Interlude 恋と知る瞬間
「エルフェヴィア姉は。いつユリフィアスの……ユーリさんのことが好きだって思ったの?」
「『絶対にまた会いたいな』って思ったときかな」
ティアの質問に、エルは迷うことなく答えた。
手を伸ばし続けてくれる人も離れていく人もいた。悪い人もいればいい人もいた。近くにいれば会いに来てくれて、近くにいれば会いに行きたくなる相手も何人もいた。贈り物をしてくれる人も求婚してくる人もいた。
けれどその中で、ユーリ・クアドリという、かなりヘンで少し不思議な少年のような青年だけがなぜか特別だった。
素性を知った上で理由付けをするなら、異世界人であるということを精霊たちとともに感じ取っていたからなのだろう。けれどそれだけではないと思うし、そう思いたい。
「あと、転生したあと『会えなくて辛い』って思ったたびにね。たった数年なんてこれまで生きてきたのに比べたらすぐなのに、それこそすぐに駄目だって泣きそうになっちゃった。それで私、本気の本気なんだなって」
この世界にも輪廻転生の思想はある。人より長く生きてきてまだまだ生き続けるはずのエルも、「生まれ変わった人とまた出会うこともあるはず」と思って旅をしていた。
それなのに、リーズの創った転生魔法で確実にそうなったはずのユーリと会えなくなっただけで情緒が不安定になりかけた。それまでの人生に比べればずっと短い時間の付き合いで、ずっとずっと短い月日で。
「あ。ララやネレは微妙な顔してたしティアリスも最初はなんか反発してたけど、無理やり好きにさせられたとかそんなのじゃないからね? レインが言うみたいなゲームのルート? 攻略? とかいうのでもないし」
「うん。それはわかる」
ゲームの話はティアも聞いた。ある面ではそれとそっくり同じだとも思う。
しかしすべてが同じではない。自分たちが生きているこれは、道筋も答えもない現実なのだから。
『まあ、エルだって最初からユーリのこと好きだったわけじゃないよね。リボンもらったときは怪しかったけど、「恋人になりたいな」って感じじゃなかったし』
『喜んでいたくらいですわね。エルにもかわいい部分があるのだと思ったくらいでしたし』
『そうだな。恋愛に興味はないと思っていたからな』
『うん。むしろ最初はぼくたちのほうがユーリのこと気になってたよね』
精霊たちも、各々感想を口にする。そこに否定の言葉はない。
直接話せない相手と心を通じさせるのは難しい。それでもこうして友人関係にあるのだから、ユーリ自身の魅力のはずである。それは誰も否定していない。
『それでは。フィーねえさまはどういう理由で。ユリフィアスのことを?』
『転生前も興味はあったけど、胸にあったかい風が吹いたのは風魔法使いとして再会してからかな。妥協無しで突き詰めるとああなるんだなってさ。すごく居心地が良くてそばにいたくなるっていうかね。これが憧れなわけないし、だとするなら恋かそれに似たものでしょ』
言い終えたフィーは、ほう、と息を吐き出す。そこに熱が乗っているのはこの場の誰の目にも明らかだ。
フィーはそのままさらに言葉を続ける。
『でもこの感覚がもし風精霊すべてに及ぶんだったらユーリの周りに私みたいなのが溢れていそうだけど、そうじゃないんだよね。だからこれは私の、私だけの想いなの』
『はい。そうですわね。それに属性の力であれば。フィーねえさまのことだけでなくアイリスやルートゥレアにもわたくしやディーネねえさまのような水精霊が寄り添っていてもおかしくないでしょうし。フィリスさんにもですわね。フレイアさんやセラディアにサラにいさまのような火精霊が付かないのは。少し違うからでしょうけれど』
風はユーリのように本気で探さなければいないだろうが、他の属性であれば世界に単属性の魔法使いは多くいる。むしろ、世界全体から見れば多属性魔法使いのほうが珍しいのかもしれない。
「そこはフィーがユーリにとっても特別だからじゃないの?」
『もちろん、それもあるでしょう。わたくしたちを個人として扱ってくれますものね、ユーリは』
『そうだな。正直、我々精霊は個としての確立意識という面では完全とは言えんし、エルフのそばにいるのでなければやや薄いところがある。そういう意味では名をつけてくれたエルが最初の存在なのだろうがな。ユーリもそれを受けて我々を呼んでいるわけであるし』
『うんうん。あと、フレイアはちょっとぼくからしたら熱くて眩しい感じかな。セラは少し遠くで洗練されたかなって感じ? 気の合う子はいるんだろうけどね』
エルの推測にディーネとノゥもそれぞれ頷く。サラはそれに加えてフレイアとセラへの感覚も。
魂で繋がり合っているとも言える精霊たちは、ノゥの言うとおり個の境界が曖昧になる傾向がある。しかし、個ごとの嗜好性はある。そこから波長のあったエルフの霊力を受けることによってその力や在り方には明確な指向性が生まれる。それこそがここにいる五柱の精霊を“個人”として成り立たせてきた。
だからこそ、フィーは他の風精霊ではないフィー自身のアイデンティティーによってユーリを想っている。友人という意味でなら他の三精霊たちもそうだし、今ならウンディーネもそうだ。
『出会いって素敵で大切なのよ。ね、エル』
「うん。で、えーと。私とユーリの話だったよね。そんなわけで好きだなって」
「……エルフェヴィア姉の話はほとんど終わってたよね?」
『ですわね。結論を繰り返しただけですわ』
ティアとしては、なぜ話を戻したのかや話を戻す必要があったのか疑問だった。が、
『けれど、ティアリスの話はまだですわね』
『そうだな。我らも興味はある』
『うんうん』
元々の流れとしては正しくもある。
「……ワタシは。まだよくわかりきっていない。嫌いではないのは事実。好ましいというのもわかる。でも。恋なのかどうか」
「自分がそうしていいのか?」
言葉を継がれ、ティアは驚いた顔でエルを見る。
「そんなことは。でも。ううん。当たってるかもしれない」
ユーリの前でこぼれてしまった疑問。「愛されるに値するのか」という不安。その裏には当然「誰かを愛するに値するのか」という恐れもある。
焦燥や心的距離。今まで心の隅の隅で漠然としていたものがティアの中で形を成し始める。
「アーチェリアもそうだけど、ハーフエルフやクォーターエルフっていろんなことの自己評価が低いからね。そのせいもあるんじゃないかな。別にエルフが偉いってわけじゃないのにね」
そう言って、エルは苦笑する。ティアの頭に浮かぶのは、さっき名前を言われた自分の父親のこと。それと後者である自分自身のこと。
「お父さんはよくそんなことを言ってたけど。ワタシは別にそうでは」
「そう?」
笑われながらもじっと見つめられ、ティアは言葉に詰まる。
自分が珍しい存在だという自覚と自負はある。けれど、そう言われてしまうと本当にそれが自信からだけだったのか。
もちろん、向けられてきたのは羨望だけでは無い。混ざり者。半端者。背反な悪意。それが一切堪えなかったといえば嘘だ。ゆえの虚勢がなかったと言えるのか。
それでも、ハーフエルフの父親が好きで、その父親と想い合う母親が好きで、愛される娘であることを誇りに思う。だからこそ矛盾があるのか。
「言われるまで気づかなかった。ワタシ。自分のことを好きじゃないと思ってるかも」
「そこまではいかないよ。でもほんとに卑下する必要なんてないんだけどね。むしろアーチェリアやティアリスと出会ったからこそ、誰かを好きになれるってすごいことだなって思ったんだから」
「……そうなの?」
「ずっと旅してきた中で夫婦や親子を見てきて、漠然とだけど『結婚して子供を生むなら相手はエルフなのかな』って思ってたからね。もちろんティアリスと会うまでにもハーフエルフの人とは会ったし、アカネちゃんみたいな人と獣人のハーフやクロさんって人みたいな獣人と魔族のハーフも人と魔族のハーフもいっぱい会ってきたわけだけどさ。ユーリが転生して、何年かしてからティアリスと会って。それでやっと『あ、私とユーリの子供っていてもいいんだ』って思ったんだもの」
思いがけない告白を聞いて、ティアはこれ以上なく驚いた。まさか自分の存在がそんな影響を与えていたとは。
「アーチェリアは人間のアルティとエルフのフェルゼニエが恋したから生まれてきたんだし、ティアリスだってハーフエルフのアーチェリアと人間のチェルシーがお互いを想いあったから生まれてきたんだよ? それって素敵なことだと思わない?」
「うん……思う。思ってたけど。思ってたはずなのに。自信がなかった。ありがとう。エルフェヴィア姉」
いつの間にか、ティアは泣き出していた。エルはそんな彼女をそっと抱きしめる。
「きっとユーリも同じこと言うと思うな。その上で、それだけがティアリスのすべてじゃないって言ってくれるよ」
「そうかも。ううん。ユリフィアスならそうだね」
実際、すでに言われている。だからティアは涙が止まらないながらもエルの胸の中で笑うことができた。
「だから、ティアリスがユーリを好きになってもいいの。好きでいいの。自分を諦めなくていいの。たとえユーリを嫌いになっても、ユーリも私もティアリスを嫌いにならないからね」
「うん」
そんな二人を、精霊たちも優しく見守る。
『上手くまとまりましたわね。よかったですわ。ティア』
『そうだね。ほんとユーリはモテるんだからさ』
『それを咎めないみなさんも、人としてできたものですけれどね。言うまでもなくフィーもです』
『まったくだな。フィーも同じように在ることができればよいが』
『リーズがなんとかしてくれるかな?』
そして精霊たちも、想い人とまだ触れ合うことのできない仲間の遠くない未来のことを願うのであった。




