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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
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第十章 覚悟と乖離

「そう言えば“魔力強化”の話をずっと忘れてるな」


 ある日。野外実習中にふと思い出した。

 というか、どう考えても付加の話より先にそっちだったかもしれない。何事にも応用が効くのはこちらの方でもあるし。


「気軽にやるなという話だけは聞きましたね」

「あー、失敗するとまずいとか言ってたね」


 そんな話だけはしたか。最初のクエストの時だったな。


「原理としては至極単純な話だ。物質の組成結合を魔力で補助する。この世界に存在するもののほぼ全ては微量でも魔力を帯びているから、それにさらに足してやる感じかな」


 落ちていた木の枝を二つ拾い、叩き合わせる。聞こえる音はベシベシとかペチペチとか、この状態ではそこまで派手な音はしない。

 ここに魔力を通すと、まるで鉄を叩き合わせたようなカンカンという高い音に変わる。たわみも殆ど無くなる。


「へー、そこまで変わるんだ」

「すごいものですね」

「ただ、この量をあまり膨大にしすぎると当然内部から爆発を起こすわけだ。オレが剣を壊したときみたいに」


 更に枝に魔力を込めていくと、キリキリとかチリチリとか非常に嫌な音が聞こえ始める。程なくして、防壁が砕けた時のような燐光と共に枝は炸裂四散する。その破片は予め展開しておいた防壁で受け止めたので辺りに飛び散ることはない。


「あー、たしかに自分の体でこうなるとマズいってレベルじゃないね」

「というか死んじゃいますよ……」


 四肢が爆発するのはスプラッターってレベルじゃないな。回復魔法やポーションでどうこうできるレベルを超える可能性もある。


「身体強化するなら平時で五割、最大でも八割くらいが目安だろうな。状況によっては制御を失うこともあり得るし」

「ありそう。そうなると身体パーンなわけかぁ……」


 むしろ結構あるんだよな。これもいつか話したように、魔法の出力は感情の状況に依存するのだから。

 大抵の場合は魔法使いではない人間が無意識にかけているものがオーバーロードするくらいなので、内出血や疲労骨折のようなレベルにしかならなくはあるが。

 痛みのない明確な分水嶺があるというわけでもなく、痛覚も機能するし大抵は自動でストッパーをかけることになるとは思うけどな。


「ついでに、魔力探知の判別と同じく素材はそれぞれ許容範囲や強化のかけ方が違う。見た目全く同じものでも限界がそれぞれ違ったりするんだ」

「またここで地道なんだね」

「でも、当然といえば当然かもしれませんね」


 この世には一つとして同じものはない。そして変化しないものもない。

 そうでなければオレも剣を壊してないしな。


「単純に、魔力探知をかけながら少しだけ魔力を流してみれば大抵のことはわかるはずだ。その辺りに落ちてる枝とか石で十分に方向性はわかるはずだしな」

「本当に万能ですね、魔力探知」


 魔力探知の応用先はこれだけじゃない。ララの人間診断はもちろん、ネレは鍛冶に使っている。誰かの役に立つだけでも十分に作った価値はある。


「こういう応用もそうだけど、ユーリ君のやり方を聞いてるとなんかもっと身近で色々できた気がするね」

「ユーリくんまで行くと少しやりすぎのような気がしますけどね」


 やりすぎなんだろうか。オレとしてはまだまだだと思うが。前に話した空気錬金もできてないし、他にも考えていることはあるし。

 ただまあ、例によってというか“わるいまほうつかい”になる可能性は誰にでもあるので、その辺りをどう判別するのかという問題だけはどうしようもないんだよな。健全な精神云々は理想論の話だそうだし。

 ノブレス・オブリージュだったか。そういうものが普遍でないのはどこの世界も一緒。嫌だな本当に。

 ただなあ。それを言い出すと、「家柄で何もかも決まったら面白くない」というオレの考えも対になってしまうのか。変な背反だ。


「なんか悩んでる?」

「“いい魔法使い”になるにはどうすればいいかなって。いつも考えてることだけどさ」

「永遠の命題になりそうですね」


 そうだな。ホントに。



 そんな話をして、二人が例によって問題なく魔力強化できるようになり数日。教室での授業を終えて寮へ帰るオレ達のところに姉さんがやってきた。


「ユーくん。もっと強くなりたい」


 ついに来たか。さすがにこれに関しては自力でとは行かないと思ってはいたからな。

 ただ、思っていた形とはちょっと違ったところはある。


「……姉さんは十分強いぞ?」

「でも、あの時敵わなかったし、ユーくんに助けられた」


 オレの言うことも姉さんの言うことも事実ではあるんだが、なんだろうな。危うさを感じてしまう。

 もちろん、時間もあったし、その上で悩んで出した結論なのだとはわかるし、焦っているわけでもないのもわかるのだが。


「……それ、わたしもあのときからずっと引っかかっていました」

「そうだね。役に立たなかったし。まあ、前からかもしれないけどね」


 レアとセラもか。

 敵わなかったという意味ではフレイアも同じように思っているのだろうか? いや、風牙のない状態で勝ち目があったのはフレイアだけだな。周囲の被害を無視すれば瞬殺もできただろう。

 しかし、強くなりたいって言われてもな。どうしたものか。

 オレの強さの根源があるとすれば、二つの世界での経験を大本にして科学知識と魔法知識をミックスしていることだろう。そこを埋めて残るものがあるとすれば、三人とは比べ物にならない戦闘経験だろうか。どちらもそれをどうこうするのは非常に難しい。説明すらできない。

 説明せずに高次の戦闘経験を積むとなると、重症を超えて死のリスクすら近づいてくる。


「……なんか、珍しく歯切れが悪くない?」

「……やっぱり駄目ですか?」

「簡単には無理だってわかってるけど……」


 沈黙を拒絶と取られたのか、セラの言葉とともに三人ともバツの悪そうな顔になる。


「いや。格上との戦いを繰り返すのが一番確実に強くなる道なんだが、そうするとどうしても命のやり取りになるからな」

「うげ、それはそうかぁ。でも必要ならやるしかない、というか必要なんだよね」

「そこの辺りはユーリくんが……というのもあんまり良くないでしょうね」


 レアの言う通り、オレにおんぶに抱っこが過ぎるのも良くない。常に目を光らせておくこともできないし、いつまでそうできるのかもわからない。

 ダメージを代替してくれる魔道具でもあればいいんだけどな。世の中そううまくは行かない。そもそも、一〇〇パーセントのダメージを代替してくれたところで二〇〇パーセントはどうなるのかというのもあるし。そのパーセンテージの元自体もわからないし。


「最低限、回復魔法が使える知り合いでもいればいいんだが」


 まさかララに頼むわけにもいかない。そもそも聖国に戻ったしな。

 そういえば。セラに普通の知り合いはいないのかと聞かれたが、転生してからこっちロクに知り合いそのものがいないな。こんな打算混じりの付き合いを求められても相手はイヤだろうが。


「回復魔法が使える人なら、わたしたちのパーティーにいるけど……」

「それは偶然もあったもんだな。その先輩に手伝ってもらえるのなら……今度の休みに都合が付けば、またダンジョンでも行こうか」

「わかった。聞いてみておくね」



「どうもはじめましてユリフィアスさん。お噂はかねがね」

「いえ、こちらこそ。みなさんも、姉がお世話になっています」

「遠目に何度か見たことはあるけど。思ったより普通?」

「女の子二人とパーティーなんて、前途有望ー。いいですネ弟クン」


 姉さんのパーティーメンバーと会うのは初めてだが、割と濃いメンツだな。色々と。

 さて、自己紹介するなら目下からだ。


「なんとなく自己紹介の必要を感じないですが、無色の羽根(カラーレス・フェザー)のユリフィアス・ハーシュエスです。はじめまして皆さん」

「セラディア・アルセエットです」

「ルートゥレア・ファイリーゼです。よろしくおねがいします」


 魔法使いにとって使用魔法を明かすのはご法度に近いので自然と自己紹介はシンプルになってしまうが仕方ない。


「お三方のことはアイリスさんからよく聞いていますよ。わたくし達は、水精霊の祝福ブレス・オブ・ウンディーネ。リーダーのユメ・ハウライトです。よろしくお願いしますね」

「ティアリス・クースルー。よろしく」

「エルシュラナ・レリミア。気軽にミアお姉さんって呼んでネ」


 キャラもそうだが、姉さんにこういう友人がいるとは知らなかった。

 一目でそれとわかるのは、頭に牛の角のついているハウライトさんと耳の先が尖っているクースルーさんか。


「えーと。あんまりこういう話をするのは失礼だとわかってるんですが、ハウライト先輩とクースルー先輩は」

「ユメで構いませんよ。わたくしは牛人族ですね。種族的には白牛族になります」

「ワタシもティアでいい。でも。存在的にはエルフじゃなくてクォーターエルフ。エルフよりかなり珍しい。皆ラッキー」


 セラの疑問に特に気分を害した様子もなく、ユメさんは笑顔であり、ティアさんは無表情ながらもピースサインを返している。

 で、残る一人であるミアさんは、


「女子二人は気付かなかったみたいだケド、アタシは吸血鬼ヴァンパイア夢魔サキュバスのハーフ。つまり魔族だよ。引かないでくれると嬉しいカナ」

「「えっ」」


 ミアさんのノリからか二人とも引いてはいないようだが、流石に驚きはしたようだな。

 別に、こういうパーティーが珍しいわけではない。無限色の翼プリズムグラデーション・エールもそうだしな。


「……気付きませんでした」

「まあ、魔族魔族してるといい感情持たれにくいからネ。翼出してると制服も着れないし、ユメちゃんも服着るときよく角が引っかかってるし」

「そ、そういう理由もあるんだ……」


 セラもレアもかなり驚いているな。たぶん人間主体の国にいるからわからないのだろうが、人間と魔族のどっちが攻撃的かと問われれば圧倒的に人間のほうだ。

 そもそも、攻撃的な魔族に会ったことがない。そういう意味では妄想を端とする固定観念というやつは最強だとも言える。


「というか、ミアさんは自分で魔族とバラしてますよね?」

「あはは、さすが弟クン。鋭い」

「どういうことですか?」


 あれ、オレしか気付かなかったのか。


「名前と愛称だよ。魔族は姓の後に名前が来るからな」

「はえー、そうなんだ。知らなかった」


 この辺りはそれこそ関わりが無いと知りえない情報なのか。オレもリーズと出会わなければ知らずにこの場にいただろう。いや、この場にいることすらできないんだが。

 しかし、中華要素も特にない魔族の名前表記がこうなってるのは不思議だな。名前自体はユメさんのように獣人にその傾向があるが。


「でもでも、弟クンはアタシが名乗る前からわかってたよネ?」

「そうだろうなとは思ってました」

「やっぱりユーくんはわかるんだね、そういうの」


 どうだろうな。それ自体は些細な違いとは言え、いろんな種族の魔力というのを知っているからだと思う。だから見た目でわかるユメさんはもちろん、ティアさんが純粋なエルフでないというのもわかっていた。


「うふふ、こんなにかしこかわいくて優しい弟クンがいるなら、アイちゃんがパーティー移ろうとするのもわかるカモ」

「むぐ」


 ミアさんは、にこやかに笑いながらハグをしてくる。転生してからこっち、肉親以外でこういうアクションをしてくる人はいなかったので新鮮だ。


「ゆ、ユーリくん!?」


 レアが慌てているようだが、胸に顔が埋まってどんな表情をしているのかわからない。

 まあ、ミアさんの目的はセクハラとか種族特有の何かとかじゃなくて、オレが恒常的に魔力探知でやっていることと同じだろう。


「レリミア。初対面。やめたほうがいい。いつものことだけど」

「え、これ毎回やってるんですか」

「うふふ、誰にでもやってるわけじゃないよ。ひひっときたひとにたけ……あれ? なんかはなこえになってない、あたし?」

「……ミア、鼻血。ユーくんに垂れそう」


 鼻血? なんでだ?

 こういうシチュエーションで男の方が血を出すのは漫画で見たことはあるが。


「……興奮って、回復ヒーリングは効くのでしょうか?」


 戸惑い気味に呟いてから、ユメさんは短い詠唱をする。そうか、彼女がヒーラーなのか。

 ようやくオレの頭を離してくれたミアさんは、自分のハンカチで顔を拭っている。さして流血したわけではないだろうし、吸血鬼の血統ならそれこそ血は操れるのだろう。すでに痕跡はない。


「いやビックリ。いい魔力してるね弟クン。定期的に貰いたいくらい」

「定期的……あの。やっぱりそういうのとか、あるんでしょうか?」


 レアの怖れももっともだろう。夢魔に吸血鬼は両方とも何かを吸い取る力を持ってるからな。片方はさらに「眷属を増やす」という逸話もあるし。


「吸血種の魔物とは違って必ずしも必要なものではないとは聞いたな。基本的には魔力やそれに準ずるものを取り入れて一時的に能力を上げる手段だとか」


 その辺りはリーズの情報だから確実なはずだ。

 だが、なぜか表情が死んでしまったレアと苦笑いのミアさんどころか、姉さん以外みんな微妙な表情になっている。


「ソウナンデスネー」

「たしかに弟クンの言うとおりなんだケド、貴女たち二人の苦労もわかるナー」

「……ええ。なんか、これぞユーリ君って感じ」

「興味深い方ですねぇ」

「凄い。ある意味」


 む、なにか場違いなことを言ったらしい。総ツッコミだ。

 種族解説なわけだからミアさんに任せればよかったのか。余計な知識をひけらかさずに。


「これ、例によって絶対伝わらないヤツだね。で、ユーリ君。今回またダンジョンに行くって話だったよね。回復魔法が使えるユメ先輩の力を借りるってことは高レベルダンジョンに行くの?」

「そこはそれほど考えてなかったし、制限の問題もあるんだが。水精霊の祝福はランクはどこになるんですか?」

「Bですね。高レベルダンジョンにも入れますよ」


 Bか。学生の二年間でそこまで上がるのはギルドから見ても驚異的なレベルだろうな。


「私たちがEだからだいぶ上だね。すごいなあ。先輩たちは上級ダンジョンに行ったことあるんですか?」

「ある」


 相変わらずポーカーフェイスだが、ティアさんの後ろには「ドヤァ」という三文字が見える気がする。

 なんにせよ、水精霊の祝福ブレス・オブ・ウンディーネが上級パーティーの一角であるのは確かなようだ。ティアさんの言い方だとボス討伐もしているようだし。


「オレの記憶が正しければ、同盟ユニオンを組めば格上の方の依頼も受けられましたよね」

「ええ、Cになった辺りからそれ狙いでの同盟申請も多いですね。ペナルティを無視できないのでお断りしていましたけど、ユリフィアスさんたちなら心配しなくてもいいでしょう」


 そうか、そんなのもあったか。


「ペナルティなんてあるんですか?」

「悪用すると初心者パーティを連れて故意に全滅させることもできてしまいますから、被害の規模によっては除名までありますね。重症を追わせてしまうと即ランクダウンです」

「あー、考えてみるとそうかぁ。よくできてる」

「でも、二人も上級ダンジョンに入っても大丈夫だと思うよ。ね、ユーくん」

「ああ」


 さすがに一人で放り込んだら微妙なところだろうが、この七人でアタックするなら余裕だろうな。少なくともお荷物になるようなことはない。

 そう考えるとユメさんの提案は渡りに船なのだろうか?

 いや、今回はそこまで危ない橋を渡る必要もないか?


「信じてみるのも大事でしょう。ね、ユリフィアスさん」


 ユメさんに微笑まれてしまった。

 オレもどこかで覚悟を決める必要はあるのは確かだな。結局、ここでやめても先延ばしにしたに過ぎないんだし。


「わかりました、上級に行きましょう。よろしくおねがいします」



 上級ダンジョンがどういうものかというと、たとえSランクの冒険者でもソロで挑むのは自殺行為として止められる。

 ダンジョンは基本的に閉所。ソロクリアに足る人間兵器みたいな冒険者がいたところで実力を発揮できるのかという問題もあるので、おそらくその評定は間違っていないだろうと思う。いくつかある空間歪曲で広大なフロアが連続したダンジョンについてはその限りではないんだろうが。

 それに、人死にが増えることによって起きる問題もあるからな。そこを調整するのもギルドの仕事だ。


「これが上級ダンジョンッ!」

「魔物の強さが段違いですっ!」

「二人とも、気をつけて!」


 セラもレアも姉さんもギリギリの戦いを繰り広げているようだ。これなら間違いなく修行になる。

 さて、残りのオレ達はというと。



「個人的には、火や水にも回復魔法はあっていいと思うんですよ。命の炎とか言いますし、人間の体は結構な分量が水ですし」

「たしかにそうですね。光魔法や聖魔法としてしかないというのも不思議ですし、なにか方法はあるのかもしれません」

「光の精霊はいるかわからないらしい。でも水精霊(ウンディーネ)の魔法の中にはそういうのがあるのかも」

「みんな使えると便利なのにネー、回復魔法」



 各種隠蔽を使い、魔物の相手をすることもなくまったり回復魔法談義をしていた。

 セラから時折恨めしい視線が飛んでくるが、自分たちが言い出したことなのだから最初から最低限のフォローしかする気はない。


「それでもなにかアドバイスとかないの!?」

「アドバイスねぇ。必殺技とか?」

「何それ!? 教えて!」

「剣をブッ刺して先端から全方向に火属性放射ファイアブラスト

「そんなエグいことできないよ!?」


 いや、決まれば一番簡単な一撃必殺技なんだけどな。フレイアも最初教えたときはドン引きしてたけど。

 しかし、こういうやり取りができるってことは案外余裕なのかな。もう少しランクの高いところでも良かったのか。


「……なんとなく。ユリフィアスが鬼のようなことを考えている気がする」

「うん。『信頼してる』って言うと完全に言い過ぎカナってカンジ」


 熱血教師物をやる気はないが、ある程度追い込まないといけないのはたしかだからなあ、こういうのは。


「むしろ先輩たちの方が余裕がありそうに見えますよ」

「戦々恐々としているとそれこそフォローに入れませんからね。最低限、わたくしたちは落ち着いておかないといけません」

「それに。ちゃんと周辺警戒はしている」

「アイちゃんならまだヨユーあるから大丈夫大丈夫」


 パーティーメンバーのお墨付きなら大丈夫か。たしかに目を回したりとかはしていないし魔力切れの兆候もないものな。


「アイリスさんが余裕あっても私達はないんですけど!? ねえ、ユーリ君!?」

「なんだ、セラとレアもまだ大丈夫そうですね」

「その信頼はどうしてなんですか!? 自分で言ってて悲しくなりますけど!」


 それはそうやって悲鳴を上げられるからだ。追い詰められたらマトモな言葉が出てこないか、そもそも喋れなくなるはずだからな。

 それに、悲鳴を上げながらも既に三分の二は踏破しているのだからあとはどうにでもなるだろう。


「浅めのダンジョンを選んでよかったな」

「そうだね!?」


 やっぱりセラはまだ余裕があるな。

 この分なら、もうすぐ終わるだろう。



 予想通り、程なくしてボス部屋の前にたどり着いた。どのダンジョンでもそうだが、ここは一種の安全地帯になっている。


「疲れた……」

「まだ動けるのが不思議です……」


 セラとレアは座り込んで肩で息をしている。姉さんはそこまでではないが、疲労の色は拭えない。


「とりあえず、回復しておきましょうか」


 ユメさんは三人のそばに立ち、手を掲げる。


「我が友人の傷を癒やし、再び進む力を与え給え」


 ユメさんの全身を包むように光が現れ、それがセラ、レア、姉さんそれぞれの身体に移動していく。淡い光に包まれた三人の体は、時間が巻き戻るかのように擦過傷や小さな火傷が消えていく。


「やはり聖女様のものには敵いませんね」

「そんなことないですよ」

「ありがとうございます」

「いつもありがとうね、ユメ」


 やはり回復魔法は必要だな。なにか構築する方法はないだろうか。

 そういえばリーズが時間回帰を回復魔法として使っていた。疑似精霊魔法エクスターナル・エレメントマジックで空間圧縮ができるなら、あれも再現できるか?


「そもそも回復魔法ってなんなんです?」


 当然の疑問だな。しかしその答えは、


「わからない、というのが実情でしょうか。使えるわたくしとしても、『使えるから』としか答えようがないのです」

「……そうなんですか?」


 事実だ。というか、原理の解明方法が無いと言うべきか。


「実際のところは、果たして光に属するものなのか聖なるものなのかすらわからないという感じだな」


 ここで口にはできないが、聖国内でも「怪我が治るから回復しているのだ」という説明や文献記述しか無かった。

 リーズの使ったそれは回帰であり、厳密には回復ではないので除外するとして。光魔法や聖魔法の回復ヒーリングで行っているのが何なのかは、魔力探知で見てみてもわからないのだ。

 可能性としてはいくつか考えられる。一つ目は、リーズのものと同じで怪我をする前の状態に回帰しているというもの。これが一番無難な答えだろう。諸々違和感はあるとしても。

 二つ目は、人体の回復能力を高めたり早めたりしているというもの。これが主流の推測だが、生理学理論としては細胞分裂を早めているということであり、ある意味では老化を加速しているということなので、これはこれでそういう世界から来たオレから見れば非常に恐ろしい説ではある。特にこの世界だといろんなところで物理科学から逃げられないからな。

 三つ目は、施術者のイメージとか被施術者のイメージや魂の情報を元に肉体を修復しているのではないかというもの。これは前提となる証明までもが多すぎて立証不可能だとされているが、個人的には可能性が一番高いんじゃないかと思っている。

 しかし、ぶっちゃけてしまうと身体回復用のポーションもわけがわからない。種別問わずポーションが薬草を煎じるなどして作ることを考えると、モノとしては漢方薬に近いことになる。だが、薬液で致命傷を含む怪我が瞬間回復するとか、物理科学世界では違う意味で医療が崩壊する。

 そもそも薬自体が生理作用を誘発するものだと考えると、加速させているのはやはり魔力だろうか。なら、ブーストやバーストを改変すれば回復魔法になるのだろうか? いや、他人に魔力強化をかけたこともあるが傷病が回復したりなんてことはなかっ、


「おーい、弟クーン?」

「ん?」


 思考の世界から意識を戻すと、全員に目を向けられていた。


「人を無視するのは。良くない」

「すみません」


 そんなに深く沈んでいたか。今後必要になる技能かもしれないから仕方ないが。


「そろそろボス戦行こうかなってことだったけど、ユーリ君は問題ないよね?」

「ああ」


 ここのボスはたしかケルベロスだったか。初めて大きな壁として立ち向かうのが地獄の番犬というのは皮肉が利いてるのかな。


「それじゃあ、行きますか!」


 掛け声一発、セラが扉を押し開く。

 こういう構造になっていたりボスが復活したり、いつも人為性を感じるのだが。本当にダンジョンは自然のものなのだろうか。


「当然、先手必勝だよね!」

「ガ……ヴァァッ!」


 セラが真っ先に部屋に飛び込み、咆哮より早く火の玉(ファイアボール)を撃つ。火球が開いた口に吸い込まれて違う吠え声が響く。


「すごい。豪運」

「ええ」


 ティアさんとユメさんの驚きももっともだ。必ず正対状況になるとは言え、初撃が一応の弱点に行く確率はどんなものだろう。

 ただ、運がいいが悪いかはわからない。確実にダメージは与えただろうが、


「グルゥゥ……」


 これも確実に、怒らせただろうからな。体長五メートルほどの魔犬を。


「やっちゃった!?」

「大丈夫! セラちゃん、レアちゃん、両側に回り込んで!」


 姉さんが牽制しつつ叫ぶ。

 ケルベロスは当然三つ首だが、三方向に向けるほど左右の首の可動範囲が広いわけではない。強い一人が囮になるのは最適解とも言える。


「ゴーレムのときみたいなのは無理だよね。なら!」


 ケルベロスの足元が一瞬で火の海になる。


「もっとぉ!」


 注ぎ込まれる魔力量が増える。火嵐ファイアストームとまでは行かないが、体高の半分くらいには届いている。


「たしかアイリス先輩は……」


 レアは水魔法を圧縮するような魔力の編み方をしている。ウォーターカッターを再現するつもりらしい。

 だが、流石にそれは姉さんに一日の長がある。というか、姉さんと「封印する」と言ったあと一人以外が使えているのを見たことがない。


「一応、見本を見せておくね」


 ケルベロスの表皮を水の刃が切り裂く。

 ウォーターカッターの実態は物理世界と同じ。魔法で言うと水属性放射ウォーターブラストを尖練し、高速化するだけ。術の構造としては単純。しかし、練度は並大抵でないものを必要とする。


「……っ、どうですか!?」


 射出、回転、集束。オレの超音速貫通撃オーバーソニック・スラストを参考にしのだろうか。

 発想としてはいいが、根本的な初速が足らなさすぎる。物を切断するにはそれこそ弾丸並の速度が必要。一定以上の高さから落ちれば水もコンクリートの硬度に匹敵するようになるらしいし、それができるだけで既に一つの必殺技にはなる。


「ていうか私、二人と相性悪すぎない?」

「その辺りをどうするかも今回の課題だな」

「まあね。えーと、足元の火を顔に誘導、とかかな」


 呟きの通り、火が立ち昇って顔にまとわり付く。大ダメージとは行かないが、目や鼻や口はどんな生物でも弱点だ。確実にダメージが入る。


「ちょっと弱いか。ていうか相手が強いかな。さすが上級ボス」


 ボス戦になってようやくこの構成の弱点が見えてきた。

 いつもはオレが前衛に立っているが、魔法使いだけだと中遠距離の戦闘に固定されてしまう。火と水では物理的な攻撃力に難もあり、魔力の多い相手には防御を突破するだけで長期戦を強いられることになる。

 今後の方向性は、単発の威力の強化とそれを補う魔力の増加か。セラとレアの二人はボール系統以外も積極的に習熟していかないとな。

 もしくは。


「魔法付加を試す武器が必要なら色々持ってきたぞ」


 空間圧縮を解除するとボロボロと武器が地面に落ちる。剣、大杖、槍、棍、ハルバード、ハンマー、投げナイフ。鞭や弓矢などの自爆や習熟度の問題がある武器は持ってこなかったが、この辺りなら使いようはあるだろう。重量のある武器は身体強化でどうとでもなる。


「イヤイヤ、弟クンそれドコから出したの……?」

「……召喚?」

「秘密です」


 これも例によって、喋ったところで再現はできないけどな。

 ミアさんならリーズと知り合いの可能性もあるが、そこは聞けることでもない。


「ユーリ君、剣貸して!」

「了解」


 言われた通り剣を拾い上げ、セラに向かって投げる。細かい軌道調整は風魔法を使えばいい。


「ありがと!」


 セラは即座に抜刀し、ケルベロスに向かって走る。斜め後方、死角から剣を突き立て、


「こうかな!?」


 剣先から火魔法を放射。現状でもこれが最適解だろう。

 魔法剣は物理と魔法の合わせ技。当然、物理攻撃や魔法攻撃単体の攻撃力を上回る。それによって攻撃対象の内側に割り込むことで魔法の放射自体は組成の内側へ放たれる。その結果、魔法が内部に留まるような動きを見せる。これは魔力密度が高い相手ほど強い傾向がある。


「もっとぉ!」


 注ぎ込まれる魔法が変わる。これは火柱ファイアピラーか。そういえばゴーレムとやりあった時に一度見せていたな。

 ケルベロスの三つの口が煙を噴いている。内部延焼が進んでいるのか。それにあわせて身じろぎも大きくなる。


「ちょっと揺れるよ、セラちゃん」


 姉さんがケルベロスの背中に水の鎚(ウォーターハンマー)を叩きつける。


「わたしも!」


 レアも、密度と速度を上げた水の玉(ウォーターボール)を三つの頭それぞれに上から連続で叩きつけ始める。


「ユーリ君! 槍も!」

「ほら」

「こんのぉ……終われぇ!」


 渡した槍は即座に突き立てられ、火柱ファイアピラーが二つになる。ケルベロスも必死にもがくが、背中を押さえつけられていて叶わない。

 数秒後、その動きは完全に止まった。魔力反応が急激に弱まっていく。


「……倒し、た?」

「……みたいですね」

「うん」


 こうなってしまえば後の処理は簡単だ。各種素材と魔石はセラに貸した剣でも楽に分別できる。


「まさかほんとに行けるとは思わなかったなぁ」

「そうですね。でも魔法の使い方を見直す必要はありそうです」

「わたしももっと魔法を洗練させないと駄目だね」


 とりあえず、姉さんはトラウマを克服できた……のだろうか? まだわからないな。


「お疲れさまでした」

「いい感じ。よかった」

「うんうん。さすがだネ、一年生最強トリオ。まあ、今回はアイちゃんが代理だけど」


 三者三様の感想を聞き、言われた三人もやり切った顔をしている。

 上級ダンジョンを攻略できるなら、二人の実力も水精霊の祝福のメンバーからそこまで劣るものでもないんだろうな。

 さて、と。


「ユメさん、これをお願いできますか」

「はい?」


 ユメさんに空間圧縮を解除して取り出した肩掛けバッグを渡す。中は各種ポーションが詰め込んであるし、底に風殺石を数個入れてある。


「一応の保険です。とりあえず三人にはマナポーションを」

「準備がいいですね。アイリスさん、ルートゥレアさん、セラディアさん、どうぞ」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「助かったー。だいぶ魔力使いましたから」


 三人が回復している間に軽くストレッチをして、オレの準備は完了。


「よし、そろそろ本題に入ろうか」

「ん? ボスはもう倒したよ? まだ何があるの?」

「隠し部屋みたいなものでもあるんですか?」


 二人は首を傾げているが、少なくとも隠し部屋はないな。


「ダンジョン攻略を主目的にすると言った覚えはないぞ」

「ユリフィアス。意味がわからない」


 ティアさんもわからないのなら、行動で説明するしかないな。

 全員に背を向け、壁に向かって居合抜きの形に構える。

 距離は二十メートルといったところか。この程度の距離での減衰はないな。


「レア。初級ダンジョンに行ったときの話を覚えてるか? 壁の話」

「ダンジョンの壁……たしか、『壊れないから魔法の試し撃ちに使うこともある』という話でしたっけ」

「ああ」


 答えると同時に風閃を放つ。さらに連続で剣を振るう。その斬撃の全てを魔力斬として、ボス部屋の壁に叩き込む。

 数十閃はしたか。景気のいい音は鳴り響いたものの、当たり前だが破壊までは至らない。それどころか土煙みたいなものも起きないし軽く傷がつく程度だ。

 魔力斬なら打撃痕が残るはずだから風閃のものだろうな。風閃は厳密に言うとV字に展開した防壁をさらに先鋭化して飛ばしているので、今のオレが作れる防壁よりダンジョンの壁の方がはるかに強度があるということになる。


「なるほど、今の魔力と魔法練度だとこんなものか。壊せるようになるにはまだかなりかかるな」

「ヒエッ……」

「これ、どれに驚けばいいんですか……」


 セラとレアは白目をむいて泡を吹き、姉さん以外の水精霊の祝福ブレス・オブ・ウンディーネのメンバーも真っ白になっているが、こんなもので驚いていてもらっては困るな。


「これでダンジョンに来た理由がわかっただろ?」

「いやいやわかんないから! 全然!」

「そうか。魔法を使った防壁だと壊れる可能性があるが、ここならその心配もないってことだ。それでこの刀という武器だが、前後を返すと峰打ちと言って物が切れなくなる。あとは……他に必要な説明もないな。さっさと始めようか、セラ、レア、姉さん」


 三人に向き直って、身体強化と各種防壁にかける魔力量を上げる。


「は、始めるって、だからナニを!?」

「だ、大体わかりますけどっ!? 本気ですかっ!?」

「あ、あはは。これはちょっと想定外かな」

「……これは、たしかに回復魔法が必要でしょうね。わたくしのもので足りるかは別として。ああ、だからこそのこのポーションの山」

「やっぱり。鬼だった」

「ねぇユメちゃんティアちゃん、もっと下がらな……アレ、これ以上は下がれナイ?」


 やれやれ。この程度でビビってもらっては困るな。世の中にはもっと強大な魔物はいくらでもいるというのに。

 そういえば、こんな言葉があったんだった。


「……家に帰るまでが遠足、か」

「エンソクって何!?」

「なんでもいいから帰らせてほしいですっ!」

「レアちゃんに同感。無理そうだけど」


 元気で結構。

 悪いがまだ帰すつもりはないぞ。



「来ないならこっちから行くぞ?」


 魔力隠蔽解除。ただし、例によって全開にはしない。せいぜいあの時の魔人と同程度だ。

 魔力斬、風の玉(ウィンドボール)。それぞれを三人の間に向かって撃ち込む。


「ひえええ!」

「いきなりですか!?」


 いきなりも何も、今までどれだけ時間と隙があったと思ってるんだ。

 次に行う魔法のために、深く息を吸い込む。


『楽に強くなれると思うなッ!』

「「「ッ……!」」」


 咆哮威圧ハウリング・シャウト。マイクに類する魔道具はあるし、騒音どころか音響兵器というものまである。出力を上げればこんなことも当然できる。

 もう一度魔力斬を撃ち込んでやるべきか。そんなことを考えるのと同時に、セラが動いた。火の玉(ファイアボール)が山のように飛んでくる。


「やるしかないならやるしかないんでしょ!?」


 言ってることは正しいが、いい感じに言葉がトチ狂っているな。


「レアもっ! ユーリ君を押し倒すチャンスだよ!」

「そうですね! って何言ってるんですか!?」


 ノリツッコミを入れながらも、レアも水の玉(ウォーターボール)をばらまく。

 たが、温い。風属性防壁(ウィンドウォール)の出力を上げれば逆風で押し返せる。


「ぎゃあ!?」

「押し戻されたんですかこれ!?」


 そう感じたならさっさと魔法を解除してしまえばいいのだが、そこまでの余裕はないらしい。と思ったのだが、水の玉(ウォーターボール)が動き回り火の玉(ファイアボール)を消していく。


「よくよく考えればこんな機会ないもんね。あの時もお互い本気じゃなかったし」


 その理由は、姉さんが制御を奪ったからだ。

 魔力探知で水の玉(ウォーターボール)の密度が上がっていくのが感じ取れる。


「ユーくんに敵わないのはわかりきってるけど、お望み通り全力で行くね!」


 ウォーターカッターの速度で水の礫があらゆる方向から飛んでくる。いや、物体を切断するほどの速度のものを目視することなどできない。

 この領域の攻防はもう勘だ。飛び退り、防壁を張り、直撃しうるコースの球を風魔法で反らせる。やることは再試験の時と変わらないが、危険度は全く違う。


「ッ」


 気が抜けない。時間を置かずに次が来る。あの時の連射がお遊びに思える。いや、実際そうだったのだろうが。

 回避の瞬間、身体をひねる。その回転を利用して魔力斬を放つ。

 飛んでいった魔力は強化された杖の一振りで弾き飛ばされる。その強度に感心すると同時に、身体の周りを火が渦巻く。


「捉えた!」


 どうかな。

 全方向に魔力放射一発。見えない炸裂がまとわりついていた全てを吹き飛ばす。


「駄目かっ」

「悪くはないな」


 この辺りで転進しようか。

 刀身に魔力と風魔法をまとわせ、一閃。さらにそれを二回。吹き飛ばす程の威力もないただの牽制。防壁に阻まれて届きもしないだろう。それでも気と視界は奪える。

 それが一瞬にしか過ぎないとしても、隙は隙。風魔法をまとって突撃する。魔法が飛んでくるが、速度と魔力密度で押し通る。

 直撃三閃。さすがに全力で振り抜きはしないがこれで、


「まずは一回」

「速すぎるよー!」

「やっぱり、正面から押されると実力差がダイレクトに出るね」

「でも、視界を奪われても魔力探知でオレを捉えてたのは良かったな」

「そこは魔法制御練習のおかげですね」

「さあ、もう一度だ」


 後ろ飛びで距離を取る。

 風牙を鞘に戻し、完全な魔法戦闘に切り替える。

 風の玉(ウィンドボール)も魔弾も致命傷になるような威力はないし、ともすれば防壁に阻まれる。遠慮の必要はないな。


「いだだだだだだ! いや、痛くはない!?」

「なっ……なにか当てられてます!?」

風の玉(ウィンドボール)と魔弾? 怪我するほどじゃないけど……ダメージはあるね」


 そういえば一〇〇連射なんて話もしたな。やってみるか。


「なんか増えた!? け、怪我するほどじゃなくても! 魔法防壁が! 張ったそばから割れてる!?」

「これ、ダメージのない魔法じゃなかったらってそういうことですよね!?」

「そうだね……つまり、耐えろってことじゃなくて」


 姉さんが大杖を振る。魔力強化で不可視の無数の弾丸を退けるのと、魔法展開のためだ。

 防壁だけでなく攻撃魔法も防御に使う。魔法戦闘における一つの解答だ。

 さらに、水属性放射ウォーターブラストと防壁の合わせ技で加速。突き出された大杖の先には防壁が展開されている。

 直線的な動きを魔弾で迎え撃つ。防壁を加えて大型化したそれは、体の捻りと加速に使用した魔法の組み合わせを横へのスライドに使うことで避けられる。


「悪くないな」


 こちらの眼前で停止した姉さんは大杖を横薙ぎに振るう。単純に防壁を厚くするだけでもいいが、ここは手のひらに防壁を多重展開。受け止めると同時に掴み取る。


「ッ、これは想定が」


 想定外、と言おうとしたのだろうか。ならこれは想定できただろうか?

 身体強化による膂力の上昇を用いれば、姉さん一人くらいなら楽に投げ飛ばせる。

 姉さんが大杖を手放す気配がなかったので、振り回しを緩めてしまう。オレのその行動を三人が読んでいたわけではないのだろうが、


「アイリス先輩!」

「貰った!」


 大杖を持ったレアと棍を持ったセラが殴りかかってくる。


「……まだ想定内だな」


 あの武器の中でなら、殺傷能力の殆ど無い大杖と棍を選ぶのはわかっていた。さらに、攻撃時になにか言うのも。こちらはセラの癖のようなものかもしれない。

 剣道じゃないのだから、残心はともかくとして打ち込みの時にいちいち声を上げなければいけないことなんてない。


「……受け身は取れよ、姉さん」


 まあ、こんな事を言ってしまうオレも同じようなものだが。

 空中に浮いていた姉さんを、掴んでいた大杖ごと地面に叩きつける。その動きと共に地面を蹴り側転。腕を振り抜く勢いを合わせて逆立ちの体勢に持っていく。


「なっ……!」

「ひゃっ……!」


 大杖にかけていた指を離し、風魔法も使って手のひらを起点に回転。二人に逆立ち回し蹴りを叩き込む。


「イッ……!」

「ヅッ……!」


 ここでも蹴る場所を考えて武器にしている辺り、オレはまだ甘いのだろう。投げ倒していた姉さんはオレの手から大杖の抑えが外れたのを見て胴打ちを狙おうと動いているし、セラとレアももう一度打ち込もうとしている。

 やっぱり相手が悪いか。殺す気で来いと言ってもそうはならないだろうが、お互いに怪我をさせないように気を使いすぎている。


「これまでかな」


 大きく身を引く。二人と一人で挟まれていた空間が不意に空いたが、武器の動きはそう簡単に止められない。


「あっ」

「えっ」

「わっ」


 三者短い悲鳴をそれぞれ上げ、結局は姉さんが残り二人の打撃を防壁と大杖で受け止める結果に終わった。


「あっぶなかったー」

「同士討ちになるところでした」


 共闘している以上、その可能性は常にあるんだよな。というか今まで気にされていなかったのか。オレ、前衛なのに。

 魔力放出の状態を元に戻したのを感じたのか、三人も臨戦態勢を解除した。


「一休み……いえ終わりですかね。回復しましょう。と言っても、ユリフィアスさんには必要なさそうですか」


 ユメさんが回復ヒーリングをかけてくれるが、たしかに身体的変化はなさそうだ。それでも鎮静効果は作用している。


「はー。色々やったけど、かすらせられもしなかったー」

「ユーリくんとわたしたちとでは防壁の強度から段違いですね。魔力量のこともあるんでしょうけど」

「なにより、経験が違うなって気がしたかな」


 時々思うんだが、姉さんは何かに感づいているフシがあるよな。それが何かまではわかってはいないんだとしても。

 あるいは、姉さんにも魔質進化の可能性があるのか。今のところ、オレにはわからないが。


「アイリスさんが仰る通り、ユリフィアスさんの対応力は見事としか言いようがありませんでしたね。剣術はもちろん、体術まで取り入れるのは交流戦で見てはいましたけど、こうして間近で見させていただくとまた違ったものがあります」

「逆立ちして回し蹴りとか。猿?」


 言うに事欠いてじゃないが、猿か。カポエイラと言っても通じないのはわかるし、たぶんそれでもないとしても。


「それでも。曲芸ができるほど余裕があったということ?」

「加減は必要でしょうし。ただ、全力を出せる環境であっても本気を出せるかどうかはわからないですね。いい経験になりました」


 同時に、オレではこの先に進むための相手にはなれないんじゃないかというのも感じてしまったが。

 丁度いい敵なんて、望むべくもないし望むべきでもないな。


「弟クンの本気は見たかったけどネー」

「いやユーリ君に本気で来られたら三人とも死んでますよ殺す気ですか」


 笑うミアさんにセラは抑揚なく返したが、事実だな。手加減無しというのはそういうことだ。だからこそ風牙も封印に近い形で戦ったのだし。


「そもそも最初に打ち込まれた時点で死んでますよね」

「魔人とのことを考えると斬られたことにすら気づかないかもね」


 そんな究極の料理人でもなし、斬られたことくらい気づくだろう。

 とは言え、刀の習熟については別に考える必要があるな。やっと本物を手にできたわけだし。現状だと力技に頼り過ぎている気がする。剣筋を最適化すれば風閃ももっと洗練できるだろう。


「それにしても、弟クンがどこ目指してるのかわかんないなぁー。戦争でもするのかと思っちゃう」

「いや前に騎士団と魔法士団と戦うとか言ってましたよこの人」

「ユリフィアスさんが言ったと考えると冗談に聞こえませんね……」

「絶対本気」

「どっちも半分ずつくらいですけど、どんなことも可能性はありますよね」


 リーデライト殿下には「状況次第で国すら相手にする」と啖呵も切ってるからなあ。

 と言うか、現状でも戦争しているのと変わらないところはある。明確な国対国ではないだけで、かつていた世界でもあったそれと同じだ。あるいは、オレが生きている間に国と国との戦争も起こるかもしれない。

 水精霊の祝福ブレス・オブ・ウンディーネは多様性の極みのようなパーティーだ。彼女たちが敵同士にならないような世界であるといいな。


「ところで、水精霊の祝福ブレス・オブ・ウンディーネは普段はどんな感じで戦ってるんですか?」

「基本的にはアタシが前衛カナ。種族特性的に向いてるからネ」


 ミアさんは話しながら中空に赤い水を発生させ、その形を剣、槍、ナイフと様々に変えていく。魔力探知の感じからすると水じゃなくて血だな。それも氷の強度に近そうだ。


「今回のような強敵ならアイリスさんが主体でしょうかね。ウォーターカッターは水魔法として絶対的な強さですから、わたくし達は標的を変えさせるように立ち回って魔力や防壁を削り、アイリスさんにトドメを任せるというのが多いです」


 なるほど、基本に忠実だ。それでいて柔軟性もある、と。


「わたしも前から悩んでいたんですけど、水魔法はどうしても長期戦になってしまうんですかね?」

「風ほどではないけど。うん。ユリフィアスは別として。水もそこまで攻撃力のある属性じゃない」

「というわけで、わたくし達もウォーターカッターを習得したいのですが……」

「わたしも、教えてほしいです」

「……ワタシも」

「アタシもカナー」


 ん? なんで姉さんを除く水魔法使い四人はオレを見ている?

 姉さんに習った方が確実なはずだが。


「あ、ユーくんが許可したらって言ったんだっけ」


 答えはその姉さんがくれた。


「……そういうことか。たしかにアレは文字通り必殺技だからな」


 最近は姉さんが多用しているから今更感もあるけどな。

 使うのが水だけ。なんでも切れる。実は暗殺に最適……なんて考える奴に教える気はないが。大丈夫な面子だろう、ここは。


「単純に水を超高速で射出してるだけですよ。だいたい弓矢の……体感何倍くらい?」

「一〇倍は出してるかな」

「だそうです」


 具体的な数字はオレも知らないが、速ければ速いほどいいだろう。


「だそうです、じゃないと思うんだけど……」

「それじゃあ、さっきのは全然速度が足りなかったですね……」

「原理はわかりましたけれど」

「再現できるかはわかんないネ……」

「そこまで速度を出せない」


 そういうものかな。

 でも。


「……やってみせます」


 レアの闘志に火は付いたらしい。


「後輩がやるって言うなら、先輩としてもやらないとネ」

「ええ。アイリスさんの助けにもなりますから」

「ユリフィアスを倒す」


 ……約一名動機が不純な気がするが、水魔法使いたちの成長を願おう。

 ところで。


「姉さん。もう大丈夫か?」

「……あ、忘れてたね」


 何だそれは、と言うことはない。忘れたならそれでいいんだ。


「うん。でももう平気だと思う。目標はもっと高くなったし、追いつかれるわけにも行かないから。大丈夫だよ」

「なら、オレも追いつかれないように頑張らないとな」


 まずは風牙を使いこなせるようにならないとな。


「なんか私だけ輪に入ってない気がするんですけど? ユーリ君、私にも必殺技教えてね?」

「そうだな」

「ちょっと待って。それは、どっちに対する答え?」

「あのな。必殺技の方に決まってるだろ」

「ならいいけど」


 そうだ。自分だけ強くなればいいわけじゃない。

 あのとき宣言した通り。みんなで理想の魔法使いを目指していこう。

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