消す。これでこの場にはお忍びの王子兄弟がいるだけという図式になる。
「さて、ついでに視察とでも称して遊んでいきたいところだが、そうも行かないだろうな」
「そうだねえ。学院生だった頃が懐かしい。と言っても、存外その辺りを普通に歩いていても気にされなかったりするのかもしれないけど」
かもな、と兄王子は苦笑する。
「しかし、今回は別だったが、俺達が魔力探知ってヤツができればワーラックスに付き合ってもらう必要はないんだがな」
「そこは、勝手に教えられないとは言ってたね。果たして誰の技なのか」
「身持ちが固いな。リードの求婚も蹴ったとかって話だしな。案外、昔の師匠に惚れたままとかか?」
「……兄さん? 求婚の部分、根も葉もない噂を真に受けるのやめてもらえませんかねぇ?」
「なんだ、つまらん」
王子たち二人は談笑しながら城への道を歩く。
二人共、信じて疑っていない。
問題は山積みだが、お互いがいれば解決できると。