第七十四章 セラの日
「さーてどうするかねぇ……」
「いろいろ言っても、最後に決めるのはセラだからなー。オレにはその手助けしかできないぞー」
「わかってるんだけど、それは今言われたくないかもなぁ……」
二人並んで別宅の前のベンチに腰掛けてぼけーっと空を眺めながら、まったく意味のない話をする。
いや、意味はあるけど。中身は確実にほぼ無い。
結界の空間の中には今のところ他の生物は入れないので、悪口を繰り返すカラスが飛んでいくようなことはない。あ、そういえば一応この世界にもハトやカラスはいますね。
「という、こういうのもいいんだけど真面目にやろうかユーリ君」
「……了解」
いや別にオレが主導してたわけでもないと思うんですが。それはどうでもいいか。
「しかし、私自身どう答えを出していいのかという状態なのであった。ごめん」
「謝らなくてもいいよ。答えが出てないからこそこうしてるんだろ」
イエスかノーか。そんな二極でもないとは思うけど。
とりあえず、わかるところから少しずつ詰めていくか。
「んじゃ質問その一。こういう機会を持つことに同意したんだから、少なからずそういう気はあるって考えていいのか?」
「うんまあ。帝国国民及び皇族として次期魔王候補のユーリ君と繋がりを作っておくというティリーナ様の提案にも納得できたし、とりあえずそれがあるかな」
「そうか。そういうのもあるとはわかってるけど、政略結婚についてはなんとも言えないな。いや言う。やめとこうよそういうの」
「正直でよろしい。私もまったくもって同感だけどね」
たしか、この前帰城したときに「皇位継承権の放棄は非承認だ」って言われたんだったか。
そりゃ宣言だけじゃダメだわな。オレも考えが甘かった。とはいえ、確約を書面化しても余計なことを考えるやつは尽きないんだろうけども。極論として、他の継承可能者がいなくなれば離脱者に回ってくるんだろうしな。
「なんにせよひとまずはその話か。本題からはちょっと外れるけど質問その二。皇族としてってことは、当面は継承権を捨てる気はなくなったってことでいいか?」
「うん。今はこのままでもいいかなって。自由にやってて咎められてもないし……これで許されるのも不思議だけど。いつか私の肩書きが役に立つときが来るかもしれないし、第二皇女のままでいてもいいというか、いたほうがいいというか」
セラの肩書き。
権威を振りかざすのは論外として、風除けに使わざるを得ないときはなんか来そうだものな。その二つに違いはないのかもしれないけど。
「しかし、皇族として繋がりを作るならエルブレイズ殿下とかリーデライト殿下とか……はちょっと歳が離れてるのか」
「かなぁ。姉上のほうが候補としては強いかもね。お二方とももう相手がいるだろうけど、フレイアさんが王国にいたままだったら無理矢理にでもねじ込んだんだろうね。っていうかなんでそうしなかったのかわからんね」
光景が想像できる……あれ? でもフレイアって結構な期間魔法士団にいたんだよな? 戻ってくるって信じてたってことかな?
まあエーデルフェルト殿下の内心はともかくそれはもう無理だし、なら年齢的にもオレとセラに、ってちょっと待ってくれたまえ。
「ていうかそれだとむしろリーズとの繋がりだから、リーズと結婚するようなもんじゃないのか?」
「うん? あ。あはは、ほんとだ」
同性婚ってこの世界だとあるのだろうか? 王侯貴族として血縁を繋ぐことを考えるとそこについては無理だろうかな。嫡子の生まれる可能性が無いから政治的状況によっては礼賛されるか?
「いや待てよ? ならばユーリ君と結婚するとそれは自動的にレアやフレイアさんと結婚することでもあるのでは?」
そこをセラに聞いてみようと思ったら、違うことを思いついたみたいでした。
「そうなる、のか? なるほど、だとしたらそういう形の多夫多妻……多夫多妻? もあるのか」
書類や家系図としては成り立たないけど、家族になるわけだから関係性的にはそうでもあるわけだ。
人間関係って視覚的理由で平面図で書かれることが多いけど、オレたちの場合は線だらけでわけがわからなくなるな。立体じゃないとだめか。
「それはなんとも魅力的だのう……いや待って待って? そうなると姉上もユーリ君とこ来ない? それこそ私を押し退けてフレイアさんとユーリ君の間に?」
「まさかぁ。そんなわけ」
……ありえないのだろうか?
なにごとも可能性はゼロではない。これについてはゼロに近くはあるが、点Eが動く方向はゼロ方向でしょうか二〇〇方向でしょうか。
炎皇の軌跡を聞いただけに、殿下の気持ちもわからないでもない。それならフレイアを説得したほうが早いし楽そうだが。
「って、そういう話じゃないよね」
「ある意味、気付いておかないといけない怖い話だったけどな」
どうでもよくない問題だけど、この場に限って言えば心底どうでもいいな、この話。
政治的な話はこんなものでいいか。いちばん大事な感情の話をしよう。
「じゃ、質問その三。セラとしてはこの関係のどこに引っかかってる? あるいはどの段階で?」
「そだねぇ。とりあえずは友情と愛情っていうか、私はユーリ君を恋愛相手として好きなのかどうかだよね。あとユーリ君が私をってのも」
普通にそこか。
いやみんなそこなんだけど、種類や深度的なものは違うっちゃ違うのかね。
「ユメとは理論的なものを話したんだけど、セラにはなぁ」
「お? バカにしてます?」
にっこり笑い。予測はできてたけど。
まあ、冗談でそう返してきたのはわかる。
「してないって。セラディア・アルセエットって子がちゃんと話を聞くし考えも悩みもするのは知ってる。セラディア・シュベルトクラフト皇女もな」
だからこうなってるんだし、今。
「そのうえでごちゃごちゃ理屈を巡らすより感覚のほうが腑に落ちやすいタイプだろ」
「うーん、褒められたと思うんだけどどこか違和感が……」
聞きようによってはそう聞こえるのかもな。
「なんていうか、天才肌っていうのとは違うけどさ。なんとなくで出した答えが正しかったりとか、セラはそっちかなと。それはそれとしてユメさんに話したことを全部聞きたけりゃ同じ説明するけど、するか?」
「うーむ……褒められた、と思っておくかぁ。ユーリ君がする気のない説明って、たぶんめんどくさいから聞かないほうがいいんだろうし」
第六感っていうのは科学でも未知の領域だったんだけどな。勘働きが外れないっていうのはそれだけで驚異とも言えるわけだし。
それとは別に、『望んだ方向に進んでいける力や意志がある』っていうのもあるのか。それを持ってるのはきっとセラだけじゃないはずだけど、オレたちの中でも上位だとは思う。
「で、私にはどう言おうと?」
「質問その四、じゃなくて直球かな。友人と恋人のどっちがいいかとか、恋人どうしって言われてイヤな気分になるかとか、そういうこと。単純だけどわかりやすいだろ」
それこそ直感だ。どこぞの誰かから友達だと思ってない相手と並べられて「おまえたち二人仲いいな」って言われて嫌になるのとかそういう……じゃなくて単純に「二人はお似合いだねー。付き合ってるのー?」か、この場合。そっちだと答えはいろいろありすぎるけど。
「たしかにね。友人であることは問題ないね。恋人って言うと、うーん」
セラは腕を組んで真剣に悩みだす。それだけで「少なくとも嫌ではない」のだとはわかる。
そのことに悪い気はしない。ってことはオレもセラのことを恋愛対象として見られているわけであり、見ることはできる。先にティアさんと話してたから考えられたことだな。
「じゃあどこに違和感がある? セラが思う理想の恋人とかと比べて」
「理想の恋人かぁ。単純に一対一かなぁって考えてたからまずそこかな。私の身分の問題もあったからもあるけどね」
そこは否定しない。普通なら一対一だろう。皇家もそうだし、たしか王家もだったよな。ヴォルさんとリーナさんもそうだし、マコトさんとマホロさんもそうだ。一対二以上の例はオレもヴァリーしか知らない。あるいはセラなら知ってて、だからこそだとか?
愛人愛妾とかこの世界でもあるんだろうし、当然とは言いたくないが平民層でも不義不貞はあるだろう。他人のそれを黙認や無視できても自分のこととなると無理な人も当然いるだろうし、セラもそうなのかもしれない。
あるいは、それで不仲だったり崩壊した例を知っているとか。貴族を俯瞰してたわけだし。
「あのー、興味とかでなく本気でおうかがいしたいのですけども……第二皇女様として離縁系の話とか明るかったりしますか? ドロドロで沼な話とか」
「え? そりゃ知ってるといえば知ってるよ? そういうの好きなメイドさんとかいっぱいいたし」
やっぱあるのね。当然か。
それって、感情の問題なのか感情が問題なのか。利害だけでやっていくのはキツイだろうけど、覚悟はいるわけで。うーむ。
「って、そういうのでユーリ君とかレアを否定しているわけではないのよ。たとえそこに私が入ったからって肩身の狭い思いをするはずもなし、耐えられないような文句が誰にも無いならそれでいいわけだし、みんな幸せになれてそれでよしだし、ユーリ君なら全力でそうするでしょ。時間が有限なことくらいかな、それでも気になったの」
「そこは如何ともし難い。全力でがんばるしかない」
「わかってるならいいよ」
オレ自身が分身できるわけじゃなし、分身できたとしてもどれが本体かって話でもある。どうしたってそこで選択肢は発生する。
救いはセラの言ったとおりみんな仲がいいこと。この場所で戦争にはならない。きっと。うん。マジでやったら疑う余地も必要もなく世界滅ぶわ。
「しかし、そういう意味じゃ一番簡単な判別は無理なんだよなあ」
「そんなのあるの? でも無理って?」
「判断事由が“嫉妬”だから。独占欲って意味じゃ誰にでもあるけど、この状況になるとわかりやすく感じはしないと思うし」
「ほー。たしかにレアとかララさんに嫉妬はしないっていうかやっても仕方ないよね」
一夫多妻とかでも差を感じて嫉妬したりはするだろうから、無いってこともないのだろうけど。最低限それを感じさせたらだめだな。うん。
「あとは、酒を飲んで理性を飛ばして成り行きに任せる」
「それはそれで見てみたい。けどダメに決まってるでしょいろんな意味で」
はい。言ってみただけです。
「じゃあもっと下世話なところで、どういう人とかは? 人格やら外見やら」
身長と学歴と収入、とこれはとある世界の一昔前の下世話なやつですね。
「どういう人か、ねー。もっと普通の人がいいかなー」
「…………はいそうですかい。ちょいちょい人を異常者扱いするよなみんな」
オレ自身はそんな特殊な感性をしているつもりはないのに。いやまあ、たしかに犯罪者ではないにしても普通と照らし合わせて異常なところはあるけど。それこそ今のこの状態とか。
それとも、「みんなそれぞれ特別」とは言いつつも普通を標榜するのはやはりそれはそれで問題があるのか? 本質が異世界人って意味じゃ特殊ではあるし。
「あははごめんごめん。実際はこれ以上なくちゃんと普通なんだけどね、ユーリ君。お酒の話も冗談でしょ。ってことは私が気後れしてるのかなぁ」
「いや別にオレは偉大でもないしセラが矮小でもないし、気後れするようなことはなにも無いよ。そこだけは断言しておく」
「うん、ありがと」
ちょくちょく出てくる単語がもう答えな気もするけど、いくらなんでも頭が沸いてるかな。
ある意味、鏡に映った自分のその前に立場があるのがセラだ。もしそれが重荷なら取り去るために手を貸すし、みんなも手伝ってくれるだろう。でも、そういう気はなくなったらしいからな。それも含めて一人の女の子ってことになる。
セラディア・アルセエットとセラディア・シュベルトクラフトの二人が手を取り合って笑える結果を目指さないと。
……とかかなり真面目に考えてたんですけどね。
「あ、いいこと考えたぞ」
セラの目が光る。それだけでなく、きゅぴーん、とでも音を立てたような気もした。
嫌な予感しかしません。その予感を真正面から肯定するように、セラディア殿下様は咳払いをして提案を口になさいました。
「もしもユリフィアスさんが私のことを本気で口説くなら、どうなさいますか? やってみていただけないでしょうか」
「え、無理」
「私にはその価値もないってことかっ!?」
芝居がかった台詞回し、即答、元のキャラで即反応。襟元を掴まれて前後にシェイク。のうみそがばかになるー。
「悪かったねお姫様っぽくなくてさぁ! 私だって本気でやったらできるんだよ! ってそれ自然体でできないってことじゃんやかましいわ!」
「しょーゆーきょとじゃにゃくてだなー。しゅでゃんをえらびゃなきゃなんにゃいってこてょをーのまえにやみぇてー」
したもかみそうです。いいかげんかんべんしてください。
「チッ、仕方ない。話を聞こうか」
やっとやめてくれた。それでも頭がグワングワンする。吐くかも。
「うっぷ。ユメと話したのがほぼそれでさ。外道戦術も知らないわけでもなければ思いつかないわけでもなし、本気ってそれを含むのかと」
「あえて言おう。さすがユーリ君」
「褒めないでくださいませ、と一応こっちもあえて言っておきましょう皇女様」
越後屋と悪代官かよ。なんかいろいろ逆なのか正しいのかわかんないけど。
「絶対にやらないところで言うなら、『オレの嫁にならないと帝国を滅ぼすぞ』か。ってとんでもない悪役のセリフだ」
「……なるほど。うそでも『おそう』とかにしないところがじつにゆーりくんですね。『ほろぼす』て」
そこは最低条件のはるか内側だからな。ヴォルさんには「共和国軍と一度やり合う機会を作ったほうがいいかなあ、お互いのためにも」って言われたりしたし。向こうの利益ある?
「他にもいろいろとな。脅しとか洗脳みたいな方法がないでもないだけに、本気と言われても」
「いやちょっと待って? そもそもそれって本気とは違くない?」
そんな気はするし、たぶんそのとおり。
でも、いわゆる「落としにかかる」なら少なからず詐欺要素は含むよな。自分をよく見せるのはほぼ当然として、ときには過大に見せたりもするわけで。性格や価値観の不一致って経年による変化で起こることもあるだろうけど、基本的にそういうので初めからなにかをかけ違えてるんだと思うし。
「それでも、ありのままの脚色無しで言うなら。『誰よりもレアがそう言うだろうけど、オレだってセラがいない生活はもう考えられない。セラにもそばにいてほしい』……ごめんな、特別扱いできなくて。レアを前置きに使ってるし」
「……ううん。なんかちょっと意外だった。言われてみると思ったより嬉しいよ。胸のあたりにじわっときた」
断ったとおり、本音を言ったつもりだ。
セラがいないことを想像すると、それだけで幸せがこぼれていく気がする。それが友情か恋や愛かは見方によるとしても、離れていってほしくはない。
なら仕方ねえな。ちょっとだけ、外道方面にも本気を出してみようか。
「それでここにさっき言った脚色とかを加えるとだな。壁を背にして立ってくれる?」
「ふむん? これでいい?」
セラは素直に立ち上がって言ったとおりにしてくれる。さて、オレも気合を入れなければ。静かに深呼吸。
つま先立ちになるくらいの背伸びでちょっとだけ身長をアップ。やや見下ろす位置からこれ以上なく真面目な顔をして、ダン! と大げさに音を立てて壁に手をつく。当然、場所は顔の横。
「『どこにも行くな。オレのそばにいろ』」
「……ふぁい」
驚いた顔をしながらやや縮こまって、セラは微かにうなずいた。
実に期待通りの反応なんだけど、その反面「マジか」って気もする。
「とまあこういうのが外道戦法の一つだ」
「いや、うん、これはたしかにだめだわ。すっごいドキドキする。外道戦法だよ」
「オレも、そうなるもんだと知っててもみんながみんなそうじゃないだろって気もしてたからびっくり」
そう言うと、セラは笑った。
「それって褒めてるのかな? それとも私が特殊だって意味かな? じゃあ、答えは保留。ティアさんと違ってお試しにでもキスはしてあーげない。みんながしてても私はまだ機会を見極めることにしようかな。残念だったね?」
「あいよ、っと?」
それがセラの意思なら、と。踵を下ろしつつ諸手を挙げて一歩下がると、背中をなにかに打ち付けた。セラの作った防壁か?
「隙あり」
言葉通り一瞬気の抜けたところに襟元を掴んで引き寄せられ、顔と顔の距離をゼロにされた。驚いて目を見開いてしまったが、セラはちゃんと目を閉じている。最初からこうするつもりだったのか。
「機会を見極めるなんてウ、ソ。どうだ参ったか」
「ええ、参りましたお姫様」
「うむ。苦しゅうない」
言って言われたとおり、やられたね。
セラらしい。でも、呆れよりずっと嬉しさが強い。だから、言うまでもなくオレもやられてるんだよな、きっと。
/
「すー、むにゃむにゃ」
なんか恒例でベッドで語り合うというのが儀式になっていたのだが、セラは即寝落ちしてしまった。ホント寝付きと寝入りと生活リズムがいい子ですねぇ。
っても、狸寝入りなのは観察するまでもなくわかるけども。風呂も絶対に別々って固辞されたからな。ティアさんもそうだし、レアも状況的に無理だったけど。って、やったのネレとララだけか。
むしろ、本来これが正しい姿のような気もする。この世界だと日本よりずっと早くはあるけど、成人もまだでこれはねえ。とはいえ、成人年齢と異性交友の時期を考えれば別におかしかない。なわけないね。わかってる。小学校の修学旅行でも男女の部屋は別々だったろ。
ともかく、オレだけベッドサイドに突っ立ってても仕方ない。セラに倣って横になってしまおう。魔道ランプを消して、と。
「おやすみ、セラ。良い夢を」
\
ああああああああああ!
あああああああああああああああああああ!?
やってしまったあああああああああ!!
冷静になってみるとなにやってんの私! 好きだのキスだのまだ早いってぇ! いやいやレアはじめ先輩方がいっぱいいますけども! ユーリ君の顔が見れんだろ!
「すー……す、ふひ、ふっ」
寝てるふりして適当にやり過ごしてるけど、それも限界に近いです。背中側にユーリ君の存在を感じる。それだけで息がうまくできない。
熱の魔質を持ってるせいで、自分の体温がいつもより高いのがよくわかる。背中側のそれと比べてしまうから余計に。
身を縮めて胸に手を握り込んでるから、鼓動がすっごく強くて早いのもよくわかる。そうでなくても口からなにか出てきそうだけど。
まったくよぉ、いつからこんなことになったんだぁ?
出会ったときは、レアの後押しをしようと思ってた。でも、色欲封じがあったからかやることいちいち嫌みがなかったわけで、かっこいいとは思ってた。なにより年上の余裕があったわけだけどね。
心の変化として一番大きかったのは帝国に助けに来てくれたときかな。魔質進化のときのもあって、あの頃にはすでにちょっとだけそんな気もあったかも。私が何者でも変わらずにいてくれる。ってそれは前例としてリーズさんがいたのもあったんだろうけどね。それでもなにより嬉しかったんだ。セラディア・アルセエットを肯定してくれるだけじゃなくて、セラディア・シュベルトクラフトを否定しないでもくれるんだって。
それだけじゃなくてそう思うようになった理由、わかってた。きっとユーリ君も推測しちゃってるよ。
認められたいって思ってることとか。「気後れ」って言葉を使ったこととか。相手の条件の基準がいつの間にか「ユーリ君と比べて」になってることとか。スヴィン、レイアルド、マーヴィー、クレス、タリスト、リシュタ、テンマってクラスの男子たくさんいたけど、私の素性のこと抜きにしても将来のことを考えもしなかった。家族と話ができたときだって、期限を決めて帰ることもできたのに。そうしなかった。
「すー……うひっ」
また嘘寝息を上げようとしたところに枕と首の間に手が差し込まれたんで、ゾクゾクして声を上げちゃった。小さな笑い声も聞こえた気がした。
差し込まれた腕で、反対から回った手と合わせてそのまま体を抱かれる。驚きとかちょっとの怖さが、すぐに顔が燃えるみたいなドキドキに変わる。
「寝たフリしたままでいいから聞いてくれるか?」
「……ん」
頭の後ろで囁かれて、思わずうなずいてしまいました。あやや。やっぱりバレてましたか。
「セラ。オレのすべてを話して、それでも変わらないでいてくれた君に救われたよ」
「……ん、うん。それを言ったら私こそ、どんな姿でも私を私として見てくれるユーリ君に救われたよ」
優しい声に答えると、好き放題跳ねていた胸が少しずつ落ち着いていく。
「昼間言ったとおりセラだけを愛することはオレにはできそうにないけど、それでもそばにいてくれるなら嬉しい」
「……うん」
そっか。私が「実はセラディア・シュベルトクラフト」で「セラディア・アルセエットって名乗ってる少女」で「個人である必要はない第二皇女」だっていうのと同じように、ユーリ君は「九羽鳥悠理」で「ユーリ・クアドリ」で「ユリフィアス・ハーシュエス」なのか。
わかった。いや遅すぎだし、話もしてキスもしてこんなことして今なのって感じだけど。
私、ユーリ君と一緒にいたい。
ユーリ君のこと好きだ。
いつそうなったかは言えないけど、今ははっきり言える。
「どこにもいかない。ここにいるよ。ユーリ君のそばに」
「ありがとう、セラ」
心臓はもう早鐘を打たない。
ただ、とくんとくと私の穏やかな心の波をユーリ君に伝えてくれている。ユーリ君からも同じような音色が伝わってくる。
それがなんだか嬉しかった。




