第七十二章 ティアの日
「さすがに限度はありますよ、ティアさん」
「わかっている。でも。打ちのめす気で来ていい。こちらもそうする」
互いに木刀と大杖を構え、開けていた間合いの詰め方を測りあう。相手は苦い表情をしているが、きっと向こうにも同じような顔が見えているだろう。
傍から見れば不自然だろうが、結局はこうするしかなかったのだ。オレたちが分かり合うには。
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「ユリフィアス。ワタシと勝負してほしい」
ミアとの関係性が新たになった翌日は、ティアさんと話す日になった。そこで開口一番そう言われたのだ。
「お望みとあらば」
……いやもう何回かやってるじゃねーか、というのは言わないお約束。
空間収納から木刀と大杖を取り出す。さすがに文字通りの真剣勝負とは行かないので、よくやる模擬戦形態に、ってやっぱりよくやってるいつものことですねこれ。
大杖を受け取ったティアさんはこれまたいつもどおり握りと魔力の通り心地を確かめ、
「使うものはともかく。手を抜かなくてもいい。今日はワタシの日とは言え。ユメもララさんもリーズさんも呼んだら来てくれるし。たぶん治してくれる」
と言った。
それもどうなの? と思うが、反論やツッコミをする前に距離を開けられてしまった。そして冒頭のやり取り。
「……手を抜くなと言われてもな」
とりあえず欠片ほどの逡巡を吐き出してみるが、今日は心持ちとしての向き合い方が違うのは伝わってくる。そういうの、わかってても実際にやってても明言はしてこなかったから。
「いつでもいい」
「了解です」
真剣勝負なら開始の合図はない。構えないまま魔力を練り上げ、身体強化。風を纏う。深呼吸として息を吸い。吐く、前に踏み込む。
こちらが動いたのを見て、即座に魔法が飛んでくる。
多方向からの水属性放射。ウンディーネからのものは把握できないから、どうせどれかは避けられない。当たらないものは放置し、当たるものは纏っていた風や防壁で逸らす。
『ハァ!』
「っ」
加えて、咆哮威圧を応用して口から風魔法を放つ。まあ、端的に言えば弱ブレスだな。そいつを使って魔法を散らすとともに足を縫い止める。
「く。っ」
それでもティアさんの身体が動き魔法が飛んでくる。魔力は感じなかったので、ウンディーネの放射と防壁か。だが、こちらも同様の魔法の使い方で強引に合わせる。
通常技に加えて小手先諸々を利用して急接近した剣戟は、大杖で受け止められた。お見事。硬度のある木と木のぶつかる甲高い音が響く。
さすがにこれで斬られるほど甘くはなく、さあ押し合いへし合いここからどうするか。
「……はぁ」
そう思ったのに、ティアさんは思い切り深い溜息を吐いた。あれ?
「ワタシの負け」
「……はい?」
こちらの口からは、これ以上なく間抜けな声が出た。ティアさんはとっくに大杖を持つ手から力を抜いていたが、オレはそれ以上に身体が弛緩しきって木刀を取り落しそうになる。
負け? なんで? どうして? いや油断させてポコリと一撃? あれ? こないな?
頭の中を疑問符が駆け抜けていき、相当マヌケな顔になっていたのだろう。ティアさんは再度溜息を吐いた。
「……あのね。これが風牙なら? いまごろワタシは二つになっている。打ち込みを受けた時点で負けだと思って始めた」
ああ、なるほど。それは間違いないだろうな。
「でもそれを言うならティアさんもでしょう。ウォーターカッターを使われたら」
「それでもきっと結果は同じ。水属性放射より細いものが当たるはずがないし。ユリフィアスなら防げるはず。もっと速く動くことも。ワタシを動かさないことも」
「……否定はしません」
ウォーターカッター自体は科学現象であるとともに魔法でもあるので、防ぐ方法凌ぐ方法は両面から多々ある。
今のところ、身内以外がウォーターカッターを使ってくることはないだろう。それでもいつかはそういうときも来るだろうし、備えあれば憂いなし。
いやまあ、オレの身から出た錆で向けられる可能性が一番高そうなんですけども。他の可能性が思いつかないくらいに。
後のほうはまあ、戦闘の基本だよな。
「でも参考までに。勝つ方法はあった?」
「そうですね。フィーが位置的にオレの身体と重なり合えたってことで前から考えてたんですけど、ウンディーネに相手の身体の中から水の玉やウォーターカッターを撃ってもら……どうしました?」
「ユリフィアス。さすがにそれは引く」
素直に答えたら言葉通り後退りされた。必殺としてはいい案だと思ったんだけどな。
「……けど。必要になるかもしれないから覚えておく。そのときはお願いウンディーネ」
それもまたオレに向けられませんよーに。ティアさんだけじゃなくてウンディーネに嫌われないようにもか。
「で、この決闘の意図はなんだったんですか? いつもより気合が入ってましたよね。遊びみたいなの一切なしで」
「それで勝てなければ意味はないけど。ううん。これはこれで意味はあったけど」
最低限、勝つつもりではあったと。それにしては引き際が良すぎないだろうかね? ウォーターカッターも風牙も互いに全力を出せないことの一番の証左ではあるのだけれども。
ティアさんは、少しだけ嫌そうな顔で宣言した。
「以前ユリフィアスにも言ったはず。ワタシに勝てなければワタシを手に入れることはできない。ユリフィアスにはその資格が生まれた。おめでとう」
「はい?」
言ったっけ? えーと?
「……言ったと思うけど。ルートゥレアに負けたときに」
「あー」
あーあーあー。そういえば言ってたか、懇親会のとき。「交際やパーティー参加をするには自分に勝たなければならない」って。
微妙な気がするけど勝ったね、今。さっきティアさんが自分で言ったとおりレアも勝ったけども。ユーリ・クアドリとしてやりあったときに一度引き分けにはしていたけど、これで条件を満たしたということで?
「とりあえず。座って」
「はい」
勝者が敗者に従うようなノリのことを言っていた割に主体が変わらずティアさんにあるが、拒否する理由もないので言われたとおり座る。
お互いに向き合うと、少しだけ困ったような顔をされた。
「レヴさんのときのように。手加減したユリフィアスに勝つ余地はある。でもそれでわざと負けられたら。ワタシはユリフィアスにとってそれだけの価値なのかなって」
ふむ。「華を持たされるのは嫌」、と雑に言えばそういうことなのだろうが、きっとそんな簡単なことでもないな。
おそらく、オレがレヴに感じていたのと同じことか。隣に立てるくらい強くなければともに生きる意味はないし、立ち向かうものに巻き込む権利もないという。その逆で、巻き込んでもらったり隣を歩く権利はないって。
そりゃみんなも同じように思うよな。姉さんやレアもそんな感じのこと言ってた。あと、なんだかんだ守られるだけは嫌なタイプみたいだしな、みんな。
「ティアさんにはティアさんなりの価値はありますし、戦うことだけでもないと思いますけどね」
「家事もできないのに?」
「それだけも価値かって言うと、違いませんか?」
苦笑してしまう。そんなに卑屈なキャラだったか、ティアリス・クースルーって?
誰にだって長所も短所もあるし、なんだってうまくやれるわけじゃない。さすがにオレもブチ切れラインはあるだろうけど、今のところ誰に対してもそういうのないしな。
それでもティアさんは、珍しく不安そうな上目遣いをした。
「あの。ねえ。ユリフィアス? 好きにする云々の前に。そもそもワタシを恋愛対象の女の子として見られるの?」
「んー? んー。うーん?」
ある種難しい質問だ。
即答すべきだし、そうしないと傷つくだろうなって気はする。でもそれはそれで嘘くさく見えるし信じて貰えそうにない。
いや、女の子や友人としてってなら即答はできるんだけどな。恋人としてだと話は変わる。
「無理なら無理でいい。わかってはいるから」
「そんな物分りはいらないです。無理なら考えませんよ」
「……そう」
今のティアさんの表情は、喜と哀のどちらともつきにくい。即答しなかったことに対しての安堵と、答えがもらえないか悪い答えかもしれないことへの恐れだろうか。
普段の悪態の吐かれ具合とかは悪友のそれに近い。けど双方向ってわけでもないし、ティアさんだってオレが本気で嫌ならやらないし言わないとは思う。
そういえば、わがまま幼馴染みたいな枠になってるって考えたことあったっけ。ひっついて全方位にハートを撒き散らすような関係になれるとは今のところ思えないけど、恋人や夫婦になれないとは思わない。それ向きのお仕着せでピクニック的に遠出っていうのは思い浮かばないけど、レアのときにやったみたいに焚き火を眺めたりとか、学生服着てファストフード店で駄弁るでもなく食事してるっていうのは想像つく。そういやそんなことも一回やったな。
「見られますね。ティアさんが望む形かどうかはわかりませんけど」
あとはそこに心があるかどうかかね。双方向でそういうカタチの。
「“友達夫婦”って呼ばれてる関係もありましたし、好きを全面に押し出すだけが恋愛関係じゃないでしょう。ただ、関係を円満にする言葉は『ありがとう』と『愛してる』だとか言ってたような違ったような。そこが無くなると離婚へ向けて坂道だとか」
「ふむ。わからないでもない。でも」
ティアさんは悲しそうに俯いた。聞き逃しそうになった言葉は、「ワタシには難しいかもね」だ。
あんまりお礼言う印象ないもんな、ティアさん。それこそ勝手な印象で、ちゃんと礼も謝罪もしてるんだけどなんでだろう。エルは「面と向かって言うのが恥ずかしいだけでしょ」って言ってたっけ。
「みんなそうですけど、肩肘張って嘘つきながら半笑いで場をもたせるようなことにはならないと思います。難しい理由はともかく、できないわけじゃないでしょう」
それは今だってそうだな。
正直と馬鹿正直と嘘が言えないのは時と場合を考えなきゃならんが、こういうときに正面から向き合おうとしないのは破綻要因だ。
「それになんだかんだでオレ、ティアさんから『嫌いだ』って言われたこと無いような。『気に入らない』的なことはよく言われてますけどね。それはセラとかララもですし、ティアさんも本気じゃないですよね」
「……ふむ。まあ。本気で気に入らないところも。無いではないけど」
一瞬表情を無にしてしまいかけた。でも深く考えなくてもそれは当然だろうな。ティアさんだけでなくみんなからそれぞれあるだろう。オレは今のところみんなに対しては無くても。
出会ったころのヴァリーが自殺めいたことを考えてたのに苛ついたのを覚えてるくらいか。ヴァリーのあれも一過性だったろうし、家族を持ったんだからもうそんな考えはしないな絶対。
嫌い嫌い気に入らない、ね。
「それこそ『饅頭怖い』みたいな話、なわけないか」
そういえば前も『ティアさんと落語』ってネタを考えたことあったな。
「まんじゅ……なに?」
「転移前にあったお話なんですけどね。饅頭ってのは……あんまり正しくはないんですけど、ケーキの中に甘く煮た豆のペーストを詰めたみたいなお菓子がありまして」
「うん」
えーと、『饅頭怖い』。話の筋は覚えてるけど、細かいところまでは知らないな。っても翻訳かかってるようなもんだから自己流でいいか。
「あるところに、男がおりました。この男、ことあるごとに言うのです。『俺は饅頭を見るのも怖い。絶対に俺の前に饅頭なぞ持ってこないでくれ』と。周りの者は面白がって男に次から次へと饅頭を持ってきます。男は積み上がる饅頭を見て、『ああ怖い怖い。こんな怖いものは早く腹の中に隠してしまわねばならぬ』と言いながら次から次へと平らげていきました。腹を一杯にした男は『ああ怖かった』と言いながら満足そうに腹を叩いて寝っ転がりました、というお話……だったはず」
これじゃあ「お後がよろしいようで」とは言えないな。本職の人に怒られる。
それでもある程度は芝居っぽくやったからか、ティアさんは拍手をしてくれた。
「ふむ。おもしろい話……待って。つまり男はマンジュウが好きで。ワタシも男のようにユリフィアスが好きと?」
「そこまでは言いませんて。男の方はそういう話のオチですけどね」
嫌よ嫌よも好きのうちは屁理屈というか、そういうこともあるってくらいだと思う。ただ、ツンデレみたいに好きなのを認めたり表立って口にするのが恥ずかしいっていうのはよくあることだろう。ティアさんがその可能性は無いとも言えなかったりするんじゃなかろうか、ってこと……有るのか無いのかどっちだこれ。
「ふむ。『饅頭怖い』」
それでも、ティアさんはそういう可能性について真剣に悩み始めていた。
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自慢ではないけど。ワタシは「かわいい」とよく言われる。
でもそれは。いわゆる“かわいがりたいもの”に対する評だと思う。だからそういう人はしばらくすると離れていく。さすがに十五年生きてくれば「思ってたのと違う」って言ってるのも聞いたことがある。
自分から見てもティアリス・クースルーには可愛げが無い。素直でもない。愛想が良くもない。考えてることもほとんど伝わらない。ユメとレリミアとアイリスはそれを察してくれてたけど。実はそれで嫌われることもあった。勝手に好かれて勝手に嫌われたのはどうしたものかと思うこともあるけど。基本的にはワタシのせいだと思う。
『ティアちゃんの相手はサァ、器の大きいオトナの人じゃないとムリそうだよネ』
レリミアにはそんなことを言われたっけ。自分だって恋愛経験無いのに。って。こういうことも悪口になって嫌われるのか。やめよう。
ええと。ユリフィアスはユーリ・クアドリさんだから。外見はこうでも大人の人。
ティリーナさんの言うとおり。こういうワタシにまっすぐ向き合ってくれる。受け入れてくれてる。レリミアの予言と合っているのかも。
それでいて。
『ティアさんも十分すぎるほど美人だけどな』
正確にはそうは言ってないから。これは半分ワタシの妄想。
あのときそんなことを言われて動揺したのは。ユリフィアスにしては意外だったからだけじゃないと思う。驚きからだけじゃないと思う。
『ティア。答えはもう出ているのでしょう?』
後ろから耳元でウンディーネがささやく。肩に置かれた手を優しく暖かく感じる。
うん。そうだね。
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「ワタシは。ユリフィアスに好意は持っていると思う。そういう関係になるのは吝かでもない」
「はい」
その「そういう関係」がどこまでかはともかく、それがティアさんの答えか。
「でも。恋なのかはわからない。ララさんやルートゥレアのようになにより優先したいようなものではないし。アイリスのように穏やかに腰を落ち着けたものでもないし。ティトリーズさんのように静かに思うものでもない」
「ええ」
「だからもう少し。見極める時間が欲しい」
「はい」
ティアさんは目を開いたまま顔を近づけてきて、一瞬より少し長い時間くらい唇同士を触れさせた。
「とりあえず。これは予約。当面二度目はしない」
そう言ってすぐに後ろを向いてしまったけど、真っ赤になった耳の先が見えていた。
それで答えは出てるような気もするけどな。それを言うのは野暮だし、ティアさんの中で確実な決着が着くまで待つ甲斐性くらいはあるさ。
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キャンプをするとき、焚き火の周りで踊ったり気を楽にして語り合うことはよくある。
しかしそれと別に、放火犯はライターの火や自分の起こした火事を見て興奮したり安心したりすると言う。
この二つはどこがどう違うのだろうか。ある意味同じじゃないか?
と、ユリフィアス・ハーシュエスはなんというしょーもないことを考えているのやら。
「えい」
耳を引っ張られた。軽く痛い。
「またろくでもないことを考えている。ワタシにはわかる」
「そのとおりでした」
正確には、ろくでもなさすぎることを考えていました。やだよキャンパーがみんなパイロマニアとか。この世界だと旅人とか冒険者とか騎士とか焚き火をする機会のある人はずっと多いんだから。
「まったく。こんな美人が隣りにいるのだから。ワタシのことだけ考えていてもいいのに」
「ですね」
苦笑すると、肩に頭が乗る。
「ほんとは。エルフェヴィア姉やレヴさんがこういうのをやりたかったはずなのに。ワタシがしているのは申し訳ない」
「そう考えてしまうのもある意味ろくでもないことですよ」
「ユリフィアスがそう言うならそういうことにしておくけど。むしろワタシは一人でこうしているはずだったのに。人生はわからない」
「それもまた人生という旅の道の一つってね」
身体が触れているところから少し無理やり腕を抜いて、肩を抱く。
「ひゃう」
と見せかけて、耳の先のあたりをつまんでみた。思ったより可愛い声が出ましたなあ。
「ユリフィアス。め」
裏拳で胸を軽く叩かれた。けど、口でも怒ってないしどこか嬉しそうなのは気のせいではなかろう。
腰のあたりから手を回して、手と手を重ねる。これは拒否されなかった。
「せっかくだから。ユリフィアスがこれまでしてきた旅のことを教えて? クアドリさんのときの二年はそうしてたんでしょ? どこまで行ったの?」
「そうですね。まずは聖都から始まったのは言うまでもないですよね」
記憶をなぞるように、口から十字属性魔法使いの物語を紡いでいく。
そうして一晩中、オレがユーリ・クアドリだったころのことをティアさんに語り続けた。




