Material そもそも魔法とはなにか
「うーん、やっぱりうまく行かないな」
実技授業中、思わず口から言葉が出た。
風閃ができたのだから、理論上は防壁を弾丸として各種魔法で撃ち出せるはずだと思ったのだが、どうにも思ったような結果が出ない。超音速貫通撃の術式は相互干渉が大きすぎるのかと空気圧砲まで弱めた上で限界まで強度を上げたのだが、やはり発射の瞬間に防壁が霧消してしまう。
魔弾を防壁で包んで撃つことはできる。
人を超えるサイズの大きな風魔法を防壁で強化して撃つこともできる。
物質を弾丸代わりに防壁で強化して撃ち出すこともできる。
それを魔法で加速することもできる。
防壁を剣戟として高速で飛ばすこともできる。
自分の周りに展開して、追従させることもできる。
でも弾丸代わりに魔法で飛ばすのは駄目。
「どういう法則だこれ……」
十字属性だった頃は、土魔法で作った球や矢を撃ち出していたからどうでもよかった。転生後はリターニングダガーや空気錬金弾の使用を考えていたからなあ。現状だと疑似精霊魔法で作るしかないのか。
そうだ、ただの魔弾なら飛ばせ……駄目だ。構築段階で消えてしまった。
こうなれば自棄だ。魔弾にバーストで魔力を強制供給しながら……これも駄目か。弾丸が進行してバーストの対象がズレた瞬間に消えてしまう。
なら、巨大な風弾を防壁強化して超音速貫通撃で撃ち出せるか……これは、できそうだが術式規模が大きくなりすぎる。空気圧砲にスイッチ。
行けるが、距離が伸びない。
うーむ、不可視の弾丸によるロマン砲は無理だと判明してしまった。割とショックだぞこれは。
推測するなら、魔法では大気中の魔力元素との干渉が大きいということだろうか。そもそも魔弾も無限に飛んでいくわけではないし。さらに、ただの魔力の塊だから周囲の魔法に干渉と還元されてしまったのか? 攻撃と防御がそれぞれ打ち消しあっているのか? 魔弾も風弾も防壁も加速用の魔法もすべてオレの魔力であることに理由があるのか? それともオレの想像力の問題か?
風閃は先鋭化することで魔力元素を斬り裂いて飛ばせている、とか? 物質を飛ばすのも空気との干渉からは逃げられないから、それと同じようなことが魔法でも起きている、のか?
じゃあ、風閃を超音速貫通撃で加速するのはどうだろう? いや、魔法構成は同じになるから無理か?
「いや、あのさ。さっきから何やってるのかなユーリ君」
「魔力探知が使えるのも善し悪しですね……」
「うん?」
呆れた顔のセラと苦笑いのレアが近づいてくる。
何をやっていると聞かれても、自分の使える魔法の把握をする授業だったはずだが。みんなからは離れているし、魔法自体も上に向けて撃っているから被害もないはずだ。
「さっきから魔力の動きが大きすぎだよ。今、授業中だからね? しかも開始直後。戦闘中じゃなくて」
「ああ、そういうことか。それは悪かった」
それで魔力探知の話が出たのか。
たしかに、周りから比べると魔力使用量は多いな。他の生徒の魔法への影響が行かないように離れはしているが、魔力探知を使える二人にとっては部屋の隅で大音量の音楽を流されているようなものだ。
「この規模の魔法を平然と使っているユーリくんもすごいんですけどね」
「そこは、ダンジョンに行った理由もそうだが、ある程度は大技をバンバン使っていかないとな。魔力枯渇までの度合いを知っておくのも大事だし」
「魔力枯渇。昔何回かあったなあ。不思議な感覚だよね」
「そうですね。気が抜けるというか、気持ち悪くなるというか」
予兆なくぱったり使えなくなるわけじゃないところを考えると、やっぱり魔力は生命維持に必要なエネルギーの類なんだろうな。それがありがたくもあり、難儀でもあるわけだが。
「あとはどこまでできるかの把握を……いや、やめておくかこの話」
「何、言いかけて?」
「ちょっとな。魔法使いとしての人生を終わらせかねない話かなって」
「いまさらじゃない? 第三者側からユーリ君見たら腐ってやる気なくしてるよ。色々教えてもらえるから非常識じゃないってわかるんだし」
「あはは。セラの言うとおりかもしれません」
そういうことじゃないんだけどな。
魔法はイメージ。そうは言ったが、ある意味空想だ。手品の種がバレてしまえばそれが成り立たないように、理解度によっては信じている常識の崩壊に繋がる。
さて、この話は完全な諸刃の剣だ。イメージを重要とする魔法使いには、その根幹を揺らがせる話でもある。
いやまあ、そもそものオレが使えるし使えなくなってもないし大丈夫か。姉さんにもした話だし。
とりあえず、気分を変えるために水でも飲もう。釣られたのか、二人も水筒に口をつけている。
よし、これで舌は回るな。
「オレたちが魔法として扱ってるものはなんだと思う?」
「え? 何いきなり。そりゃあ、私は火でフレイアさんは炎、レアや水精霊の祝福の先輩達は水で、ユーリ君は風だよね」
「ですよね」
魔法属性からすると当然そういう答えにはなるが、
「そもそもコレ、水じゃないんだよなぁ」
「ブーーーッ!」
「ごほっ! けふっ!」
汚いなセラ。まあ、言い方が悪かったのは認めるが。
「何飲ませてくれてたの!?」
「わたしも、へんなところにみずが……」
「いや、飲料水なのは間違いないだろ。自分で用意したんだし。それにオレだってさっきから普通に飲んでる」
証明のためにも、一気に飲み干す。
うん、世間一般的に想像される水だな。
「そういうことじゃなくてだな。純粋な水じゃないってことだ」
「純粋な水、ですか?」
「純粋も何も、水は水だと思うけど?」
この世界に原子分子の論説はまだないので、そういう話は通じるはずがない。
純水とか、超純水とか。そういう概念が現れるのはどのくらい後だろうか。そもそもオレも製法はわからない。蒸留を繰り返すのか化学反応で作り出すのか。
「単純に、水以外のものが多少は溶けてるって話だよ。水源からの成分とか空気とか、たぶん細かいホコリなんかも混ざってるだろうし」
そういえば、ミネラルはもちろん軟水硬水の概念もまだないのか。水による料理の良し悪しの話は各地で聞いたが、それはまだ向き不向きの話でしかなかった。
「んー、なるほど?」
「そういうことですか」
「まあ、水と塩があったとして、レアも水は操れるけど塩は無理だろ。でも、溶かして塩水にしてしまえば両方とも扱えないか?」
「扱えますね」
「だから、水魔法使いが扱えるのは水というより液体なわけだ。問題は、それがどこまでなのか。液体なら何でもありなのか」
ヴェノム・サーペントの毒なんて、その最たるものだっただろうな。あれを指して水と呼ぶやつはどこにもいないだろう。
「というか、昔姉さんと実験したが油も操れた」
「さすがユーリ君。そこは把握済みか」
この世界だと油の精製はされていないだろうから多少水分は含まれてるとしても、水属性ってなんだろうな。液体魔法じゃ締まらないのはわかるけどさ。
ただ、そういう事情を無視して水魔法と呼ばれる理由は、なくもない。
「でも、魔力を変換して作れるのは辞書的な意味での水に属するものだけで、それ以外の液体は作れなかった。組成を知っているかも別として」
「こうしてユーリくんに説明してもらうと、たしかにそのとおりですね」
水属性は組成H2Oの液体を発生させるのと、組成問わず液体全般を操ることができるといったところだろうか。ただし、生物の組成の大半に水分が含まれているにも関わらず水魔法の支配下に置けないように、限度はある。泥水は行けるが流砂は無理とか、割合の問題なのだろうか。
そういえば、溶けた鉄が扱えるらしいというのは聞いたが、水銀がどういう扱いになるかは知らないな。他人に扱わせるのは危険だから試す気もないが。
「で、火魔法だが。こっちに至っては何が燃えてるのかすらわからない」
「ほんとだ。いまさらだけど火魔法の火って何が燃えてるんだろ」
火の燃焼自体は化学反応だ。つまり魔法それぞれの領域で分類すると、火属性は化学現象を起こしていることになる。ただ、それが燃焼物への着火によるものなのか、温度上昇がもたらす発火によるものなのか、そのどちらでもないのか。魔力探知ではわからない。
風属性は、気体の発生と分離、さらに気体の持つ各種物理エネルギーの掌握ということになる。あんまりそっち系の知識がなくて水素くらいしか生成できないが、把握できれば爆発系のガスも合成できるんだろうな。
唯一、前の世界で誰でも簡単に発生させられた毒ガスがあるが……正しい組成を知らないのもともかく、使うことはないし使うわけにも行かないだろうな。というか、風属性こそその言葉の範疇から外れているものはないなこう考えると。
土属性は、そもそも土自体が混合物だという前提を考えると、各種鉱山の中身どころか山ごとまるまるひっくり返せる……はずなのだが。鉄に対する魔法適性が無いことがネレの自暴自棄の理由だったので、金属自体は扱えないことになる。土中にその成分があるという原則をある意味で無視して。
ちなみに、土も当然のように岩も石も砂も扱える。この辺りは粒子サイズの違いだからか?
四大属性以外だと、光は各種光線だろうか。いや、レーザーはともかくビームは光ではない気がするが。
雷系統の魔法は光に分類されているだけであって実際には電気エネルギーであり気象現象なので、風属性の今のオレが間接的にだが使えてララに使えないのも当然だ。
闇属性は、光を減衰や逆転させているとすれば成り立つ。重力もここに入るが、ブラックホール的なものだろうか。
と、色々不明瞭な部分はあるが、さっぱりわからないのが聖と邪だ。生体エネルギーとか空間とか時間とか、その他の領域をまとめて分類しているだけと考えるしかない。
とまあ、色々考えてみたものの。この辺りの法則を超越する要素というのが魔法にはある。そもそも、回復や解毒を身体機能の加速と解釈すれば納得できる聖魔法はともかく、空間や時間に作用する邪魔法は完全に法則の外の現象だし。
いや、それを言い出すとやはり「魔法や魔力ってなんなんだよ」という話になる。考えなければいけないが、考えすぎても真理には辿り着けないだろう。
「なるほど。何を扱えるのか考えるのは重要ですね」
「考えすぎてもイメージが崩れて駄目だと思うけどな」
「たしかにねー。魔法が使えなくなりそう。あ、だからか。さっきの忠告」
「特に、セラはな。火魔法の根幹に関わることだ」
セラは、少し唸ってからファイアボールを発生させる。
「うん。今のところ使えなくなってないから大丈夫」
「そいつは安心だ」
他に、物質の三態自体はこの世界でもざっくりと把握されてはいたな。
「その他には、水でも水蒸気は気体だからオレの領域になる。霧は気体に見えても状態的には液体だからレアの領域だな」
「ん? 霧って水なの?」
「水ですね。魔法で出せますから」
レアが手をかざすと、人間大の白いモヤが現れる。
そうか。レア、霧を出せるのか。ならそれで奇襲や撹乱もできるな。
形だけ真似して、もう一つ霧を出現させる。
「オレも、天候現象として出すことはできる。ただ、レアみたいに条件を無視して出せるわけでもないし、細かく制御できるわけでもない」
「ちょっと寒くなったけど、これってユーリ君の影響ってこと?」
単純に極小の水滴を空間全体に発生させる水魔法と違い、風魔法ではまず水蒸気を集めて湿度を上げ、その空気を周囲の気圧低下で冷却することで結露させ、気流を操って留める、という行程を踏まなければならない。調整をミスれば氷雨にもなってしまう。
「同じように、炎を起こすこともできるが……」
空気から水素を分離。周囲の気体も使って圧縮して温度を上げるとともに、摩擦で静電気の火花を起こす。着火すればどうとでもなるが、火魔法でない以上は持続のために魔力ではなく可燃性ガスを供給し続けなければならないので、
「……めんどくさすぎる」
「うん、確かに」
「これができることはすごいんでしょうけど、やりたいかと聞かれると首を横に振りますね」
オレだけでなく、セラとレアの二人も苦笑いになる。
もう少し練度が上がれば別だが、この辺りは疑似精霊魔法を使っておいたほうがいいな。魔法陣の構築と解析は必要だが。
「そういえばさ。フレイアさんは火の上位の炎だけど、この二つってどう違うの?」
「単純なところでは出力だな。ファイアボールとウィンドボールを上手く混ぜ合わせれば大きな火が作れるんだが、炎の場合はそれに匹敵するものを直接作り出せる。あとは、温度の問題か」
「あのとき見せてもらったようなやつかぁ。ん? 火って温度が高くなるの?」
「炉に風を送って火の温度を上げるのは鍛冶には必須の作業だ。火に強い魔物も、炎は難なく焼き尽くす」
裏を返せば、素材を採るのが難しくなるということでもあるが。
「うーん、私も炎魔法使いになれるかなあ」
「そこは運もあるな」
気を持たせるのも捨てさせてしまうのもどうかと思い、答えは曖昧になってしまう。少なくとも、炎は使えるようになる、はずだが。
「わたしは氷とか」
「そっちはなあ。姉さんもそうだが、レアも性格的には……」
魔質進化はかなりの部分で性格に依存するというか、性格や行動でほぼ判別がつく。氷魔法使いがみんな冷徹怜悧ではないとは思うが、水精霊の祝福の先輩達もそっち方面の適性はなさそうに思う。
「うーん、残念なような、嬉しいような」
固体の方が攻撃に有利だとか、氷の生成や冷凍魔法を売りにすれば食いっぱぐれないとか、割と現金なものもあるけどな。炎と違って氷と水は属性として両立するみたいだし。
「オレなんか進化先がないぞ」
「いや、ユーリ君が進化したらなんか世界に君臨しそうだし。そのままでいいんじゃない?」
「あはは……」
最後は笑い話になって、その日の授業は過ぎていった。




