第七十一章 ミアの日
アカネちゃんの次としてレヴから始まった流れ同様、今回もくじ引きで順番が決まった。
最初はミアさん。どうするか聞いたら、とりあえずは家の外、芝生の上で座って向かい合うことになって。
「ナンカ、お母さんがゴメンナサイ」
まず頭を下げて謝られた。
って、別にミアさんが悪いわけでもなければメーレリアさんが悪いわけでもない。
「謝る必要ないですよ」
これは絶対。誰かに瑕疵はない。
もちろんオレが悪いわけでもない。こっちはたぶん。
「デモ、迷惑なのは事実ですカラ」
「迷惑でもないですって」
うん、迷惑ではない。やっぱり謝る必要はない。
原因という意味でなら、メーレリアさんとあとオレ以外の責任はないんだろうけどな。けどどういう経緯にせよ、
「なんていうか、いろいろと整理するにもいい機会だったんじゃないですかね」
「整理、というト?」
「んー、そうですねぇ。感情とか関係性とか?」
「感情と、関係性ですカァ……」
なんかあったよな。「男女間の友情は成立するか?」って命題。どういう理屈で「無い」側がそう判断するのか知ろうとはしなかったけど、オレは「ある」と思う。
友情なのか愛情なのか、今後どう関わりたいのか、どう関わるのか。ミアさんとユメさんとセラは家のことがあり、ティアさんはやりたいことがある。気持ちの在り方を定めるのは急務でもあるだろう。
「その上で一つ前置きとして、あのときの吸血のことは無視していいですからね」
「ヴっ」
ミアさんは舌を噛み千切りそうになってたけど、そこを入れてしまうとほぼ答えが決まってしまうからな。もちろんこれまたそれが全てではないけども。
「…………お父さんカラ聞きました?」
「ええ」
それでも、吸血鬼にとっては血を吸うことが切り離せないなのは当然か。ヴァフラトルさんの言ってたとおり、血って美味くもない。どころか毒だったりもする。ウナギとかもろもろ。
種族的な面でなくても、単純に毒って意味でもなく、型の合わせとかもあるよな。「異型の血液を下手に混ぜると発泡する」みたいなのをなにかで見たような。
って、その二つはなんか違うか。
「汗とか涙も血と成分が変わらないみたいな話もあった気がしますし、そういうのと似てる、とか?」
「なんの話ですカ?」
なんの話だろう?
「考えなくていいとは言いましたけど、血を吸う話ですかね」
「ゔッ、ですからソレは……考えないといけませんよネ、ヤッパリ」
ミアさんはすごく嫌そうである。それはそれでなんか悲しい気分になりはするんですが。
それはともかく。
「やったことより、そもそもの意味合いのほうですよ。ヴァフラトルさんは記憶を共有することが最大級の信頼と親愛だと言ってましたけど、それ以外とかその理由とか」
「ああ、ソッチの。フーム。お母さんは『好きなヒトの血は美味しく感じる』ッテ、ソレだけ……ソレもマタ、なんですケド」
メーレリアさんは夢魔だものな。そこはヴァフラトルさんからの又聞きや記憶の閲覧か。
そこはともかくとして、その話だとやっぱり血と汗と涙の生理的な関係性だけど……ほんとに特殊性癖みたいな話になるな。
吸血鬼の相手探しが「お見合いしまくって片っ端から血を吸っていく」とかでもないだろうし、ヴァフラトルさんとメーレリアさんのことを考えればその相性も関係性が大きいんだろうと考えられる。
「オレのこと舐め回したいとか、そんな気になります?」
「エ、いきなりナンですカ!? さすがにソレは……」
無いか。良かったのか残念なのか。
残念はおかしいか。
「『食べちゃいたいくらいかわいい』って冗談がありましたからね。吸血もそれと同じ感じだったりするのかと」
「ウーン、どうでしょうネェ。サスガに食べはしませんシ」
結局はそれこそ生理的な相性なのかな。でも、そうなると話が下世話な部分も含むような。根本的にはそこを切り離せないんだけど。
吸血のことは難しいな。どうしても先入観が邪魔をするところがある。と考えていたら、ミアさんが人差し指の先同士をちょこちょこと突き合わせ、不安そうな表情で聞いてきた。
「エート。アタシのこともそうなんですケド、ユーリさん的にはアタシってどうなんですカ? ソノ、人として……女性として?」
最後のはボソボソといった感じだけど、ちゃんと聞こえた。
「好きですよ? 気遣ってももらってましたから楽でしたし、それを抜きにしても一緒にいて楽しいですし。そこだって、軽いノリに見せてるけどちゃんと物事をじっくり考えてたり、それでいて恥ずかしがり屋だったりとかもかわいいかなって。人としても女性としてもね」
「ハウ……」
素直に答えると、ミアさんは真っ赤になってしまった。
実は最後ので思い浮かべてたのが例の夢でスカートの中を隠す姿だったっていうのは黙っておこう。今見たもので強制上書き。
「ユーリさん、よくソンナに恥ずかしい言葉がポンポン出せますネ?」
「褒めたつもりなんですけどね。そういう言葉なら言うより言わないほうが後悔するはずですし、嫌われたとしてもそこは正直でいようかなって」
日本には「沈黙は金」とか「言わぬが花」とか「嘘も方便」って言葉があったけど、それこそ黙っているための都合のいい方便みたいだったからなぁ。褒め言葉も人を不快にさせることはあるんだろうし、さっきのみたいに恥ずかしくて逃げたくなりそうなものもあるんだろうけど、隠すと逆に馬鹿にしてるように見えるんじゃないだろうか。
そのあたりは相手と相談だな。
「逆にミアさんたちとしてはどうなんです?」
「え? あう……エート」
そんなに答えにくいかな、というのは後にするとして。
あと、容姿とかでもなく。
「もちろんオレ自身がどうかってのも聞きたいんですけど、ほら、初めて会ったころは色欲封じがあったわけじゃないですか。だから第一印象と今だと全然違うはずですから。ソッチ方面含めてうろたえることも増えたりして、がっかりしたりはしてないかなと」
「ハイ? ああ、ソレならユーリさんはユーリさんですから変わらないですヨ? ア、今まで無反応だったコトに焦ったり赤くなったりするのはかわいいですかネ。エイ」
そこは明確に変わったところだな。それに初対面でもこうして胸に抱き留められたけど、あのころはどうしてなにも思わなかったのかと。ほんとに。
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ユリフィアス・ハーシュエスって子の話を聞いたトキは、「ヘー、アイちゃんの弟かァ」ってくらいしか思わなかった。
アイちゃんも出た交流戦に出るのを知って、あの大暴れ……というかユーリさんにとってはあんなのゴブリンの群れとかショボい盗賊鎮圧のクエスト程度だったんだろうケド、ソレを見て「スゴい子だなァ」って思って。
初めて面と向かって会ってみて、波長が合う気がしたって言うのカナ。男の子にはやらないんだケド、抱きしめてみてた。イマみたいに。
あのトキはあまりにも落ち着いてて、「逆になんか大丈夫カナ?」って思ったのに、
「ユーリさん、緊張してますカ?」
魔力探知ができるようになったコトもあるケド、血流の乱れトカ動悸トカ、種族の力に由来するようなコトも前よりズット強く、さらに明確に伝わってくる。
「ええ……ミアさんも前は鼻血出してましたよね。じゃあ逆か」
「アハハ、そうでしたネ」
そう言いながら、アタシ自身の胸もドキドキし始めてる。押し当ててるんだからユーリさんにも伝わってるよネ、きっと。
って言うかジブンでもよく続けられてると思うヨ、コレ。落ち着くのと落ち着かないのと両方。逃げたいのが少しあってソレよりモット続けたい。不思議なカンジ。
コレとアトは。リーナ様が言ってたコト、ですかネェ?
「アノ、ユーリさん。キスして減ったモノってありました?」
「え? あー。野郎のオレは貰ったものばっかりですけど、ミアさんなら乙女の純情とかそういうのが無くなりませんかね」
乙女の純情。なるほどネー。
ムリヤリ取られるわけでもないし大丈夫カナ。
「ユーリさん」
チョット離れてもらって。カオを上げてもらって。
ゆっくりとカオを近付けて。
「ン」
触れるように唇を唇に付けて。そのまましばらくそうして。
いまさらだけどサ。はしたなかったカモ、なんて思ったりしましてネ。
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我ながら主体性が無いとは思う。でもなんか、「迫ったら拒否されないんじゃないか?」って謎の感覚もあったりするんだよなぁ。モテると思ったことはないんだけど。って言うとあらゆる意味で嫌味じゃ済まなくなるな。
最後に小さな吐息が聞こえ、顔が離れていった。
「はぁ……ほんとに減るモノ無くて得したカンジ」
至近距離で頬を染めながら感慨深く呟かれると、こっちもそれ以上に恥ずかしくなる。そんな感情を丸出しのオレの顔を見てか、ミアさんはギュッと抱きついてきた。今度は胸にではないので、頬と頬や耳と耳が触れる。
この体勢は思い出す。
「血も吸ってみておきます? なにか変わったかもしれませんし」
「ン、そうですネ」
冗談もちょっと混じらせておいたつもりだが、ミアさんはためらうことなく首筋に口を添えてきた。これまたあのときと同じ、肌を食い破るような感触がした。
けれど、今回は不思議と痛みは無い。前はチュルチュル吸うというか、リーズの記憶のこともあって最後の方は吸い尽くすみたいだったけど、
「ん……ん……」
今回はこくんこくんと。一吸い一飲みごとに、味わうような舌で転がすような呼吸が聞こえる。それとともに、しごくゆっくりと時間をかけて血と魔力が減っていく。
それだけじゃなくて、多幸感みたいなのがある。頭がふわふわとしてきてなんか口が半開きになってる気もするし、ミアさんを抱きしめたくてたまらなくて実際そうしてる。
「プハッ!」
どのくらいの時間が経ったのか。首筋の感触がなくなって、溺れかけた人みたいな息継ぎが聞こえた。背中に回していた手を離すと、少しだけ距離が開く。
「コレ……ヤバ。前と違う理由で止まらなくなりそう」
「こっちも以前とは違いましたね。一方的でもなくて、魔力というより魂を分け合ってるというか」
そうではないとわかっているはずなのに「吸血鬼は眷属を増やす」って逸話があるのも、もともとはこういうところから来てるのかもしれない。吸われたほうがこういう気持ちになって、甘美さとして語れば伝聞していくだろうからな。
「ソッカ。こういうコトなんだ、誰かを好きってカンジ」
無意識か意識的にか、ミアさんは自分の唇を指でなぞった。僅かな恍惚を含んだ表情と合わせて、非常にドキッとさせられる。
たぶん、吸血鬼としての本質がわかったってことなのだと思う。
あるいは、夢魔の本質もだろうか、というのはちょっと問題がありますね。オレが思った本質は絶対に違うし。
「アタシも……ユーリさんのコトを好きでいてもイイんでしょうか?」
「誰も咎めやしませんよ。外野は別でしょうけど」
「アハハ、ソコはわかりませんネ」
リーフェットのギルドで絡まれたのもそれでだからな。王都にいたころも度々あったし、文句はいくらでもあるだろ。
だがあえて言おう。知るかそんなこと。当事者間の問題に関わってくんなと。
……いや、うん。そう心の中で啖呵切ってあれだけども。
「でも、ミンナもイロイロと言いたいコトはあるでしょうネェ……アタシまでとか」
ええまあうん。当事者ね。そこはね。いまさらでもね。
でも、な。
「みんながどう言うかは聞いてみないとわかりませんね。なんだかんだオレは責められそうだ。けど、難しいことは重々承知した上でオレは誰に優劣をつけるつもりはありませんよ。リーズが上でミアさんが下だとかそんなことは言わないです」
「それはアタシが恐縮しそうですケドネ……」
ミアさんは苦笑して、それから微笑になって、
「だったら、リーズさんみたいに話してほしいですネ。見かけ上の年上としてじゃなくテ。アタシ年下ですモン」
そうお願いしてきた。
そうだな。同等に扱うなら、まずなによりこの口調もどうにかしないといけないのか。
「すぐにどうにかするのは難しいかもしれないで……けど。まずは『ミア』って呼ぶとこから始めてみるか」
「ハイ、ユーリさん」
ミアは、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。
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目を開くと、こういう経験ではもう見慣れてしまった別宅の天井が見えた。それでもなにか違和感がある。
「さすがユーリさん。すぐにわかっちゃいますカ」
「やっぱりですか」
気配と声に、隣を見る。
「もう何度体験し……ました、っけ?」
ここに来てからミアさんが帰るまでも数度機会があったから、夢の中にいる感覚っていうのにも慣れてきた。だからこそすぐに気づける。
のだが。違和感云々より「絶対に夢だろこれ」ってものが目の前にあってですね。
「ミアさん、それ」
「ユーリさんとレインさんの価値観だと、夢魔とか吸血鬼ってこんなカンジなんですよネ?」
今のミアさんは、前に一度だけ見せてもらった魔族としての姿……羊か山羊のものに似た角とコウモリのような翼と悪魔っぽい尻尾を生やしている。そこまでなら神秘的というかある種「かっこいい」か、寝転がってるから「かわいい」「美人で絵になる」でいいのだろうけれども。そこを末節として中心に向かっていくと批評はまるっきり変わる。
実物見たこと無いけど、ボンデージ……じゃないな。布面積の減ったレオタードというか、切れ込みの大きいワンピースの水着というか。
全体として見た場合、端的に二文字の感嘆やそこから一文字付け足して俗な形容詞として三文字で表せるし真っ先に頭に浮かんだのだが、それを口にするのはさすがにはばかられる。
「……エート、ユーリさんとレインさんの記憶から再現して、期待通りではあるんですケド。エヘヘ?」
そうだった。ここは夢の中。全部筒抜けなのだ。
なんだかんだそっち方面はオレと同じような感性だからな。ミアさんはそういう夢魔ではないし。
「アハハ。デモ、恥ずかしい思いした意味はありましたネ。これからはソッチ系も頑張らないといけませんし」
こっちの感覚と言葉通り、ミアさんは顔を赤くしている。
そういえば、“ナイトメア”って呼称もあったっけ。っても“悪夢”と同じ意味だからそっちもあんまり良くはないな。
「悪い夢は見せたくないですからネ。ソレに、ホンキのホンキならショウジキこういうのも悪くないカナー、なんて」
顔を真っ赤にしたままだけど、ミアさんはゆっくりと抱きついてきた。身体の感触が伝わってきて心拍が早くなってしまう。
「……ユーリさんのドキドキが伝わってくる。嬉しいナ」
それは単純な喜びの色で、なんだか微笑ましくなってしまった。
そのまましばらく抱き合っていたのだが、
「じゃなくてですネ。いえ、コレもあるんですケド」
そう言われて、身体を離された。
「んー、ムム」
さらに、両方のこめかみに人差し指を当ててなにか電波を飛ばすみたいに、
(夢魔のチカラで姿も変えられるわけですカラ、種族というか持ってるチカラも変えられたりするのカナって。成功してますカ?)
「うお」
なんだ? 意識が流れ込んできた?
通信魔道具を使ったときに似てはいるが、それとは違う。脳に直接響くような、頭の中で文字と音声として浮かび上がるかのような。
(やった、成功ですネ。これがアタシが夢の中にいるときのカンジです)
なるほどこれは興味深い。夢魔の人たちは夢の中でこういう感覚なのか。
(オモシロイって思ってくれたナラ嬉しいです)
なんでもかんでも伝わってくるわけではないが、モノローグみたいなものが頭の片隅をよぎっていく。感情も。
オレは男だからインキュバスになるのかな。そういう力も使えるのなら、
「部屋の模様替えなんてのも」
魔法と同じように想像を転写するようにすると、壁紙がピンク色の花柄に変わる。
それができるのなら、ベッドシーツや枕カバーの味気ないのもフリル付きにして。ベッドも思いっきりふかふかのにして。
「あ、コレカワイイし、ベッドも気持ちいい」
枕カバーのフリルとベッドの感触を確かめて、ミアさんは目を細める。元のベッドでも不満はないけど、どうせなら現実でもこのくらいのを用意しようか。
「起きてこられなくなりそうですネ」
「ですね」
お互いに笑う。
面白いし悪くない。なにも考えることがなければ人間として転生する必要もなかったのだろうな。
「かもしれませんネ」
(本当に)
それでも、ミアさんは少しだけ悲しそうだった。ネガティブな部分が伝わったかな。
「ソレと、こうできるのならコッチも知っておいて貰えませんカ?」
ミアさんが自分の上唇を指で押し上げると見えるのは、尖った歯。それでだいたいを察したが、「確認したい」と思ったら眼の前に鏡が浮かぶ。ミアさんの身体にオレの顔が付いてるみたいでやや微妙ではあるけれども。
軽く口を開くと、鏡の中のオレにも尖った歯が生えていた。やっぱりそういうことだな。
確認を終えたら、不要になった鏡は消えた。微笑で頬を染めるミアさんの顔に戻る。
「そうですね。できるなら、吸血鬼のほうのミアさんの感覚も知っておきたいかな」
素直に答えたら、嬉しそうに笑われた。
「では失礼して」
ミアさんの肩を抱いて、頭を起こして首筋に口を近付ける。こんなもんかなと歯を突き立てるように噛み付くと、
「……ぁ」
(……んっ)
耳元で発せられた甘い声と内面の歓喜の声が脳を突き抜ける。皮膚を突き破る感触の直後によく表現される鉄の香りがし、口内に導かれるようにやや粘度のある液体がゆっくりと流れ込んでくる。
自分の血くらいなら当然口に入れたことはある。怪我をして出血したときや、不意に出た鼻血を吸い込んだり口に流れたとき。当然、そんなことを自発的かつ積極的にやる人なんていない。倫理云々が大きいんだろうけど、なにより美味いものでもないからだろう。
けれど、ミアさんの血は舌に乗った瞬間から甘く感じた。単に吸血というとそれこそ蚊や蛭を連想するが、そういうイメージとはまったくかすりもしない。むしろ、花の蜜を吸う蝶になった気分。これまで見てきた夢は現実に限りなく近かったし、これは現実でも同じように感じるんだろう。
「ン……は……あん、んっ、ふ、うん」
(コレ……すごい。ユーリさんに吸われてるの、それだけで嬉しい? ユーリさんも同じ。美味しく思ってくれてる。ソレがスゴく嬉しい)
耳からは喘ぐような吐息が聞こえ、夢魔の力では蕩けたような思考が伝わってくる。口からは甘ったるい味が「もっと吸ってほしいけれどもう少しゆっくり味わってほしい」とでも言うように流れてくる。
(モット……求めてほしい)
(もう少し……もう少し)
あのときのミアさんの気持ちがわかる。肩を抱いていたはずなのに、いつの間にか強く抱きしめていた。それもお互いがお互いを。
(コレ……アタシ……まるでユーリさんと一つになってくみたいな……魔力と……循環してはないけど血も……)
オレも同じように感じている。魂を交換しあって、取り込み取り込まれて溶けていくような。
同時に、ミアさんの記憶と心が流れ込んでくる。過去から現在まで、どう生きてきたか。その先にある大切な今。他のどれより大きいのは、リーズ。姉さん、ユメちゃん、ティアちゃん。他のミンナ。お父さんお母さんヴォルラット様リーナ様。
ユーリさん。
「ッ」
反射的に、口を離した。
「あッ」
ミアさんの口からは名残惜しそうな声が漏れたが、これ以上はまずい。直感が警鐘を鳴らした。
/
「うあ痛っ!」
「アウっ!?」
眠気を飛ばすために首を振ると、ミアさんと頭をぶつけた。夢の中のことやどこかのお話なんかだとこれで二人が入れ替わったりするわけだが、
「アイタタタ……」
眼の前でミアさんが頭を抱えてるから、オレはちゃんとユリフィアス・ハーシュエスのままだな。
「危なかったぁ」
けれど、それ以上に安心した。自分が自分であることに。
これまたけれど、オレとは逆にミアさんは不満そうだ。
「アタシはもう少しアノままでも良かったのニ」
「いや、自我境界線が無くなりかけてましたから」
そう言うと、ミアさんは首をわずかにかしげた。
自我境界線っていうのは心理学領域の話だからかな。
「人の内面を形作ってるのは心と記憶なわけで、それこそ夢と血が見せるものですよね。そこが混ざろうとしてしまうと、オレとミアさんのどっちがどっちかっていうのがわからなくなるでしょうし、実際そうなりかけてましたから」
「アァ」
「でもこれまでミアさんはそうなってこなかったですし、ヴァフラトルさんとメーレリアさんも同期してる感じはない。たぶん、無意識というか種族的に防衛能力があるんでしょうね。自分と相手を正確に分離できるというか、絶対に混ざらない部分があるというか。今回はその部分のないオレにミアさんが流れ込んだことで共鳴みたいになってああなったんでしょう」
「ナルホドー」
精神的な自己確立って結構高度なものだったと記憶してるけど、種族的にせざるを得ないこともあるのか。
「デモ、ユーリさんと一つになるみたいなアノ感覚はすごかったですネ……ソッカ。お母さんが感じてるのはこういうコトなんだ。アタシ、ユーリさんをちゃんとしっかり好きなんだナァ。よかった」
相手のことが知りたい。自分のことを知ってほしい。そういう願いは好意から発するものだろう。今回のミアさんのそれもそうだ。
「最後、愛されてるのは伝わってきましたよ。ありがとうございます、ミアさん」
「ハイ……でも、今アタシちょっと怒ってるカモしれません」
え? なんで?
「ミ・ア。ソレと口調。チョット距離間感じちゃいますヨ?」
あ、そうだ。
アカネちゃんのときは割とすんなり対応できたのにな。
「ごめんごめん。ミア」
「エヘヘ」
ミアは笑いながら胸に顔を埋めてくる。
こういう急なものでなく人と人との関係は変わっていくんだから、相手の望むように返していかないとな。




