Interlude ふれいあのおんがえし
風牙についてはオレがやったら問題なく抜けた。どうも隠蔽魔法と同じようなロックがかかっているらしい。
トンデモ切れ味だし、その辺りはちゃんとしてて安心できるな。ともすれば持ち歩きもやめておいたほうがいいかと思っていたが、それなら大丈夫か。なんだかんだその辺りの慎重さというかネガティブさはオレとリーズの共通点なのかもな。
「そうだユーリ。融かしちゃったあの剣だけど、もっといいのにして返したほうがいいよね?」
「ん? ああ、あれか。別に構わないが」
正直、こいつに比べたらどんな剣もハリガネと変わらないからな。剣の価値をどうこうというのは特にない。
「いや、でもさ」
別にあれを貸しだと思う気はないんだけどな。王都と聖女の防衛代償が剣一本なんて、価格崩壊どころじゃないだろう。短期間とはいえ命を預けたのだから魂があるなら成仏してほしいと思うくらいで。
しかしそうだな。それでフレイアが落ち着かないのなら、代わりに前から考えてたことを頼んでみるか。
「何か返したいならセラの魔法を見てやってくれないか」
「セラ?」
「パーティーメンバーの火魔法使いだ。理論なんかは教えられるんだが、魔法自体が見せられないからな」
扱うものが現象なので火と風は近似したものがありはするのだが、視認できるかどうかというのはやはり大きいファクターになる。魔力探知ができたとしても、火魔法と違って風魔法は魔力だけを要因とするものでもないしな。
「なるほどね。なら私も役に立てるかな。って、もう一人いるんじゃなかったっけ?」
「レアは水魔法使いだから姉さんに頼める」
「そっか、じゃあ私が適任ってわけだ。妹弟子で弟子っていうのも不思議な感じだけど」
妹弟子で弟子。たしかにそうだな。
いや、弟子か?
「……弟子って言うほどオレがフレイアになにかしたわけでもないんじゃないか? それに師匠って大言できる程でもないだろ」
「間違いなくユーリは私の師匠だと思うけどなぁ」
フレイアに教えた魔法の使い方はあるが、その程度は情報交換程度じゃないだろうか。一緒にいたのも一年どころか半年にも満たないし。
まあ、フレイアがそう思うのならオレが殊更に否定することもないか。
「そうか。頼んだぞ、弟子」
「任されましたよ、師匠」
こういう冗談を気軽に言えるのも、現状だとフレイアだけだからな。
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そんなこんなで、セラを連れて士団の演習所に立っているわけだ。
「短期間だけど先生役になったフレイア・ワーラックスです。よろしくね、セラちゃん」
「あ、あえう、あういおえ!?」
セラが目を回してるのはなんでだろうな。
まあ、伝説上の存在とは言わないが、火系統魔法使いにとっては雲上の人物ではあるか。
そんな理由で納得したら、セラに詰め寄られた。
「ねえユーリ君! 普通の知り合いいないの!?」
それは普通の定義にもよると思うが。フレイアだって、出会った頃はどこにでもいるような火魔法使いだったし。
「私も炎に属性進化したくらいで基本的には普通の人だと思うんだけどなぁ」
「あ、ああっ! すみませんすみません!」
フレイアが口を尖らせると、セラが高速で上半身を上下させる。あんまりいじめてやるなよ。
「あはは、冗談冗談。じゃあ的に向かってファイアボールでも撃ってもらえるかな」
「はい! わかりました!」
間髪入れずセラはファイアボールを撃つ。いつもより少し力が入っているが、ちゃんと安定はしている。
「へー、詠唱しなくても撃てるんだね」
「えっ? あっ」
フレイアの呟きにセラは焦っているが、別に責めてるわけじゃないと思うんだがな。
「いや、拙いことしたわけじゃないからね」
フレイアは苦笑しながら人差し指を立て、的に向かって振る。指先から小さな火の玉が飛んでいき、的に当たって、
「私も同じことできるから」
爆発。
いや、轟音を立てるようなものではないが、明らかにサイズを無視した炎上の仕方をした。
「あわわわ……」
「さすがの出力だな」
やはりまともに正面からやりあって勝てる気はしない。オレもまだ修業が必要だな。
「じゃあ、次は可能な限り火球を出してみてくれる? で、それをその場に留める感じで」
「は、はい」
詠唱をしなくても済むということはイメージの問題なので、セラの周りには両手の指では足りない数の火の玉が浮く。この辺りは交流戦の時にもやっていたな。
「いい感じ。それをしばらくそのままにしておいて」
「わかりました」
現象属性にとって、魔法をその場に留めるというのはいくつもの指数を一度に見る一番の方法だ。魔力量はもちろん、制御力や安定性なんかも一度にわかる。
出しているものが火である以上微細な揺らぎはあるが、制御の練習を重ねただけあって文句のつけようがない。
「うん、よくわかった。消していいよ」
「……ふー、緊張したぁ」
セラはフレイアの顔色をうかがい、そこに問題がなさそうだとわかって胸をなでおろしている。
「これ、私が何かする必要ないと思うよ。能力はすごく高いし、基礎ができてるね」
「それはもちろん、ユーリ君の教えがいいですからね!」
ふふん、とセラは胸を張っている。その返答でいいのだろうか。
ただ、たぶんフレイアの言いたいのはそういう事じゃないだろうな。
「それもそうだけど、私が言ってるのはもっと大元のところ。ユーリ君と会ったのって学院入ってからでしょ? 魔法を使い始めた頃からそれなりの先生がいたんじゃないかなって。違う?」
「ッ」
セラの顔色が変わり、同時に周辺の気温が下がる。
正直、こんな表情は初めて見た。いや、似たようなもの……怒りの表情は入試のときに見たが、あれとは違う。
困惑と拒絶。「なぜわかったのか」と「これ以上聞いてほしくない」という感情の発露。
「あ、ごめんね。なんとなくそう思っただけだから。勘違いしてもらいたくないけど、いいことだからね? 火って安定しないから、しっかりした鍛錬の差が結構出るから」
絶対に踏み込んで欲しくない領域。それはかつてフレイアも持っていたものだ。だからこそオレにもわかったし、二人ならお互い通じるものがあるだろう。ただ、本音では探られたいかや理解して欲しいかは別として。
「あー、なんかごめんね。地雷踏み抜いたみたいで。以後、触れないようにするから」
「いえ、その。私も過剰反応だったかなーって」
空笑いだが、遺恨はなさそう……か?
セラの禍根が何かはわからないが、かつて彼女にも話したように火というのは感情と直結する。怒りや妬みを根源に発露や強化しやすくはあるが、それでは密度やまとまりのある魔法にはならない。セラのファイアボールが火球と呼べるのを見た時から真っ当に魔法として学んでいたとは思っていたが、地雷だったのか。
セラディア・アルセエットの出自はいずれ問題になることもあるのかもしれないが、それでセラという人間そのものが変わるわけではない。と、思う。
「まあ、さっきみたいなのを可能な限り長時間するっていうのは火魔法使いにはいい訓練になるよ。数と大きさと密度と揺らぎを見たら今の具合がよくわかるからね」
「そうなんですね。時間が空いたらやってみるようにします」
うんうん、とフレイアは頷き、ススス、と何故かオレの方に寄ってきた。そのまま首根っこを掴まれて演習場の隅に連行される。
「……ねえユーリ。あの子に目を付けたのってそういうこと?」
「考えていることが同じかはわからないが、打算があってこうしてるわけじゃないぞ。伸びしろがあるしそうすべきだろうから伸ばしたいと思っただけだ」
セラには、彼女自身はもちろん周りの誰も気づいていない“可能性”がある。問題はそれをどのタイミングでどうやって開かせるかということだが。
「そっかー。二代目炎皇、むしろダブルかな?」
「炎? セラの適性は違うと思うぞ」
「えっ? そうなの? 火って炎に進化するんじゃ?」
「単純に考えればそうだろうけどな」
そうなると進化というより分化になるのか?
まあ、今はその時じゃない。その辺りはまた必要になった時に話をしよう。そう思いセラのところに戻る。
「えーと、二人とも何の話をしてたんです?」
「んー、それは『時が来ればわかる』って奴かな」
「うわ何それかっこいい!」
「あはは」
師匠とか先生ってより、いい姉貴分って感じだな。魔法云々より、これだけで引き合わせた甲斐があったとさえ思える。
これが剣一本なら安いものだよ、本当に。