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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
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Prologue 元凡人魔法使いの転生記〜幼年期編〜

「ということで本格的に三回目を始めるわけだが」


 誰に言ったわけでもない。ただの決意表明だ。

 正確には、「始められるわけだが」か。

 とりあえずまずは方向性を決めておくか。



 その一。付き合う相手はよく見て決める。

 その二。やりたくないと思ったことは絶対にやらない。

 その三。落とし穴に気をつける。

 その四。王道を外れても気にしない。

 その五。女の子を泣かせない。

 その六。約束は守る。

 最後に。魔法の習得は風魔法全振りで。



 こんなところか。なんだか守れる気がしないが。

 あとは、前世で世話になったみんなには折りを見て礼を言いに行かないとな。約束だし、愛想を尽かされてしまう。

 風が吹き抜け周囲の緑葉が舞い散る中でそんなことを決意していたら、


「見ぃつけた。何してたの?」


 ふわりと、後ろから抱きつかれた。


「ちょっと考え事してただけだよ、姉さん」


 三度目の人生でも、幸運なことに家族には恵まれた。父さんは面白いし母さんは温かいし姉さんは優しい。

 ただ。姉さんだけでなく母さんも当然、それぞれ実姉と実母なわけだが。オレの人格からすると義姉と義母みたいなものなので。身体接触が多いとそれこそいろいろと、思うところもある。

 で、父さんについては実父で義父で友人みたいな。総合的な年齢はオレのほうが上になるのもあるし。


「そろそろお昼だよ。帰ろ」

「うん」


 姉さんは本当にオレへの身体接触が多い。

 それでも弟なので。手を繋いで家へ。


「お、ふたりとも一緒か」

「うん!」


 途中で父さんと合流して、三人に。


「あら、みんなおかえり」

「ただいま、お母さん」

「ただいま、母さん」

「おう、ただいま。腹減った」


 毎日三度、家族四人で食卓を囲む。これがいつもの光景。

 父さんのアレックス・ハーシュエス。母さんのフィリス・ハーシュエス。二つ上の姉さんのアイリス・ハーシュエス。

 そしてオレ、ユリフィアス・ハーシュエス。愛称はユーリ。年齢は一〇歳。風の魔法使いとして密かに研鑽中。

 これがオレの今の日常だ。



 とまあ、そういう日常はたやすく崩れるものだ。残念ながら。

 なにかしらの作為を感じるが、オレの科学知識で村全体の収穫が増えたとか、姉さんが気立てが良くて可愛いという周囲からの評価とか、オレが周辺の魔物を狩りまくっているせいでとんでもなく平和だとか、オレの魔法鍛錬のせいで郊外の荒れ地がさらに荒れたとか……ほぼオレの責任かこれ。

 領主の息子だと名乗ったソイツはウチの前に馬車で乗り付け、飛び降り、開口一番叫んだ。


「アイリス・ハーシュエス! 我が家で働け! 俺様は将来この領地を継ぐんだ! その時は第三夫人くらいにはしてやるよ!」

「うわぁ……」


 思わず呆れが口から出てしまった。

 出たよー。立場の権力を自分の実力だと思ってるやつ。一回目の人生でぼんやりと社会の根底にあって、二回目でそこそこ返り討ちにしたタイプのやつだ。なんでオレはこういうのに縁があるのだろう。

 ちなみに、我が家は呆れているオレを除いて全員ドン引きである。貴族への敬意など毛ほども見られない。

 突然の愚行は思考を停止させるし、あらゆる力を一発で鍍金にするからな。


「逆らうなら、爆炎の魔法使いの俺様の魔法でこの村を焼き払ってもいいんだぞ」


 正直、オレとしては「どーすんだこれ」という感じである。暴虐ではあるが程度が低すぎて口を挟む余地がない。

 というかこれは明確な脅迫だぞ。こいつの周辺は何やってるんだ。


「身の回りの整理をしておけよ! また迎えに来るからな!」


 それだけ告げて、馬車は走り去っていった。なんだこれ。


「えーっと?」


 家族の中で最年少のオレだけが終始冷静だったのが一番シュールだったかもしれない。



 というアレコレをあれだけ叫べば当然うちの周辺には知れ渡りさらに伝聞されるわけで、それでも否が九割是が一割程度だったのが良心を感じさせられた。一割についてはおそらく忘れることはないだろうが。

 その後は当然家族会議である。問題だらけで様相は完全にお通夜と表現される類のものだが、なんとなく諦めの雰囲気が流れている。


「行きたくない……けど、行かないと駄目なんだよね」


 どうだろう。あの言葉に強制力があるのかはちょっとよくわからない。だが、貴族の発言がそれなりに力を持つのもまた事実ではある。姉さんも父さんも母さんも、その辺がわからないわけではないから困っているのだ。


「……夢って、叶わないのかなあ」


 夢、か。

 正直、姉さんが公言する”夢”はどうなんだと思わないでもないっていうか、ぶっちゃけ思う。

 ここ数年どころでなく幾度となく聞いた言葉ではあるが、実は姉さんは筋金入りのガチなブラコンである。

 なぜそう断言できるかと言えば、オレは転生者故か赤子のときも周りを認識できており、その頃から姉さんはずーっと同じことを言い続けているからだ。何度か自己洗脳なんじゃないかと心配してしまったほどに。

 ただ、こんなことで捨てなくちゃならない類の願いなのかというと……それもまた違うんじゃないだろうか。

 いやまあ、割と捨てた方がいい類の夢かもしれないけど。「弟のお嫁さんになる」とか。

 さて。

 姉さんの夢は一旦置いておくとして、オレは弟でこの家の一員だ。姉はもちろん、家族が幸福になるようにする義務と、不幸にならないようにする義務がある。

 オレにできることはそれほどないが、たった一つだけ確実にできることはある。


「……姉さん。魔法使えるよね」

「え?」


 泣きはらした目。その目にオレの顔はどう映っただろうか。

 母さんも当然生活魔法くらいは使えるし、この周辺には宿がないので冒険者をうちに泊めることは多々あった。その際に姉さんも魔法使いからさわりを習ったこともあった。だからこそ、姉さんに水魔法のセンスがあることはよく知っている。

 果たして、この道が正しいのか。それはわからない。ただの逃避や先送りかもしれない。でもオレにはこの手しか思いつかない。

 いや、領主家を破滅させるとか物理的に破壊して更地にするとか、そんなことは一ミリも思わなかった。うん。


「父さん、母さん。姉さんがあんなヤツのところで働かされるのは賛成? 反」

「反対に決まってるだろ!」

「反対に決まってるでしょ!」


 食い気味で反対された。

 転生先がこの家で良かったよ。

 本当に。


「決まりだね」


 家族の総意は得た。

 さあ。目には目を、歯には歯を。


「オレが姉さんを本物の魔法使いにする」


 魔法使いには本物の魔法使いを、だ。



 姉さんは十二歳だ。その歳であれば王都にある各種学院の入学資格がある。

 各学院がそうであるように、王立魔法学院にも推薦受験枠というものがある。通常は予備試験と呼ばれる種々の検査を受けて本試験に進むところを、一定の知名度を持つ魔法使いや在院性の推薦状をもって本受験資格の代わりとするという制度だ。

 転生前のオレの名前がどこまで通用するかわからない。なので王都にいるはずの昔の知り合いにそれっぽいことを書いた手紙を送ったら、すぐに姉さんあての推薦状が届いた。一応、生きてるって信じてはくれてるんだな。

 そんな話を聞きつけたのか、貴族の息子の爆炎の魔法使いさまが魔法のような早さでやってきた。


「聞いたぞ! 推薦受験で王立魔法学院に入るだと!? ふざけるな!」


 姉さんが自分の思い通りに行かなかったことか、それとも自分が推薦受験の権利をもらえなかったことか、どっちに対して怒っているのだろう?

 いやまあ、受験資格を得ただけで入学が確約されたわけではないけどな。大っぴらにはされていないが売買枠と呼ばれていたりもするらしいし。


「そんなところに、そんなところに入ったらッ!」


 王立の学院なので在学中の保証はもちろん、卒業後には数々の職業への道がある。その先には当然、爵位を得て貴族になり眼の前の輩の家より上に行くことなんかも当然ありえる。

 それにしてもどこから漏れたんだろうな、この情報。うちの家族がこぼすわけも無いし。だとすれば信書を盗み見るくらいしかないはずだが、それって重罪なんだが。


「オマエは俺様のものになるんだ!」


 うーん。

 これでちょっとは真面目だったなら見直しもしたのだが、魔力の感じが全く変わっていない。嫌がらせのように通っていた時期はオレがすっとぼけた対応をしていたので本当によくわかる。

 さてどうするかなこれ。

 木に登らせるか。


「ねえねえ、お兄ちゃんは魔法使いなんだよね?」


 こういう輩は、ヨイショして自尊心を満たしてやるのが一番操りやすいのである。


「そうだ。俺様の火魔法」

「じゃあ、ボクのお姉ちゃんの方がすごい魔法使いだったら、そんな意味のないことしなくていいんでしょ?」


 おっといけない、つい本音が。

 前世からずっと疑問に思っていたのだが、なんか、魔法属性と知性って照応してないか? ヘボ魔法使いほど火属性が多いというか。


「見せてやるよ。火よ、燃え上がれ! 俺の前にあるものを焼き尽くすために!」


 ファイアボール。火の初級魔法だ。

 詠唱がやや短いところには可能性を感じるが、それだけ。脅威は一切感じない。


「んー、ボクのお姉ちゃんのほうが強そう」

「なんっ、ふざけるなクソガキ!」


 火の玉がそのまま飛んでくる。が、避けるまでもない。

 ファイアボールはそれよりも一回り大きい水の玉に包まれて消えた。


「させない」

「お、ま、え、らァー!」


 激高と共に発生するのはさっきよりちょっと強いファイアボール。しかしそれも姉さんの魔法で瞬時に消え去る。


「ユーくんを傷つけようとする人には容赦しない!」


 姉さんが叫ぶと同時に、水が勢いよく相手の一団に向かって放射される。

 というか、放水だな。ウォーターバースト。一番多い用途は建造物火災の消火。極端に威力を上げなければそこまで殺傷性のある技でもない。


「姉さんの勝ちだね」


 わかりきった結果だったな。


「お、おまえら、覚えてろよ。俺様は認めないからな!」


 よく聞く捨て台詞だ。知ったこっちゃないと答えたい。

 こういう奴らがどうするかって言うと、大抵の場合は残った家族を人質にってところだろう。

 それを防ぐためには? 臨戦態勢になりかけている周囲も含めて、とりあえず心でも折っておこうか。

 ちょうど我が家の柵がバラけそうになっていたので、軽く引っこ抜いて一本もらう。ひのきのぼう的なものだな。


「いやー、姉さんすごいなあ。その上姉さんよりクソガキのオレに負けたら」


 手に持った棒に魔力を通す。質が悪くて砕け散りそうなので、導管を通す強化と並行して表皮の枚数を増やすような形で多重補強をかける。実用強度に達するには元々が弱すぎてこれで体内魔力を一〇パーセント近く使ってしまった。

 更に同じ要領で身体強化。そうしないと今のオレの身体では揺り戻しでどこかが壊れてしまう。これで大体累積十五パーセントほどか。

 ついでだ。日和ってないで現状の出力も試そう。こんな機会めったにないからな。

 二割残すとして、残り六十五パーセント。全部風魔法に注ぎ込む。一つの魔法に全振りしてもいいが、特殊な武器でなければ高レベルの魔法付加アペンドは難しい。そもそも風魔法は複数魔法同時行使の相互干渉に真価がある。ここは低レベルを限界まで重ねがけで。

 よしできた。なんかギュルギュル音立てながら真っ白になってるけど……たぶん死人は出ないだろう。

 ちなみに、姉さんもそうだがオレも詠唱なんてしていない。時間も三秒もかかっていない。つまり、相手が事態を把握するより早くオレの手の廃材はなんだかよくわからないものに変わっていたわけで。


「それこそダッセーだろうなあ」


 そいつを笑いながら振り下ろす。

 強化した棒は地面に叩きつけるとともに砕け散ってしまったが、その先端が地面にすり鉢状の穴を穿つ。

 遅れて、解放された風魔法が高速で街道を抉るように飛んでいった。周辺の草とか、目を点にしている父さんと母さんやニコニコしている姉さんの髪とか、相手数人のネクタイはもちろん上着とかモノクルとか馬のたてがみや尻尾とか、あらゆるものが風に煽られる。御者の帽子はどこかに吹っ飛んだ。

 諸々の影響が収まる頃には、街道は非常にキレイになっていた。最近道が荒れ気味だったし丁度いいな。


「たとえ姉さんが王都に行っちゃっても、オレがいるから大丈夫だよね」


 オマエ程度の魔法使いがオレに敵うものか。

 そういう意図を込めて笑ってやったら、野次馬の近隣住民さんたち含めてみんなガタガタ震えていた。

 父さんと母さんも口全開で白目剥いてたけど。



 それからしばらくして、姉さんは王立魔法学院の入学試験を無事パスした。これで姉さんには本格的に違う道が開けたわけだ。

 ただ、王都で寮生活になるので家は離れることになる。


「ユーくんは……お姉ちゃんがいなくても大丈夫だよね」


 一時帰宅後の旅立ちの前、姉さんは笑いながらそう言ってくれた。けど、こらえた涙を見逃すほどオレは鈍感じゃない。

 大丈夫かって? そんなことはない。記憶はこれまでの何よりも鮮やかに残っているのだから、それが手に入らなくなることは心を締め付けられる。

 それでもこれで終わりじゃない。いくつもの始まりでもあるのだから。


「姉さん。オレがどこにいてもいつも迎えに来てくれたよね」


 思えば、オレが姉さんを迎えに行ったことなんかあっただろうか。

 いつも見ていてくれたことを、不必要だなんて絶対に言わない。

 オレが言えることはたった一つだけ。


「ありがとう姉さん。今度はオレが姉さんのいるところに追いつくから。待ってて」

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