Interlude 憧れを諦めないこと
「え? エルフの里なら普通に人間も行けるよ?」
話の流れで聞きたかったことを聞いたら、至極簡単に衝撃の事実が返ってきたのだった。
「わたしも行ったじゃない?」
「そう言えば。そうだった」
チェルシーさんの苦笑にティアはわざとらしく見えるくらいの感じで手を打ったけど、おい。思わずツッコみそうになったぞ。なんかたまにだけどあるよねこういうの。どうなってんすか。
「というか父さん……ティアリスのおじいちゃんも母さん……おばあちゃんと一緒に向こうに移住しちゃったからねえ」
「……衝撃の事実」
そっちはティアにとっては完全に衝撃だったらしい。思わずこっちのほうにも「いや知らんだんかい」とツッコみそうになった。けど、思い返せばオレもハーシュエス方の祖父母とは面識が無いので言える口ではない。さっきのツッコミについても申し訳ありません。
とまあそういう親戚事情はここでは置いておいて。
「そうですか。普通に行けますか」
「いいところっていうか不思議なところっていうか、とにかくそういうところよ」
「うん」
「そうだねえ。こっちの世とは全然違うね」
よくよく考えれば、エルフだけしか行けないわけではないのはティアの話からわかってて良さそうなものだった。ハーフのアーチェリアさんやクォーターのティアが立ち入れるんだから、その可能性はあり得たんだよな。
「それは、エルフの血統とかでどうにかする感じですか?」
「間違ってはいないけど、どっちかって言うと精霊に連れていってもらう感じかな。お願いして」
「ん。でも。『残念ながら。わたくし一人では扉は開けませんわ』だって」
精霊複数の協力が必要なのか。それだけ力を使うってことか、個々の権限が弱いか。オレと心を繋げたフィーみたいな例もあるし、なにかの拍子に波長が合った人が迷い込むことを防ぐとか。いや、穿ち過ぎか。
もしくは、エルフが主体なのではなくてそもそもが精霊の世界だとかか? 精霊が隣人のような存在だとか近縁に見えるって意味でエルフは「近精霊種」って呼ばれるけど、本来の意義はもう少し違うのかもしれない。か、逆なのか。
「ティアリスも、周りの精霊に力を貸してもらえれば大丈夫じゃないかな」
「ん……うーん」
あれ? なんか乗り気じゃない感じか?
まあエルもいるし、ってそのあたりのことは当然知ってるはずなのでは。聞かれてないことまで答えなきゃいけないわけでもないけど。
「じゃあ、エルとフィーたちに頼んで近いうちにご両親に挨拶に行くかぁ」
「っ…………そうだね?」
何気なくつぶやいたのに近かったのだが、アーチェリアさんのこめかみに青筋が浮いた気がした。チェルシーさんはまた苦笑している。
そんな状況なのでこれでこの話は終わり。
でもなく。精霊とかエルフとかの話があったのでもう一つ気になることもある。
「あー。話は微妙に変わりますけど、ティアとエルから聞くところによるとアーチェリアさんは精霊魔法を使えないとか」
「……そうだね…………そうだね?」
やべ、さらに地雷踏んだみたいな感じになった。でもここでフォローするより話を進めよう。
「でもそれってありえないような気がするんですよね」
「うん……? そうかな?」
努めて深刻そうな顔をしたからか、アーチェリアさんは黒い感情を消して首を傾げてくれる。その仕草も不思議そうな表情も、ティアとよく似てた。
「論理的推測と個人的な感覚ですけど。ティアが使えてるんだから、アーチェリアさんも問題なく使えるはずなんだよなあ。表現としては良くないですけど、ティアの倍は素養があるってことですし」
「む。事実。でも業腹。不満。結論。め」
ティアに頭を小突かれ、ウンディーネには口に水をかけられた。そうですね、人を褒めるのに他の人を貶めちゃいかんですね。
「ははは」
「ふふ」
それだけで力関係が見えたのか、ご両親二人は笑う。
話を続けようか。
「そもそも、精霊と対話できるのならなにが気に入らないかっていうのも聞けますよね?」
「取り入れるのにノイズがあるんだってさ。それでもティアリスとウンディーネみたいに波長の合う精霊もいるからそういう相手を見つけるっていうのも一つの手なんだろうけど、どうもね」
「『相手を選ぶみたいで嫌だ』って、『無理に八方美人でいようとするみたいでそれはどうなの?』ってわたしだと逆に思っちゃうけど」
「それでも。無理に合わせてもらうことには変わりないと思うし。ううん。ウンディーネがそうだって言ってるわけじゃない……うん。ありがとう」
どっちもわかる気がする。誰かを選びたくないっていうのと、選ぶことが悪いことでもないし他を捨てるわけではないっていうの。エルやティアだって、五柱の精霊以外とは繋がりがないわけじゃないからな。
……この場合。友人関係としての話なので。さっき考えたような恋愛関係の話ではないので。あしからず。と、主題主題。
「どの精霊とどう接するかはとりあえず置いておいて、魔力が悪さする感じですか」
「みたいだね」
「うん。霊力を出そうとすると魔力が混ざる。逆もだいたいそう」
要は混合栓みたいなものだろうか?
あれってお湯と水の比率を変えて温度調整してたはずで、どちらかを止めることはできない。
「アーチェリアさんは魔法は」
「使えはするね。ティアリスほどではないけど」
とすると、混合栓の例えで言うと魔力が水か。お湯を出すなら勝手に水も出る。
温泉みたいに源泉と水道として分かれていればどちらかだけを放出することもできるんだろうけど、人と魔力の関係はそんな簡単なものではないわけで。「ハーフエルフの特性は人の方に寄る」という話はそういうことなのかもしれない。つまり、好きにどちらかを出せないなら一緒に放出されてる魔力と霊力を分離するしかないんだろ? 無意識なものまで。
っても、オレは魔力は把握できても霊力は探知できないから把握できないもんなぁ。濃淡でなんとなくはわかるけどさ。特性からすると油と水みたいなものだとはいえ、それと違って混ざり合うものを濾過するのは無理だからそれにはそれこそ水道管を塞ぐみたいに魔力を止めるしかないんじゃ、
「……………………………………………………………………………………、あ」
天啓ではない。解決策が積み上げられた本棚から降ってきた。すこーんと。
って、本棚から降ってきたとかじゃなくて単純にアホか。なんで今まで思いつかなかったこんな簡単なこと。
「ユリフィアス?」
やばー。恥ずかしいし馬鹿らしいし情けないしで崩れ落ちそうだよ。比喩表現じゃなく顔を覆わずにはいられない。
「えーと、解決策が見つかったのかな。それもそのリアクションを見るに簡単そうな?」
アーチェリアさんの言葉にただ首肯する。表情が見せられないままで。
「……霊力と魔力を分けるには、魔力だけ濾し取ればいいわけで」
「それが難しいというより。不可能だという話だったはず」
「そうだね」
「わたしはなんとなくくらいしかわかってないけど、そういうことよね?」
ああそうだな。今までしてたのはそんな話だった。
「……魔法防壁で魔力だけブロックすればいいだけのことでした。つまり魔力隠蔽をすればいいだけの話。そうすれば霊力だけ勝手に外に漏れることになるわけで」
濾過だよ濾過。水とお湯とかじゃなくて、これっぽっちも混ざってない気体と液体を分けるくらいの。
しかもそういう意図であれば魔物避けや隠密みたいな精細さは無くていい。ただ単に流出をゼロにするだけで必要十分。それなら探知とかが絡まないし既知の技術で誰だってできる。
「……おお。なるほど」
ティアも驚きとともに腑に落ちたような顔を。
「ウンディーネも首肯してる、ね。たしかにその魔力隠蔽をしているときはエルさんと同じ感じだったって」
これで問題解決かあ。やっと二人の顔が見られる。
長く遠く深い道のりだった。いやオレはさして歩いてないし、実際はめちゃくちゃ浅い道が横にあったことになってしまったのだが。「ドツボにはまっていたから浅みが見られなかった」と言えばそこそこ聞こえはいいんだろうけども。
「よくわからないけれど、それができればアーチェは精霊のみんなと契約できるし、ティアもウンディーネ以外と契約できるの?」
「ええ…………ん?」
そういうことですね、と答えようとしたが。アーチェリアさんもティアも顔を見合わせたり宙を見たりして困惑している。
しばしの逡巡のあと。アーチェリアさんは雪が降ってきたときにするように周囲に手を伸ばし、ティアは水を掬うように両手を合わせる。
「僕は、周りにいてくれた精霊たちを大事にしたいかな。契約しなくてもそばにいてくれた友人たちを」
「ワタシも。ウンディーネとずっとやってきたから。ウンディーネがいてくれればいい」
二人の言葉に応えるように、火水風土の精霊魔法が優しく舞う。それは歓喜であり、祝福でもある。
「それでも、精霊たちに返せるものができたのは嬉しいかな。ありがとう、ユリフィアス君」
「いえ。よかったです」
「ユリフィアス。いい子。ウンディーネからも」
「ありがとう」
憧れと諦念がいつまでもそのままであるとは限らない。かと言って、それを飛び越える手段が見つかったとしても、手を伸ばしてそれを使わなければならないわけでもない。今までのものが大切であったから、二人は今回そっちを選んだわけだ。
でもきっと、いつかこのことが意味を持つ日は来る。そう思えてしまうって言ったら、ティアやエルはどんな反応をするんだろうな。
……いやまあ。人によっては「キモい」の一言なんだってわかるよ。自分ですらうっすらそう思うもの。
だけどさ。オレたちに限らず“絆”に対する福音の一つであることは確かだからな。適当に受け流しておくことにしよう。




