Interlude 約束の輝きはまだ遠く
「そう言えば、ユメさんもいるんだよな」
二日目の昼食として行っていたバーベキューが終わりに近づいた頃です。ユリフィアスさんが、たった今思いついたように言いました。
認識されていなかった、というわけではないですよね。
「ユリフィアス。最低。それだと今ユメがいたことに気付いたように聞こえる」
そんなわたくしの思いを大きく汲み取ってティアリスさんがユリフィアスさんに魔弾を撃ちました。さすがに威力のほとんど無いものですが。さっきのネレさんの真似でしょうかね。
「えっ。いや、そう聞こえたのならすみません」
「いえいえ」
胸がチクリと傷んで引きつった笑顔になってしまった気がしたのは、夢の中でのメーレリアさんとレインノーティアさんとティリーナさんのお話のせいでしょう。
あのお話を経てもなにが恋なのか未だにわかりませんけれど、セラディアさんやティアリスさんやレリミアさんと同じで好意はありますから。
「そうではなくてですね。ほら、人工ダイヤモンドの合成。アレをやるタイミングは今かなって。必要な人が揃ってるわけですから」
「ああ、そうですね」
ララさんもまた、今思いついたような返事を。たしかにその話は出てきませんでしたね。
聖属性対応の宝石。それを本当に人の力で作り出すことはできるのでしょうか。
「ユリフィアス君はダイヤモンドまで作れるのかい」
アイルードさんが驚愕と苦笑の顔でおっしゃいました。初めて聞いたときもみんなそうでしたね。
「方法自体は割と単純というか、人工宝石って割と多かったですからね地球。ルビーとかサファイアもあったかな。まあどうあっても天然物には価値でかなわないのはそうなんですけど。ただ、それをやろうとするのはユーリくんだからこそって気はするかな」
レインノーティアさんも苦笑していますけれど、それが科学の力ですか。
どちらがよいのかは、おそらく両方体験してみなければわからないのでしょうね。ユリフィアスさんとレインノーティアさんはこの世界の方を好んでいるようですけれど。
ユリフィアスさんは火の中をじっと見て、
「高温、高圧。あとは炭素の純度かな最大の問題は」
「カラーダイヤってあったし、不純物が含まれてても成り立つと思うよ? そもそも完全な分離は無理でしょ」
「ええまあそうなんですけど……失敗したら失敗したでいいか。どうせ初めっから成功するわけ無いし」
平然と言い放ちながら、ユリフィアスさんは防壁を展開してその上に使っていない炭を積み上げていきます。
そして再び腕を組んで考え込み出しました。
「……ダイヤは燃えるんだよなたしか。そもそも酸素と結びつけば二酸化炭素だ。自然発火温度があるから高温でもいやそうかまず無酸素状態にすればいいのか。いや気泡もあるしいっそ真空にしてそこから空気以外のもので圧力をかければ。なにごともやっておくもんだ」
まるで呪文のように呟きながら、ユリフィアスさんは魔力を渦巻かせています。時折それが形を作るようにしては霧消し、意味があるかと思えば消えてしまいを繰り返して、
「よし」
算段を立てたようです。さすが、早いですね。
そのまま魔力が展開し、防壁で包んだかと思えばその中にも魔法が展開していきます。魔力結晶を作ったときとよく似ていますね。
「あれ、私が手伝う話は?」
「圧力をかけるだけで温度は上がるからな。それで足りなかったらセラの力も借りるよ」
「了解。手を貸す機会が来るといいけどねぇははは」
セラディアさんは、最後のほうは遠い目をしながら呟きました。なんでも一人でやってしまいますからね、ユリフィアスさんは。
「……?」
今、少しひっかかりがありました。いえ、展開される魔法の方ではなくわたくしの内側で。
「ユメさん?」
ララさんに声をかけられましたけれど、その理由はわかりません。わからないまま、探知の中の魔力と魔法の渦に押し流されていきます。
「ふむ。リーズ、製法はわかるかい?」
「はい……高温と高圧で……炭素……炭を圧縮するのだと」
「なるほど、高温と高圧か。ではセラさん、ユーリ君だけでなく私たちも闇と熱でやってみないかい?」
「私が高温でヴォルラットさんが高圧ですね。いいですねー、やりましょうやりましょう。目指せユーリくんよりいいもの」
ヴォルラットさんとセラディアさんが不敵に笑い合い、魔法を展開していきます。手順はユリフィアスさんとほとんど変わらないでしょうか。
「せっかくですし、私も。土と火なら地中の生成過程を再現できるはずですから」
「私たちもできるかな、ノゥ……うん、やってみようよ」
ネレリーナさんに、エルフェヴィアさんとノゥさんたちまで。できることや試行数は多いほうがいいのでしょうけど。
「……ネレさんがやるなら俺もできるはずではあるんだが」
「……ネレさんがそうではないけど、できるかもしれないからってユーリの真似をする必要はないわよ?」
「……『自爆しても自業自得』とまでは言わないですけど、距離を取りましょうか」
ララさんの提案に従って、みんなで離れます。食事も終わっていませんでしたし。
それにあちらはあちらで集中しているようなので、邪魔しないようにもすべきでしょう。
「そういえば。闇属性とか邪属性の宝石って。なにになるんですか?」
「そうねぇ。特にはこれといったものはないわね」
「ユーリさんの言っていたことであれば……そのあたりも未解明……ですね……どれを使っても……それぞれの属性対応の宝石ほどは………とは言え……水晶で十分代用はできます」
「士団に闇魔法使いがいたけど、アメジスト使ってたかな。探知した感じでは普通の水晶よりちょっと良かったくらいでした」
紫水晶ですね。色合い的には合うでしょうか。
「お姉様の知識でなにかありませんか?」
「ふむぐ? そうだなぁ。カラーダイヤを除いてパッと思いついたのはブラックパール……あ、この世界だと無いのか」
ぶらっくぱーる。レインノーティアさんがおっしゃったそれ、なんでしょうか?
「ねぇレイン。“ぶらっくぱーる”ってなに?」
「二枚貝……海にいる生物が、って淡水にも貝はいますけど。その生き物が身体の中で珠みたいなのを作り出すんですよ。それが『真珠』とか『パール』って呼ばれるものです。大抵は白とか虹色がかった乳白色なんですけど、黒いのを作る種類の貝がいたり、染めたりとかするとブラックパールになるんです。装飾品じゃなくて魔導宝石としてなら前者になるのかな」
なるほど、それがパール。色が白と黒なら、光と闇の対比としてもぴったりと言えるのでしょうね。ダイヤモンドだけではないわけですか。
ですが、魔法の構成を終えたらしいユリフィアスさんが近づいてきて首を傾げました。
「あれ……真珠って宝石のカテゴリーでしたっけ?」
「そうだよ。宝石言葉もあった立派な宝石」
「でも、精製過程や時間的には鉱物より有機物に近いですよね。腐敗するようなものではないから無機物なんでしょうけど」
「あー、そう考えれば真珠と魔石って似てるのかな。魔石みたいにいきなりできるものではないにしても」
なるほど。そういう由来の宝石もあるのですか。
たしかに、ユリフィアスさんやレインノーティアさんの世界と比べると未解明のことは多いですね。聞いている感じでは、海という場所がこの世界ではほぼ手つかずなことが多いのでしょう。ユリフィアスさんならいつかそれも手に入れてしまうのでしょうね。
(…………っ)
また、小さな痛み。なんでしょうこれは。
「ところで。できたのですか、悠理?」
「さあ?」
ユリフィアスさんが答えると、ララさんは白い目をしました。気持ちはわかります。
「いやいや、こういうのはせーのでお披露目だろ。みんな終わってないし」
「できてるといいけどね。ユーくんも今回は自信なさそうだし」
「ユーリだってそんななにもかもうまく行くわけないもんなぁ」
「そうよね。逆に失敗する甲斐性が欲しくなるかしら」
フィリスさん、さすがにそれは……あ。
(ああ。そういうことですか)
先程から感じていた痛み。これは力になれないことへの寂しさですね。もらってばかりとは言わないですしユリフィアスさんもそうは言わないでしょうけれど、絶対的に手を差し伸べる機会がない。
「ユメ。どうかした?」
「いえ、少しだけわかった気がしまして」
「ナニが?」
あの場にいたティアリスさんとレリミアさん。お二人は自分の感情と向き合えているのでしょうか。
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「待たせたかな」
「いやー、どうなったか楽しみだねー」
「天然の生成過程としては私とエルさんが近いはずですけど、さすがにこの短時間ではどうでしょう」
「でもやるだけはやったよ。ね、みんな」
ヴォルラットさんとセラディアさん。ネレリーナさん。エルフェヴィアさんとノゥさんとサラさんとフィーさんでしょうか。ユリフィアスさんも加えて四例。
「それではご披露!」
「どうだ」
「はい」
「うん」
「よっと」
セラディアさんのかけ声で、ヴォルラットさん、ネレリーナさん、エルフェヴィアさんが後ろにしていた手を前に回します。ユリフィアスさんは空間収納から。
圧力をかけたということで最初に用意していた炭よりは小さくなっていますけど……見た目は黄色がかった水晶、でしょうか? ユリフィアスさんのものだけはやや大きく緑色をしていますけど、これは魔力結晶ですね。
「これは失礼」
魔力結晶が緑の光に変わり、ユリフィアスさんに吸い込まれていきます。あとに残ったのは、少し薄いですけどやはり黄色がかった水晶のような。
「いやー、見た目は見事に色のついた石だな」
「えーと。ユーリくんは冗談で言ってるんだろうけど、できてたとしてもそれはダイヤモンド原石。カッティングしないとちゃんとした宝石にはならないからね?」
そこは聞いたことがありますね。杖に使う宝石もある程度加工してから出回るそうですし、アイリスさんはその後のサイズ調整も自分でやったと。
「風牙のもそうだったけど、宝石の加工はリーズがやってるよね?」
「ダイヤモンドの加工は……したことがないですね……手法をお伺いしても?」
「えーとどうだったかな。基本はダイヤモンドの粉を塗布したヤスリで磨くかレーザー加工が一般だったんじゃなかったかな。でも乱反射するかもしれないし怖いか。使えるならウォーターカッターのほうがいいかも」
「加工もそうですけど、なによりまずは聖属性の宝石として使えるのかどうか試さなければ。悠理」
「はいよ」
ララさんが手を差し出すと、ユリフィアスさんはためらいなくダイヤモンド原石を渡しました。この二人の関係は本当に美しいですね。と思うと同時にまたなにか棘が刺さったような感覚がして、ごく小さくですが溜め息を吐いてしまいました。
ララさんは原石をしばらく見つめたあと、魔法を。
「使えはしますが少々違和感がありますね」
そのようです。魔力の通りが悪そうな印象を受けました。阻害するようなものではありませんでしたが。
「次はヴォルラットさんとセラさんのものを試してもいいしょうか? こちらはユメさんに」
「ああ」
「やっちゃってください」
「お預かりします」
ララさんから手渡されたダイヤモンド原石に、魔法を込めてみます。
たしかにこれは。複数の宝石が一つになったというか、抜け道を感じるというか。魔力探知ができるようになったあと、それこそ水晶の原石に触れたときのような。とすれば磨けばまた変わるのでしょうか。
「ユメさんもやっぱりダメですか?」
「ええ、ララさんのおっしゃるとおり少し違和感が」
「ふーむ。やっぱり純度かな? それとも魔力結晶で圧縮するのは無理があったか。基部だけオレが組んで使用者のそれでやれば変わるか?」
ユリフィアスさんに原石を返すと、表面を覗き込むようにして意識を思考に沈めているようでした。
なにごともうまくいくわけではない、ですか。
(ふふ)
不謹慎かもしれませんけど、少しだけ安心しました。
ユリフィアスさんにもできないことがあって、それをわたくしも手伝えるかもしれない。常日頃からの言葉というか、彼の主義ではあるのですけどね。




