Interlude 面白半分のお母様と世話焼き転生お姉様ととても偉い魔王妃様のお節介
「ところで、ミアたちはいつユーリさんに告白するの?」
ベッドに入って眠りについたはずがいつの間にか催されていたお茶会。開口一番に放たれた言葉に名前を呼ばれたアタシは勿論、セラちゃん、ユメちゃん、ティアちゃん、それにフィリスさんはお茶を吹き出した。
逆に笑っているのはソレを言ったお母さんと、同席したレインさんとリーナ様。ホカに参加者はいない。
「あの、メーレリアさん? ああいう息子でも可愛いわけではありますけど、さすがにミアちゃんたちまでというのは」
「そうですって。まあさすがに今の状況で肩身が狭いのは事実ですけど、誰彼ユーリ君とくっつく必要はなくないですか?」
フィリスさんの言葉を肯定してセラちゃんは口周りを拭いてからテーブルの上のお茶に再度手を伸ばしたケド、アンマリ美味しそうじゃナイ。アタシも、夢の中なので文句なく美味しいハズなのに苦い味の気がスル。
ソレをどう思ったのか、レインさんからは呆れが伝わってくる。
「あのさー。別に今の状況で遠慮すること無くない?」
「いえ、わたくしたちは遠慮など……」
「そう? ユメちゃんはララさんとアカネちゃんに、ミアちゃんはリーズさんに、セラちゃんはレアとフレイアさん? ティアちゃんはエルさんに……ってわけでもないか。それぞれ気後れしてるんじゃないの?」
レインさんにそう言わてしまうと、たぶんアタシたち全員思い当たるフシがないわけではナイ。もちろん各々それだけではないケド。
「これだけ嫁予定どころか決定者がいるのに、いまさらそれでどうこう言う人いないし。言っても意味ないし。素直になってもいい気がするけどなぁ」
「だからッテ、恋愛感情とか……ネェ?」
レインさんの言葉を受けたアタシは、微妙な笑顔を浮かべながら他の三人を見る。セラちゃんは同様の表情で、ユメちゃんは困ったような笑顔。ティアちゃんは目上の相手に呆れたような表情をするのをこらえてるってところカナ。
デモ。
「はたしてそうかしら?」
お母さんが指を鳴らすと、空間に額縁に入った絵が現れる。ウウン。絵よりもずっと詳細なモノ。写真。
ただ、コノ集まりの中の一人であるレインさんによると、それが“ゲームのイベントCGコーナーの再現”らしい。写真なのは大本が記憶だからなのカナ。
「ほー、これはこれは」
レインさん楽しそうですネ?
客観的に見れば異様な光景であるし場違いでもあるし出処も気になると思う。ケド、夢魔ならこのくらい簡単だからなんかイヤになるナァ。
ッテ、ソレよりも。
ドレスの姿でユーリさんに抱き上げられるセラちゃん。
全身から燐光を放ちながら満身創痍になり、ユーリさんに抱き留められたあと同じように抱き上げられるユメちゃん。
愛しい関係のようにユーリさんを抱きしめ、首筋に吸い付くアタシ。
「みんないい経験をしてるのねぇ」
「ユーリってばもう……」
リーナ様も感心した顔をしている。
対してフィリスさんは頭の痛いカオで、その内心も伝わってくる。活躍の場面であるとはわかっていても素直に受け取りにくいよネ、たしかに。
「いやこれ成り行きですから。それにそもそもそういうのじゃないですから。レアと違って色気ないですからっていうかこのあと放り投げられたんですけど?」
「わ、わたくしは記憶としては曖昧ですし。でもこんなことが……はう」
「アタシのも流れだからネ。ソモソモがユーリさんの提案だし」
それはそれとして、セラちゃんユメちゃんはともかくアタシも慌てちゃう。デモデモもう一人はサスガに、と思ったら。
「フ。ワタシのは無い。当然。別に構わない。なのに凄まじい敗北感これはなんだろう……」
乾いた笑いを浮かべていた。
ナンデ残念そうなんだろうネ。誰もツッコまないケド。
「そうね。ティアちゃんのは強いて言うならこれかしらね」
お母さんが宙に手を掲げると同時に映し出されるは、テーブルに並ぶ大量の空き皿にそのムコウの苦笑と微笑の中間くらいのユーリさん。
「……こんなこともあったけど。これしかないというのも」
たしかに二人きりではあるネ。それどころか、主観なのは第三者視点がないからだし、ホカと違って完全に二人きり。ッテ言ってもこれを他の光景と並べるのであれば、かなりの歩数を譲らざるを得ないカナァ。その時点でデートじゃナイよネ。
「友達っぽいのはそこそこ気安い関係ではあるよ? セラちゃんにも言えるけどさ」
「む」
「まあ、気安くはありますけども……」
レインさんが笑いながら言うと、ティアちゃんとセラちゃんは苦い顔をする。チョット押されてるし。
ユメちゃんも思ってるケド。「友情と恋をどこから区切るか」って、それこそ答えの無いモノ。二人としてはまだそこまで達していると思わないからこその顔カナ。デモ。
「そもそも、セラちゃんが出奔した当初思い描いてたのってユーリさんそのままじゃないのかしら?」
「……ん?」
お母さんに言われてセラちゃんがなにを考えていたか思い返したコトで、アタシにも伝わってくる。
魔法学院を卒業、どこかのパーティーに所属して好きな人ができ、その人にだけ本当のことを明かす。皇位継承権のことを考えなくていいところでのんびり暮らす。幸せに。
アー。
「あ、ほんとだ……って納得しちゃいかんでしょこれ! それとこれとは別ですから!? そもそも好きじゃ……いやどちらかといえば好きですが。いえ、異性的なことではなく人として」
セラちゃん自身は自覚してナイみたいだケド、顔は桃色くらいには染まってる。それにしたり顔をしているのはお母さんとレインさんくらいだけどネ。
セラちゃんの隣りに座っているティアちゃんが肩を叩く。
「落ち着いた方がいいセラディア。間違ったことは言っていない。最後のだけはワタシも同意してもいいから。流されてはいけない」
「そこが最後の砦、だものねぇ?」
言葉のウラだけでなく本心も把握している。コノ場の支配者は当然ながらお母さんだ。でもネ。
「お母さんはいい加減に反省したほうがイイと思うナ。これ以上はゼッタイに読ませないからネ。ミンナはアタシが守るヨ」
「あら。やるわねミア」
ソロソロ反撃の時間。
魔族の固有能力もまた、ユーリさんが指摘したように魔法に類するモノ。ゆえに、魔力探知によって抗うことも制御を奪うことも無理じゃナイ。家に戻って幾度となく夢に侵入され、トキにやりあってきた。さすがにアタシも要領は心得つつある。
しかし残念ながらと言うのか当然と言うべきなのか、お母さんの武器は夢魔としてのチカラだけではなかった。
「頑固なんだから。ヴァンも言っちゃえばいいのにね。なんだかんだで男親なのかしら?」
「……お父さんが、ナニ?」
イヤな予感がしつつも、聞かざるを得ない。聞かなければこれ以上なく面白おかしく話されそうな気がスル。
と受け入れようが受け入れまいがヤッパリ、開示される情報が事実でありさらに爆弾であるコトには変わりなく。
「好意のある人の血って、美味しく感じるらしいわよ? 結構飲み続けたって聞いたけど。聞くまでもなく見えたけれどね。あ、ドウガで出しましょうか」
「ヴッ」
どうあっても藪から蛇で、ジブンでも顔が真っ赤になったのがわかる。制御権の取り合いが一瞬で無いモノになった。
「あー、ユーリ君あのあとフラフラにあいやなんでもないですお気になさらず」
さらなる藪を突いたことに気づいたセラちゃんは顔を逸したケド、モウ遅い。というより、提案されたとおりそのシーンが動画に切り替わってるし。ダレの視点かと言えば、当事者以外でこの場に居合わせたのってこの中で一人だけだよネ……セラちゃん。ジックリ見てくれててドウモアリガトウゴザイマス。
「ユーリさんがここまで身体を張ってくれたのよ? 責任取りなさいミア」
「……ソレを言われると困るカラ止めてほしいナって」
テーブルに突っ伏したものの、真っ赤になった耳や首筋まで隠せてナイみたい。ご愛嬌として許してほしい。
……アタシ自身わかってた。血を吸い続けたのは記憶を遡ることに執心していたからだけでないことも。けれど、人間性によるものだと思っていたから。だからこう言われて、認めたいのと認めざるを得ないのと認めるべきではなさそうなのが戦っている。
そういうアタシをみんながフビンそうに見てるのもわかる。
「フィリスさんは。どう思いますか。これまでの話」
「……諦めたほうが良さそうな気がしてきたわ」
援護を求めたティアちゃんがフィリスさんに話を向けたケド、普通なら許容量オーバーの話を咀嚼するのが困難なのは誰でもそうだよネ。特に親としては、現状でさえ肯定すればいいのか否定すればいいのか喜べばいいのか悲しめばいいのかゼツミョーにビミョーな話だろうし。それが未来には増強されるかもとなればさらに微妙さは増すだろうし。
「辛い。なんかわからないけど辛い。そうだ、リーズさんのお母さんであるリーナさんとしてはどうなんです?」
「あら、わたし? そうねぇ。ユーリさんなら受け入れてくれるでしょうね。その上できっとみんなで幸せになれるように努力するでしょうし、いいのではないの?」
セラちゃんが話を向けたリーナ様も肯定側。「魔王妃がそれでいいのだろうか?」とセラちゃんだけでなくティアちゃんもユメちゃんもフィリスさんも思ったのが伝わってきたケド、アタシ含めて口にすることはできない。
逆に、リーナ様が考えてたコトも伝わってきた。
そもそもここにいないヴォルラット様と二人、無限色の翼の話を聞いていたときからいろいろと考えているのだからイマサラなんだ。余裕がなくて思い及ばなかった。
ずっと涼しい顔をしていたリーナ様は、アタシたち五人のそんな感情を読み取ったのか突然真面目な顔になり、
「では夢の無い話も一つしましょうか、セラディア・シュベルトクラフト皇女殿下、ユメ・ハウライト氏族代表令嬢」
「え? あ、はい」
「はい。お伺いいたしますティリーナ様」
完全なる肯定に打ち砕かれたところに逆に敬称をつけられた上で本名をフルネームで呼ばれ、セラちゃんとユメちゃんはピシリと背を伸ばした。リーナ様の方も、まっすぐ二人の顔を見据えてる。
「今のところ、ユーリさんとの結びつきが一番強いのはシムラクルムでしょうね。リーズちゃんのお婿さんであるわけですからね、ふふ……あら失礼」
そう言った瞬間嬉しそうな笑顔を浮かんだケド、それもスグに引っ込められる。母親と魔王妃としての顔では、今は後者だからカナ。これからしようとしているのはそういうハナシだろうし。
完全に気を切り替えるためかリーナ様は小さく咳払いをして、言おうとしていたことを整理し直したみたい。
「結びつきは違うでしょうけれど、それに続くのは聖女であったララちゃんとの繋がりでプロメッサルーナかしら。モラーレさんという友人もいるようですものね。その次は転生した後の関係のこととレアさんやレインさんの繋がりでリブラキシオム。それから、比べることではないけれどアカネさんのことでステルラとの繋がりもあるわね。お会いしたことはないですけど、トールさんとベニヒさんのお話も聞いていますし。さて問題です。ここまでの話の中でどこのつながりがやや弱く、もっと言えばどこが無いと言えるほど弱いかしら?」
リーナ様の出した問題。マジメに聞いてれば順と固有名詞でわからないわけがないよネ。
「……やや弱いのは、ステルラですか」
「……そして残ったというか繋がりがほぼ無いのは帝国ですね、ええ」
でもそこはフレイアさんが、とセラちゃんは言いかけたみたいだケド、口にはしなかった。
わだかまりが残っているとは言えなさそうなものの、フレイアさん自身が出生国の危機に積極的に動くかどうかわからないもんネェ。魔人騒動のときも、優先したのはエーデルシュタイン様のコトだったみたいだし、セラちゃんもきっとソレはわかってる。ソレ以外を見捨てるようなことはありえないと信じていても、結びつきというトコロではか細いのは間違いナイ。
セラちゃんのコトで言えば、フレイアさんだけじゃなくてユーリさんも自主的に助けには行った。けれどそれはタブン仲間としてのコト。ユーリさんなら頼めば帝国の危機に助けてはくれそうだケド、ってそういう頼り方はいいものかってセラちゃんは考えてる。
いや、ダカラってまるまる身内になってもらって懐柔じみたことをするのって違くナイ?
「という、夢のない話からも夢が生まれることはいくらでもあるし、それを夢の言い訳にすることもできるというだけのお話。セラさんが帝国のお姫様であることも仕組まれた物語だなんて言うつもりもないわ。ユメさんにも同じことが言えるのかしら」
ぱちん、と手を打ってリーナ様は話を締めた。
夢のないハナシから夢、かぁ。
「ん、んー……」
セラちゃんは腕を組んで考え込んでる。内容は。
(たぶん、皇族を離脱できなかった私にもいつかは政略結婚の話が出てくるよね。その中にユリフィアス・ハーシュエスって名前が入ってくる可能性は無いのかな? 不思議な運命の元にとんでもなく強い縁に結ばれた特別な少年の名前が。その上で、そのときにその名前を拒絶や拒否する理由がある?)
うーん。気づいてないかもしれないケド、案外乗り気?
ユメちゃんのほうは。
「わたくしはその……」
(わたくしにとって、ユリフィアスさんは親友の弟でした。それが学院でのことやシムラクルムでの経験でそれより大きくなって、秘密の告白で全く違うものになってしまったのはわかっています。ですが、わたくしにはそれをなんと呼ぶのかはわかりません)
アタシとおんなじ感じ、カナ。
もちろん、思考の海に沈みかけるユメちゃんに限ったコトじゃなく、誰にとってもそうだろうけどネ。友情と憧れと恋のチガイ。まだわかってナイ。コレからもわからないかもしれない。ダケド。
「ミアちゃんもそうだけれど、政略に愛が一切絡まないなんて虚しいだけなのだから、むしろいい話ではあるのじゃないかしらね」
「ソウ言われると……マア、悪いハナシではナイのはたしかなんですケドモ」
アタシだって、自分にそういう気持ちが一切なければ悩んでないってコトくらいはわかる。進むか引くかの分かれ道に“ナニカ”が引っかかってるコトだけが問題だっていうのも。
「ティアさんも。名前を上げはしなかったけれど、あなた自身と向き合ってくれる人の一人のはずよね、ユーリさんは」
「ええ。それはたしかに」
(ワタシも。いくらなんでも自分が面倒な性格だとはわかってる。ウンディーネともどもいわれのないやつあたりに近いことをしてるのも。いや。エルフェヴィア姉のことがあるからいわれが無くはない。でも。だとしても正当かといえばそんな訳はない)
ティアちゃんもイロイロ考えてる。そりゃそうだよネ。だったらココにいない。サッサと旅に出てるハズ。ナニカが引っ掛かってるからそうできてないんだ。
「そもそもユーリさんは人間嫌いのところもあるみたいだから、優先度としては魔族や獣人が高いでしょうけどね。それを嬉しく思えばいいのか悲しく思うべきなのかはなんとも言えないところだけれど、繋ぎ止める意味でもセラさんはがんばったほうがいいかしらね」
「うーん、人間嫌いかぁ。あんまりそんな気はしないですけど、そういう意味ではわりと重要かもと思えてしまうのが」
アタシが見せられたシーンの前もそうだケド、まず味方したのはそっち側だったもんネ。二の次ではないにしても人間に対する優先度が低いのはきっとダレもが感じてる。
「まあ。フィリスさんには申し訳ない言い方だけど。ユリフィアスはあれで善人だから。純粋に助けを求められればそれが人間でもそこまで深く考えずに応えるはず」
「そうね。誰でも放っておけないのはアイリスもそうだったしレアちゃんにもセラちゃんにもミアちゃんにもそうだったのよね。ララさんやネレさんやフレイアさんもそうだったみたいだから。もちろん、エルさんとレヴさんとリーズさんもみたいだけれど」
「それは……どちらのこともこちらに来る前の世界でのことが大きいのでしょうね、ユリフィアスさんには」
「そうだろうね、きっと。悪いとこが多かったからっていい人がいなかったわけでもないし。魔人になったあれやこれやが数が多いにしても特殊だってのはユーリくんもわかってるはずだし」
ユメちゃんが言ったように、ユーリさんが“生まれた世界”のことを語るときはいいハナシはさほど出てこない。それはレインさんも同じだケド、円満に世界を移ってきたわけではないんだから当然だよネ。
ソレでも、諦観や破壊願望に支配されているわけでもナイし、理不尽には清濁問わず抗うと公言してる。ソノための魔法使いという在り方だとも。
「『世捨人を目指したい』みたいなことを言いながらそうはなれてないもんねぇユーリくん。性格的にも無理そう。それにいずれかいつかか世界と戦うことになる、か。ユーリくんは向こうの世界を滅ぼしてでもこの世界を守ろうと思ってるんだろうね、きっと。どんな覚悟なのホント」
レインさんはドコか自嘲するように言った。ソレは、そこまで考えなかったからでもあり、その力が無いからでもあり、今から届く気がしないからでもあり、という無念さが伝わってくる。
それ以上に、今自分が話し押し込めようとしている輪の中に自分自身を入れようと考えていないことと、それらスベテを許容されていることのヒニクさへの自嘲。だからこそ、少しでも多く幸せになってしまえと願ってるミタイ。
「せっかくだし、滞在伸ばして一日時間貰ったらいいんじゃない? そうすれば見えるものもあるでしょ」
「ええ。お互いを見つめ直す時間はあってもいいかもしれないわね」
「そうよね。人を好きになるって、悪いことではない……わよね。ええ、そうよね」
「メイの言うせっかくついでに他のみんなと同じことくらいやってしまえばいいわよ。一回唇と唇が当たったくらいで減るものはないわよね。むしろユーリさんとだからお得かしら」
「減りますよ!?」
「減る、のでしょうか……? 増えはしませんけれど……いえ、増えるものもあるのかも……」
「そりゃリーナさんの言うとおり損ではナイとは思いますケド……」
「申し訳ないですけど。お得ではない。と思います。絶対」
……結論は、なんだかんだグダグダだったナァ。なんなのコレ。




