Interlude りょうりのみちとは?
「ところでさ。ユーリ君的には一番難しい料理の技法ってなに?」
「はい? 料理の?」
いきなりだなレインさん。まあ、みんなが魚捌いたりした中なにもやらなかった無粋者には……なんて意図はないか。
さて、難しい料理の技法ねえ。フライパンを振るのでもそこそこの練習は必要だけど、強いて思いついたのなら。
「大根の桂剥きとか?」
「……ははあ。また妙なところ突いてきたね。いやあれはあれでたしかに最難関のテクニックではある」
「ダイコンノカツラムキ?」
エルだけじゃなくて、精霊たちも首を傾げた気がした。日本語からの変換はしたつもりだけど、そもそも通じそうにないからな。
「大根をうっすーく剥いてくだけですよ。ただ、きれいな円柱でもないし、繊維とか水分量が均一じゃなかったりとかでなかなか難しいんですな、これが」
と言いつつ、レインさんは大根っぽい根菜を手に取り、輪切りにし、桂剥きにしていく。剥かれた部分は光を通してキラキラと輝く。
「「「「おおぉー…………」」」」
上がる感嘆の声と拍手。ほんとになんでもできるなレインさん。
「勢いでやったけど……しゃぶしゃぶにすればいいか。っていうか、これが難しいならリンゴの皮剥きとかも難しくない?」
「っ」
チロリと目を向けられたが、反射的に目を背けてしまった。そのことでなんとなく皆様の意識がオレに向いた気さえする。
「いや……リンゴは皮剥かなくても食えますから」
「まあ、皮にも皮と実の間にも栄養とか旨味があるけどねぇ。あ、る、け、ど、ねぇー?」
昔やろうとして失敗したとかは言わない。そもそも、必ずしも一本に繋げて剥かないといけないわけじゃないんだけど。
だからさ。レインさんとほぼ同じのなんとも言えない楽しそうな顔でリンゴを差し出すのは止めてくれませんか、ララさん。レインさんもナイフを。
「悠理」
「ほらほら」
ちくしょう。やってやろうじゃないか。
手法はわかっている。初撃を食い込ませたら、刃と親指で皮を挟み込む。あとはナイフを動かすのではなくリンゴの方を回すように。
くそっ、やっぱり難しいなこれ。真球じゃないから当たり面が円弧でもなければ一定でもないし、太くなったり細くなったりしてるせいで繋げるのが難しいしなにより選別されてるとはいえ傷が、無意識に魔力探知とか強化をかけそうになるし、それでわかったんだがなんかレアの様子も変じゃないか? って全部言い訳だしこれもそれも雑念が。
残りは無心を心掛け、ギリギリなんとか切れずに一本に繋がった。きれいとは言い難いけども。
「及第点かな。でもやれるじゃない」
左様で。苦笑しながら言われるとなんだか情けなくなってくる。同感なのが特に。
当のレインさんは、自分でもリンゴを手に取ると微かな音を立てるだけで細く長く皮をきれいに剥いていく。
「あ」
その姿を見たレアが、驚きと悲鳴の間のような声を上げた。
「そう、我が家……ファイリーゼ家にとってはこれってあんまりいい光景じゃなかったりね」
いい光景じゃない。
そうか。病人と言えばリンゴ。ファイリーゼ家の病人と言えば。
細く長く。ある意味それは人の理想的な生き方の一つかもしれなくて。たった一つの前提がいろんなものの見せ方を変えてしまう。
一つを剥き終えたレインさんは、オレの剥いたの隣に並べると、もう一つリンゴを手にとる。
「でも、わたしがわたしとして生きていくってことを決めた行為でもあるわけだから。いい加減に克服しなきゃ。レアも、悪い記憶だけじゃないでしょ?」
リンゴはくし切りにされ、種の部分を取り除かれ、切り込みを入れられ、半分と少しだけ皮を削ぐように。
出来上がったのはウサギ。これもまた、かつてよく見てたものながら今は遠い世界のもので。
「リースリーナお母さん! わたしは元気で頑張ってまーすっ!」
皿に載せたそれを天高く掲げ、レインさんは高らかに叫んだ。レアも、一瞬驚いた顔をしたけれどすぐに吹き出すように笑う。それを見たみんなも、微笑みで二人を見つめる。もちろん、オレも。
その声と笑顔はきっと、届いてほしい場所に届いた。そう信じたい。




